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魔術師の涙  作者: 冬雅
第二章 巡る思い
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第十五話『分かつ二人』

 轟々と燃える炎の音。肉の焦げる匂い。耳を劈く悲鳴。建物の崩落音と飛び交う怒号。


 ただ見ているだけの私。その光景を、あるがまま瞳に映して何も出来ずにいる、そんな無力な私。


 やがて、その夜は明ける。膨大な光が夜の闇を引き裂いて、私はそこに希望を見た。圧倒的なまでの希望を、私はたった一人の少年の背に見た。



 

 嗚呼、何故。なぜ、私だけ助かってしまったのか。また、私だけ。皆、私を置いていく。独りぼっちにさせる。傷付けられると知っていたならば、私はその背を追いかけなかっただろうのに。

 

 すぐに消えてしまう希望なら、いっそなかったほうが良かったのに。








 目覚めはいつもよりも柔らかなベッドの感触と微かな寝息と共にあった。


 瞼を開けば、目前に息を呑む程の美貌。青い髪を携え、ネグリジェに身を包んだ眠る天使がそこには居た。


 眠る天使こと、スーフィア・アルシェは未だ、こちらの覚醒に気付いた様子は無く、気持ちよさげに規則正しいリズムを刻んで、微かに笑みまで口元にたたえている。


 ──と、そこまで同衾中の相手の様子を確認したところで現況把握に努める。

 

 まずは、今尚、自身が身を預けるこのベッドだ。そのまま、沈み込んでしまいそうな程に上質な寝具は並の一般市民ではその感覚を味わう事さえ、一生の内にあるかないかといったところで。なる程、目の前で眠る彼女の身分をこれ以上ないくらい完璧に表していると言えた。


 また、そんなベッドが置かれたこの一室も中々のものだ。部屋の一角には大きなクローゼットが置かれ、その隣に魔術書がぎっしりと詰まった木製の本棚、その対角に設置された豪奢な机には魔術論文や魔術用品類が置かれており、それを足元にした形で私たちは寝ている格好だ。


 こうして一夜明け、改めて部屋を見渡すとスーフィア・アルシェという少女の内面、その一端がこの部屋の至るところには垣間見えた。

 勿論、これまで接してきた時間あっての推測にはなる。しかし、メルクリウスを除けば、初めて同年代の部屋に上がった身として、こんなにも部屋というものには性格が現れるものなのかと驚かざるを得ない。多くの魔術書からはその才能にかまかけない努力の一端が、そして、机上に置かれた品々の整理整頓の具合や部屋全体からは綺麗好きの一面が。それぞれ、全く持ってスーフィアらしい部屋だと思った。


 彼女が貴族であるからには、普通の、とそう言ってしまうのは間違いかもしれないが。それでも普通の、同年代の少女というのはこうして、自室を自分好みの色に染め上げ、一日の疲れを癒やすのか。


 そんな感慨もそこそこに私は隣で眠るスーフィアを起こさないように、そっとベッドから抜け出す。


 別段、一緒に寝台で眠る事が恥ずかしくなったからではない。羞恥といえば、昨夜散々に彼女の前で涙を流して、泣き言を宣ったのだ。今更、同じベッドで同性と一夜を共にする事ぐらいなんだというのか。


 ただ無性に朝陽が見たかった。夜明け前に目が覚めるのは軍の戒律にこの身が忠実でいるからで、今日と言う日に限った話ではなく。


 大きな部屋には不釣り合いな小窓のカーテンを潜り、窓とカーテンとの間に顔を出す。


 訓練兵時代、鍛えに鍛えられた体内時計は今尚衰えず、寸分の狂いもないらしい。


 目に飛び込むは学生街をぐるりと囲う山々とその遥か向こうに微かに見える、聖域最西端のこの街から最も近い守護門《ベルトニクス=アルゲントス》の上から差した陽の光が私の目を焼く。


 瞬きの後、広がる優しくも強い光が、その黎明の美しさが、この穢れた心をも洗い流してはくれまいかと鼻の奥をツンと刺す痛みに襲われ、少しぼやけた視界の中に彼を想う。


 ──嗚呼、こんなにも辛いならば、この想いはもう捨ててしまおう。こんなにも痛むのならば、そんな思いは捨ててしまおう。


 霞の中に聳え立つ、雄大なる守護門のその向こう。輝きに満ちたあの魔界はきっとありとあらゆるものを削ぎ落として、それでも足りず。辿り着ける汝は何なりや。


 ──貴方の背を見ていた。貴方だけを見ていた。けれど、何処までいっても目の一つも合わせてくれやしない貴方に私はこんなにも胸を痛めるのだ。

 


 『───英雄よ。私の英雄よ。貴方は何処まで行かれるのか。それすらも定めぬままに歩き続ければ、貴方は何時しか倒れてしまわれる。斯様な御姿で、その傷だらけの身体で、貴方は一体何処まで征かれるのか。教えてくれぬと言うならば、私に、他ならぬ貴方の手で救われた私に──』

 


 昔に読んだ叙事詩の一節。ふと、蘇るその言葉に私は気の抜けた笑みを浮かべて、そんな大それた考えに首を振る。


 ───君の抱く、その想いが打ち砕かれようとも。されど君は───


 訓練兵として、文字通り死に物狂いで魔法の鍛錬に励んでいた頃。一度だけ、話をしたことがある。


 彼と肩を並べて世界を背負う、強い輝きを放つ存在が魔術師としての道を歩み始めたばかりの小娘に言葉を掛けたことがあった。


 あの頃の私は今よりももっと無知で愚かだった。


 ただあの地獄で見た、魔法に魅せられて、その隣に立ち並ぶ事ばかりを想って歩み始めたばかりで。


 何の迷いもなく、ただただ純粋な想いで、その言葉に力強く頷いてみせて、それに悲しげな微笑みを浮かべたあの人は知っていたのだろうか。


 《最強(メルクリウス)》に最も近い、あの人なら或いは私よりも深くメルクリウス・レイフォントという魔術師を知っていた事だろう。


 だから、その隣に並ぼうとする私の行く末を視てあんな顔をしたのだ、と今更のように私は遅すぎる理解を得て、私は自嘲の笑みを浮かべる。


 きっと、あの人は誰よりも《最強(ザ・ワン)》という称号を背負い、たった独りでその道を征く少年を識っている。


 ──そんな、あの人に出来ないことを私の様な非力で無力な小娘に出来る筈がなかった。

 

 頬を伝う雫は諦めの味がした。


 

 


 








「ルミアちゃん。初めの内は慣れないかもしれないですが……此処を自分の家だと思って過ごしてくれていいですから、ね」

 

「ありがとう、スー。ごめんね」


 

 眩しい笑顔を私に向けて、優しい言葉をかけてくれるスーフィアはやはり、天使なのかもしれない。長い廊下を先導してくれる彼女を見ていると、段々とその優しさを利用しているように思えてならないのは自分の身勝手さが招いた結果だからだろうか。


 

「いえいえ、ルミアちゃんが謝ることはないです。困った時はお互い様!……とはいえ、ルミアちゃんとメルクリウス君が喧嘩だなんて、少し吃驚しちゃいましたけどね」

 

「……」

 


 スーフィアの言葉にそうだ、と思い出す。


 そうだ、スーフィアにはメルクリウスと喧嘩・・をしたとついつい口走ってしまったのだ、と。


 喧嘩だなんて、そんな上等なものじゃない。私とメルクリウス・レイフォントとの間に少しでも、感情の交換だなんて、そんなものがあったのなら。


 ――あったのなら、こんな事にはならなかったのだから。


 

「さぁ、ルミアちゃん。朝食を頂きましょう」



 荷物も持たず、飛び出してきてしまったせいで身一つになった私が今、着ているのはスーフィアに借りたお洒落な服で。それにほんのりと羞恥とも喜びとも取れないものを抱きながら、朗らかな笑みを浮かべるスーフィアについて食間へと歩いて行っているのだ。


 ――しかし、本当にこのままスーフィアに世話を焼いてもらって良いのだろうか?


 元はといえば私はメルクリウス・レイフォントという一男子生徒の護衛の為にこの学院へとやって来たのだ。

 それを、こんな年頃の子どもみたいに癇癪を起こして、他人の迷惑になって、そこまでして学院にいる理由とは何だ。無論、護衛任務の達成の為だ。しかし、それと今現在の自分の在り方は矛盾している。


 やはり、彼の元に戻らなければ。


 ――でも、本当に今の私にそんな事ができるのか?


 その疑問へ簡単に肯くことなんて出来ない。それでも。



「スーフィア、その――」


「――スーフィア様、ルミア様、おはよう御座います。既に朝食の席は整っておりますので、お早く」



 私がスーフィアに内心の疑念を切り出そうと口を開いたその時、食間の扉が開き、中からメイド服に身を包んだ色白で黒髪黒目の綺麗な女性が丁寧に腰を曲げ、挨拶の口上を述べた。


 

「おはよう御座います、エルゼさん。アリアちゃんはお寝坊ですか?」


「その、お恥ずかしいながら……そうなのです」



 そうして現れた――泣きに泣いていたせいで朧気ではあるものの、昨日、自失呆然としていた私に着替えや何やらをしてくれたのはこの人だったと思う――エルゼと呼ばれた女性にスーフィアが挨拶を返し、私も軽く会釈をして返しとする。

 

 また、スーフィアには挨拶の返事以外にも疑問があったらしい。それにエルゼさんが肯定の頷きをして、短い会話が終わりを告げ、大きな食卓に隣同士で朝食の席に着いた私とスーフィアは暫くの間黙々と食事を口に運んでいたが、やがて、スーフィアはその手をとめ、言う。


 

「ルミアちゃん、ずっと居てくれてもいいんですよ。だけどね、ルミアちゃんはそれでいいんですか」



 そのスーフィアの言葉は真剣な色を含んでいて、けれども私は何を如何言えばいいのかわからず、沈黙を選ぶよりほかなかった。



「そのね、ルミアちゃんはメルクリウス君とは同棲するほど、仲が良くて。きっと今まで沢山思い出を作ってきて、そして、これからもそうなることを私は願っているんです。だから、もしもルミアちゃんに仲直りしたいという気持ちがあるなら、私はそれをお手伝いしたいとそう思っていて……ですから、」

 

「スー……」


 私の力ない声にスーフィアの言葉が止まる。そして、改めて彼女は私の話に耳を傾ける態勢を作り、その様子を見届けて私は口を開く。



「スー、私。答えを見つけるまでここに居ていいかな?」



 それが最大限、私がスーフィアに見せられる誠意だった。


第二章完結です!


第三章の開幕は今しばらくお待ち下さいませ。


ここまで、読んでくださっている皆様に多大なる感謝を込めて。


つきましては第三章より午後十一時に投稿させて頂く所存に御座います。第三章の開幕は11月4日午後11時に御座います。何卒、よろしくお願いします。


明日は現在公開可能な設定資料の公開になります。

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