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魔術師の涙  作者: 冬雅
第二章 巡る思い
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第十三話『彼の日常』


 予定にはなかった模擬戦において、へレオンは想定外の戦闘慣れを示した。とはいえ、それならばそれで違和感の程を緩和できると踏んだのは正解だっただろう。

 ルミアに疑いの目を向けられるのは当然だ。彼女を欺くなら、九十九の魔術師でも連れてこなければならない。だから、最初から彼女の存在は度外視している。狙い目は彼女以外の身近な存在だ。どうやら、彼らは俺を手本にしようと思う程度には魔術師として評価しているらしい。しかしながら、彼らだけならばともかく、段々と学院内にそういった評価が広がるのは困る。以前、魔物が街に溢れた時にあれだけ目立ったにも関わらず、それが今も学院の生徒に知られていないのは奇跡に近い事である。とかく、アリシアの例を見るに彼らの評価は彼らを中心に広まっていく。それは俺にとって非情に不利益な事である。

 

 俺はこの学院に魔法を学びにきたのでも、強さを誇示しにきたのでもない。《普通》を知りにきたのだ。人としての在り方を学びにきたのだ。


 《最強ザ・ワン》として扱われるのはその目的から明らかに外れている。


 となるとここでひと芝居うっておくのが最適だ。当初の予定では今回請け負った魔法指導において、見当違いな指導をしてみせ、ルミアにその軌道修正を任せるつもりだった。都合よく彼女が動くかどうかは賭けだが、動かなければ動かないでそれでもいい。動けば、そのまま彼女と俺と立ち位置を逆転させることも考えていたが、今までの実積から四人がどう思うかまでは予想がつかない為に、その逆転作戦は失敗する可能性が高いからだ。だから、それはあくまで成功すれば儲けもの程度のもので、あくまで本命は四人の目を俺から逸らすことが目的なのだ。彼らには俺の目的の為、これからも友人であってもらわなければならない。しかし、そこに上下関係が生まれるのは良くない。普通の友人とは対等な関係のものであるはずだ。


 そんな考えのもと、一人計画を推し進めていた俺であるがここで、嬉しい誤算があった。


 それこそがヘレオンとの模擬戦である。これ幸いと思い、乗っかり、頃合いを見て、降参を申し出る。その程度の作戦だ。それだけで彼らの俺に対する評価は下がる筈なのだ。計算上は。


 相手の力量は最初の一撃である程度、把握できた。俺の見立てが正しければ、アルト以上カルロ以下。アリシアと同程度で、スーフィアであれば辛勝。ルミアなら圧勝といった具合か。

 戦闘経験はそれなりにあるらしいが、執拗に目潰しを仕掛けてくる事を考慮の内に入れると見習い魔術師の域を出ない。一般人に毛が生えた程度とはいえ、学生の、それも一年生の枠組みで言えばトップレベルであるのは間違いないだろう。魔術師としての素質は十分にありそうだ。

 また、身体強化の魔法を使いこなしている所も評価できる。カルロは実践経験が浅いためにこれを使いこなせていない。対して、ヘレオンはこの魔法の使い方を良く心得ているようだ。とはいえ、その練度はやはり、学生基準でなければお話にはならないが。


 一流の魔術師の多くが魔法を使わずして、人外の動きを発揮できるとはいえ、身体強化の魔法を施した敵相手であるならば、良くて一撃耐えるか否か。それが例え、格下でも苦戦を強いられる事になる。そもそも、そんな制限を設けて魔術師同士の戦いが行われる事は無いために無駄な想定とはいえ、今この状況において、俺はその想定の答えを実感している訳だ。


 最も先日のルミアみたく、魔力欠乏に陥った場合はこの限りではない。非常に重要な想定となり得るだろう。全くの無駄というものがないのだから、この世は良く出来ていると言える。


 左腕は最早、使い物にならない程に腫れ上がった。この辺りが頃合いだろう。



「降参だ……降参する!」



 意図した訳ではなかったが無防備な身体に身体強化が施された攻撃を受け続けた影響か、声が掠れる。二度の敗北宣言は想定外だ。なるほど、人本来の身体はこんなにも脆いらしい。


 ヘレオンは俺の衰弱を見て取ったのだろう。俺の敗北宣言以前にヘレオンはニマニマとした笑みをこちらへと向けていた。そのおかげで対して声を張ったわけでもなかった俺の声は周りに伝わったらしい。その返事は笑いと共に返ってきた。これが《悲嘆者》のいう道化と言う奴か。これなら、多少のミスや違和感も流れそうだ。この任務が終わったら、道化になるのも良いかもしれない。そんな下らない事を考えていると突然、ヘレオンが拳を振りかぶった。俺がここで反撃すれば、立てた算段が水の泡だ。潔く、その拳を顔面に受ける。


 ここでの反応は気絶が適当か。


 体を自在に制御できるのは感情を介した身体反応だ。流石に人の道を外れた俺であれ、意図的な気絶は魔法を使わずして、不可能だ。勿論、狸寝入りである。



「ハッ!この程度かよっ!雑魚じゃねぇかっ!こんなもんなら最初から目くらましする必要も無かったなぁ!」



 確かに。俺は元々、防御のみに留めるつもりだったのだ。ヘレオンの目くらましは完全に無駄だったと言える。強いて言うならば、ギャラリーに対するファンサービスがなっていないという一点がマイナスと言えるか。


 狸寝入りを敢行した俺にヘレオンは、尚も近付き、構えも何もなく俺を蹴る。

 

 俺は痛みがない訳ではない。それに対する感情が湧かないだけだ。通常、人は痛みを感じたとき、それに付随して恐怖や怒りを湧き上がらせる。それら感情が想起させるのは次に起こり得る未来だ。恐怖であれば、それ以上の痛み、或いは究極的な話、死を連想し、怒りであれば、復讐と言ったところか。しかし、俺はそういった未来を選ばない。今、こうして何もせず、淡々とヘレオンの暴力を受けているのも萎縮したからでも自身の生を諦めたからでもない。

 これを他者に説明するのはひどく、困難なものである。人は殆どの場合、共感によって理解を得ている。俺にはその共感すべき感情が無いために他者は俺を理解し難いのだ。痛みとは俺にとって生存能力の一部でしかない。刺激を受けた事を脳に伝える手段以外の何物でもない。その痛みの原因が意識下にある現状、痛みは無用の産物であるのだ。


 へレオンは散々に俺を蹴ったあと、肩を上下させるほど息を荒げていたかと思うと髪をかき上げ、一言。



「こんな奴が最下級とはいえ、魔物を斬ったなんて、馬鹿も休み休み言えってもんだぜっ!やっぱり、人違いにちげぇねぇぜ」

「だから、言ったじゃないですか。やるだけ、へレオンさんの損になるって」


 

 どっと笑いが湧き起こる。へレオンは「うるせぇ」と怒りを顕にするが周りはそのへレオンの反応に慣れているのか、苦笑いやら何やらで誤魔化す。そんな彼らの様子を俺は薄っすらと目を開けることで観察しているとヘレオンが俺の傍で屈むのが見え、俺が再び、狸寝入りを再開すると同時、ペっと音がし、頬に生暖かい液体がかかった。



「いくぞ、お前ら」



 そして、立ち上がる気配がし、ヘレオンが俺から離れていく。 やがて、大勢が訓練場の入り口から出ていくのを感じ、俺は服についた土埃をいつもの癖で払いつつ、立ち上がり、結界の外へと抜ければ、あとは元通りだ。ヘレオンのあの反応を見れば、実に有意義な時間だったと言えるだろう。目的の達成と共に思わぬ収穫があった。まさか、数カ月越しに噂が伝わるとは。数カ月経って、やっと噂が出回り始めたということは、あの事件はこの街の人間にとって、それだけの傷を残したらしい。目には見えない形で彼らは彼らなりに傷付いているらしい。この街と深い関わりを持たない俺には関係のない話ではあるが、噂の出処を掴み、潰しておくことも今後を考えれば、検討すべきものではある。一介の学生として生活するのに『魔物を相手に戦える』なんて噂は厄介そのものだ。


 そうして、考えを巡らせながら結界を出た先にいるのはルミアたちだ。彼女たちは皆、一様に浮かない顔をして俺を見ていた。中でもルミアのそれは五人の中で一番だ。一体、如何したというのだろうか。ルミア以外の四人が浮かべる表情とは些か、性質上の違いが見受けられた。その違いが何であるのか、俺には思い当たらなかった。



「あ、あの……メルクリウスくん……」



 スーフィアが控えめに俺の名前を呼ぶ。しかし、俺が返事をする前にアルトが横からスーフィアに首を振り、俺には言葉を返す必要がなくなってしまう。


 先のいざこざで潰れた時間を考え、今日の所は解散というのが全員の意見として一致した。俺が次の予定を立てようと口にすると頑なに話題の転換を変える様子にさしもの俺もそれを避けている事を察する。何故だろうか。理解が出来ない。彼らにとって今日の出来事はそれ程のショックだったのだろうか。その疑問は氷解されないままにそれぞれの寮へと変える時間となるのだった。

 


 

 


 寮の玄関扉を開き、ルミアと二人連れ立って寮室に入る。



「ルミア――」



 トンッと背中に軽い衝撃を受ける。それで俺は振り返ろうとしていた動きを阻害される。当然、その正体は後ろにいたルミアだ。



「メルクリウス……なんで、わざと負けたの?」



 ポツリとルミアが呟きほどの声量で俺に訊ねた。俺はそれに対して、特に秘密とする訳でもなく、答える。


 

「前にも言っただろう?俺はここに"普通"を知る為に来た。その為には変に目立つことは避けるべきだ。特にあの手の人間は厄介だ。今後を考えれば、俺を脅威と思わせないほうに利がある」



 そこに疑問の余地などありはしない筈だ。俺はこれまで目的の為に非日常を排除し、日常を享受してきたのだから。自ら、これまで駆逐してきたものを呼び込むのは非合理的だ。しかし、ルミアはそれで納得しないらしい。俺の背に身を預けながら、やはり囁くようにいう。



「メルクリウスは……メルクリウスは"普通"の何が知りたいの。あなたに感情はないのに。貴方は"普通"を知ったあと、どうする気?"普通"を知ればあなたはこんな事をやめる?」


「こんな事とは……?」


「……あなたは"普通"じゃない。ずっと思ってた。あなたは当たり前に人間で、当たり前に力があって。あなたにとっての普通が人間にとってのそれとは違うから……だから、皆から見るとあなたは"普通"じゃなくて。それでも……」


「ルミア、君には俺が分からないさ」



 冷たく一言、俺はルミアに釘を刺す。彼女は少し、俺に執着しすぎている。ルミアの話では俺は彼女の命を助けた恩人だというが、そんな記憶を俺は持っていない。彼女が望むなら、俺はその役割をこなす事だってできる。しかしながら、それに労力を割けば、俺は、"英雄《最強ザ・ワン》のメルクリウス"であらねばならない。それは俺の任務に則していない。今の任務であり、俺が自身に課した誓約は"普通のメルクリウス"である事を求めている。それならば、ここに彼女を助けた英雄はいないし、今日の出来事もただ、生徒同士の試合で勝者と敗者が生まれただけの話。何も問題はない。寧ろ、俺が勝つことによってこれから起こり得る問題を失くせたと考えていい。


 それの何がルミアにとって不満なのか。俺にはそれが理解できないし、それの理解に努めねばならない。



「ただ、俺が君を理解することは出来る。君を観察し、君の言動の意図を推し量り、君の感情を俺が読み取る。君が俺に多くにとっての"普通"を教えてくれればいい」



 ルミアが俺に好意的であるならば、それを最大限、利用するべきだ。ルミア・ラルカという少女の思惑なんてものは俺に関係ないが、人の情動を知るのに彼女を側に置くことは俺にとっても彼女にとっても利益があると考えられる。


 背中に触れていた彼女の気配が離れる。振り払えば、それでいいもののルミアの心象を悪くする事はこの場では愚策だ。ゆっくり、背を振り返るとルミアは目に涙を湛えていた。



「あなたは……そんな風に私を見ていたの?」



 頭の中身を見られただろうか。いや、魔法を使われた形跡はない。ならば。



「君の目は魔眼か」



 

 俺が言葉を発するのとルミアが玄関を飛び出していくのはほぼ同時だった。


 

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