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魔術師の涙  作者: 冬雅
第二章 巡る思い
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第十一話『四人の見習いと二人の本物』


 放課後。私達はいつもの五人に、アリシア・カルネシアを加えた六人で訓練棟に訪れていた。訓練棟に来る理由なんて大方一つに限られる。つまり、魔法の実践練習だ。

 こうなったのは、元を辿れば魔法実技と題した授業にも関わらず、魔法を使わせないボルグレア教官へのカルロの愚痴だった。そこにアルトやスーフィアまで便乗した事、更には中間テストが迫っていることが決め手に成となり、メルクリウスとそれに準ずる或いは並ぶとさえ思われている私の二人が指南役となって、三人に魔法の実践型を教えるという約束を一月程前からしていた訳だが、そこにアリシアが参加したのはメルクリウスの誘いという名の脅迫によるものだった。曰く、魔法をロクに制御できない魔術師など魔術師に非ず。見習い魔術師未満、魔法を扱うに値しない、と。耳の痛い話だ。私だってメルクリウスとの試合で夢中になって魔法を撃ち続け、暴走させたのだから。相手がメルクリウスだったから、私一人が魔力欠乏を起こすだけで済んだ。けれども。もしもメルクリウス以外だったらどうだろうか。

 

 冷静さを欠いた状態で魔法を扱う事の危険性なんて重々承知していた。していたにも関わらず、ああなってしまったのは私の未熟さの証左にほかならない。


 とかく、そんな感傷に浸る私に指南役として四人に注意事項などを言い聞かせていたメルクリウスが声をかける。

 

 

「ところでルミア、本物の魔術師とはどんなものだと思う?」



 メルクリウスの赤と青が踊る瞳が私を捉える。メルクリウスと同格の扱いを受け、四人の前に立つ私であるが、実際に私と彼との間にあるのは隔絶した差だ。

 事実として魔術師ランク四桁上位に位置する私は現魔術師の総数と比較した場合、それなりに高い地位にある。しかしながら、魔術師ランクは純粋な魔術師としての性能のみを表すものではない。九十九に値しない、或いは最も変動の激しい三桁数字の魔術師たちの殆どは実力が拮抗しているといっていい。また、下位にあっても活躍の場がないために頭角を現していない魔術師だっている。そういった場を求めて危険極まりない魔界へと躍り出た将来有望な魔術師はゴマンといる筈だ。そうして、日の目を浴びることなく死んでいった名もなき英雄たちの死の上に数多の功績が築き上げられてきたのだ。生死すら危うい世界で活躍することの難しさ。組織立っていなければ、生きる事すらできないのだから、そんな中で確実な成果を残し、のし上がることが可能な魔術師なんてほんのひと握りである事は明白だ。だからこそ、そのほんのひと握りたる、九十九の魔術師たちが入れ替わることは早々無い。あるとしても九十九内での変動、若しくは戦死した九十九の魔術師の埋め合わせとして順位の繰り上げが行われ、その時百位に位置している魔術師が九十九入りをする程度の事である。そういった経緯で九十九に入った魔術師は大抵、すぐに三桁落ちする訳ではあるが。


 魔界で活躍することで魔術師ランクを上げてきた魔術師と戦闘能力という面で比べれば、聖域内でのみ活動をしてきた私には実力以上の魔術師ランクが授けられているといっていい。だから、今現在の魔術師ランク以上の差が私とメルクリウスにはあるといえるのだ。しかし、それにしたって何を相手にするかでも変わってくる。私は軍部に所属して以来、ずっと聖域内部の外道魔術師たちを相手にしてきた。対魔術師の戦果によって、今の魔術師ランクにまで至った。無論、魔物を相手にするよりは遥かに危険度は低い。されど、腐っても魔術師だ。時には格上を相手にしなければならない時もある。1on1では勝つことの出来ない相手に時間稼ぎとはいえ、常に牽制を続けることの難しさ、一撃必死の魔法を避け続けることの緊迫感、更には周囲への被害も気にかけなくてはならない。一より十を選ぶ仕事だ。感情に任せることなんてあってはいけない。

 

 そんな軍属魔術師としての経験から言わせてもらえば、本物の魔術師とは人間性を捨てたものだ。血の涙を流しながらでもその手を汚せる者の事だ。だから、今この場でその言葉が一番相応しい人物を指差しながら、私は言う。


 

「メルクリウス」



 私に指差された彼は片眉を上げる仕草をして、別の解答を期待するが私にはそれ以外の答えなんてない。本物の魔術師がどんなものなのかと問われれば今の私には彼を置いて他に居ない。それにほんの少しだけ、嫌味を込める意味もあった。

 今日のアリシアとの一件で記憶のないメルクリウスが何故、その場に合わせる事が出来たのか。もしや、記憶が戻ったのかもしれないと期待する私がメルクリウスに訊けば、ただの推察だと言う。他者に対する身勝手な感情だ。けれども、少しぐらい報われたっていいではないか。彼に裏切られたのはこれが初めてじゃない。


 ――それとも、その考えこそが間違っているのだろうか。

 

 それに私はなにかを語るような柄じゃない。抽象的なぐらいで丁度いいのだ。

 やがて、私が考えを曲げないことを理解してか、メルクリウスは肩を竦めてみせる。それで代わりのように四人に言う。



「本物の魔術師とは迷う事のできる者だ。その在り方を探求し続け、答えを追い求めるもの。その対象は魔法だけではなく、あらゆる全てに対してだ。何も懐疑的である事がそうだとは言わない。真理を追求する事でもない。己の答えを追い求めるもの。それが本物の魔術師だ、と。まぁ、受け売りだがな」

 


 そういうものだろうか。彼も言っていたではないか。冷徹である事が魔術師としての強みになると。だからこそ、感情は煩わしかったのだと。


 また一つ、彼の歪さをそこに見た気がした。やるせなさのようなものを感じるのは偽善なのだろうか。それとも。



「何が言いたいかというと、あれだ。今から俺は限りなく、一般的な魔法の実践練習というものを教える。けれども、この方法を今後、授業では使うなよ」



 珍しく強い語気を放つメルクリウスにスーフィアがすかさず、手を上げる。



「どうした、スーフィア」


「はい。何故使ってはならないのでしょうか?」


「それは――」


「―――おぅ、おう。なんか見ねぇ顔がいると思ったら特高科の皆々様じゃねぇか。なんだぁ?こんな所で先生ごっこか?」



 スーフィアの質問に答えようとしたメルクリウスの言葉を遮り、そんな粗野な言葉が耳に入ってくる。言葉の出処は訓練棟正面出入り口。視線をそこへ移せば、普通科一年を表す紋様である一本杖の入ったローブを纏った学生が十数人、見えた。訓練棟に入って、すぐ横にいた私たちをついさっき見つけたといった体だ。先程、とんだ野次にその生徒たちはクスクスと嘲笑を漏らす。中でも一番前に立つ金髪の男子生徒は腕組みをしながら、こちらを見下すような目を向けていた。恐らく、先の言葉は彼のものだ。



「ハッ、魔法実技もロクにさせてもらねぇ優等生様たちが訓練棟で何をしているのかと思えば、授業とはっ。今年は特に落ちこぼれが多いらしいが、特高科も堕ちるところまで堕ちたってこたぁか」


「へレオンさん、貴族だっているんですし、やめといてやりましょうよ。やつら、ちっぽけなプライドが傷付くと喚き散らしてきますよ」



 見たところ、この集団の中心人物はヘレオンと呼ばれた金髪黒目の男子生徒のようだ。あとはその取り巻きといった具合で一見しただけでもその上下関係が察せられた。

 

 そういえば廊下ですれ違ったり、遠目に見られる、見ることはあったものの普通科生徒との直接の交流はなかったなと思う。そもそもが私自身、軍務として来ているのだから不必要な接触は避けているというのもあるのだろう。最近はメルクリウスに対して、護衛というのも烏滸がましい気持ちでいっぱいなのはさておき。


 そんな場違いな感想を内心で漏らしている間にも目の前の状況は刻々と変わっていく。



「何だ、お前ら?」



 いつもは暢気なカルロだが、あれで中々真面目な面があることに最近、気付かされた。そんな彼だからこそ、高圧的な態度のヘレオン達に馬鹿にされたことを良く思っていなのだろう。魔術師としても、学院の優等生たる得高科の生徒としてもあまり褒められた対応とは言えないがこういう時のストッパーとしていつだって完璧な対応をするのが人一倍、状況把握のうまい彼だ。



「カルロ、それは良くない。僕らはいちゃもんをつけに来たわけじゃないだろ。君たちも邪魔だったなら、謝るよ。僕らはもう少し、奥の方に行くから、それじゃあね!」



 そう、アルトは一言にこの場を纏めてしまうとカルロの背中を押しながら、訓練棟の奥へと向かおうとする。しかし、絡み方からするにこれは、そういう類のものだ。



「おいおい。どこ行くんだよ、優等生の皆様よぉ。そんなに怖がるこたァねぇだろ。ちょっくら、遊んでくれたっていいだろぉ?ほら、俺たちは体術なんかより、魔法の実践型を教わってるからよぉ。授業の復習に、さ」


「へレオン様、この方たちはまだ、魔法もろくに使わせてもらえてないから無理ですって」



 先と同様にまた笑いが沸き起こる。無論、こちら側は一切笑ってなどいない。

 とはいえ、不快なだけで腹を立てるほどのことでもない。かと言って無視しても何かと面倒な事になるのは目に見えている。



 ―――少し、足でも折っておこう。


 こんな所で助長されても困る。へレオン達は何も言わない私たちへと徐々に近付いてくるのだ。その無防備な所へ一撃、喰らわせれば―――



 トンッと肩に軽く触れられる。その感触に隣を見るとメルクリウスが私の肩に手を置き、首を振る。止めておけと言いたいのだろう。



「けど、」


「ルミア。大人しくしててくれ」



 なんだ、それは。私には落ち着きがないと言いたいのか。


 いや、違った。いつもの合理的判断の末に自分が出たほうが早いと考えたのだろうメルクリウスは、へレオン達に声をかける。



「なぁ。その話、詳しく聞かせてくれないか」



 まさか、コチラが乗り気になるとは思わなかったのだろう。私だってメルクリウスが真面目に相手するとは思わなかったのだ。皆が驚きに目を丸くする中、当の本人であるメルクリウスとヘレオンだけが平然と話を進めだした。




 


 二人の話し合いはものの数分で片付いた。その話し合いの様子からして、ここに私達がいる事を彼らは知っていたようだ。何をもってこんな喧嘩じみたことを吹っかけて来ているのかは依然としてわからないが、問題を起こした場合、より重い処罰が下るのは私たち、特高科の生徒だ。学院の顔という面を併せ持つ私たちはより質の高い教育を受けているわけだが、それに見合った行動や態度を求められている。それは担任であるローニウス先生から入学式当日の朝に聞いた通りだ。どのようなペナルティがあるのかはその起こした問題にもよるだろう。


 あちら側のメリットと言えば、そのペナルティを私達に課す事ぐらいだが、それにしても因縁のつけ方が雑すぎる。一体何が目的なのだろうか。



 果たして、その疑問はすぐに解決する事になる。



「おい、皆ァ!この優等生くんがよぉ、俺の相手してくれるらしいぞっ!しっかり、学ばせてもらおうぜぇっ」



 蔑んだ目だ。軍部にいた頃、良く見た目だ。侮りに満ちた嫌な目だ。


 その目を見れば、彼の目的はなんとなく透けて見えた。



「下らない……」



 ―――本当に下らない。メルクリウスなら分かるはずなのに。こんな単純で馬鹿らしい事、メルクリウスなら。



「じゃあ、試合開始の合図は予定通り、ヘレオン。君にお願いするよ」


「おお、優等生君に名前を覚えてもらえるなんて光栄なこったァ。で、そういうあんたは何だったっけェ?」


「メルクリウスだ。宜しく」



 周囲にいるのはヘレオンの取り巻きと私たちだけだ。けれども、平穏を望んでいるメルクリウスならば、いや本気を出すまでもなく彼ならば、早々に片をつけるだろう。ただ、そうなった場合はどう落とし前をつけるか、だ。実際、生徒同士の模擬戦が禁止されている訳ではない。今この時が問題なのではなく、今後、私達以外の特高科生に対して彼らがなんらかの行動を起こすかもしれないというその可能性が残るから厄介なのだ。別に私がそれを気にしても仕方がないし、極論で言えば私はメルクリウスとスーフィア、それにギリギリ、アルトやカルロを含めた範囲内の人物に対し、危険が及ばないならどうでもいいとさえ思っている。しかし、メルクリウスはそうではないだろう。彼は人間としての模範を貫こうとしている。アリシアの一件を解決したときの事を鑑みるならば、そのあたりの配慮まで考えているというのは十分あり得る。


 心がないとそうメルクリウスは言うが、その行動の結果までもが変わる訳じゃない。している事は人助けだ。私が悩む必要なんてどこにもないのかも知れない。



「じゃあ、行くぜ。メルクリウス君よぉ。コインが落ちたら、スタートだ。そらっ、行くぜっ!準備はいいかぁ?」


「あぁ、いつでも―――」



 ―――メルクリウスの言葉を結界内に突然、舞い上がる砂埃が呑み込む。

 

 一筋の閃光が煌めき、砂埃に包まれた結界の中で骨の砕ける嫌な音が鳴り響いた。


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