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魔術師の涙  作者: 冬雅
第二章 巡る思い
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第二話『続 学院の日常』


 人々の騒めきの中、背後にいたメルクリウスの声だけがやけに大きく聞こえる。



「大丈夫か、ルミア」



 決して大きな声ではなかったはずだ。寧ろ、耳元で囁くようにして掛けられたその言葉は私以外の誰にだって聞こえなかったのではないだろうか。返事を返そうとも内心は驚きに満ちていて、結果として私は呆然と立ち尽くすより他なかった。


 そんな私の身を案ずる言葉を口では紡ぎながら、その目は私を見てはいない。その視線の先、私が今も尚、腕の痛みに顔をしかめなければならない原因を作った赤髪の少女がいた。


 メルクリウスはその赤と青の瞳を細め、睨み据えた。

 その視線の鋭さに赤髪の少女が、アリシア・カルネシアがたじろいだのも無理はない。


 それは相手を敵である、と定めた者の目であったがゆえ。

 












 



 






 メルクリウスの、そして、私が半ば成り行き的に住まわせてもらっている状態たる寮室を出て、はや十分。

 

 私達五人は学院の正面玄関に辿り着いていた。本来ならば、五分でつく程度の道程であるはずがその倍もかかってしまったのは簡潔に言ってしまえば、話込みすぎたからだった。



 

 

 昨日一日が忙し過ぎて、話せなかった為に皆が皆、例の事件が起こったときに何をしていたのか、という話をしたがっていたのが主な要因だ。特に、私とメルクリウス以外の三人が一緒に行動していた事から少数派の私達二人が一昨日どうしていたのかについては質問攻めにあった。


 一昨日のことはよく覚えている。忘れようもない。無論、それらについて言及するなどということはしない。しかし、それ以外の事柄について私にはどこまで話してしまっていいものかが分からない。


 だから、私が頭を悩ませている間にメルクリウスが三人に話してしまうのは当然だった。隠したいことの多いメルクリウスが嘘を交えて、話してしまった方が遥かに都合が良いのだから、そうなるのが適当だろう。


 嘘を交えて、とは言ってもだいたいの流れは変えていない。メルクリウスが魔法を上手く扱え、武術の心得があるカルロとの模擬試合で見せた動きから、そういう事も出来るというのは周知の事実であったし、避難所で大勢の目の前で魔物を倒してしまった以上は急速に広まる事はなくとも、比較的活動的な三人の耳にはすぐに入ってきてしまうことだ。


 曰く、学生が魔物を倒した、と。


 それが特徴的な外見をしているともなれば、メルクリウスであると気付かれてしまうのも時間の問題でそれを変に隠してしまう方がおかしな話だった。


 その為、なるべく事実を織り交ぜながら、省いてしまえる所は意図的に省いて隠し、どうしてもそれが出来ない所は嘘で誤魔化しながら、話すメルクリウスは事実を知る私から見れば、胡散臭い詐欺師に違いなかった。


 とはいえ、それで出来上がった話は『魔物を倒す一歩手前まで追い詰めた事』ぐらいが三人にとっては衝撃的な事であるだけのそれ以上に語るべき点はない話、というものだ。


 なかなかに上手い作り話だと思う。そもそも毎日がそんなにも華やかであるはずがないのだ。それは緊急時も同じで、飾りたてるような話題などさしてない。不幸な話もまた、同様に。

 それが普通の、ありきたりな人生というものであることは疑いようがなく、そうであった方がよっぽど幸せなのだ。


 幸せも不幸も過不足では人は生きていけないだろうから。

 

 そして、話し終えたメルクリウスが話の流れとして三人はどうであったのか、と問えば、彼らは彼らで日常を謳歌しているように思えた。さきの話を持ち出せば、これこそが普通である、と思わせるような話。


 笑い所はカルロが自分で自分をぶん殴ったと言うことらしかったが、私には少し、分からない。メルクリウスは笑っていたがその顔の下はきっと無表情だ。


 そして、彼らの話が終わり、魔法の詠唱で鍛えられた魔術師特有の早口である筈なのに聞き取りやすい言葉でまくしたてられるのは今朝のことがあればの事だ。

 一度は収束したはずだったその話題が再燃したことで、私は普段から少ない口数が更に少なくなって、遂にはただ顔を赤くさせるだけの阿呆になってしまった。


 私は自分では感情を完全に制御できているつもりでも、任務時に冷徹になれたのは制御していたのではなく、冷たい自分に酔い痴れていただけなのだとそう思い知らされる。


 それは今の現状が物語っていて、私はひどく安堵してしまっていた。


 メルクリウスという存在が私にまざまざと心の重要性を見せつけるのだ。それは日増しに私の中で大きくなっていって、同時に不安感を植え付ける。


 ただの女の子としての私は安堵しているのに、軍属魔術師としての私は怒り狂い、戻って来い、お前の夢はあの人の隣に立つことだろうともう、忘れてしまいたい望みを叫ぶ。


 いつだって私の激情にはあの人が、メルクリウスがその中心にいる。


 困ったものだ。歓喜するも絶望するも、あの人がメルクリウスであったことを知った今でも、それは変わらない。


 今もこうして私が羞恥に悶えるのだってやっぱり、メルクリウスが関わっているのだ。





 結局の所、メルクリウスは最後にこんな言葉で私達の関係性を締めくくった。



「確かに。俺はルミアと同棲しているし、そこで男女の関係を勘繰られるだろう事も承知している。だけど、俺達は幼馴染だからそうしているだけで今の所、そういう感情がある訳じゃない」


「今の所、ですか……」


「まぁ、メルクリウスとルミアなら誰もとやかく言わないと思うんだけどな……」

 


 目敏く追及するスーフィア、カルロはボソリと呟き、アルトは何も言わぬが仏と考えたのか、眼鏡を押し上げるに反応を留めた。

 私は、といえば各々の反応を観察しながら、関心をメルクリウスに、ひいてはあの人に向けていた。記憶を失くした、とそうは言うものの今朝のフラッシュバックから考えれば彼らは同一人物だ。そうであるならば私はこの護衛任務と称された生徒ごっこを己の糧としながら、この人の側にいる価値を見出だせる。

 

 メルクリウスにとってそれが幸か不幸か、そんな事も考えもせずにエゴを満たす為だけに。


 




 そんなこんなで私達の事について、一区切りが付いた頃だったのだ。学院の正面玄関に辿り着いたのは。

 そして、そこで出会ったのは真っ赤な髪に強気な目をした同じ歳の少女だった。

 

 アリシア・カルネシア。


 十五大貴族に名を連ねる名家カルネシア家の長女にして才女。

 軍属魔術師として強さばかりを追い求め続けていた私が、魔力欠乏の後遺症で一時的に魔法を使えなくなってしまった際、空いた時間で頭に詰め込んだのが十五大貴族の家系、その現当主と在学生中の十五大貴族の嫡子だったり、その兄弟姉妹だったりの名前だった。最低限の礼儀やなんなりは当然、教え込まれたが十五大貴族なんていう政治的立ち位置の最高に名を連ねる家系に下っ端軍人である私なんぞが出会う筈もなく、今日の今日まで、正確には数日前まで必要のない知識だったのだから仕方がない。そもそも軍部に所属する私には十五大貴族といえど、難癖をつけたりすることは難しいから例え、問題を起こしてもよっぽどでない限りは許してもらえるのが現状だ。


 それはさておき、その詰め込んだ知識の中にアリシア・カルネシアの名があった。


 


 この赤い髪の少女はどうやら、私達を、もっと厳密に言うならば私を待っていたらしい。

 

 仁王立ちで待ち構えていたアリシアが私を認めるなり、真っ直ぐに歩き向かってきた。ただならぬ気配を感じ、隣りに居る筈のスーフィアを見るが、いない。周りを見渡せば、美しい青髪の後ろ姿が校内へと入っていくのが見えた。


 私が立ち止まるのを察して後ろで歩を止めたメルクリウスがどうした?と尋ねるが私は彼を振り返って、首を振るしかない。


 私にだって因縁をつけられる理由なんて一つぐらいしか浮かばないし、それにしたって何故、今なのかと問いたい。


 アリシアが私より数歩手前で止まる。そこは絶妙に間合いの外にあるような距離で、私に不穏さを感じさせる。

 


「何か……?」



 私が尋ねると彼女は私の方を指差し、高らかと叫んだ。



「貴方、学院を出ていきなさい!」



 そう叫ばれた本人はなんのその、といった顔で頭に疑問符でも浮かべた表情のまま、首を傾げる。


 赤と青の瞳が彼女を不思議そうに見つめていた。

 


 


 

 

 

 


 

 


 



 


 

 

 

 

 そう、アリシアは私に用があったわけではないのだ。メルクリウス……メルクリウス・レイシェントに用があったのだ。


 メルクリウスは指差された当人でありながら、不思議そうに立ち止まっていたのをやめて、歩き始めた。

 その不遜な態度にアリシアが怒らないはずがなかった。



「ちょ、ちょっと!貴方、待ちなさい!私の言葉が聞こえなかったのかしら。貴方には学院を出ていくように言った筈よ」


「どこの誰がそれを認可したんだ?」



 アリシアの上から目線な物言いに対し、メルクリウスは律儀にも再び立ち止まって、物怖じしない(少なくとも、メルクリウスに感情がないことを知る私以外にはそう見えている)態度で答えた。


 しかし、それは火に油を注ぐのと同じだ。


 

「貴方、私を誰だと思ってるの?私は十五大貴族が名家カルネシア家の長女よ。貴方なんてすぐに追い出せるほどの権力が――」

 

「だから、その権力とやらはなんの役に立つんだよ。君はそれがこの学院でまかり通ると思っているのか?

 早とちりもいいところだ。馬鹿な事をしても家の評判を悪くするだけだぞ」



 メルクリウスの言葉にアリシアはすぐには反論できないのか、ぐっ、と言葉をつまらせた。



「君はもっと聡明な淑女の筈だろう。それはカルネシア家の歴史と血筋が証明している。それにその美しい赤髪が何よりの証拠だ」



 メルクリウスは恥じる事もなく、そんな事を言ってのけると用は済んだとばかりに彼女の脇を通り抜けて、校舎へと入ろうとする。



「ば、ばかにしないで!」



 それは癇癪だったのだろうか。それとも言うことを聞かないのならば、と最初から決めていた事なのだろうか。


 アリシアが両の手の平を、歩き去ろうとするメルクリウスの背中に向けた。



 私はそれが魔法を放つ予備動作であると気づくより前に、彼女が手を動かしたと同時に駆け出していた。それは抗い難い衝動であった。




 辺りに火の粉が散り、青白い炎が舞う。

 


「め、メルクリウス……!」


 

 私が魔法を撃とうとするアリシアの脇をすり抜けて、メルクリウスを庇うようにして出た時にはアリシアの魔法は完成していた。



 浮遊する炎の槍。その数は二本とはいえ、十分な熱量を発していた。



 アリシアが、突然飛び出した私を見て、驚愕の表情を浮かべる。そこにあるのは驚きだけではない。確かな恐怖があった。



「あっ」



 その声が誰のものであったのかは分からない。しかし、そんな事は関係のないことだ。


 炎の槍が私に迫り、防性魔法を展開する間もなく、せめてもの防御として腕で顔を覆う。


 ――だから、火に油を注ぐだけだって言ったのに。そう思ってももう遅い。


 



 私の腕に炎の槍が触れる直前、ボウっという音と共に炎の槍が掻き消え、熱波が私の腕の皮膚を焦がす。





 痛みを堪えながら、見ればアリシアの顔にはありありと恐怖が浮かんでいた。

 


「大丈夫か、ルミア」



 大丈夫な訳がない。私の無言の圧力を感じてか、メルクリウスが回復魔法を使って、即座に私の怪我を治した。

 軽いものであったとはいえ、温かな光を一瞬にして生み出し、痛みすら瞬時に取り除く手際の良さはなるほど、たしかに《最強(ザ・ワン)》の魔術師たる者の魔法であると言えた。それは本当に刹那の事であったし、メルクリウスが目隠しになっていたから私の火傷に気付いた人は恐らく、いなかっただろう。


 そして、一連の事をメルクリウスはアリシアの方を見ながら行っていたのだから驚きだ。


 アリシアは顔を蒼白にさせて、いやいやと首を振っている。火傷させられたとはいえ、メルクリウスの魔法で跡形もなく綺麗になったし、最後の瞬間、炎の槍を消したのは紛れもなく、彼女の操作によるものだ。魔法の熟達者であろうメルクリウスが消したにしては慌てすぎているように思えたのがその要因だ。そして、それらを思えばみているだけで痛ましくなるような様子、という感想も湧いてこようというもの。


 ただ、それは論理的に思考するメルクリウスにとっては違ったようだ。


 

「アリシア・カルネシア」



 メルクリウスに名前を呼ばれ、彼女はビクリと肩を震わせる。勝ち気な目は心なしか、輝きを失っているように思える。



「君は魔法の制御もろくに出来ないのに魔法を威嚇に使ったのか?それも同級生に」



 アリシアはもう、何も言えない様子だった。彼女には黙ってメルクリウスの言葉を聞くより他になかった。



「君はこの学院に入学し、特高学科に入るほどの優秀な人物なんだろう?だったら魔法を無防備な人に向けた時、どれだけ危険かわかるんじゃないか?

 ルミアだったから、この程度で済んだ。だけど、それが別の誰かだったら?ましてや、君の魔法制御の再接続が少しでも遅れていたら?

 それぐらいの可能性はいくらでも考えられるだろ」



 メルクリウスの言葉は正しく説教だった。


 それを聞く赤髪の少女は蒼白にさせていた顔を徐々に赤らめ、遂には目に涙を浮かべ始めた。



「も、申し訳ありませんでした。こんな、魔法を放つ、つもりなんてなかった……ましてや当てるだなんてこと。で、ですが私は……私は……」



 身体だけでなく、声まで震わせたアリシアは片腕を抱き、俯きがちに謝罪する。


 それに対して、メルクリウスが黙ってしまったので今度は私の出番だ。



「私のことは気にしないで、いい。でも、貴女の取った行動は間違ってる。それを繰り返すのは駄目」



 口下手な私にしては頑張った方だろう。これで意図が伝わればいいが。こういう時、私は魔法言語の方が自在に操れるような気さえしてくる。不思議なものだ。


 アリシアは涙を溢しながら、再度、謝罪を繰り返した。



「わ、私は……私はただ、貴方に……。ごめんなさい……ごめんなさい!」



 それだけ言い残し、アリシアは校舎とは逆方向、つまり寮の方へと走り去っていった。


 当事者とはいえ、加害者の側であるアリシアがここにいない以上、私達もここで呆然と立ち尽くすわけにもいかない。正面玄関前であったこともあり、先程の寸劇を目撃した生徒も多く、なかったことにするわけにもいかなかった。



 結局、私達は職員室へと向かうことになるのだった。


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