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魔術師の涙  作者: 冬雅
第二章 巡る思い
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第一話『学院の日常』

第二章 開幕です。


 数日間の入院、そして歴史を揺るがしかねない事件を経て、私は日常へと再び、舞い戻ってきていた。


 あの事件から一日。被害にあった街道整備をはじめとして、半壊した避難所の再築や病院設備の再設置など様々な事が急ピッチで進められ、学院も総出での学生街の復旧は魔法の恩恵もあってたったの一日で粗方、終わってしまった。

 起きた事態を鑑みれば、極小の被害だと言えないこともないが、それでも出た被害はそれなりにある。

 

 それが魔法によって修復されていく様は魔法による建物の修復にも携わる事が多いイーラに属していた私ですら、見ていて感動に似た感情を覚えるほどのものだった。

 

 特に現学院長《黒葬》レイデン・ガルロニア殿の魔法は素晴らしいものだった。人としての心を残しながら、魔に堕ちし竜魔術師と呼ばれる御仁の魔法は圧倒的だったのだ。


 長らく中央への出張に行っていたレイデン学院長が竜の姿で朝日を背に飛んできた時は新手の魔物かと街中が警戒したものだが翼を折り畳み、街道に着地したレイデン学院長が指示を出し始めると皆、安心した顔で作業に臨んでいた。レイデン学院長個人も魔法を操り、半壊していた避難所を一瞬にして以前の避難所よりも良化したのを見て、スーフィアが黒葬様と呼び慕うのも分かる気がした。


 そんな一幕もあり、事件から数えて二日目にして、私達はもう学院へと通えるという異常事態が起きていた。

 街の修復が一日待たずして終わった事は驚嘆に値し、早くも日常が戻りつつあることに戸惑いを隠せない。


 あの時はこうはいかなかった。七年前のあの時は。生存者なんてまともにいる筈もなく、生きていたとしたって身も心もボロボロの人ばかりだった。

 かくいう私はまだいい方でメルクリウスという恩人がいて、強くなるという目的があったからどうにか、今日まで生き抜いてこれたのだ。もしも、それすらなかったらと思うと身を震わすこの寒気で心の臓すら鼓動を止めてしまうだろう。



 


 私はベッドから起き上がり、まだソファで寝ているメルクリウスを起こさないように朝食を作る。そして、いつの間にか同棲する事を許されてしまった自分がいる事に今更ながら気付いた。


 それは私を助けたことすら覚えていないことに対するメルクリウスの気遣いなのか、単純に諦めただけなのか。気にしないといった手前、私から同棲を拒むのも可笑しな話で何より、今から寮室を変えるとなると色々と面倒だ。

 行きがかり的にそうなるのは当然ではあり、当初の私の意向通りとはなった。しかし、だ。私が同棲を申し出た理由を思い出してほしい。

 

 私が申し出た理由はメルクリウスを護衛するという任務があったからだ。そこには、メルクリウスが赤と青のオッドアイに金髪のイケメンだからとかそんな低俗的な事実が無いという事は分かってもらえると思う。

 メルクリウスが外見上、魅力的な事はこの際、どうでもいい。別に否定する程の事でもないし、実際にメルクリウスの外見は客観的に見て、人目を惹く神秘的な容姿をしているのだから、それをわざわざ否定したって捻くれにしかならない。

 護衛する上で常に近くにいる事は最低限、守るべき事項だ。護衛対象が無防備になる状態を作らないことこそ、護衛任務の絶対の掟だ。


 とまれ、そんな事情があっての同棲だったからメルクリウスが現魔術師ランク一位にして《最強ザ・ワン》である事を知った今。その理屈はまかり通らなくなった。

 文字通り《最強ザ・ワン》の魔術師に隙なんてものがあるだろうか。確かにメルクリウスだって、魔法も武器も使えない状況であればどうしようもないかもしれない。メルクリウスのことだから、それでもどうにかしはするのだろうけど。されども一般的に考えて現時点において最強と仇名される魔術師を狙う馬鹿がいるだろうか。いたとして、その成功率は如何程のものなのだろうか。


 魔術師というものは大抵が化物じみた存在で魔性に片足を突っ込んでいる頭のおかしな人間の総称だ。

 そんな者の頂点に立つ人物が怖くないはずがない。たとい、メルクリウスがそうであると知らずともその身から漏れ出る強者の風格というものを襲撃者が敏感に察知すれば、悲劇は起きないのだが。



 

 私はメルクリウスが起きてしまう前に朝食の準備を済ませ、食卓に並べる。本人曰く、睡眠時間は自在に調整出来るらしく、敵意のある存在が近付けばいつでも起きられるらしい。しかし、私が見る限りではメルクリウスが自分から起きてきたことは無いので、もしかしたら嘘かもしれない。


 それとも信頼……されているのだろうか。


 いや、ないだろう。何を考えているのだ。たった数日の付き合いでどうしてそこまでの関係性が生まれようか。


 どうやら私は楽観的な性格をしているらしかった。メルクリウスと出会って、学院で過ごす数日の内に私は私を以前よりも知る機会が増えたように思う。


 それは喜ぶ変化なのだろう。しかし、戦闘では邪魔になってしまう私だ。気を付けなければ、私は私に呑まれてしまう。くれぐれも用心しなければ。



 そんな事を考えながら、いつの間にやら寝やすいように改造されたソファに寝るメルクリウスに近づく。


 女である私でも嫉妬するほどの綺麗なサラサラとした金髪に、整った顔立ち。今は閉じられ、見ること能わぬ双眼は赤と青に彩られ、不思議な魅力を彼に与えている。


 瞳を閉じ、眠る彼はどこにでも居るただの青年のように思えるがその実、誰もが恐れ敬う《最強》。人類最強の存在であり、私の命の恩人。

 

 七年前のあの日に一度、そして模擬試合に一度、三度目は一昨日の事だ。


 メルクリウス自身の記憶が曖昧な七年前のことを抜きにしても私はこの人に二度も命を救われている。それに対して私はどうお詫びをすればいいのか、分からない。


 彼は私へ己に心がないことを告白した。


 そこにあるべきはずの感情はどんなものだったのだろう。彼自身ですら最早、それを知る術はなく、他人でしかない私には想像することも烏滸がましい。私は守られている側の人間で、彼のその在り方に異議を唱えることも、彼を諭すことも出来ない。私個人の感情を彼に押し付けても彼の選択肢を狭めるだけだ。


 そうはなりたくない。けれども、誠に自分勝手な話ながら、私はメルクリウスに人間らしくあってほしい。


 悩んで、迷って、傷付いて。


 その末にあるものを人は優しさと呼ぶから、私はメルクリウスにそうあってほしいと望んでしまう。機械的な何かであって欲しくはないとそう思ってしまう。


 この感情は恋なんかではない。そんな大層なものでも尊ばれるべきものでもない。


 きっとこれは期待だ。


 誰かに期待する事の愚かさもその身勝手さもよく知っている。けれども私はそれを抱かざるにはいられない。


 それは私が感情を持つ人間であるからに他ならないからだ。


 感情というのはそうやって勝手に湧き上がって自然と消えてしまうような、そういう不確かで透明な儚い存在なのだとそう思う。


 そういう意味で彼のその在り方は心に似ている。目を離した隙に何処か遠くへいってしまえる力がある。何者よりも強い力が。そしてそれを抑制している誓約なるものがあると彼はいう。けど、きっと彼を縛っているそれすらも本当の意味では何も彼を縛れてはいない。

 彼が今ここにいるのはそうせざるを得ないからではなく、それ以外にするべき事もないからだ。

 彼はまさに今この瞬間、再び、兵役に付けと言われれば、拒否の言葉を一つだって漏らすことも表情一つも変えずに全力で任務を全うするだろう。


 彼が日常への執着を持たないが故に。


 ああ、私はとんでもないことを考えている。こんな事は人類の為にならない。機械は機械であったほうがいい。そのほうが使い勝手がいいのだから。


 だけど、私はその機械をそうでないようにしたい。私の馬鹿みたいな想いの為に。


 恋と呼ぶには余りに苦く、愛と呼ぶには余りに儚いこの想いを私はどうすればいいのか分からない。



「どうした、ルミア」


「……!」



 気付けば、私とメルクリウスは鼻先が触れ合うほどの距離にいた。メルクリウスの双眼に私の赤い目が映り込んでいた。


 私の銀の髪がメルクリウスの顔に掛かり、むず痒さに襲われたメルクリウスが頬を掻く。それが恥ずかしさからのものであったら私も少しは喜べるだろうに。


 そんな願いも虚しく、メルクリウスには一切の動揺が見られず、私はほんの少し、悔しさを覚える。


 私だって百人いれば、五十……いや十……五人ぐらいには可愛いと言われるはず……いや、一人だって私を見ている人なんかいないかもしれない。やっぱり自分の容姿なんぞを語るのは宜しくない。


 ともあれ、私はメルクリウスの顔を覗き込むような姿勢から立ち上がろうとして、メルクリウスの視線が何かを見つめているのに気が付く。


 

 その視線を追えば、私の上半身に辿り着き……ん?



「め、メルクリウス……どこをみているの……?」



 羞恥のあまり、ふるふると声を震わせた私は自然と握り拳を作り、それが決して上がってきたりしないように必死に下へと腕を真っ直ぐに伸ばすようにする。


 メルクリウスの視線の先に何があったのかは言わずもがな、だ。


 ゆるい寝間着でしかも、たまたま上の肌着を身につけていなかったことが災いし、メルクリウスからはほとんど見えてしまっていた事だろう。


 しかし、私にも非はある。だから、私はこうして必死に衝動を抑えている訳だ。



「その服……何処かで見たことがあるんだが、思い出せなくてな」



 だから、メルクリウスがいったその言葉にすぐには反応出来なかった。よくよく考えて見ればその寝間着は孤児院にいた頃に着ていた物をリサイクルしたものだった。勿論、七年前のサイズのものであるから着ようと思って着ることが出来ないのは当たり前で、勿体なく思って新しい服を買うよりも素材を提供して、作り直してもらったほうが安く済むならと服屋に頼んで寝間着として作ってもらったものだった。


 その服は狙ったわけでもなんでもなかったのだが、何の因果か、七年前のあの日に来ていた服を再製したものであったのだ。


 一抹の期待を抱く。


 しかし、メルクリウスが次の言葉を発するよりも前に部屋の外から話し声が聞こえた。



「メルクリウス、いるか?」

 

「やっぱり早すぎるのではないでしょうか?」


「大丈夫だと思うよ。メルクリウスはあれで早起きだろうし」


「まぁ、確かにそれはそうですけど……」



 声からしてカルロにスーフィア、アルトの三人だ。この三人とメルクリウスを合わせた四人で私が入院していた間、毎日学校に行っていたのだろうか。それにしては早すぎるんじゃないだろうか、三人とも。


 いや、今はそんなことよりも……。


 

「それに今日はルミアも迎えに行かなきゃならないだろ?ルミアの寮室が何処にあるかなんて見当も付かないんだ。メルクリウスに聞くしかないだろ?」


「本当に知っているんでしょうか」


「あいつら、幼馴染なんだろう。じゃあ知ってるだろ。それはそうと、まだあいつ起きてないのか?なら、入ってもいいよな?」


「カルロ、遠慮というのを知りましょうよ」



 私は呆れたアルトの言葉に共感しながらも事態の深刻さを悟る。

 メルクリウスと顔を見合わせるがお得意の『何も感じてないけど意図を伝える為だけの表情』で困り眉を作り、私に何の作戦もない事を伝えていた。



「まぁ、メルクリウスだし、いいんじゃないか?」


「あっ、カルロ。駄目ですってば」



 そう言ってアルトの制止を無視してカルロがドアを開く直前、せめて、メルクリウスから離れようとした私は足を滑らせる。





 そうして扉を開けたカルロ達が目にするのは横になったメルクリウスに覆いかぶさる私だ。


 終わった。何がかは知らないが。


 


 


 


 


  

 

 

 

 



 扉を開けたら、そこには友達の幼馴染同士が抱き合っているところに遭遇した。それが俺の見たありのままの光景だ。


 直感的にヤベっと声に出してしまい、扉を勢い良く締め直す。


 暫くして制服に着替えたメルクリウスが部屋の扉を開け、俺達を室内へと招いた。学院へと登校しなければならない時間までには十分、時間があったからこそ、待っていたわけだが、招かれた室内にはメルクリウスと同じく既に制服姿のルミアが俯きがちにソファに座り、頬は仄かに赤みがかかっていた。


 対してメルクリウスは平然としたままだ。友達に幼馴染とイチャついてる所を見られたっていうのに大したやつだなと感心しているとメルクリウスが先の出来事を説明しだした。


 つまり、こういう事らしい。寝ているメルクリウスを起こそうとしたルミアが誤って、足を滑らし、メルクリウスの上に乗っかってしまった、と。


 ああ、そうなのかと頷いた俺にスーフィアが悲鳴にも似た声を上げた。



「そ、それは同棲しているということですか?!」


「そういうことだ」



 いや、どういうことだよ。なんでお前はそんなに平然としているんだ。同棲だぞ?しかも同年代の美少女と。


 特高学科には貴族だとか名家っていうやつが多いせいか、美男美女が多いけどスーフィアとルミアはそんな中でも噂される程の美少女だ。


 スーフィアの言葉にビクっと肩を震わせたルミアの反応が物珍しく、そのスーフィアはスーフィアで卒倒しそうな感じさえ出している。メルクリウスは相変わらずだし、俺と気持ちを共有しているのはアルトぐらいのもんだろう。


 俺はそう思い、アルトを見ると丁度あっちも同じことを考えたらしい。目が合い、二人して苦笑いを浮かべる。


 メルクリウスの寮室……いやさっきの話通りなら、正しくはメルクリウスとルミアの、となるのか。それはさておき、コイツらの寮室に暫しの沈黙が訪れる。


 どうするんだ、これ。と俺が思い始めた頃、メルクリウスが徐に食卓につき、「頂きます」と言って用意してあった朝食を食べ始めた。


 嘘だろ、お前。

 爆弾発言をした張本人がその状況を一切、省みずに普段の生活に戻り始めた。


 無表情なルミアが冷静にそういう事をしたならば、まだ理解できなくもなかった。学院生活二日目にして、礼をしたまま、眠るなんていう事を仕出かした奴がするのなら。とはいえ、それも後に極度の疲労からだと分かってからはすげぇなとしか思わなくなったが。


 しかし、だ。比較的、表情豊かなメルクリウスがそれをするのは少し、違和感を覚えた。


 こいつ、感情がないのか?


 冗談交じりにそんな言葉を発そうとして、模擬試合の決着、その時のメルクリウスの無表情を思い出す。



「まさか、な」



 近くにいたアルトには聞こえたのだろう。不思議そうな目を向けられるが何も聞かれはしなかった。




 


 そんなメルクリウスの様子にいつものペースを取り戻したのかルミアも席について、用意されていた朝食がルミアの手作りだという事をメルクリウスが暴露して、騒ぎが起こって数十分。


 メルクリウス達の食事も終わり、学院へとそろそろ向かわないと行けない時間になった。


 

「じゃあ、行くか」



 メルクリウスがそう言って、俺達はそれぞれ自分の荷物を持ち、部屋主たるメルクリウスとルミアの二人を最後尾として部屋を出る。


 寮を出て、俺達は一昨日のことやさっきの事、それから他愛もないことを話しながらそれぞれの日常、いや俺達の日常が戻ってきた事をひしひしと実感していた。 

 

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