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魔術師の涙  作者: 冬雅
第一章 何者
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第十四話『関係性、その行方』


 メルクリウスから衝撃の告白……いや、それでは昨日だけでも該当するものが多すぎるか。

 何はともあれ、私にとって最も衝撃だった事実である、私を助けた事すら覚えていないというメルクリウスの言葉は私に多大なる精神的ダメージを与えていた。

 

 昨夜は人が多すぎるということもあり、学院の敷地内に入ることが出来ず、寮に帰ることも出来なかった。

 

 野外で夜を明かす事になるのかと私が半ば諦めかけているとメルクリウスが一軒の高級そうな宿の前で立ち尽くし、「ここでまっていろ」とだけ言って、私を置いて宿の中へ入っていった。

 やがて、何やらほくそ笑んだメルクリウスが宿から出て来た。そして、何をしたのかと訝しんでいた私にこの宿に泊まれるよう交渉してきたと言う。

 一体、何をしたら非常時にこんな高級そうな宿に泊まれるのかと問う私に「お金の力」とだけ答え、一足先に宿へと入っていく。クラリと目眩を覚えるような言葉が聞こえたような気がしたが、私はそれを必死に正当化し、置いていかれないようにメルクリウスの後に続いたのだった。


 そんな一幕があって今日。たった一つしかない病院は襲撃され、昨日私達が避難した避難所の他に、三つの避難所が魔物による攻撃を受け、内一つは半壊するほどの被害を受けた。

 それでも魔物の発生による街全体の被害としては小さなものだと言えた。七年前の魔流事件を振り返れば、こんな被害では済んでいなかったのだから、人類が学習した結果と言えるのか、はたまた発生した魔物の強さが大したことのないものであったのが幸いしたのか、定かではないものの十分にこれだけで良かったのだと言える。



「ルミア、おはよう。昨日はよく眠れたか?」

 

「おはよう。

 昨日みたいなことがあって、眠れるわけ無い。それに……」


「それに?」


「……なんでもない」



 ドキドキしすぎて、寝れなかったという言葉が喉元までせり上がってきたのを慌てて誤魔化す。


 私は男女の仲がとうとかそういうことは気にしない。気にはしないが緊張しないかどうかはまた別の話だ。おまけに向こうは覚えていないとはいえ、メルクリウスは命の恩人で、憧れの人なのだ。二人寝転がっても十分に大きいとはいえ、同じベッドで寝ていて、胸の高鳴りを抑えろという方が無理な話だった。


 何かを期待しているとかそういう話じゃない。物理的な距離は精神的な距離に比例する。その二つに距離としての差がある事は違和感を生み、違和感はともすれば不安を呼び込み、不安が更に緊張を作るのだ。

 同じベッドの上というのは数日前に初めて出会った私達にはあまりにも近すぎる距離だった。何度も繰り返すようだが、しかもそれが憧れの人なのだ。近付きたいと思うその一方で、実際の関係性はほんの数日前に初めて出会ったばかりの友人同士だ。葛藤にも似たその感情を燻らせたまま、昨夜を過ごした次第だ。当然、十分な睡眠はとれなかった。


 かくいう、メルクリウスはベッドに横になるどころか、ベッドの上で瞑想しだす始末だ。一体何をしているんだ、この人は。最終的に一番眠れなかった原因はそっちの方にあったというのがなんとも笑える話であった。


 とはいえ、私が目を覚ました頃にはメルクリウスも横になっていたようで丁度、目が合い、先の会話が展開された訳だ。


 メルクリウスは昨日の感情がない発言が嘘のように微笑み、そうかと言ってベッドから抜け出し、部屋に備え付けられた紅茶を淹れ始めた。


 それを目で追っていると急にメルクリウスが振り返るので、私は慌てて目を逸らす。


 

「ルミアも飲むか?」

 

「いや、いい」


「そうか。上手いんだけどな」



 そういう事じゃない。なんで同じベッドで一夜を明かしてそんなに平然といられるんだ。感情がないからか。


 ああ、普段ならこの程度のことで狼狽える私じゃないのに、メルクリウスといるとペースを掻き乱されてばかりだ。



「暫くしたら、宿を出るから準備しておいてくれ」



 見れば、病院に置いてあった私の荷物は昨夜の内に全て宿に持ってきてあった。夜の内にメルクリウスが宿を出たとは思えないから、昨日、メルクリウスを私に充てがわれていた病室で見つけたときにはもう、《想庫》に入れてあったのだろう。病院が襲撃されたというのは宿屋の人に聞いて知ったことだが、そうとなればもう戻れないというの周知の事実であるし、本来今日で退院する予定だったのだ。感謝こそすれ、勝手に荷物を持ち出した事を怒るのはお門違いというやつだろう。


 準備、とはいえ私の大凡の荷物は病室で散らかしていなかったこともあって、比較的整理されている。今更、するべき事もない。と思っていると突然、紅茶を飲み終えたメルクリウスが服を脱ぎ始めた。


 

「な、なにを……?」


「着替えだが?」



 だが?、じゃない。なんで魔法を使わないんだ。正しく私の心情を汲み取ったメルクリウスが納得の笑みを浮かべ、口にしたのはこれまた頭の痛くなる事実だった。



「こういう生活魔法も学院の敷地内では許可されてないんだ。この魔法も少し用途を変えれば、人一人、消すこともできるからな」



 そんな生活魔法の用途、ワタシ、シラナイ……。

 許可されていない。それはわかった。仕方ない。だからとはいえ、目の前に女の子がいるのに脱ぐやつがあるか!



「メルクリウス。今の状況、考えて」

 


 シャツに手をかけ、鍛え上げられた腹筋がもう見えていた。そして、同様に筋肉質な上半身が顕になるか否かの所で止めたメルクリウスが頭に疑問符を浮かべる。



「ルミアの言いたいこともわかるが、こういう非常時だからこそ、普通に生活するべきだぞ」



 全然、分かっていない。何一つとして。

 して、メルクリウスがシャツを脱ぎ切り、上半身裸の状態になった頃、扉をノックする音が聞こえた。


 メルクリウスは自身の現在の状態も気にせず、扉を開け、そこに居た宿屋の中居さんをほんの少し、驚かせる。そして、その中居さんは同じく部屋の中にいた私とメルクリウスを見比べて、ハッと目を見開かせ、「これは申し訳ありませんでした」と微笑とともに扉を閉めた。


 絶対に勘違いされてる。間違いなく、確実に。


 私は手で顔を覆いたくなるのを必死に我慢し、メルクリウスを睨み付けた。

 


「馬鹿なの……?」









 





 私も着替えるから、とメルクリウスに言うとやっぱりというべきか何なのか、「分かった」と言って部屋に居残る気配を見せたから、ちょっと部屋を出ているように言う。終始、困り顔だったメルクリウスは部屋に出された瞬間に「あぁ、なるほど」とか言っていた気がするが、無視だ、無視。

 メルクリウスがこの宿をとってくれたおかげで一晩を屋外で過ごすなんてことにならなかったのはその通りだ。

 それ以前のことだってそう。昨日、魔物の襲撃にあった時だって、助けられたし、七年前の事なんかは言い訳のしようもなく、私は救われた側の人間だ。


 だけど、それにしたってこれはない。デリカシーがない、という言葉じゃ片付けようがない。常識がないのだ、とそう思えるには十分すぎる出来事だ。


 私もまだ、本調子ではない。生活魔法の中でも《物質置換》の魔法はそれなりに難しい魔法に値し、リハビリに使う魔法でないことぐらいは理解していたからこそ、こうして自分で着替えている訳だが……。そういえば、と思い出す。


 そういえば、病室には服を何着から隠してあったはずだ、と。その服はどうなったのだろうかと荷物鞄の中を見れば、一着として病室に取り残されているだろう衣服が、ないなんてことはなく、全て綺麗に畳まれ、入っていた。


 衣服を干していたのは私と病院関係者しか知らない隠し場所だ。何で、メルクリウスが……?

 そして、勿論ではあるがそれらの衣類の中には下着類もある。

 顔に熱が集まる感覚。いま、鏡を見れば林檎見たく赤くなった自分の顔がある事だろう。



「うぅ……」



 呻き声にも似た声を上げ、こればっかりはどうしょうもないと自分を無理に納得させ、開き直って着替え始め、終わるまでに三十分も時間が掛かった。着替え自体は五分か少しで終わったので二十分近く、うだうだしていた事になる。












 部屋の扉を開けると廊下の壁にもたれ掛かり、読書するメルクリウスの姿があった。


 

「遅かったな」



 私が近付くと顔を上げ、そんな事を言うメルクリウスに今度こそ、私は怒っていいのではないかという憤りを覚える。

 メルクリウスを殴るという暴挙には出なかった私を褒めてほしい。


 結果だけをみればその過程がどうあれ、メルクリウスがした事は全て、善いことだ。そこに配慮さえ、あれば完璧なのに。


 感情を失くした彼にそれを求めるのは酷というものなのだろうか。


 そんな思考が鎌首を擡げてきて、少し憂鬱になる。

 自分のことでもないのに、昨日、メルクリウスの口からそんな言葉を聞いてからずっと悩み続けている。いつでも思考の片隅にチラついているのだ。

 馬鹿みたいだ、とは思う。そんなことを私如きが考えたって無駄だとも。

 だけれども、たとえメルクリウス自身が忘れていたとしても、もしも万が一、メルクリウスとは違う誰かに助けてもらったのだとしても。

 七年前の事だけじゃないのだ。メルクリウスに助けてもらったのは。


 魔力欠乏を起こしたあの模擬試合で私はメルクリウスに命を救われていた。私が伸ばした高みは私のような未熟な魔術師がまだ伸ばすべきではない場所だったのだ。それを省みず、魔法を使ったのはあの人を追いかけてきた事によって培ってきた自分の力を見せつけたかったというのが大きい。

 その私が使った魔法。それは私が現在、知り得る魔法の中で再現できる可能性のある最も強力な魔法。


 その名を《雷光白花》と呼ばれるその魔法は延々と対象を戦闘不能とするまで放たれる、電気系統の魔法の中でも最上位に位置する魔法だった。


 しかし、それが私の制御を離れたことで世に顕現した魔法は全く別のものだ。


 《極限世界》。薄れる意識の中でメルクリウスはそう言っていたように思う。ほとんど気絶に近い状態にあった私だが、不思議なことに聴覚は正常に働いていた。そんな中で聞こえてきたのは「術者を生贄」だとか「危険」、「死ぬ可能性」とかそういう物騒な言葉だった。

 正常なはずの聴覚はただ、鮮明にある音が聞こえるという意味で正常なのであって、断片的にしか言葉を聞き取る事はできなかった。だから、それらの言葉から察するより他に無かったわけであるが、それらの事から察するにどうやら、そういう事であるらしかった。


 私の命を助けたのはメルクリウスである、と。


 魔法も使えず、病室という限られた場所にいる事しか出来なかった私にその《極限世界》というものがどういう魔法なのか、それ以上に知る術はなかったから、詳しいことは分からない。けど、いずれにしても私がメルクリウスに命を救われたのが避難所の一件だけではない事だけが事実としてあった。


 そうして事実を整理していけば、私がメルクリウスを責めることなんて許されるはずが無い。その時々の感情的な面を抜きにしてしまえば、の話であるが。




 閑話休題。メルクリウスは元より、準備を終えていたのか、私の準備が出来た事を報告すれば、すぐに荷物を室内から出すと、チェックアウトの手続きを手早く済ませた。

 その際、私の顔を見て、宿屋の受付が上品に微笑みを浮かべていたのはご愛嬌だ。このことに関してはあとでじっくり、メルクリウスと話をしなければならないと私に固く決心させたのはこの時の受付の悪戯気な笑みだったことは言うまでもない。



 とても悔しい。なにがって。全部だ、全部。なにもかも。確かに私の方は無意識の内にメルクリウスを男として意識している節があるのかも知れない事は認める。けど、そんなものになる関係性には至っていないし、メルクリウスの方にそんな気はさらさらないだろう。むしろ、冷静なメルクリウスは私の恋心にも似た尊敬を見透かしているような気さえする。それでいて、それを見てみぬフリをしているのだ。それら全てが腹立たしいのはもちろんのこととして、そんな微妙な関係を第三者目線で見たときに勘違いされているのも癪だった。


 

「ルミア。学院に帰るぞ」



 宿屋を出たメルクリウスの第一声で、私と彼の目的地が決まり、私は今後の彼との関係が変化するのはいつの頃になるのだろうかと一抹の不安を抱え、学院への第一歩を踏み出した。 

 

 

第一章完結です。第二章は10月19日(月)より毎日一話、18時更新となります。


ここまで読んでくださっている皆様、ありがとうございます。


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