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魔術師の涙  作者: 冬雅
第一章 何者
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閑話『その頃 ~学友たち~』

※ベリオンの名をアステルに改名致しました※


 街中に響き渡る不吉なサイレン音。その次に聞こえてきたのは誰かの悲鳴だった。




 ルミアちゃんのお見舞いからカルロとアルトの二人と共に私こと、スーフィア・アルシェは寮へと帰る途中の事だった。

 勿論、部屋までは違うものの同期の特高生として充てがわれた部屋はほど近く、その部屋近くまではだいたい、帰り道が一緒だったからそうしていた訳であるが、それが功を成した。


 私も一人きりであったなら正しい判断を取れたとは言い難い。しかし、三人でいた事はこの上なく、幸いだったと言える。それより多くても少なくてもだめだった。三人だったからこそ、混乱せず、冷静になれたのだと思う。


 学院内なら安全だろうと避難活動へと行動をうつすのにそう、時間は掛からなかった。


 周囲の生徒も巻き込みながらの避難であった為に学院までそうは離れていないというのに、それなりに時間を食ってしまった。途中できちんと指示をしなかったら、同学年の生徒どころか、私達より上の学年の生徒であっても慌てふためきながら、行動してもっと時間がかかっていた事だろう。

 仕方の無いこととはいえ、もっと素早く動けないものだろうか。これでは魔術師として到底やっていけないのではなかろうか。それとも偉大な兄を持ってしまった事が私の価値観を捻じ曲げてしまったのかもしれない。その事は愚痴を溢した私に対するアルトの苦笑が証明していた。ルミアちゃんが友達になって下さってからしばらく、どうやら、自分が愚痴っぽい性格であったことを知った。それは友達という存在の前でのみ出てくる私なのだけれども、幸いにもそれは案外に新鮮だとして受けが良かった。


 とはいえ、それでいいとは思っていない。もう少し、言葉を選ぶことは大切だ。人は感情的になると何をしでかすか分からないのだから。


 学院内へと避難した私達は担任であるローニウス先生の所へ行き、ひとまず指示を仰ぐことにした。往来の気質として私は余り、指示を好かないのだけれど…それでも、担任でもない見知らぬ学院の教師にそうするよりかはずっと良い。


 

「魔術師たるもの、常に冷静たれ」

 


 それを胸に刻み、行動しなくては自分を見失いかねない。こういう時こそ、重圧に耐えてきた持ち前の精神力を活かすべきだ。



「あんまり、気負うなよ」


「そうですよ。スーさんのカリスマ性はこういう時に役立ちはしますが、だからといってスーさんがやる必要はないんですし」



 隣で温かい言葉を投げかけてくれる友人達がいる事でこんなにも救われるだなんて。とことん私は凡人なのだと気付かされ、それとは対照的に不安が消えていく。



「えぇ、ありがとうございます。カルロさん、アルトさん」



 けど、そんな内心を隠して、敢えて今は微笑を浮かべてみせる。



「さぁ、ローニウス先生を探しましょう」












 スーフィアの提案通り、俺達三人はローニウス先生を探し回った。

 結果として、ローニウス先生はすぐに見つかった。見つかりはしたが、先生の人気が災いして、多くの生徒に囲まれた状態でだ。

 考えることは皆、同じらしい。


 取り巻きの多さにローニウス先生から指示を受けることは無理だと判断し、仕方無く三人揃って廊下で今、出来ることを自分達の考え得る範囲で出し合っていた頃だ。

 スーフィアが突然、多分に喜色を含んだ声を挙げたのは。

 


「お兄様!!!」

 


 その声に誘われるがまま、向こうから歩いてくる人影を認める。


 その人物は背丈は高く、青い髪を肩まで伸ばし、中性的な顔の中でも一際、目を惹くアメジスト色の瞳が印象的な男性だった。


 顔を中性的だと表現したにも関わらず、男だと断言出来るのはその人物を俺が一方的ながら、知っているからだった。



「あ、アステル・アルシェ……さん」



 思わず、洩らしてしまった声に青髪の男が片眉を上げた。


 

「おや、私を知っているんだね?まぁ学生でも知っている人は結構いるけどね」



 アステル・アルシェ。現魔術師ランク八十九位の魔術師。《蒼布》の称号を持つこの男を知っているのは必然だった。


 確かにその名前だけなら、広く知れ渡っている事だろう。アルシェ家という十五大貴族筆頭の名家であることに加え、称号持ちの魔術師なのだから当然だ。常識であると言っても過言じゃない。

 けど、外見は当時の魔晶放送を見ていなければ分かるものではない。一応、偽装防止だとかそういう理由はあるが、だいたいそんなものはあとからできたこじつけで大部分は誇示するといった面が強い。過去の魔晶放送なんて軍部の人間や貴族みたいな地位にいる奴らならともかく、俺のような一般庶民には見ることが出来ない。


 だから、有名な魔術師といえど一目見ただけで言い当てることはほとんど不可能だ。


 それでも俺がアステル・アルシェその人である事を理解出来たのは特別に思い入れがあるからに違いなかった。



 

 曰く、彼の魔術師はその称号が由来、蒼布で対象を覆い尽くし、消し去る。


 勿論、それがただの青い布である訳はない。そして、《九十九》の魔術師の一人である彼の魔法がそんなちゃちなものである訳がない。


 彼の魔法は蒼き布に見立てた大量の水を以てして大地の上の何物をも塵芥と還す破壊の魔法だ。災害と言い換えてもいい。


 その災害は周囲一帯の敵を殲滅するのに向いている。そこにまだ、取り残された人間が居ようとそんな事は術者にとって関係ない事だ。


 つまりはそういうことだ。


 駄目だ。感情を押し殺せ。感情的になった所で勝ち目なんてないんだ。


 俺の理性がそう呼び掛ける。必死でとんでもないことを口走りかけた自分を殴り付ける。


 その瞬間、視界が明滅して頬に鈍い痛みが走った。口の中にじんわりと広がる血の味。


 痛い。自分で自分をぶん殴ったのだから痛くて当然だ。

 そうでなければおかしい。物心ついた頃からお家芸《武術》を学び、それを会得する為に鍛錬を続けてきた拳なのだから。


 そんな俺の奇行に対し、アルトがいち早く気づき、心配の声を掛けてきた。スーフィアも同様に。しかし、その兄であるアステルは関係性が無い為に喋りかけることをしなかったのか、不思議そうな顔をするに留め、こちらを見ているだけだった。


 そのアステルの顔を最後に意識が遠のく。














 



 一つ言っておくが、俺は断じてアステルの妹であるスーフィアに対しては負の感情を抱いていない。むしろ好意的な感情が大半を占めている。それは単にスーフィアの人柄の良さがそうさせるもので、だからこそ、この問題は慎重に進めるべきなのだ。普段からして、遠慮とは無縁の俺だが、それぐらいの事は弁えている。

 だからといって、自分で手加減もせずに顔を殴ったのは迂闊だった。


 激情を消し去るいい手段であるとは思ったんだが…それで、まさか保険室に運ばれるとは思ってもみなかった。 


 あとでアルトやスーフィアには散々、理由を聞かれたが「虫を潰そうと思って――」と話し始めたところで呆れられちまった。

 まぁ、無理もない。学院の結界外では短い時間とはいえ、魔物が暴れまわっていたと聞くし、実際に被害も出たのだ。俺は魔物を直接、見たことなんてないからその恐ろしさまでは中々、

理解出来ない。しかし、聖域外、つまりは魔界のことだが、そこに蔓延る奴らが俺達、人間にとって脅威となるのは頷ける話だ。

 

 そんな中、呑気に気絶していた俺は二人からすればとんだ阿呆だ。いや、本当の事を知ったとしても阿呆に変わりはないんだが。


 何はともあれ、レニオレア学院からも何人かの教師やごく一部の上級生なんかは五つの軍部のうちの一つ、治安維持を司るイーラの兵士たちと一緒に学生街の魔物を殲滅したり、被害の拡大を防いだりと大活躍だったらしい。


 ただ、一つ残った問題がある。


 俺の目が覚めたのは自爆攻撃から一、二時間後のことだが、その目覚めの理由としてスーフィアとアルトの言い争いが第一に挙げられる。

 その口喧嘩の中に出てきたメルクリウスとルミアという俺も知っている人物の名があったのが二つ目。そして、病院、襲撃とくれば飛び起きざるを得なかった。


 まずは俺の心配をするアルトだったがスーフィアの様子がおかしい事は明らかだった。詳しく話を聞けば、学生街には一つしかない、病院が魔物の襲撃にあったと言う。幸い、建物への損傷は少なかったようだが、それは中型の魔物が病院内部で暴れ回ったことが原因だったようだ。何名かの死者が出たらしく、その伝言がついさっき、アルト達の耳にも届いたらしい。

 

 それで、あとはお察しの通りだ。

 スーフィアが「ルミアちゃんを探しに行く」と言い出し、アルトが「そんな無茶な」と言って止める。なんで止めるのかと聞くスーフィアにアルトは冷静になれ、と。心配するスーフィアの気持ちは確かに同情できるものだが、理性的なアルトの意見はもっともなものだった。

 

 曰く、メルクリウスが一緒にいた筈だと。


 そのアルトの言葉にはスーフィアも言葉を詰まらせざるを得なかった。

 

 思い出すのはあの日、ルミアが魔力欠乏を起こした日のことだ。

 決め手がどんなものだったのかは結界が黒く染まったことによって分からないし、その話題をメルクリウスとルミアは避けているように思えたから俺達三人もそれを察して、話題を振らず、今もまだ尚、真相を俺達は知らない。

 あの黒く染まった結界。その直前にルミアが何らかの魔法を放ったのだろう事だけは見ていたから、それが単なる結界の異常とはどうしても思えなかったが無理矢理、納得することで消化させたのだが、それは今はさておき。


 それより以前に見せたメルクリウスの魔法は卓越した魔術師のそれだった。


 詳しい原理は分からなかったがとても学生が出来るような芸当ではないことぐらい、俺達にだって理解出来た。

 その事実を俺達全員が口裏をあわせて先生たちには報告しなかったから、それを俺達以外が知ることはないが、裏を返せば、俺達は知っているのだ。


 つまるところ、メルクリウスの実力、その一端を見せられた俺達の共通認識として、メルクリウスが何らかの理由で力を隠している、若しくは力を抑制しているのだろう事はほとんど事実としてそこにあったのだ。


 警鐘の塔から嘆きの鐘が打ち鳴らされた時間的に、そのメルクリウスがルミアと一緒にいたかどうかはある種の賭けだったが、なんとなく、メルクリウスはたとえ、帰る途中であっても自分の身を省みず、魔法の使えないルミアの安全を優先させるのではないかと思ったのは何も俺だけじゃなかったはずだ。


 

「それにあいつらは幼馴染なんだし、俺達には知り得ない絆で繋がっているだろうしな」



 俺がそうボソリと呟くとなるほどと頷いたのはアルトだった。



「そういうことだから、スーさんが助けに行くだなんてことしなくていいんですよ。厳しい事を言うようですけど、いくら学生として優秀だとしても魔物を前に戦える根拠なんてどこにもないんですから」



 そんな事を言うアルトも眼鏡の奥にある緑の瞳を窓の外に向け、不安げに揺らしていた。



「そう、ですね。やっぱり、私も混乱しているのかもしれません。少し、一人にしてください」



 それだけ言い残してスーフィアは一人、トボトボと保険室を出ていった。残された俺とアルトは顔を見合わせる。



「追いかけなくていいのか?」

「大丈夫でしょう。スーさんも馬鹿じゃないんですから。ですが、カルロの面倒ばかり、僕も見ていられないので、そろそろ行きますよ」

 


 アルトは微笑み、「ではお大事に」と言うと部屋の外へと出ていく。

 

 今度こそ、一人きりになっちまった俺は学院の外で何が起こっているかなんて考えもせず、解決し難い自己の問題をどう、すべきかそれだけに意識を集中させることで時間を潰すのだった。




 

 




 カルロの様子を見に来たあと、僕はスーさんを追うようにして保健室を後にした。


 特に行きたいところがある訳でも、用事があったわけでもなかったけど強いて言うならスーさんと同じように一人になりたかったということなのだろうか。自分でもよく分からない。


 一人、廊下を歩いていると僕よりも数メートル先に体格の良い、強面の男性を見つける。その人は学院の教師専用の制服に身を包んでいることからも明らかなようにどうやら、何かを受け持つ教師であるらしかった。だけど、その顔に刻まれた大きな傷痕に強面である事が僕にとても、そうとは思わせない迫力を与えていた。

 そんな人が廊下の窓を見て、目をギラつかせている姿はどう足掻いても恐ろしいものだ。


 本能に訴えるものがあった。だからこそ、僕は気付かれないようにその場を立ち去ろうと踵を返したのだけれども一歩、二歩と続かぬ内に背後に視線を感じ、振り返る。


 案の定、そこには射殺さんばかりの目つきでこちらを睨みつける男がいて、「ヒッ」と何だかよく分からない息が漏れた。

 それだけに留まらず、その男性教師は僕の方へとズンズン、近付いてくる。


 あっ、やばい。殺されるかも。


 つい、そんな言葉が脳裏を過ったが、当然、彼が学院の教師である以上はそんな事はなかった。


 

「大丈夫か」



 見た目通りの低さをした落ち着きのある声で話し掛けられる。どうやら、怯える僕の様子を心配して声を掛けてくれたらしかった。

 そんな好意を無碍にも出来ず、ましてや、あなたの姿が怖くてなどと口が裂けても言えなかったので、代わりに口にしたのは男性教師の事についてだった。

 


「あっ、えっと、僕は大丈夫です。えっと見た所、ここの先生の内の誰かですよね?」


「無論だ。私の名はクロス・ボルグレア。今年からこの学院の世話になっている。魔法実技を受け持たせてもらっている。お前は?」


「あっ、はい。特別高度技術枠魔術師育成学科生一年、アルト・ラーバンです」


「そうか、良い名だ。今後の活躍に期待している」



 顔に無数の切り傷を残し、左目は特に酷い。魔物か、それ以外の大型の肉食獣にでも引き裂かれたような裂傷が目立っていた。

 自己紹介だけ、し合うのもおかしな話なのでもう少し、踏み込んだ話をしてみる。

 


「窓を見て何をなさっていたんですか?」


「ふむ。俺は少し前まで軍属魔術師をやっていてな。魔物が発生したと聞くといてもたってもいられない、どうしょうもない気分になるんだ。だから、気を紛らわせようとせめて学院の上空だけでも、警戒していようかと思ってな」


「なるほど……」



 確かに、軍人から教師になったのなら近寄りがたい雰囲気を持っているのは当然だ。

 


「それでアルト少年はどうした」

 

「僕は……僕も同じようなものです。何かできる事はないかと探しているところでした」


「そうか。それは良い心掛けだ」



 あながち、嘘でもない。全く持って何かをする気はなかったものの、何かする気になれることがあればするつもりだった。前向きかそうじゃないかの違いだ。そんなものは誤差の範囲内だ。


 短い会話を切り上げ、クロス先生は「では、私は屋上に行って本格的に警備を行う。さらばだ、アルト少年」と言って去ってしまった。


 また一人になり、何気なく、クロス先生の見上げていた窓の外を、 夜空を見上げる。

 そこには黒い布に散りばめられた宝石のように輝く、満点の星空が広がっていて、あまりの美しさに息を呑む。惜しむべくはその場にその感動を伝えられる誰かがいないことか。


 星空の魔術師。


 そんな一節が思い浮かぶ。昔に呼んだ本のタイトルだったような気がする。物語の概要はこうだ。

 

 昔、ある所に強大な魔術師がいた。彼は恋人と夜空を眺め、夜空に広がる星々を見て、その美しさに魅了される。星々をその手中に収めようと様々な魔法を編み出すがその度に失敗するのだ。

 

 いろんな試行錯誤の末に魔術師は結局、星の一つを手にする。それでハッピーエンドだと思えば、それは全く違う。星を欲するが余り、魔術師は自分の恋人の命を代償にしてその魔法を完成させていた。しかも、やっとのことで手に入れた星もすぐに粉々に砕けちってしまうというおまけ付きだ。

 魔術師は星の欠片がキラキラと風に吹かれ、飛ばされていくのを見て悟る。この星を手にしようと思ったきっかけが星の美しさにあったのではなく、それを綺麗だといった恋人の言葉にあったのだと。

 それに気付いた時、魔術師は自ら、炎の中に飛び込み、自殺する。


 大雑把であるけど、だいたいこんな感じの話だったはずだ。この物語の面白い所は魔術師の心の移り変わりにある。恋人が綺麗だと言ったから、それに共感した魔術師は星を手に入れようとする。最初は恋人の喜ぶ顔を見たかっただけなのに、星を求めている内に段々と星を手に入れることが目的になってしまい、遂には喜ばせたかった筈の恋人の命まで手に掛けて、そうまでして手に入れた星さえ、失うのだ。


 この物語に限らないが、悲劇というのは教訓を与えてくれる。反対に喜劇は僕らに何も与えてくれない。


 案外、世の中、悲劇で溢れていたほうが未来のためになるのかも知れないと密かに思ったのはなんだって上手くいく人達への嫉妬なのかも知れない。


 僕はそんな馬鹿みたいな考えが浮かんできた事にそっと、誰にも気付かれないように己を嘲笑した。

 

 



18時に第一章最終話が上がります。

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