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魔術師の涙  作者: 冬雅
第一章 何者
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第九話『ねぇ、』



「ルミア。君に今から魔法をかける」



 メルクリウスが私に充てがわれたベッドへと近寄ってくる。

 私はそれを必死に拒絶しようとするけれど、如何せん声が出ない。

 例え、そうであっても魔術師には無詠唱魔法という防衛手段がある。しかし、それにしたって集中力が足りない。更にいえば、今現在の私は魔力欠乏の影響で普段の半分のちからも引き出せやしないのだ。普段でさえ、魔術師として劣っている私がメルクリウスに勝てる道理がなかった。



「安心してほしい。あのときの記憶を少しだけ改変するだけで、それ以外のところにはなんの影響もないから」



 たかだか十五歳かそこらの少年だ。私と同い年で、私より魔法が上手くて。 名家レイシェントの生まれにして、私が護衛すべき対象。なのに。


 私はこの人を知らなさすぎる。


 何一つとしてこの人の本質に触れていない。何一つとしてこの人の感情の波が伝わってこない。一体。一体、一体……。

 


「あなたは誰なの……?」



 初対面時にも感じていた違和感が今になって蘇る。

 異質なのだ。人の群れにたった一体だけ紛れ込んだ機械か何かのように表面的な感情ばかりを模倣している。普段、私がしているのはただ、極力感情の表出を抑えているのに過ぎない。メルクリウスはどうか。無論、私とは全く持って違う。

 メルクリウスを前にすると人間を精巧に真似て作った機械のような印象ばかりを覚えるのだ。違和感を感じないはずがない。



「俺は……そうだな」



 意外にもメルクリウスの返答は対話する余地を見せた。この会話の発端がメルクリウスの物騒な言葉であったことを鑑みれば、問答無用で記憶操作を行われていた事もあり得る。若しくは既にそれは行われているのかもしれないが。


 記憶なんてものは曖昧でその不確定性故にそれを保持する自己さえも欺く。


 ただし、それはまだ、為されていないと考えるのが正道であることは明白だ。なんせ、メルクリウスが記憶を操作する旨を宣言したのを覚えている。記憶操作において、それは消しておくべき項目に入るはずだ。でなければ、こうして私が自身の記憶に疑問を抱くのは必然で、それが故に仕向けたかった方向とは予想外の所へと事態が進むかもしれないという、余計な心配を孕むことになるのだから。だからまだ、大丈夫だ。


 

「君は感情というものが脳で作られているのだという話を知っているか?脳がその時々に、自身が置かれている状況説明のために必死に作り出す虚構の物語であるという話を」



 ため息の一つも吐かず、メルクリウスは話し始めた。

 曰く、感情というのは嘘である、と。

 曰く、感情の完璧な制御を目指すよりもその消失の方が効率の面でも確実性の面でも遥かにまさるのだ、と。

 曰く、魔術師にとって要らないものは、思考を妨げる余計な感情である、と。

 

 そうして、感情と引き換えに得られた結果はこの世界において、生存確率を上げ、基礎的身体能力の上昇を生み出す。つまり魔術師としての大成だ。


 理論上は。という言葉をいくら待ってもメルクリウスの口からそれが出てくることはなかった。


 だとすればその悍ましい理論は実践されたのだろうか。一体誰に?


 決まっている。その話を始めたのは他の誰でもない。



「メルクリウスは、それをしたの……?」



 私の声に混じるのは戸惑いと嫌悪と幾らかの焦り。



「完全な消失じゃない。けど、常人よりはよっぽど」



 狂気の沙汰だ。魔術師としての大成の為に人間性を捨てる、だなんて事は少なくとも正気であるならば出来ないことだ。初めから感情なんて機能がないのならまだ理解できる。だけれどもそれを持っていながらそれを消すだなんてこと、普通の人間に出来るわけがない。

 しかし、現にそれをしたからこそ、メルクリウスは今、私にこんな話をしていて、私はメルクリウスのその在り方に違和感を覚えたのだ。

 


「それで、貴方は何を得たの……」



 もはや、問いではなかった。独白に近いものだった。それでも、メルクリウスは私のその独り言に言葉を返した。


「誰よりも魔法を上手く扱う力を」



 静かに。しかし、はっきりと。

 メルクリウスはその言葉を口にした。

 誰よりも?巫山戯るな。そんなもので得られた力に何の意味がある。私の憧れるあの人に比べれば、メルクリウスなんて!



「貴方は誰よりも上手く魔法を扱える力を得た、と言った。けど、それならば何故、誰もが認めるだけの地位にいない?何故、貴方があの人よりスゴいだなんて言えるんだ……!」



 内心の憤りは気付けば、自身の口をついて漏れていた。止めようとも思えなかったけれど、このまま、感情に任せて怒鳴る訳にもいかなかった。

 


「貴方は、貴方は……。一体誰なの……?」



 嘲笑が聞こえる。観客たちの罵声が聞こえる。愚かな私を咎める詰問の声が。

 メルクリウスの口元が微かに弧を描いた。私はその言葉を聞いてはならないような気がして、耳を塞ぎたいという欲求に駆られたのだけれども。それを実際にするより前にメルクリウスの言葉は私の動きを止めてしまった。

 


「俺は現魔術師ランク一位。

 孤高なる魔術師達の頂にして、力の権化。我が此の身に与えられし使命は人々の救済。我が此の力の振るいし矛先、如何なるものも滅する。

 人々は俺を《最強(ザ・ワン)》と呼ぶ」



 違う。そんな筈がない。そんなことがあってたまるか。


 メルクリウスが現魔術師ランク一位の男?《最強(ザ・ワン)》の名を欲しいままにして、そして。


 ――私をあの地獄から助け出してくれたあの人――


 信じられるはずがない。第一、魔法において誰よりも熟知しているであろうあの人が学院に来たって学べるものはない。なければ、あの人が此処に来る理由なんてない。

 

 そう。落ち着け。メルクリウスは私を惑わせる為にこんな嘘を吐いて、そうして記憶を消してしまえばいいと思っている。決してメルクリウスがあの人である訳がない。否。そうでなくては困る。そうでなくては私は…私は…。



「ルミア。突然、こんなことを言われたって信じられないだろう。だが、事実だ」



 言いながらメルクリウスは《想庫》の魔法を駆使し、そこから一枚のカードを取り出した。私もよく見慣れたそのカードをメルクリウスはブーメランでも投げるようにしてこちらへ寄越す。

 私はそれを慌てて手に取り、表面に記載された文字を声に出して読んだ。



「メルクリウス・レイシェント……魔術師ランク一位……」



 魔術師ギルドに所属する魔術師達、つまりは公認魔術師であるという証でもあるその魔術師証明書。そこに書かれる文字には既存の魔法や科学技術による一切の細工が事実上、出来ない。

 理由は単純で、魔法と科学技術、双方の面で、予め取り決められた手順以外の方法による接触が起こった場合、魔術師ギルドへと通報が入る仕組みになっているからだ。

 勿論、《想庫》の魔法は魔術師達のポケットであるが故にその範囲外にあるのだが、それを除けばほぼ、魔術師証明書に対して魔法を使用する事はできない。


 故に、今、目の前にあるメルクリウスの魔術師証明書が本物であるのならばそこに記載されている内容もまた、事実である。


 それは私にとって認め難い事実であるのと同時に夢の続きでもあった。


 メルクリウスの《解禁》の言葉とともに魔術師証明書に内包された情報が浮かび上がる。まるで霧か何かが立ち昇るかのように薄い青の色調の光板が中空に現れ、メルクリウスという名の魔術師が何者であるかを示す数々の情報がそこに刻まれていた。


 見るな、と叫ぶ自身の感情を抑えつけ、私はそこに刻まれた一文を見る。



「『汝、頂きの魔に届きし唯一つの魔術師なり。《最強(ザ・ワン)》の業を与える』……嘘だ……こんなの嘘に決まってる!」

「君も軍属魔術師みたいだし、魔術師証明書を見せるのが一番手っ取り早い方法だと思ったんだがな……」



 肩を竦めてみせるメルクリウスは私の憤慨などなんのそのといった風体。

 そう、メルクリウスが言う通り、私にはこの魔術師証明書というものが如何に信用に値するものであるのかを知っている。このカード一枚に魔術師一人の情報が網羅され、管理されているのだ。それに対する安全性と絶体性はこれを発行する魔術師ギルドの威信そのものと言ってもいい。


 嗚呼、何故。何故、私は今、命の恩人を糾弾しているのか。そう思う反面で、だからこそと言う自分もいる。

 私にとって彼はそれほどまでに自己よりも尚、大切な存在であるのだ。それを人は愛や憧れや尊敬だなんて言葉で称するのだけれども、私と彼の間にそれを抱くほどの関係性は築かれていない。それを鑑みれば、そう、これは神を崇拝する行為に等しかった。


 だから、これは神を否定された信者の怒りに似ている。そんなものはいない、と。自身の信じる神を蔑まれて、黙っていられる信者がいるだろうか。いや、居はしないだろう。



「貴方は私の前でそれを騙る事の意味を知っているのですか……?」


「?」



 私の質問にキョトンと首を傾げるメルクリウスだが、暫く待ってもそれに対する返答はなく。



「ルミア、すまない。俺もここにあまり長居するつもりはないんだ。この際だから言わせてもらうが、君の承諾なしに記憶の操作を行っても一向に構わないんだ。ただ、今こうして話し合いをしているのは単純にこれからも友人として、あり続けてくれるだろう君に対して、憂いを持ち続けたくないという俺の我儘、故なんだよ」



 伸ばされたメルクリウスの手を払い除けるという決断は最早、躊躇いの余地もなかった。


 今の私にとって彼は質の悪い嘘を語る性悪者だ。

 そうでなくてはならないのだ。そうでなければ。


 



 

 


 

 

 


 


  


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 


 





 ルミアは見るからに怯えていた。当然だろう。少し、頭の中身を弄るだなんてことを宣った男が手を伸ばしてきたのだ。その伸ばした手を撥ね退けられたのは当然の帰結といえる。

 ならば、初めから何も言わずして力ずくで記憶をすり替えてしまえばよかったのだが、今のルミアは魔力欠乏の後遺症によって体内魔力が荒れ狂い、無理に魔法をかけようとすれば何らかの不具合が出る可能性があったのだ。

 

 感情というものを半ば、捨ててしまった俺は人一倍、周囲の事を気遣っているつもりなのだ。そうでなければ本当に俺は人間をやめてしまうのではないか、とそう考えたのは感情を喪う以前の俺だったか。


 ともかく、目前でひたすらに俺への不信を顕にし、恐れる彼女は紛れもなくただの少女だった。

 

 彼女の静かに燃える炎のような赤の眼が俺を睨む。最近ではめっきり見なくなった銀の髪が月光に濡れていた。嗚呼、今夜は満月だったのかと外に目を向けると窓が開いていることに気づいた。風もなく、病院という施設であることが原因であるのか、現在の時間帯がそうさせるのかは定かではないが、音もしない今日においては、中々、それに気付くことが出来なかったのだ。

 

 ちょうどそんなことを考えていると、その開いた窓から黒鴉が一羽。その漆黒の翼をはためかせることも無く、どこかしらの高所から飛び降りたといった体で俺とルミアがいるこの病室へと入り込んできた。


 そして、天井にほど近い高さで病室を一周したかと思うと入ってきた窓の縁に降り立った。


 そうして、如何にも野生の黒鴉ではないないだろう事を仄めかす行動の後に黒鴉がその口をガパリと開けた。



「―――――!――――――!」



 発されるのは異音。おおよそ、人の聞き取る事の出来る周波数を超越した所にある高音で齎されたのは緊急事態を知らせるものだ。要するに軍部からの指令だった。


 黒鴉はその音だけを俺とルミアの耳に残し、来たときと同様に翼をはためせる事もなしに飛び去った。


 俺は呆気にとられるルミアを見る。そして、すぐに顔を青褪めた彼女に訊ねた。



「どうした?」



 訊いたのは内容ではない。その内容への対応が取れていないルミア自身についてだ。



「避難しないのか?」



 再度、訊ねる。今度は明確な言葉にして。

 それでやっと我に返ったのか彼女は俺に向けて言い放った。



「貴方がそれを言うのですか……?」



 どういった意味だろうか。いや、そのままの意味として捉えるならば、魔物が聖域内部に発生したから、最低限の準備をしろ、という命令が下ったのだから避難なんてできる訳ないだろう、とそうも受け取れるが、しかし。



「今、君は戦えないだろう。病室に立て籠るつもりなら別だが、そういう訳にもいかないだろう?」



 俺は、見るからに軟弱そうな 素材で作られていそうな壁やら何やらを見渡しながら言う。



「魔物が湧いたんだ。もっと安全な所へ逃げるべきだろう?」



 再三、ルミアへと言葉を投げ掛けるが次にルミアの口から放たれたのは予想だにしない言葉だった。


 

「戦わないつもりなんですか?」



 俺が魔術師ランク現一位であることは一向に認めようとしない割に俺の実力は高く評価しているらしい。それならば、なぜ、あんなにも認めたがらないのか疑問でしかないが今はそれより。

 


「勿論だ。俺は特別な結界や命令下にある場合を除いて、魔法を使う事を禁じられている」


「でも、それは普段のことじゃ……」


「ただの学生ならば緊急時に応戦、若しくは殲滅に加わる事もあるだろうが、俺の場合は自衛以外の如何なる理由を以ってしても魔法の使用は禁止されている。それは緊急事態においても、だ」



 それが軍を退役した俺に課せられた誓約の一つでもある。幾つもの枷があって初めて猛獣を放せるが如し。俺の力は人類守護の観点から見て、多大なる功績を残したがそれが何かの誤りで人類に向けられてしまえば、それこそ、人類滅亡もあり得ると言ったのは軍の上層部、つまりは治世権総会のお偉方だ。確かに一理ある。模倣し、偽装しているとはいえ、人間性を一度は棄てた身だ。自分でも何をしでかすか分からないと言うのが本音だ。


 俺が兄と慕う人物は真に人間性を棄てたその先に魔の業があるというが俺はその一部を棄てた今でさえ、それを見ることは叶っていない。


 ともあれ、今は目の前の状況をどうにかするべきなのは明白で俺はつい先刻まで脅していた少女を有無を言わせずに担ぎ上げる。ルミアが幾らかの文句を口にするが構うことはない。どうせ、下ろせだの、止めろだのと言っているだけだ。聞くに値しない。

 開いた窓から身を乗り出し、ルミアを横抱きにして飛び降りても十分に安全な高さであることを確認し、抗議することの無駄を悟ったルミアが大人しくなったのをいいことに、そのまま、飛び降りた。


 風を切る音が妙に心地よいと感じ、それが脳が覚えている感情の錯覚だとしても本当にそう感じているのだと証明するように俺は笑みを浮かべた。

 価値のない行為だ。でも俺にとっては意味のある行為だ。

 そうやってして俺は、どうにかこうにか人間らしさに縋っている。

 どうせ、すぐに化けの皮が剥がれる事を知っていたとしても俺は、それをやめる事ができない。止めてはいけない。


 程なくして、危機が迫る事を知らせる、嘆きの鐘が警鐘の塔から鳴らされた。


 


 

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