表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師の涙  作者: 冬雅
序説
1/65

プロローグ

 青い空が眩き光に包まれる。


 円環の大魔法陣が光の中に浮かび、人々は一様に空を見上げた。



「勇者様じゃ……。勇者様が魔王を……」



 一人の老人がそんなことを呟き、やがてそれが周囲にも伝播した。

 そして、人々は祈りを捧げる。悪しき魔王を討たんとす、勇者の健闘を祈って。再び、平和が齎されることを願った。


 世にもおぞましい断末魔の叫びとこの世の憎しみを煮詰めたかのような怨嗟の呼び声が聞こえ、いつ明けるともしれぬ夜を人々は恐怖に身を震わせ、ただひたすらに朝日を待った。
























 古き時代より、言葉には力が宿るとされてきた。

 実際、魔法言語と呼ばれる特定の言葉の組み合わせは本当に超常の力を起こし得る。これを鑑みるに言葉には確かに力があるのだろう。なんせ、言葉の組み合わせだけで言葉が力を持つとは考えにくい。言葉自体にたとい極小の力であろうともそれがなければ組み合わせを変えたところで零同士を足しても一になることはないのと同じように魔法言語が力を持つこともないだろう。鑑みるに魔法言語とは即ち、言葉の力を十全に引き出したものであると考えられる。


 言葉とは知識であり、力だ。人が他の生物より優れているのはこの言葉の力を持つからなのだとそう結論付けることができるのではないだろうか。

 故に魔法を最も上手く操れ、最大の効力を引き出せる者とは全生物を束ねる唯一つの頂点、『最強』の名を欲しいがままにできることだろう。


 それがこの世界における『最強』の定義だ。

 それがこの世界における『最強』という存在だ。


 そんなこの世界における『最強』の名を欲しいままにする青年が一人。





 肩まで伸ばした金の髪を風にたなびかせ、赤と青のオッドアイは真っ直ぐに正面にある巨大な城門を見つめていた。彼は歴史あるレニオレア学院の門戸を叩き、大志を抱きし少年少女達の一人にならんとしていた。

 

 

 彼の名はメルクリウス・レイフォント。

 四年前、齢十一にして《最強(ザ・ワン)》の称号を賜り、今尚魔術師の頂きに座す者。


 

「ここが……」

 


 世界最強の青年は新たな生活を求め、その門を今、くぐる。

 まだ見ぬ学友達に思いを馳せ、王城もかくやというほどに大きく荘厳な学院を見上げた。そうして、メルクリウスはふと上空のある一点に黒い点のような物を見つけ、小さく呟く。


 

「ドラゴン……?」



 その黒点は徐々に黒鱗に覆われた巨体に翼を生やし、その四肢は人の身など容易く屠れるであろう程に雄々しく、その顔貌は神々しき竜へとその全容を顕にしていく。やがて、その黒竜はメルクリウスの正面へと降り立った。黒竜の瞳孔が細まり、ガパリと口が開かれた。

 

 見えるは無数の牙、牙、牙。


 して、開かれた口から漏れるは身を震わすような悍ましき雄叫び―――などではなく。



「貴様が例の小僧か」



 その姿から想像もつかないような流暢な人語だった。

 メルクリウスは瞬時に黒竜の全身に目を走らせる。そして、黒竜の首に白色の淡い光を放つブローチに目を留め、頭を垂れた。



「レイデン・ガルロニア学院長殿に於かれましてはお変わりなきご様子で」



 そうメルクリウスは黒竜もとい、レイデンに返事を返す。しかし、レイデンははて、と首を傾げる。



「小僧、俺様に会ったことでも……?」



 訝しげにするレイデンに困惑を抱くも急速に近づく巨大な気配を感じ、レイデンが来たときと同様にメルクリウスは上空を見上げ、そこに白い点を見つける。そしてその白い点もまた、目前の黒竜同様にこちらへと近付き、降り立った。

 それは見事な白竜であった。レイデンが雄々しき竜の王と呼ぶに相応しき外見を持っているのに対し、その白竜は東洋の竜のように流麗な形をした見目麗しき竜の女王と呼ぶより他になかった。


 白き竜の女王が口を開く。



「レイデン。貴方、メルクリウス殿に失礼でしょう。世界を救ってくださった御方に、小僧などと……」

「どういうことだ、ルニア。俺様はこんな人族の小僧に会ったことなどないはずだぞ?」

「申し訳御座いません、レイデン学院長殿。私は養父より、レイデン学院長殿についてお話を伺っておりまして……」



 レイデンの目がメルクリウスの首にかかる龍と剣士、そして杖を掲げた魔術師の意匠が刻まれた白銀のメダルを見た。



「……。ああ、そうか。なるほど。貴様の養父とやらはギルドの大馬鹿だったか。なれば、俺様の事を知っているのも納得よのう」



 得心がいったという様にレイデンは独り頷く。

 そうでなくともレイデンを知らないものなどこの聖域にほとんどいないだろう事はもとより、そんなレイデンを無視して白竜ルメニーア・ガルロニアがレイデンとは対称的に至極丁寧な態度でメルクリウスに語りかける。



「申し訳ありません、救世の英雄殿。レイデンは少々、俗世の事に疎いのです」

「いえ、気にしていません。私如きの功績、お二方の実績とは比べくも無いもの。救世の英雄などと……私にはそもそも畏れ多いものでございます」



 ルメニーアの言葉にメルクリウスは謙遜する。



「そうですか……。しかし貴方が世界を邪悪なる者共の手から救った事は事実。あなたが気にしていなかろうと私はその事実を蔑ろになどしません」

「私は……いえ。

 本日は正式にこの学園への入学許可を頂きに来た次第でございます。今ここで時間を取ってしまうことは軍務に少々、響きます故手短にお願い致します」



 メルクリウスが腕時計を見てそう言うとルメニーアはコクリと頷く。そうして得意げに目を瞑り、説明し始めた。



「もちろんです。本来ならば、これから実技・筆記の試験を受けてもらいますが……貴方に関して言えばそれも不要。あとは二日後の入学式にさえ、出席して頂ければ晴れて我が学園の生徒の一員となれます。

 我が学園では学業はもちろんのこと、戦闘経験、人間関係、処世術から研究までありとあらゆる事を学ぶ事ができます。

――これは貴方の望みではないのかもしれません。しかし、私共は貴方がこの学園で救わ――」



 しかし、ルメニーアの語りはレイデンの言葉に遮られてしまう。



「ルニア。もう小僧は行ってしまったぞ。あ奴も軍人なれば、限られた時間しかあるまい。

 我らもそろそろ戻らねば。」

「えっ?あぁ、はい。いつの間に……いえ、そうですね。行きましょうか」

「あぁ」



 そんな短い言葉を交わし、黒白の竜達は彼らの城へと帰る。


 彼らの城、即ちはこの巨大なレニオレア学院へと。

 



 









激動の時代。それはいつだって物語の語種になる。

 彼の英雄は天子か悪魔か。それすらも分からぬままに魔の深淵より生まれ落ちた彼は争いの末に何を見るのか。


 雷の神を地に堕とし、この世の憎悪と身勝手な期待をその身に背負う者。

 あらゆる者の頂点にありながら、あらゆる者の重圧をその身に負う者。


 ひと呼んで《最強(ザ・ワン)》。

 彼の英雄は一人、その身に余る業の中で生きる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ