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神の業(わざ)を背負うもの  作者: ノイカ・G
第1章 その翼は何色に染まるのか
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第7話 人造妖精

*  *  *  *  *  


『契約』……それが、彼女を救うために灯真が使った魔法。魔法使いたちの言語では『テノク』という。


 二人の魂同士をつなぎ、肉体の魔力抵抗を受けないルートを形成して魔力を共有することを可能にする魔法。その副作用として互いの感情や思考も伝わるようになる。


 しかし、この魔法は使用者の意思で魂のつなぎ方を変えることができ、悪用すれば魔力を一方的に相手から貰い受けるだけの繋がりを作れてしまう。それがこの魔法を法令で禁止した最大の原因である。


*  *  *  *  *  



「君が眠っている間に、何かから逃げてることや死ぬことに怯えていることはわかった。だけど記憶を見れるわけではないから、君が何者なのか、なぜ魔力が枯れかけていたのかはわからないんだ」


 考えていることを聞かれている。にわかには信じがたいことではあったが、それが真実であるという確信できる何かを彼女は感じ取っていた。緊張の色を浮かべつつも灯真の方に顔を向けた彼女は、ゆっくりとその口を開いた。


「私は……カーダ17(ワンセブン)。エルフの母体として……作られました」


 彼女の言葉を聞いた途端、コーヒーを口に運ぼうとしていた灯真の手が止まる。代わりに頭の中の記憶領域をフル稼働させ、彼女の言葉の意味を考察する。彼女は言った。『エルフ』と。


 エルフといえば長い耳を持ち美しい姿をした、ファンタジー小説などに登場する架空の生物のことである。しかし魔法使いの世界においては、それは別の意味を持つ。


 はるか昔の魔法使いたちが、長寿と若さを保つ研究の一環として作り出した生命体。それが魔法使いたちの間での『エルフ』である。だがそれは、灯真の知る限り歴史上の存在である。


 今まで聞いたことのあるエルフという言葉に関する記憶を、頭の中から必死に引きずり出す。魔法使いになったものは協会(ネフロラ)に登録された後、魔法に関する法令や禁止行為などいろいろと教えられる。エルフのことも必ず教わる。そこで知ったものから漫画や小説の類の知識まで、ありとあらゆるものを頭の中でまとめたところで彼女への質問を続けた。


「エルフの……母体?」

「私も詳しいことはわかりません。そのように教えられて、今までに2人産みました。それで子供はもう作れないから処分すると聞いて、怖くて……逃げて……」


 協会(ネフロラ)で教えられた時の資料によれば、エルフは生まれてすぐの子供を利用して作り出されたとされている。それゆえに命を弄ぶ非道な行為として、協会(ネフロラ)は法令によりエルフに関わる全ての研究を禁止にした。


 資料では母体という単語を目にしたことはないが、少なくとも彼女が嘘をついていないことは伝わってくる感情ではっきりしている。もしエルフを作るために子供を生ませる母親まで作っているとしたら、かなり計画的な動きがあると灯真は考えていた。


「あの……」


 手で自分の口を押さえ考え込む灯真を見て、彼女は反応に困っていた。


「ああ、すまない。えーっと……母体というと、君自身はエルフではないのか?」

「いいえ、私もエルフという種であることに変わりありません」

「そうか……」


 灯真は頭をかきながら今後のことを考えた。エルフに関するあらゆることが禁止となっている以上、彼女を匿っていることが知られれば何らかの処罰が待ち構えている。ただでさえエルフが現存していることを知って頭がいっぱいなのに良い考えなど浮かぶわけがなく、むしろパンクして頭から煙でも出てきそうな気分であった。ひとまず落ち着こうと灯真はコーヒーを口に含む。


協会(ネフロラ)に報告して判断を仰ぐしかないか……いつまでもこのままってわけにもいかないし」


 悩む灯真を見たエルフは、必死に体を動かして横向きになり起き上がろうとする。灯真が止めようとするが、彼女はやめようとしない。わずかに上半身を起こすことに成功すると、彼の方を向いてマットに額がつくほど頭を下げ、ベッドの上で跪いた。


「何でもしますから……どんなことをされても構いませんから……だから……」


 エルフの心の中にあるのは、未だ死に対する恐怖だ。灯真のおかげで命を取り留めたことはわかった。だが、不安が完全に消えたわけではない。彼がいなければ自分にはまた死が待っているかもしれない。そう考えた彼女に選択肢は一つしかなかった。彼に頼るしかいないと。


「助けられる命を助けた。それだけだ。治療方法がちゃんと分かるまで魔法も解くつもりはないし、そのために何かを要求するつもりもない」


 ため息をついた灯真がエルフの背中から布団をかけ直す。彼の反応はエルフにとって想定外だった。今までは何をするにしても、男性の要求に応じなければならなかった。床に額を当てて懇願するよう教えたのも彼女が出会った男性たちだ。


「この場合誰に連絡すれば……」


 エルフがゆっくり顔を上げると、灯真は腕を組み天井を見上げて悩んでいた。協会(ネフロラ)に報告しなければならないのは間違いない。だが、どこにどのように報告すればいいのか。いきなり「エルフを保護しました」などと言っても通じるとは思えない。


「あの……」

「君はとりあえず、横になって休んでて。すぐに戻る」


 そういって灯真は部屋を出ていってしまった。エルフはただ呆然としていた。休めとは言われたが、何か気に障ることでも言ってしまったのだろうかと別の不安が募る一方であった。


「——はい。確かに本人がそう言っていました」

『少し厄介な話ね。一度、その女性をこっちに連れてくることはできそう?』


 リビングに出ると、灯真はすぐにスマートフォンを手に取り信頼できる人物に連絡を取った。今回の件は異例中の異例。誰にどう連絡するのが正解なのか彼にもわからない。そこで会社の人間に相談を持ちかけたのだった。


「君島さん……ようやく目を覚ましたところです。連れて行くのはまだ無理かと」


 彼が君島と呼んだ女性——あきら・ノーブル・君島(きみしま)は、灯真の働いている調査機関(ヴェストガイン)の日本支部長。彼が相談できる数少ない人物の一人でもある。


『会話ができるなら急いだ方がいいかも。日之宮さんところに気付かれると色々と面倒だから』


 君島には懸念していることがある。灯真たちのところは調査が仕事。彼らが魔法による犯罪を発見した場合、それに対処する組織は別に存在する。法令違反の取締も行っているそこにバレる前に、協会(ネフロラ)の上の人間に相談しなければ灯真は逮捕されてしまう。調査機関(ヴェストガイン)と彼らは仲が悪く、事情を説明しても受け入れてくれるとは考え難かった。


『あの人たち、うちのこと相変わらず下に見てるから多分信用してくれないわ。私が社長に話をしてみるから、如月さんはしばらく休みを取って彼女の保護に専念して』

「でも、そんなに休むわけには……」

『これまで有給休暇を一度も使ってないの知ってるんですからね。たっぷりあるでしょ』


 急に君島の声色が変わる。調査機関(ヴェストガイン)も会社であることに変わりはなく、当然有給休暇は申請すればちゃんと使える。有休消化率は新人を雇う際に重要なデータとなるので、職員には使い切ることを勧めていた。ただでさえ魔法使いに人気のない職なので、少しでも良い条件が提示できるようにしたいのである。しかし、灯真は今まで一度も使ったことがない。今回エルフを保護したため体調不良という理由で初めて利用したが、土屋主任が彼に幾度となく注意していることも彼女の耳には届いていた。


『いい機会だからちゃんと使って。いい?』

「はい……」


 逆らったらまずい。電話口の声だけで灯真はそれを感じ取った。年下とはいえさすが日本支部のトップ……発する言葉の圧が違う。


『準備が整い次第、こっちから連絡します』

「わかりました」


 彼女の提案に素直に応じ電話を切る。準備が整うまでと言われたが、具体的にいつになるのか予測できないのは灯真にとって非常に厄介だった。


「しばらくここにいるとなると、食事を考えないと……か」


 一人だったら適当な食事でもいいのだが、まだ万全ではない彼女は食事も気にしなければならない。幸い、それについては近くのスーパーが配達もしてくれるので足りない材料はそれで済ませれば良い。灯真もある程度料理は作れる。問題は服。あの手術着みたいなもので生活させるわけにもいかない。最悪灯真の私物を貸せば良いのだが、君島がそれを見て何と言ってくるか容易に想像できる。


「頼んでみるか……」


 先ほど言いそびれたと前置きをしつつ、彼女の服についての相談メールを君島に送る。送信ボタンを押し、スマートフォンを机に置くとすぐ着信音が響いた。案の定、君島からだった。


『なんでそんな大事なことをさっき言わないの!』

「す…すみません…」

『相手は女の子なんでしょう!?』

「そうです。でも、自分の服を貸せば2〜3日は大丈夫かと」

『そういう問題じゃないのよ!』


 スマートフォン越しに響く君島の怒声はあまりにも強く、思わず灯真は耳から遠ざけた。結局、彼に任せておくことができないと判断され、すぐに君島本人が来ることになった。服のサイズなら口頭で伝えることもできると灯真は思ったが、君島曰く「下着のサイズはちゃんと測らないとダメ」だそうだ。 


「……片付けておかないと」


 リビングには読み途中の本や書き取ってあったノートが散乱している。彼女の状態に関しての資料がないか漁って片付けていなかった。さすがに人を家に上げる状態ではない。ため息をつきつつ、片付けを始め君島が来るのを待った。

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