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神の業(わざ)を背負うもの  作者: ノイカ・G
第1章 その翼は何色に染まるのか
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第17話 盾羽真価

「アキラ……優れた魔法使いどういうものか、考えたことはあるか?」


 氷の砕る音が絶え間なく続く中、ルイスは唐突に問いかけた。君島がその目線を攻撃を受けている灯真からルイスへと動かすと、彼の顔には驚きと喜びの入り混じった笑みが浮かんでいる。


「こんな時に何を!?」

「かつて研究者たちの間で、本当に優れた魔法使いは対象を見ず、体を使わず、言葉を発さないで魔法を使う者ではないかと考えられていたのを知っているか?」

「そんな!? 今の理論と真逆じゃないですか!」


 現代魔法使いにおいて『優れた魔法使い』とは、《効率的に自身の魔法を発動させ、自在に操る者》とされている。それを実践すべく魔法使いたちは、魔法を使う対象を注視したり、魔法を起動させるための特定の動作を決めたり、魔法をイメージしやすいような言葉を選び口に出して唱える。そうすることで魔法を効率的かつ迅速に発動させるのだ。


「今の魔法使いはみんな、魔法の発動に重要な想像力を補助するためにあらゆる手を使う。しかし、普段からそうしている者達が視界を塞がれ、声を失い、体の動きを制限されたら?」

「……魔力を上手く変換できないか、もしくはコントロールに失敗するか……」

「そう。だからどんな事態に陥っても魔法を使いこなせる者こそが、真に優れた魔法使いといえるのではないかと考えられたんだ」

「この状況とその話と何の関係があるっていうんです……キャッ!」


 狙いが外れた氷柱が彼らの目の前で音を立てて砕け散る。灯真の羽は未だルイスたちの前を離れず彼らを守っているが、君島は氷柱がぶつかった音に驚き、思わず自身の腕で頭部を守る姿勢を取る。


「わからないか? 今目の前で、灯真がそれを実践しているじゃないか!」


 ルイスの問いの意味をようやく君島も理解した。広瀬に光を当てられ目を閉じ、自身の魔法をイメージするような言葉も唱えず、ディーナを守る壁となって指先一つ動かさず、それでも灯真は自分の魔法を巧みに操り相手の攻撃を防いでいる。仮にあの羽をここにくる前から用意していたとしても、君島が見ていた限り車に乗っている時も建物に入ってからも、それらしい行動や言動もなかった。


「どんな集中力をしてるの……」

「全くだ。探知デクトネシオが正常に使えてないのも、おそらくトーマの仕業だろう。恐れ入ったよ」

「さっき社長が言いかけたのって?」

「以前からトーマの実力には疑問があってな。まさかこれほどとは思わなかったが……」


 興奮しているルイスを見て、あの緊張感は何だったのかと君島は呆れる。


(やはり、あれは真実だったということか)


 かつて、初めて灯真と出会ったとき耳にした噂がある。当時彼と一緒にいた者達が語ったそれを誰も信用していなかったが、ルイスだけはデマカセだとは思えなかった。本当のことを確かめたいとずっと考えていた。しかし、もしそれが虚言であったのなら灯真を危険に晒してしまうことになる。見極めのタイミングを図るために緊張状態であったルイスだが、ついにその真実の一端ともいえる彼の能力を目にし、緊張は一気に興奮へと変換されていく。

 そんな彼らとは異なり、未だ灯真を仕留められないことに松平の苛立ちは頂点に達しようとしていた。


「どけ! 俺がやる!」


 眉間に皺を寄せ灯真を睨みつけた松平は、余程憎たらしいのだろうか歯を食いしばり右手を強く握りしめる。上司から伝わるピリピリした空気を感じ動揺する部下たちのことなど気にも止めず、自身の魔力を握った右手に集める。集めすぎなのか松平の技量によるものなのか、留めておけず溢れ出す魔力が君島の目に移るが、松平の使う魔法を思い出したときには彼の右手は赤い輝きを放っていた。


「真紅の波に飲まれ、灰塵と化せ!」


 松平は握っていた拳を開くと、灯真の方に向けて力強く振り上げる。発生した空気の流れに合わせるように、解き放たれた魔力は炎へと姿を変えて灯真たちへ押し寄せる。近づくにつれて高さを増すそれは真っ赤な津波のようで、灯真達や広瀬だけでなく頭上で拘束されている山本を巻き込むほど大きい。身動きの取れない山本は自分を拘束している灯真の羽が炎に耐えられるとは考えられず、死を覚悟し目を閉じる。広瀬は助からないと頭の中で考えながらも、死の恐怖から逃れたいという思いから無意識に灯真の方に向かってその足を動かしていた。


「味方ごとなんて……最低!」

「全くだな。モトヒロにあとで文句を言ってやろう」


 小走りで灯真の前にやってくると、君島は自分の両手を前に突き出し、ルイスは何もない左の腰に右手を持っていき僅かに腰を落とす。

 迫り来る炎は、逃げようと試みた広瀬を灯真たち諸共包み込むと、灯真達がやってきた扉をも巻き込んで壁にぶつかり、天井に向けて火の粉を舞い上げる。全員捉えたことを確認したところで松平が振り上げた右手を強く握ると、炎は彼らのいた場所を中心に流れを変えて渦の塔を形成する。


「少々やり過ぎてしまったかな」


 そう言ってニヤリと口角を吊り上げる松平の姿を見て、思わず部下たちは後退りする。もし広瀬のように前に出ていたら、自分たちも天井に到達しそうな目の前の渦の中にいたかもしれないという考えが頭を過り、全身から汗が吹き出す。


「主任……巻き込まれた二人については……」

「抵抗してきた奴らにやられたとでも報告をあげれば良い。元はと言えば、あいつらのせいでこんな事態になったんだ。処分が早まっただけのこと」


 この男——松平恭司は自分のためならば他人を犠牲にすることも厭わない。そういう男なのだと部下たちは再び思い知る。


「さて、いい加減暑くなってきたし、消すとするか」


 炎の渦によって上昇した気温はまるで真夏の炎天下のようで、松平は自身の着ているYシャツを引っ張り体の内側に空気を送り込みながら、右手の指をパチンと鳴らした。その音に合わせて炎の渦は流れを止め、赤い粒子へと姿を変える。この時点で松平の頭の中には、上司に今回の件を報告し約束されていた特別な報酬をもらいに行くことだけが浮かんでいた。想像するだけで口の中に涎が溢れるが、粒子が消えて誰もいなくなったはずの現場を目の当たりにして彼の妄想は脆く崩れさり、口の中を満たしていた液体を喉に詰まらせ激しくむせる。


「断熱効果が無いは嘘じゃなかったんだな」

「すみません。層を三重にするので精一杯でした」


 この空間への入り口である扉は、どういうわけか高温で焼いても酸性の液体をかけようとも傷一つ付かない。なので、灯真達だけが悲鳴を上げる余裕もないまま灰になり、炎を消した後の松平の視界には奥にある扉だけが見える。彼の頭の中の予想図はそうだった。しかし灯真達は、先ほどと変わらず同じ場所に立っている。彼らだけでなく巻き込まれたはずの広瀬と山本も、大量の汗はかいているが生きている。火傷すら負っていない。


「どうして俺たちを……」


 広瀬はあの瞬間、君島達の前に飛び出した灯真に引っ張られ、彼の展開する防壁の中へ入り救われた。山本も自分を拘束していた羽が動いたことで地面に下され、広瀬と同じく炎から守られた。

 彼らを守った防壁は、灯真やルイスたちの眼前に展開していた羽と山本を拘束していた羽に加え、灯真の背中から飛び出すように生まれた大量の羽によって彼らを覆うように作られた。ルイスの言う通り、灯真の羽には断熱効果がほぼ無いので炎は防げても熱が壁内に伝わってしまう。それを解決するためか、壁は間に空気を含んだ三重の層になっていた。それでも防壁内の温度は40度を超える暑さとなり、中にいた全員が汗だくになったというわけである。


「あんたたちにはいろいろ聞きたいことある。だから、死なれるわけにはいかない。俺には守る力しかないから」

「お前……」


 未だその目を松平に向け続ける灯真の言葉が、助けた相手ではなく自分自身に言い聞かせているのだと気付いているのはディーナだけであった。平静を装っているが、灯真は心の奥で戦うことに怯えている。それでも守るために前を向いて立ち続ける彼の背中に、ディーナは自身の体を預ける。


「ディーナ?」


 突然もたれかかってきた彼女に、暑さにやられて体調を崩したのかと心配した灯真だったが、彼女は『苦しい』とも『辛い』とも思っていない。むしろ、今の彼女の心は灯真と家で過ごしていた時の状態に近い。


「どうかしたのか?」

「大丈夫です……」


 灯真のそばにいると、胸の中にある不安が溶けて消えていくようでディーナは不思議と心地良かった。彼の部屋で共に生活していた時から少しずつ感じていたが、彼女は今それをより強くはっきりと感じている。灯真の存在を肌で感じるほど、胸の奥が温かくなるこの感情を表す言葉をディーナは知らない。

 心が安らいでいる……灯真はディーナの心境をそう捉えていた。彼女から流れてくるその感情を表す明確な言葉は他に思いつかなかったが、小さい頃に親におんぶされていた時の、あのなんともいえない安心感に近いものを思い出させる。

 

 この状況下でディーナを心配する灯真を見て、広瀬は彼女を捕らえるという任務遂行の意思を完全に失っていた。あまりの暑さに水分と体力を奪われたのもある。しかし一番の原因は、松平の炎を防ぎ敵であるはずの自分たちのことまで守った灯真の実力を見て、格の違いを痛感させられたからである。それは動きを封じられていた山本も同じだった。


(俺たちだって訓練を怠ってきたわけじゃない。それなのに何だこの差は……)


 魔法使いとの交戦が当たり前のようにある法執行機関キュージストの隊員たちは、日々の業務に追われる調査機関ヴェストガインの職員たちと違い、訓練に多くの時間を費やす。松平もこれだけは怠ることがない。何時いかなる場所で強力な魔法を使う相手と戦うことになっても、負けるわけにはいかないからである。魔法だけでなく、体術など戦いに必要な多くの技術を学んできた山本だったが、どんなに頭の中でシミュレーションを繰り返しても彼に攻撃が届く結果を想像できなかった。


「私たちの出番ありませんでしたね」

「まさかあれを防ぎ切るとはな」


 君島とルイスは持っていたハンカチを取り出して額から滝のように流れる汗を拭う。あの瞬間二人は、炎を消すために自身の魔法を使うつもりでいた。しかし炎は、彼らの間合いに入ることなく灯真の羽に遮られ魔法を使う機会を失っていた。


「アキラがやった方が暑くならずに済んだかな?」

「私だったら巻き込まれた二人……特に如月さんの前にいた彼は助けられなかったと思います。それよりも社長がやった方がよかったのでは?」

「そこは何とも言えないな。それよりも今は……」


 軽く肩を回して固まっていた体を解すと、ルイスはそれまでの温和な顔つきから一変して怒りを露にした鋭い眼光を松平に向けた。見ただけで背筋が凍るような感覚に襲われた松平は、ブルブルと震える太ももに拳をぶつけ鎮めようとする。


「自分の部下を巻き込むとは、あまり感心できないな。トーマのおかげで助かったから良かったものを、我々を消すつもりだったのかな?」

「あ……貴方たちがその女を渡していればこんなことせずに済んだんです!」

「君の黒い噂は良く耳にしていたが、ここまでとは思わなかったよ」

「てっ……抵抗された以上、こちらに入った情報を疑わざるを得ない状況でした。その上お二人が相手とあっては手加減などしていられませんよ。ただ、勘違いはしないでください。先ほどの魔法は、皆さんの体力を奪うのが目的で使ったまで。大事な容疑者を殺しては、捜査が滞りますからね」


 開き直ったかのように肩を竦める松平だったが、頭の中ではこの状況をどう乗り切れば良いか考えあぐねていた。炎の勢いを見ていた灯真たちに、松平の言葉の信用性は皆無。部下である広瀬や山本でさえ、彼の苦し紛れの言い訳に呆れて何も言葉が出ない。


(どうする……ここで奴らを通してたら今回の件も報告されて、間違いなく調査の対象にされる……こんなはずでは……)


 灯真がいなければ、広瀬と山本がディーナを回収してエルフの存在を知られることはなかった。灯真が抵抗しなければ、今頃はディーナを上司に引き渡して報酬を受け取っていたはずだった。灯真がいなければ、調査機関ヴェストガインにエルフ創造の罪を押し付け法執行機関キュージストとの合併を進められたはずだった。


(あのキーフさえいなければ……)


 灯真さえいなければ……その黒い憎悪に心が満たされた松平は恨みを込めて灯真を睨み付けるが、灯真もまた松平に向けて冷淡な視線を向けていた。ルイスが意図的に威圧していたのに対し、灯真の目はもっと根本的な、自分よりも遥かに大きな存在であると感じさせるものだった。格下の彼にそのような感情を抱くことは松平にとって非常に不快だったが、彼と目を合わせていられず自分から視線を逸らした。


「で、私たちは通してもらえるのかな?」

「こちらも上からの指示で動いている以上、はいどうぞとは言えません」

「ならすぐに確認を取ってくれ。こちらも約束の時間があるんだ」

「その必要はありませんよ」


 その言葉と共に松平の後方から歩いてきたのは、法執行機関キュージスト日本支部長、松平の上司である藤森フジモリ 知紀トモキその人であった。

アニメとか見るとかっこいい詠唱や印といったものに憧れたりしますが、実際には相手に気づかれないように使うのが強いだろうと思うんです。


灯真の噂とは一体何なのか……法執行機関支部長が来た意味は……。

次回をお楽しみください。次回で語れる……か??



この物語を読んで少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

評価やご意見・ご感想などいただけますと大変ありがたいです。

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