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呪われし少女と空手少年

作者: 壱番合戦 仁

                        《1》

 放課後の昼下がり。僕は三年生の番長に、コンビニで取り置きしていたエロ本を買おうとしていた瞬間を見とがめられて、天下の大通りをカーチェイスならぬバイシクルチェイスしていた。振り返ると、向こうはごっついマウンテンバイクを駆り、ぎらついた眼で僕の姿をとらえている。残る下っ端も相当ハイスペックなチャリで追走してきているではないか。

 「チキショーっ!!何で思春期特有のあふれ出るリビドーを処理しようとしただけでこんな目に合うんだよー!貧クソッたれがァ!!」

 「ウルセーヨ!このクソガイジが!!お前が読んでも豚に真珠だァ!!お家に帰ってママのパイパイでも吸ってな!!あうあうあーってなッ」

 「「「「ギャハハハハハハハッッ!!」」」」

 「このマジキチどもめェ!!覚えていやがれェェェェ!!」

 「お前なんぞの記憶はチ●●ス以下だ!誰が覚えているかよぉっ」

 「貧クソッたれがァァァァァァ!!!!」

 嗚呼、天よっ。この不届き者どもに天罰を!そう願っていると、道の先に交番が見えてきた。チャンスだ!

 「こっ、殺される!助けてくれっ!助けてくれっ!」

 交番の前で急ブレーキをかけ、入り口のガラス戸を必死に連打する。

 「うわっ、察公だっ!お前ら、逃げるぞ!」

 警官の姿を認めたのか、番長グループが曲がり角を通って走り去っていった。その様子を見て、お巡りさんが怪訝な顔を交番の玄関からのぞかせた。

 「何なんだ、一体。って、ケンイチさんじゃないか。またひどい目にあったのか?」

 「あいつらを追いかけてください!車道を走行中にすごいスピードで追いかけてきて、リンチするとかカツ上げするとか言って、恐喝してきたんです!」

 「それは走行中の事かい?それとも、無理やり停車させられた後の事かい?」

 「走行中ですっ」

 「煽り運転で道路交通法違反だな。暴行罪もあるかも知れん。よし、行ってくる」

 そういうが早いが、お巡りさんは白バイにまたがって番長たちを追いかけていった。

                       《2》

 四十分後、番長たちは警察に逮捕された。刑法208条「暴行罪」と、道路交通法違反で裁かれるらしい。

 残る体力を振り絞ってやっとの思いで自宅に帰ってきた。よろめきながら階段を上り、妹の部屋のドアをノックした。

 「……静音。居るか?」

 「うん、居るよ。入って」

 言われるがままに部屋へ足を踏み入れると、気が緩んでその場に崩れ落ちてしまった。

 「お兄ちゃん?!大丈夫っ?また、何かあったの?」

 「た……な、だ」

 「あっ、立てなくなっちゃったんだ……。うん、少し楽な姿勢にしてあげるね」

 そういって、僕のひき殺されたカエルみたいな恰好を崩して、僕を横たえてくれた。

 「床だと冷えるから、ベッド貸してあげるね。丹田呼吸ってどうやってやるんだっけ?」

 「はな、から」

 「うんうん、鼻から吸って口から吐くんだよね?」

 「横隔膜、きをつけること」

 「そうだったね。横隔膜を下げて、目いっぱいお腹に空気を入れるんだよね。分かった。やってみるよ」

 妹は僕から確認をとって、ありったけの力を込めて僕の体を持ち上げた。僕も、何とか体に力を込めて、ベッドに転がろうとする。その試みは成功した。ようやく体と心を休められる。静音が僕を心配そうに見つめている。

 「くぅッ、糞ォっ!あいつら……、今に見てろよ。出所したら裡門頂肘で吹っ飛ばしてやるからな」

 拳をギリリっと握りしめる僕を見て、静音も悔しそうに歯を食いしばる。

 「許さない……!!お兄ちゃんをこんな目に合わせるなんてっ。また、あの番長にいじめられたの?きちんと逮捕してもらった?」

 きつく眉根を寄せるのをやめて、静音が優しく訊いてきた。僕はそれにきちんと頷く。

 「ああ、もちろんしょっ引いてもらったよ」

 それを聴いて静音はほっと胸をなでおろす。

 「好かったー……。前から本当に心配だったんだからね?もう、街中で絡まれてもあの手合いに構ったりしちゃダメだよ?」

 「はいはい。心配してくれて嬉しいけど、それもほどほどにな?」

 「むぅー。お兄ちゃんの意地悪」

 少しむくれたけど、静音はすぐに機嫌を取り戻してころころと笑い出した。つられて彼女と一緒に笑い合う。穏やかな午後の昼下がりだ。

 「そうだ!お兄ちゃんに手紙が届いているよ」

 「へえ、それって誰からの手紙なの?」

 「うん、T大学のキャンパスで善吉叔父さんが量子力学の教授をやっているでしょう?どうも叔父さんからみたい」

 おおっ!?もしかして、例の武者修行用の乗り物ができたのか?!ワクワクを必死で抑えながら、静音から手紙を受け取る。差出人を見るとやっぱり善吉叔父さんだ。

 「よっしゃあ!次元転送装置が完成したってよ。今から行ってくるね!」

 「あ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!もう、お兄ちゃんってば……。人の話くらい、最後まで聞いたっていいのにー」

 ご機嫌斜めの静音を尻目に、旅行用カバンに着替えと食料と衛生周りの備品を詰め込み、T大の地方キャンパスまで向かった。

                        《2》

 エントランスを通り過ぎて、守衛室へ向かった。そこにいる警備員さんに事情を話すと、善吉叔父さんんはいつものラボに居るという。期待に胸を高鳴らせながら、エレベーターで当該フロアまで昇った。

 廊下を歩く間、見知った研究員さんたちとあいさつを交わす。みんな、画期的な研究の最中で充実した毎日を送っている。

 「ここが、叔父さんのラボか」

 着いてみれば呆気なかった。あとは扉を開くだけ。

 「お邪魔しまー……。あれぇ?」

 そこには叔父さんを始めとする善吉ラボの面々の姿は無く、代わりにク〇ノト〇ガーに出てきそうなディメンションゲートと思しき物体が、研究室の壁際にデンっと鎮座していた。

 「な、何だこれ……?これが次元転送装置なのか?」

 ぽけーっとしていると、次元転送装置が勝手に起動し始めた。ゲートの輪っか部分の空間が揺らぎ始めて、中から善吉ラボのメンバーたちが出て来たではないか!がやがやと騒々しく帰って来た彼らは、どうも顔が緩み切っている。何か楽しい事でもあったのだろうか。

 「いやぁ、あの子たち可愛かったですねー!彼らのおかげでガールフレンドができまくりですよ!」

 「そうだな!まさか行った先が、男女の仲を取り持つ第三の性別がふっつーにある世界だなんて思いもしなかったもんな!」

 「本当本当!そういえばあの子たちの性別って、何ていう名前でしたっけ?」

 「翻訳によると『仲』っていうらしいよ」

 「あー、でも今にして思えば、男もイケメンが多い世界だったけど、女の子も仲の子も可愛かったですよね!」

 「えー?でも私、仲の人たちとお風呂入ったけど、ちょっとビビっちゃったなぁ。あの股間はちょっとね……」

 「「あー、確かに」」

 何だ何だ、どういうことだ?旅行にでも行ってきたというのか?僕は訝しく思って、腕を組んで立ち尽くした。しばらくすると彼らの歓談も終わって、ようやく善吉叔父さんがこちらに気が付いた。

 「おおっ!ケンイチよ。元気にしていたか?」

 「へへっ、叔父さんこそ。達者で何よりだよ。……で?これが例の次元転送装置って訳?」

 「応とも!この装置は、まだ試作段階でな。こことは違う世界に行くことができるんだが、ゲートを維持するための消費電力が半端じゃないという欠点がある。だから、行動スケジュールを絞る必要があるわけだ」

 「すっげー!叔父さん天才!まだ完成していないけど、そんなすごいものを作っちゃうなんてかっこいい!」

 感極まってあこがれの目で叔父さんを見つめる。善吉叔父さんはくすぐったそうに頬を掻いていた。

 「ありがとうよ。さぁて、お前たち!次はもっと遠い世界まで転移できるように、セッティングするぞ!準備はいいなっ?」

 「はい!前日から調整用のパッチを用意しておきました!これをインストールすれば、座標調節がさらに容易になるはずですよ」

 三十歳くらいの白衣を着た男性が、USBメモリーを掲げて快活に応じる。

 「よおし、その調子だ!機材担当の者は、今のところどうだ?」

 「システム、オールグリーン。特に調整はいらなそうよ」

 四十代半ばの眼鏡をかけた女性が、少し疲れた様子で答える。

 「そうか!まあ、後で休むことだな」

 そろそろ旅の準備が整いそうなので、叔父さんにアイコンタクトを取った。

 「うむ。ケンイチ、まずお前の旅の目的を教えてほしい。それによって消費電力が変わってくる。先ほど旅行したばかりで、あまり予算がないのだが……。さあ、お前の願いは何だ?」

 少し考えて、武者修行以外に一つ思い浮かんだことがあった。

 「空手と八極拳が強くなりたい。あと、女の子の友達が欲しい!」

 「なぁんだ。お前もガールフレンドが欲しいのか?それなら、連れてきてしまえ!そうすれば電力を抑えられるはずだ」

 「え?いいの?」

 「ああ、いいとも。なあに。その子が帰りたくなればいつでも帰れるんだからな。ただし、向こうがちゃんと了承してくれるかは、お前次第だからな?それだけは心得ておけよ!」

 「分かったよ、叔父さん!」

 僕が満面の笑顔で元気いっぱいに答えると、叔父さんは満足そうにうなずいた。そうこうしているうちに次元転送装置の起動準備が整ったらしい。輪っかの部分が揺らぎ始めている。僕のそばを離れて善吉叔父さんが、電卓で消費電力の計算をしている。

 「ええっと。一日当たりのゲート保持に必要な消費電力が10MWで、遠くの世界だから、10MW×10×最大7日=700MWか。よしっ、行けるぞ!」

 「叔父さん、それ本当?」

 「ああ、本当だとも。それじゃあ、この通信端末を持って置けよ。転送先は、ウフという村だ。俺の調べによると、そこにいじめられっ子の女の子がいるから、ちゃちゃっと助けて仲良くなってこい!」

 「うん、分かった!行ってきまーす!」

 「「「行ってらっしゃい!」」」

 そして僕は、手荷物を持って次元転送装置の輪っかを通り抜けた。

                        《3》

 ジェットコースターで下り始めた時の様な浮遊感を味わった。目を開けると真っ白な光が僕を包んでいる。


 やがて光が晴れていく。


 あたりを見回すと、そこは牧歌的な雰囲気が漂う田舎村だった。


家々の軒先では小さな牧場が広がり、それぞれの家ではヒツジの様な生き物などが十数頭ほど放し飼いにされていた。彼らはたんぽぽの様な水色の下草を食みながら、のんきにみぃ~とおかしな鳴き声を上げている。

 後ろを振り返ると、丸い空間のひずみが出来ていた。おそらくここから元の世界へ帰れるのだろう。


 僕の頬を一陣の春風が優しく撫でた。風が吹いた方を見やると、小高い丘に風車が立っている。その横に大きな川が流れていて、村のはずれの池へと注いでいる。


 「うん?あれが例の女の子かな」


 日差しが眩しくてよく見えないが、浅いあの池で真っ白な少女が二人の子供たちにどつき回されていた。起き上がろうとするたびに突き飛ばされるので、女の子の服はもうびしょびしょだ。


 「あれはよろしくないな……。ちょっと行ってみるか」


 気配を断ち、池で女の子を嬲り続ける子供たちに忍び寄っていく。


 すると、案の定下品な囃し声が聞こえてきた。よくよく見ると池のほとりにはには、かつてはおいしそうだったはずの焼き菓子が、無残にもぐちゃぐちゃに踏みつけられていた。


 おやおや、罵声はごていねいに翻訳つきか。唇を読むと明らかに日本語ではなさそうだ。

 「あんた何様なの!?【色無し】のくせに、あたしん家のアップルパイを堂々と買わないでくれる?お客さんが失せちゃったじゃない!」

 「ご、ごめんなさい。ごめんなさいぃ……」

 「めそめそ泣くんじゃねえよ!お前の呪いが移るだろ!ほおれっ、穢れてんだからお洗濯してやるよっ、白雑巾!!」

 「雑巾じゃないもんっ。例えるならきれいなお布団になりたいんだもん!……それはそれで微妙だけどさ」

 「お前ェェェェッッ!!」

 おっと、そろそろ制限時間が来たようだ。この男の子を放っておける時間はとうに過ぎた。僕は音もなく履き物を脱いで入水し、背後に立って男の子の両肩を鷲掴みにした。

 「いぃっひゃぁっ!」

 そして、驚いている男の子に殺気を叩きつける。並の素人にこれをやるのは大人げないのは重々承知だ。気迫だけでも素人なら失禁は免れない。


 現にこの黒い肌をした大柄な男の子は、足元の水面を素敵な黄色に染め上げていた。しばらく村の者はこの池の水を飲めないだろう。


 「はぁい、坊やたち。おいたはそこまで。それ以上やったら、異世界から来たお兄さんが怒っちゃいますよ~?」


 糸目でアルカイックスマイルを満面に貼り付けて宣戦布告する。相手は小学六年生程度。こちらは中学一年生。ほとんど同年代なので、大人げないとは言わせない。


 「で?どうするつもりかな。この子にちゃんと謝ってくれるなら考えるけど」


 「ぁ……。で、で、出たァー!! 外界人だぁー!!」


 ギャースカ叫びながら、白い女の子をいじめていた女の子は一目散に逃げていった。

 彼女は濡れた服の重みをものともせずに、全速力で駆けて行った。


 その肌色はどことなく赤みがさしていた。遺伝だろうか?

 彼女が去って行った方を見やり終えて、黒い肌をした大柄な男の子との間に気まずい沈黙が流れる。掴んだ肩がピクリピクリと上下した。


 「ぅっ、うっ、うああ……。ごめんなさいぃっ。うわぁぁ……」


 おっと、少しやりすぎたようだ。そろそろ、幕引きとするか。


 「はいはい。反省したんだったら、いじめた子にちゃんと謝る事。いいね?」


 「ぅっ。ぐすっ。うん、分かったよ。ソフィアちゃん」


 「……なあに?」


 ソフィアちゃんと呼ばれた女の子が、濡れて透けたワンピースから胸が見えないように体を抱いて、心底憤慨した顔のまま男の子を睨む。


 「呪いの事でいじめてごめんね。村のみんなは、呪いのせいでソフィアちゃんの肌の色が嫌いになっているけど、本当はソフィアちゃんの事がみんな大好きなはずなんだ。本当にごめんなさい」


 彼は頭を下げて、懐から竹でできたへらを取り出してソフィアちゃんに捧げた。どうやらこれがこの世界での謝罪らしい。『この通り、お仕置きを受ける覚悟はできています』という事なんだろう。

 「いいの。だって、村の守り神に選ばれたお兄ちゃんとつまんないことで喧嘩した私がいけないんだもん。謝ってくれたし、もうそのことはいいよ。赦してあげる」


 そう言って彼女は竹べらを受け取って、男の子を三度打ち据えた。


 「ぎゃっ、痛いっ、ぎゃあっ!」


 うわぁ……。ここではこれが当たり前なのか。流石にカルチャーショックがきつすぎたかもしれない。成り行きを見守っている内に、ソフィアちゃんは男の子を抱きしめた。十秒ほど抱きすくめた後、体を離す。

 それから、二人は仲直りできたようだ。すると男の子が不思議そうな顔をして、アイルの肌を見つめ始めた。

 「あれ? あーっ! ソフィアちゃんの肌がどんどんきれいになっている!何これっ?」

 おかしいな。僕の目からはそうたいして変わらないと思うけど、一体どういうことだ?するとソフィアちゃんが嬉しそうににこりと笑った。

 「きっと、お兄ちゃんがかけた呪いが解けたんだよ」

 「どうしてだろう」


 おそらくその呪いとやらをかけたやつは、相当陰険な野郎だ。

 僕が苦々しい顔をしていると、ソフィアちゃんと呼ばれた女の子が、はっ、と気が付いた。


 「どんな呪いも必ず解ける条件がある」

 「そうなのか。つまり?」

 「呪いを解けにくくするなら、解ける条件を一番わかりにくくしたほうが相手にとっては絶対得。ということは」


 いじめていたやつと仲直りすること。それが、呪いが解ける条件だったわけだ。

 「あんのシスコン兄貴! 余計なマネしてくれたわね! 今度会ったらただじゃ置かないんだから」

 「まあまあ、これでこれからも仲良くできるね!」

 「うん……。まあ、そうだね! ずっと仲良しでいようね!」

 そして二人は嬉しそうに笑い合った。


 それから、ソフィアちゃんが僕の方をくるりと見返して、水面を踏み荒らして駆け寄ってきた。


 「外界人のお兄さん!本当にありがとう。おかげで友達を取り戻せたよ。助かったわ」


 「いやいや、何のこれしき。そもそも僕は、君と友達になりたくて此方へ来たんだからね」


 すると、彼女はぱちくりと瞼を瞬かせて、不思議そうな顔をした。


 「お兄さん、何で私の事を知っているの?」


 「風の噂でいじめられている女の子がいるって聞いてね。それで助けに来たのさ」


 まさか、次元転送装置の探査機能で探し当てたとは言えないので、適当に誤魔化すことにした。まぁ、あながち嘘でもないから、そこまで気に病むこともないだろう。

 それはそうとして、女の子は花が咲いたような笑顔を浮かべて僕を見つめている。

 

 「ねえ、それ本当?」

 

 「うーん。詳しい事情を話すとややこしいから、簡単な説明にするためにちょっと嘘はついているよ」


 「本当のことを話しても俺たちにはわからないって事か?」


 「そうだね。仕方ないかなとは思うよ」

 まさしく痛し痒しである。二人は難しい顔をして、僕を信用するべきか悩んでいる。五分ほど経って、ソフィアちゃんがぽんっと手を打った。


 「いいわ。お兄さんを信用してあげる」


 「本当にっ?」


 「ええ。だから、三人でお友達になりましょう」


 「いやっほーいっ!やったぜ、友達ゲット!」


 僕は嬉しくて思わず躍り上がってしまった。やっぱり、持つべきものは友達だな!


 「そうだ!お兄さんにお礼しなくちゃね。いい?少しの間目をつぶっているんだよ」


 おまじないでもかけてくれるのかもしれない。そう思って、じっと目をつぶる。


 「『レイザード・バルドウプ』」


 ソフィアちゃんが僕のほっぺたを三角になぞってから魔法の呪文を唱えると、体の奥底から力がわいてきた。今なら、どんな失敗をしても平気でいられる自信がある。そんな気持ちになる不思議な力だった。


 「……ハイ、お終い。どうかな。力、ちゃんと湧いた?」


 「ありがとう。おかげで元気が出たよ」


 「好かった。おまじないをかけた甲斐があったよ」


 「よかったな、兄ちゃん!……あ、いっけね。忘れていた」


 男の子が気まずそうにに首筋を掻いた。僕に向き直って笑いかける。


 「兄ちゃんの名前を聞かせてくれよ。名前はなんて言うんだ?」


 男の子が興味津々といった様子で、問いかけてきた。


 「ミタライ・ケンイチって言うんだ。ケンイチって呼んでくれ。よろしく!」


 「ああ、こちらこそ。俺はオルテ・ブレスハルト。よろしくな!」


 オルテはこちらまで駆け寄って、僕の前で右腕を僕の目の高さまで上げた。僕も真似をして、右腕を掲げた。それから、腕と腕を交差するようにぶつけて、挨拶した。こういう異文化交流はいつやっても楽しい。和気あいあいと自己紹介するそばで、ソフィアちゃんが俯いている。

 「なあ、ちゃんとあいさつした方がいいぞ」

 オルテに小突かれて、やっと僕の前へ一歩進み出た。意識して初対面の人前に立つと緊張するタイプなのかもしれない。


 「ええっと、私、ソフィア・アルペンハイムっていうの。よろしくね」


 彼女は手をCの字にかたどって、僕の方へ差し出してきた。僕も同じようにCの字に手を差し出すと、僕の四指をかみ合わせるように握ってきた。


 男女の間ではこういった握手をするのだろう。何だか新鮮な気分だ。


 でも、彼女はすぐにさっと手を引っ込めて顔を両手で隠してしまった。照れ屋さんなのかな?


 「さて、自己紹介も済んだことだし、まずはどこかに遊びに行こうぜ!」


 「えー、でも服がびしょびしょだから、着替えたいなぁ」


 「ほら、アイルもこういっているんだし、オルテもここは折れておこうぜ」


 「それもそうだな。よし、ケンイチ。お前、俺んちに来いよ。売れ残った服がかなりあるから好きなのやるぜ」


 「え、お前の家って服屋をやっているのか?」


 僕が意外そうに尋ねると、オルテは自慢気に人差し指で鼻をこすった。


 「そうだぜー。母ちゃんが仕立てる服は世界一なんだよ!この村で飼われているオヴィリムの毛で作った服なんだ。夏は涼しく冬は暖かいふかふかの服なんだ」


 「それは是非とも着てみたいな!じゃあ早速行ってもいいか?」


 「もちろんだよ。アイル、後でまた会おうな」


 「分かった。着替えてくるから、またこの池のほとりで会いましょう」


 そして再会の約束を交わした僕は、履き物を回収してからオルテと連れ立って着替えに行った。

                       《4》

 着替え中にいろんなことをオルテと話した。この村の豊富な名物の事や、空気や水がおいしくて、春になると牡牛の大群が牝牛を求めて草原を走り去るのだという。その肉は丸々肥え太っているおかげで絶品だとか。お互いに地元自慢をしている内に住んでいた家の話になって、ふと不安に思った。


 「そういえば、今日泊まるところがないんだよな」


 「あ……。そっか。ケンイチって外界人だから、こっちのお金を持っていないのか」


 着替え終わったとはいえ、服の出来を喜べる空気ではなくなってしまった。気まずい沈黙の末、座り込んで考えていたオルテがパシッと膝を打った。


 「よし、それなら俺ん家に泊まれよ!」


 「え、いいのか!? お父さんやお母さんに迷惑かかったりしない?」


 「いいんだよ。今ちょうど、父ちゃんも母ちゃんも王都へ仕入れに行っているから、二週間は帰ってこないんだ。なんなら、十日くらいは泊めてやってもいいぜ?」


 「ありがとう! 助かったよ」


 「ああ、いいって事よ!」


 宿泊のめどが立ったところで、僕たちは池のほとりへ向かった。


                       《5》

 ウフ村のはずれにある池のほとりへ向かう途中、村の様子が少しおかしいことに気が付いた。


魔除けだろうか。家々の軒先を見渡すと、どの家も二丁の交差したハンマーが玄関口に飾られている。そして、村人たちは強い風が吹く空を見上げている。


 「この騒ぎは何なんだ……。オルテ、覚えはあるか?」


 観察を中断して、オルテを振り返ると彼は強張った面差しで、重々しく口を開いた。


 「アイルのお兄さんが、来たんだよ。ほら、空を見上げて! ついにお出ましだ!」


 その彼の叫びを皮切りに、一天俄に掻き曇り、空のかなたから隕石の様な何かが降ってきた。


 「みんな、伏せろォ!!」


 それは次第にこちらへ接近してきて、それが人間の姿をしているとわかった瞬間に村の広場に着弾した。


 「うわぁっ!!」


 大地を揺るがす爆発音が辺り一帯に轟いた。もうもうと立ち込める土煙の中、テンプルにカチンとくる高笑いが痺れ切った鼓膜に響き始める。多分、あのアイルの兄とやらが笑っているのだろう。


 「フゥーハハハハハッフハフハフッ! やぁ、諸君。久方振りだな!今日も、村の守り神である、この『ノルティ・アルペンハイム』が、諸君らの願いをかなえてやろう!フゥーハハハァァ!!」

 尊大な自己紹介とともにアイルの兄が二メートル近く浮き上がり、村人たちに対して自らを神と告げ放つ。疫病神、ここに参上。そんなカッコつけが異様に鼻につく。

 こいつをいけ好かないと感じているのは僕だけではないらしく、村人たちは罵声や石などを盛んに投げつけている。


 「このクソ邪神がァ!!よくも俺の母さんをこの世から消してくれたな!さっさとそこから降りて落とし前つけやがれッ!」

 「フフフフハハハハハハッ! それは君が嫁姑問題をどうにかしてほしいというから、亜空間まで頭を冷やしに行ってもらったまでの事だ! なあに、あと五年もすれば帰ってくるさ。相談した相手を僕に選んだのが運の尽きだったね! 腹ァ括って我慢することだな!」


 「クソッたれー!」

 母親を異次元まで飛ばされた村人は、思いっ切り地面に酒瓶を叩きつけた。それでも憤懣やるかたないようで、盛んに地団太を踏んでいる。


 それを見て、さらに群衆が怒りに沸いた。『あれは酒に酔って暴れている人たちだ』と説明されても近くまでよらなければ区別がつかない程、皆はらわたが煮えくり返っていた。


 「お兄ちゃんのバカー! 早くみんなに謝りなさいよぉー! 私に呪いなんかかけて、一体どうしてくれるの! 偉そうにふんぞり返っていないで、降りてきなさいッ!」

 「「「「「「「「「「「「「「「「お前が言うなッ!!」」」」」」」」」」」」」」」」

 総勢十六人もの群衆の声が一斉にそろった。その音量と発言力の前にソフィアちゃんが怯え切っている。ついには耐えかねて泣き出してしまった。


 ブチッ。


 僕の頭の中で、何か切れてはいけないものが切れてしまった。女子供を、ましてや実の妹を泣かせるなんて。百歩譲って、直接手を上げていないことは評価しよう。だが、また年端もいかない妹を呪いなんて訳の分からない者で苦境に追い込むなんて……。


 「うん?なんだよ、そこのお前さん。良い殺気しているじゃんか。そんなにぷりぷりしてどうしたのさ?」


 「戯言を抜かせ!妹を泣かせるなんて、


 【お前、それでも漢かァ?! 降りてこい、この卑劣漢!】」


 その一言が、彼のよほど琴線に触れたらしい。厭味ったらしいにやけ顔を凍り付かせて、ゆっくりと、ゆっくりと、その形相を憤怒に染めていく。


 「……。いいだろう。お前、名はなんと云う?」


 人の命が、言葉一つや身振り一つで刈り取られるような修羅場において、相手の名を聴くということは、敵として認めることに他ならない。


 「剛柔流空手道・二段。御手洗 健一だ」


 「ほう。それで? 神である僕とやり合おうっていうのかい?」


 「あいにく、僕が信じる神っていうのはこんなに俗っぽくないんでね。お前は特殊能力を得たただの人間だ。思い上がるんじゃない」


 言い切った途端に、ソフィアの兄であるノルティの怒気が爆発的に膨れ上がった。


 「いわせておけばコケにしやがって……。いいだろう。貴様に破壊の極致を見せてやる!【御手洗健一の体は潰れた】」


 その破壊神の御言葉によって、虚空に黒い霧が渦巻き始めた。まがまがしい闇の奔流から身の丈ほどもある巨大なハンマーが飛び出してきた。それは天高く飛んで行って、破壊神の手にすんなり収まった。


 「どうだッ!僕の御言葉の力はッ、その言葉が意味する目的を達成するためなら、だってかなえて呼び出してくれるのさぁ!ほんじゃ、まぁ。おとなしく喰らいやがれェ!」


 怒りと狂気がないまぜになっためちゃくちゃな凶相を浮かべ、破壊神が滑空しながら襲い掛かってくる。村人たちは巻き添えを恐れて、各々の自宅へ避難し始めた。戦闘が始まったことを受けて、僕はその場で小前屈を構えた。そして、奴が迫る瞬間、僕は躱すタイミングを逃してしまい————――――。


 「ヒャハハハハハァァ!!必殺、【オーヴァードrルベラボベッ!」

 声高らかに、わざわざ必殺技の名前と攻撃のタイミングを教えてくれたので、そのまま懐にもぐりこんで顔面を正拳突きでぶち抜いた。これぞ『剛柔流空手道・追い突き』である。


 おバカなド素人クンは、空中に鼻血の橋を架けて、一メートル近く吹っ飛んだ。石畳にしたたかに頭を打ち付けて、気絶している。僕はその場で静かに礼をした。

                        《6》

 あの後、村長さんに『ぜひお礼がしたい』ということで呼び出された。約束通り、村長さんの家まで歩いて行った。ノックをすると、村長夫妻が嬉しそうに迎えてくれた。


 「村人たちを救ってくれて助かりました!何分、私も村長を始めたばかりで対応に困っていたんです。ささやかですが、今日は村で宴を開きます。ぜひ参加して下さい!」


 その申し出を僕はありがたく受け取ることにした。夕方七時ごろになり、村のあちこちにかがり火がたかれ、その中心に大きな焚き火台が用意された。


 「さあ、みんな!気の狂れた守り神を鎮めてくれた村の英雄に……」


 「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯っ!!」」」」」」」」」」」」」」」」


 そこからは飲めや歌えのどんちゃん騒ぎで、老いも若きも前後不覚になるまで飲み明かした。びっくりしたのは『子供が飲んでも害のない酒』があることで、なんでも『わらべ酒』というらしい。試しにのんでみたが、頭の芯が、ほんわりほどけていく感覚がたまらなかった。


 中でも美味しかったのは羊の丸焼きだ。

 石窯でハーブソルトと一緒に蒸し焼きにして、削ぎ落した肉をパンと挟んで食べるのだ。レモングラスの様な爽やかな香りが食欲をそそる逸品である。

 食べてみると、とてもジューシーでボリュームたっぷりだった。

 ソフィアちゃんと一緒に分け合って、食べるご飯はとってもおいしい。


 「楽しいね」


 「……うん」

 ソフィアちゃんは、なぜか祝うべき今日を喜べない様子だ。何か気がかりなことでもあるのだろうか。彼女は、頬を朱に染めてうつむいた。そして、顔を上げて僕の目を見つめる。


 「あのね。私、実はあなたの事が」


 彼女がそう言いかけた時、ある村人が東の空を指さして歓声を上げた。その声につられて、僕たちは山々の向こう側を見遣った。


 「……綺麗」


 稜線の向こうで太陽が輝き、大空を緋色に染め上げていた。


 朝焼ける空に見とれる彼女は、太陽よりも美しかった。この風景よりも、その横顔に見とれてしまう。


 ————————その時、持ってきた通信端末が大きな音を立てて、現実世界へ帰る時間を告げた。アナウンスに従って後ろを見やると、帰還用のゲートが形成されている。


 「いっけね!僕、もう帰らなくちゃ!」

 「そっか。もう行っちゃうんだね」


 僕が頷くと、ソフィアちゃんはもう会えなくなることを恐れてそわそわしている。


 「じゃあさ、また会えるようにおまじないをかけていい?」

 「君もそういうの好きだなぁ。うん、わかったよ」


 そして、僕はそっと目を閉じた。それから――――――――。


 それから僕は、彼女にぎゅっと抱きしめられて、そっとキスされた。

 長い、長い幸福な時間が過ぎて。彼女はゆっくりと余韻を残して僕から離れた。


 「またいつか、会いましょう」

 そういって、彼女は泣きながら笑った。その瞬間に制限時間が切れて、アラームがひときわ大きく鳴り響く。僕は後ろから迫ってきたゲートに飲み込まれた。

                       《7》

 夢のような思い出と、大切な友達を得た僕は中学を卒業して、専門高校に入学し、新たな道を歩み始めていた。

 「あー、やっと入学式が終わったよ……。きっつかったー」

 ずっと座ったり立ったりしていたので、体がカチカチである。おまけに制服が新しすぎて動きにくいことも、体調不良に拍車をかけていた。


 「体を動かしていれば、こなれてくるかも」

 そんな妙案を思いついて、屈伸したり、上半身を捻ってみた。


 右を向いて、左を向いて……と、おかしな体操を一人でやっている内に、見たことのある人影が僕の目の前に現れる。その白衣を着た白い女の子は、颯爽と隣を通り抜けていった。


 呆然と見とれる僕を差し置いて、彼女は風のように歩き去ってしまう。ところが、途中で白い髪の女の子は、ぴたり、と立ち止まってこちらを振り向いた。


 「また、会えたね」


                           『呪われし少女と空手少年』

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