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UNSUNG  作者: 二宮シン
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最後の賭け

 次々と人が死んでいた。世界を支配しようと企む魔王を倒すために集まった仲間たちが、魔王が呼び出した悪魔たちに殺されていく。負けてたまるかと牙の鋭い悪魔も爪の長い悪魔も倒して、ズィーゲルという地にそびえ建っている魔王城の中をメネスと駆けのぼっていた。

「何人残っている!」

 薄暗い魔王城の中で、階段を登りきるとメネスが確認した。目の前には魔王が待っているのであろう大扉を前にして、どれほどの戦力が残っているのかと。

「ここに来るまでにかなり削られたからな、二十人ってところか」

 百人で突入した魔王城には、もうそれだけしか仲間は残っていなかった。それでも行くぞと、メネスが声高に剣を掲げて叫ぶと、仲間たちも呼応するように雄叫びをあげた。

「死ぬなよ、メネス」

「君こそ、死ぬのなら僕の子供を見てからにしてね」

 ――そうやって、魔王の待つ大広間に突入したのだ。残った二十人は一人も欠けることなく魔王に止めを刺して、歓喜の声が上がっていた。それで終わったはずだったのだ。


「道案内ありがとう。お礼に存分に苦しませてから殺してあげるよ」

 赤い髪のエルメラが魔王の亡骸から黒と紫が混じった水晶を手にして、その背中に紫の翼を生やした。

 そうして一人ずつ殺されていった。疲弊していた俺たちでは対処できずに、一人一人が四肢を切り落とされ、頭蓋を割られ、目を潰されて、地獄のような痛みと絶望を味わいながら血液が流れていき、体が冷たくなっていくのを感じながら死にたくないとみんな嘆いていた。

 なんて、ひどい殺し方をするのだろう。なんで、そんないたぶるのだろう。俺も右目を潰されて、左腕の肘から下を切り落とされて、意識も失えずに死ぬのを待っていた。

 ――でも、俺は悪魔に魂を売るようなことをしてしまったのだ。魔王を体に宿して、この犠牲が無駄になるかもしれない馬鹿なことをした。

 それでも、生きていると実感がもてたときはうれしかった。左腕が発光し、傷が癒えていき、血が作られているのが理解できた。魔王の力が、俺を死なせないために体を回復させている。それだけは、暖かく、優しく、魔王の物とはかけ離れて光り輝いていた。


――ああ、だから今回も生き残ったのか。


 瞼をゆっくりとあける。そこから見えるのは、空と、陣を作るためのテントと、歩き回る騎士たち。場所は変わらずに結界の張られた塔の近くだったが、さっきまでは青空が広がっていたのに、今はただ曇天が空を覆っている。

 起き上がろうとして、腹に鈍い痛みが走った。ナイフを臓物まで届くほどに突き刺したのだから、無理もない。それでも傷はふさがれて、失った血液を左腕が作っている。これは魔王の意思ではなく、左腕にもともと宿っていた力なのだろう。魔王との戦いでも、いくら出血させても倒せなかったカラクリは、これだったのだ。

「起きたかい」

 地に敷かれた仮設用の布団の横に、ニオが座っていた。

「俺は、どれだけ寝ていた」

 鈍い痛みを押さえて起き上がると、たった数時間だとニオは言う。

「この短時間で傷が治ったことはすごいことなんだろうけれど、状況は変わってないよ」

 周りを見れば、馬車で運ばれてきたのかサンストに集められた蔵書を一人のハイエルフが読み解いている。なにを調べているのかと聞けば、この結界の破壊方法だった。

「無駄だ、やめさせろよ」

「なんでそう言うんだい?」

「戦ってみてわかった。サタナキアはここに急遽集まったような騎士だけでは勝てない。アルムスト全域からもう一度精鋭を集める必要がある」

「……そんな時間は、ないみたいだよ」

 なに? と聞き返すと、エルメラの計画が徐々に解き明かされていると聞いた。

「以前にサタナキアが人間界に現れた際、奴は神話に残るバベルの塔を造りあげて人間たちの意思を制御しようとしていたみたいなんだ。でもこの前は魔王もいたし、バベルの塔だけでは人の意思をいっぺんには制御できなかった」

「それと、この状況に何の関係がある」

 ニオは嫌って程に関係があると口にする。

「ジッグラトだよ。アルムストの各街に点在するジッグラトを媒介としてバベルの塔から放たれた赤目の病を引き起こす魔力を拡散させて、純血の人間たちを一斉にレッドアイにする。そして、レッドアイにより混血の人間たちは殺されて、サタナキアと一部の統率者が支配する争いの起こりようもない理想郷とやらを作るみたいだよ」

 それが、俺が寝ている間に調べられたことらしい。奇跡に近いタイミングで暴かれたエルメラの計画だが、そんなことはどうでもいい。どうせ殺すのだから。

「ニオ、あの大博打は上手くいくか?」

 難しい顔をしたニオは、ハイエルフとして生きてきた千年間のすべてを生かして行うと言ってくれた。

「なら、行くか」

 いつの間にか包帯の巻かれていた左腕を見やりながらテントを出ると、アルマが俺を見て駆け寄ってくる。

「まだ、寝てなきゃダメ。本当に死んじゃう」

 ごもっともな意見だ。だが、俺はもう死んでいるようなものなのだ。

「近いうちに魔王はこの体を乗っ取るだろうからな、どちらにせよ俺が俺でいられる時間は残り少ない。それに、本当なら俺は一年前に死んでいたはずだから、今更死ぬ事にたいして恐れは感じてねぇよ」

 天国と地獄があるとすれば、俺は地獄に行くだろう。だとしても、もう受け入れよう。この復讐が俺の生きてきた証しなのだと、後世にまで語り継がれるように。

「死ぬには、ちょっとばかり天気は悪いけどな」

 アルマもとうとう俺が死ぬことを認めてしまったのか、拳を握りしめて涙を落としている。ここまでついてきてくれて、ノワールを手にするきっかけを作ってくれたアルマには、少しだけ希望を語ろう。

「俺が死んだ後、また心が暖かくなる相手を探せ。たとえば、そうだな……剣の腕はいいが金がなくまともな剣を持てない若い騎士に最高級の剣を作ってやれ。若い男はその剣でお前を守り、お前は剣の点検をする。そうやって一緒に生きていくうちに暖かい感情を抱いて、恋に落ちる――なんて、どうだ?」

 ロマンチストだねとニオは呆れているが、男はみんなロマンチストだと返しておく。アルマは俺といたいと言いながらも、最後の頼みとして幸せになってくれと告げたら、頷いてくれた。

「さて、それじゃあ未来を切り拓くとしますか」

 今も結界を突破しようと騎士たちが剣を打ちつけているが、あの程度じゃどうにもならないだろう。だからといって、俺のこの場では左腕を使えない。さてどうするかと思案していると、シスイがやってきてアルマの肩をたたいた。

「この子が、お前の道を切り拓くのじゃよ」

 どういう意味だと聞くと、俺が寝ている間にためしたという。アルマの全力で結界へ斧を振り下ろせば、三秒から五秒ほど人が通れる穴を作れると。

「しかし、通れたとしても二人が限界じゃ。あの化け物を倒すには百の騎士を差し向けたいところじゃが、それは叶わぬ夢……じゃが、策はあるのじゃろ?」

 ニオから聞いていたのか、最後の希望として俺たちに賭けてくれるという。作戦の内容は秘中の秘だから伝えられないが、勝ち目ならある。

「全力を持ってサタナキア――エルメラを殺してくる。策も用意した。それでも負けたら、恨んでくれて構わない」

 さて行くぞとアルマとニオを連れて結界の前に立つと、アルマが斧を大きく振り上げた。

「死なないでね」

 そう言い残し、斧は風を斬り裂いて結界に叩きつけられ、言われたとおりの穴ができた。すかさず俺とニオは突入し、塔を目の前にする。きっと立派な街を造ろうとしたのだろう。色あせているが金や銀の装飾がほどこされ、中に入れば螺旋階段が塔の頂上までつづいている。もうここまでくれば止まれない。二人で螺旋階段を駆け上り頂上の大広間の前まで来ると、俺が一人で大扉を開けて中に入った。そこにはサタナキアとしての姿のままのエルメラが外の景色を一望している。

「よく、ここまできたものだな」

 振り返ったエルメラは、深いため息を付いた。

「人間にしてはよくやったから、部屋の外にいるハイエルフにも聞こえるように、特別に教えてやろう。赤目の病の真実を」

 この期に及んでなにを言い出すのかと思えば、蔵書をひっくり返しても出てこなかったことだった。

「悪魔が魔界に住み、人間界には人間が住むように、天使や神の類が住む天界と呼ばれる世界も存在している。そこにいる神は命あるものすべてを愛し、正反対の存在ともいえる悪魔すら愛でていた。そんな神が唯一嫌っているものはなんだと思う?」

 沈黙を保っていると、エルメラは気付かないかと笑いを零した。

「人間だよ」

 エルメラは剣を取りだして構えると、神は人間のことが心底嫌いだとつづけた。

「元々はサルの亜種のような生き物だったというのに、いつの間にか進化して、文明を作り言葉を作り、貧富の差を作り混血の人間を作るまでに至った。そして動物たちを自分たちの勝手で殺し、家畜とし、元は悪魔も天使もいない平穏な世界を侵略した……神はそう捉えたようだ」

「それが、どうした」

 神などどうでもいい。とっとと赤目の病について話せとこちらもノワールを手にすると、エルメラは笑った。

「人間嫌いの神は、人間だけを殺すための病……つまり赤目の病を作りだし、魔王の下で燻っていた私に与えてくださった。以前この世界に来た時はジッグラトや信者がいなく失敗に終わったが、この数百年の間、敵意のない悪魔として人間たちに混ざり、バベルの教会を作りあげて、信者を作り、ジッグラトを作った。長年の計画が花開くのは、もうあと一歩なのだよ。だから――君を殺す」

 言葉が終わると同時に距離を詰められて、ノワールで受ける。そしてすぐさま左腕を解放した。この状態のサタナキアには勝てないと魔王は諦めているので、存分に力を使うことができる。だが、それでもそんなもので防げるかと弾かれ、あと一歩のところで残っている右腕が斬りおとされるところだった。

「楽に殺しはしない。そこのハイエルフも、君も、ぞんぶんに痛めつけてから殺してやる」

 魔王の左腕をもってしても傷一つ負わせられないエルメラに、俺は体のあちこちを斬られ、傷と痛みが蓄積していく。それを治そうと魔王の意思とは関係なく左腕は発光するが、エルメラの息もつかせぬ連撃に対応は間に合わない。

 とにかく抗ってやろうとアルマから預かった煙玉や鉄の破片が飛び散る火薬玉を使うが、全く効果がない。

 そしてとうとう、受けた重い一撃でノワールが弾き飛ばされ、首根っこを掴まれて持ち上げられる。

「さて、鬼ごっこは終わりだ。これからは君を嬲り殺すから、そこのハイエルフは逃げるもよしだし、向かって来てくれても結構だ」

 エルメラの挑発はニオに届いたが、大広間の出入り口で待機している。

「どうやら、仲間も諦めたようだ。さて、どうやって殺してあげようか」

 俺を持ち上げたまま考えているエルメラに右手で殴ると、黒水晶が拳を止めた。

「無駄だよ。魔王の左腕ならともかく、ただの人間の拳など蚊に刺された様なものだ」

「へっへへ……そうかよ、なら……スズメバチの針で刺してやる!」

 右腕の拳を防ぐために正面へ現れた黒水晶へ、魔王の左腕で掴む。

「なっ!」

黒水晶は握ると砕かれ、左腕に吸収されていき、体中に魔力とやらが満ちていく。そして、当然魔王も力を取り戻し、有無を言わせずに俺の体を乗っ取った。

 エルメラは知らなかったのだろう。黒水晶へ魔王の左腕が触れたらどうなるかなど。意識が魔王のものに変わり、心の奥底に沈んでいきながら一つ目の賭けには勝ったと安心した。エルメラならそう簡単に殺しはせず、時間をかけるだろうと。そこに、黒水晶へ触れる隙が生まれるのだと賭けたのだ。

 だんだんと俺の周りに深紅の光が差すと、俺の意思とは関係なく左腕は動き、首根っこを掴んでいたエルメラの手を振りほどいた。きっと醜悪な笑みを浮かべているのだろうなと思いながら、魔王に支配された俺は口を開いた。

「ついにこの体を我の物にすることができた! 復活を果たしたのだ!」

 俺の声だが魔王の笑い声が大広間に響くと、エルメラは舌打ちをして睨み付けている。

「なんだ? かかってこないのか? 今の我なら全力は出せぬから、貴様でも勝てるかもしれないぞ?」

 魔王の挑発にエルメラは剣を構えると、また見きれぬほどの速さで近づいてきたが、魔王はそれを蹴り飛ばしてノワールを拾いに行った。そして壁に激突し血反吐を吐いているエルメラへ歩み寄ると、赤と紫の混じった翼を斬り落とし、悲鳴をあげながらもがむしゃらに剣を振るうエルメラの左腕を斬り落とし、右目を殴りつけて潰した。

「面白いものだな、ほんの数分前までは我とこの人間を殺せたというのに、今やこの人間と同じ傷を負っているとは」

 そうして出血する傷に手をかざすことで流血をせき止めたエルメラの首根っこを今度はこちらが掴み、もう片方の腕で浮いたままのエルメラを何度も殴りつけた。もはや痛みなど感じていないだろうと思えるほどに殴ると、魔王はエルメラを更に持ち上げる。

「今のは我を殺そうとした罰だ。だが、貴様の力と野心にはある程度尊敬している。よってこの先我に仕えるのであれば殺さないでやろう」

 魔王の慈悲ともいえる言葉に、エルメラは血反吐を俺の顔に吹き付けた。

「従うのなら……私は死を選ぶ」

 エルメラのプライドが許さなかったのだろう。だれかの下につく気などさらさらないと。

「そうか、残念だが仕方ない……死ね」

 そうして魔王が持ち上げていた左腕で首を潰そうと力を入れた刹那に、一線の光が大広間に走り抜けた。

「これは……! これは!」

 肘から下の魔王の左腕がなくなっている。サタナキアは落下して力なく倒れ、魔王は狼狽している。

「……左腕の肩から十八センチ進んで、脇からも十八センチ進んだ先の二つを線で結び、両辺から六十六度肘へ向けた一点をホワイトの強弓で貫けば、左腕は千切れる……これが、リージルがボクに託した大博打だよ」

 そのまま戦っても勝てないなら、黒水晶を吸収した魔王に相手を任せればいい。そしてぞんぶんに傷を負わせて殺す段階になってから、ニオによる狙撃で左腕を千切って体の制御を俺のものに戻す。これは、エルメラが痛めつけずにすぐに殺せば負けるし、魔王が勝てなくても負ける。そしてニオの狙撃がほんの少しでもそれればエルメラが死んでしまい、復讐を果たせなくなり負けになる。どこで負けてもおかしくなかった大博打は、ここに成功した。後はエルメラにとどめを刺すだけだ。

 それにしても、やはり左腕からの出血が激しい。持って数分か、数十秒か……でも、それだけあればボロボロのエルメラを仕留めることはできる。

「総がかりだ……ここまで積み上げてきたものをすべて出し切る」

 魔王の右目に残った魔の力と、騎士として磨き上げてきた人間の力。それを極限まで高めれば、倒せない敵など、ない。

「行くぞ……」

 ふらつきながらも意思をしっかり持ち、剣へ右目にある魔王の力で深紅の光を纏わせ、再び剣を持ち直したエルメラと相見える。エルメラも相当痛手を負っているのだから、次の一刀で勝負がつくのは目に見えていた。

 そうして若干の静寂が流れた。ニオの固唾を飲みこむ音が聞こえるほどに、精神は研ぎ澄まされていた。

 そして静寂を破ったのは、エルメラの怒りを含んだ声だった。

「この、人間風情が!」

 その言葉を吐くと剣が降られ、同時に俺も斬りかかった。

 互いに片腕の一刀は、どちらが早く相手を斬り裂けるかの勝負だ。

「――ッ」

 最後の最後で、俺は膝を付いてそのまま倒れそうになった。しかし、背後からエルメラの鮮血が雨の様に降り注いだ。

 勝負はあったのだ。俺の復讐の旅は、ここに決着した。

「メネス、ルン……勝ったぜ……」

 それでも、もう限界だ。魔王の左腕を失い、血液が増産されていない。ただ流れ出ていくだけだ。

 でも、もういいか。仇は取った。もう死の闇に飲まれよう。

 その場に倒れて、俺は意識を……魂すらも失った。


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