表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
UNSUNG  作者: 二宮シン
13/16

真実の断片

若く力のある牡馬にまたがって、雪のチラつく俺とニオの最後の旅がつづいている。アインヘルムまでは四日はかかるので道中の村や街に寄りつつの旅となったが、金も食料も飲み水も大量に持ってきたので安心してアインヘルムへと向かえる。

 もうサンストを出て二日は経つが、シスイやアルマはどうしているだろうか。忽然と姿を消した俺とニオが濃霧に行くというのは、シスイからすれば簡単に見通せてしまう。それでも濃霧の中にエルメラがいると知っているのは俺たち二人だけで、ルンが殺されたばかりだというのに騎士を送ってくるとは思えない。アルマも馬に乗れないので追ってこられないだろう。

 だが最近になって左腕が疼くことが多くなってきた。右目も熱を発し、ろくに寝られていない。きっと、次に魔王の力を借りればこの体は乗っ取られるだろう。それでもやるのだ。仇をうって、自殺でもしてやれば魔王もろとも地獄に落ちていける。仮に天国があっても、俺ではいけないだろう。こんな復讐に染まった人殺しなど、地獄で永遠の責め苦を受け続ける。怖くないとか、そんな強がりを俺は持っていない。だから、今は復讐だけを考えて後のことを考えないようにしている。それと、もう死んでも会えないメネスとルンのことも思考の外へ置いている。

「なんだか、因果なものだね」

 三日目の夜、ニオ曰く最高級の防寒対策と書かれ売られていた分厚い毛布と、その下に何枚も服を着て焚火を囲んでいる時だった。ふとニオはそう漏らしたのだ。

「君がボクたちを助けてくれたから、こうしてエルメラへ怒りを共有して、エルメラについて調べている。あの時君が助けなければ、こうしてアインヘルムを出て、もう一度族長様の元へ戻ることもなかった。そう考えると、大きな運命だとかそういうものが、ボクたちを巡りあわせたんじゃないのかとすら思うよ」

 ニオが仕留めた名も知れぬ鳥の羽をもいで、串刺しにして焚火で熱しながら聞いていたが、俺とはちょっと考え方が違うようだ。

「運命なんてねぇよ。俺がお前たちを助けたのも、こうしてアインヘルムに戻るのも、すべては選択の結果だ。それがあまりにも難解に入り組んでいるから運命だとか簡単な言葉で解決させたいだけで、実際は膨大な選択を選びつづけたから起こる事象なんだと、俺は思う」

 パチリと焼いている鳥に火花が飛ぶと、ニオは腕を組むと反論は難しいし意味がないねと口にした。

「でもただ一つ言えることは、それぞれが違う考えを持っているということさ。ボクの考えも君の考えも、エルメラだってそうだ。みんな違う考え方でセカイを見て、違う方法で生きていこうとしている。それがぶつかり合って、君の復讐に繋がった」

 なんと面倒くさい世界だろう。聞けば、かつては言葉もバラバラだったらしい。それが数百から数千年かけて一つになり、いつの間にか様々な種族と交わっている。

 だとしても、エルメラを追い詰めて殺すことだけは単純だ。黒水晶を砕いて、ノワールを心臓に突き刺す。たったそれだけのことだ。それだけが、難しくもあるのだが。

「ねぇ、リージル」

 ニオはよく焼けた鳥を頬張りながら、ポツリと呟いた。なんだと返すと、この先についてどうするのか聞かれた。

「先ってどこのことだ」

「君も鈍いね……エルメラを倒して、赤目の病も消えた後の世界での生き方だよ」

 死んでやろうかとも考えていたことは内緒にして、もし五体満足で生き残り、その先も生きていくならばどうするかと頭を回す。騎士団に戻ろうかともこの前思ったが、片腕では恰好がつかない。だからといって傭兵稼業に手を出してみようかとも思ったが、クレサへ向かう途中にその線はなかったと思い返す。

 ――そうだ、俺はこの金のない復讐の途中で自分でもできる仕事を探していた。しかし、そのすべてが片腕では全うすることができず、どうしたものかと考えていたのだ。どう答えてくれようかと思案していたら、ニオが静かに口を開いた。

「アインヘルムにこないかい? パイクに聞いた限りでは君は囚われたエルフたちを救った英雄だってみんなが理解してくれて、お金も使わずに生活できる。農作業なら片腕でもなんとかなるし、奴隷商たちが来た時の用心棒にも慣れる。なんなら――」

 ニオは言葉を区切ると、顔を赤くして身を乗り出した。

「君と結婚してもいい。ボクも千年以上独り身だったけれど、それはいい相手がいなかったからなんだ。でも君は強くて、ちょっと歪んでいるけれど友達へ暖かく接して、なによりボクらを救ってくれた……どうかな」

 予想外のことがよく起きるものだ。あの軽口をたたいて余裕を漂わせているニオが顔を赤くしてまで俺と結婚しないかなどと詰め寄ってくる。

「……結婚しても、先に死ぬのは俺だぞ」

「そんなことは重々承知だよ。でも君へ対して抱いている感情は愛情じゃない。親友を二人も失って、片腕になってまで復讐を遂げようとする君への、神が与えないからボクが与えるプレゼントみたいなものだよ。君がエルメラを倒した後、子供も作って、なんならアルマも連れてきてのんびり暮らせばいいじゃないか。それに、ボクは次期族長候補だしね」

 悪くない話だ。最高ともいえる。見かけはエルフに共通して美形で、俺のことをよく知っており、恩もある。そのうえ族長になった時に結婚していれば、それこそ一生遊んで暮らせるかもしれない。

 でも、それを決めるのは今じゃない。今決めるのは、どうやってエルメラを殺すかだ。

「すべてが終わったら、また声をかけてくれ」

 今言えることはそれしかない。ニオもそうだねと零してもう一枚毛布を取り出すと、朝起きた時、毛布から離れないように包まると、すぐに寝息が聞こえてきた。

「すべてが終わったら、か……」

 なんともなしに夜の闇へ言葉を投げかける。この左腕を切り落として、右目を抉って魔王を完全に滅ぼすこともできる。でも、それは相当の覚悟を持って行わなければならない。激痛に飲まれ、正気を保てなくなるかもしれないからだ。処置を誤れば死にかねないし、今度こそ本当に片腕で、更には隻眼になる。そうなったら、ニオと結婚するのもいいかもしれない。アルマもつれていけば、美形のエルフと恋に落ちて幸せに暮らせるかもしれないからだ。俺も、子供が出来て父親になれる。メネスとルンが手にできなかった新しい命を手に入れられるかもしれない。

「……寝よう」

 もしとかればとか、そういうことはあまり考えない方がいいので、未来へ思いをはせるのはやめにした。期待を寄せていたら殺されてかけて、死ぬ間際に描いていた未来地図に届かないと知りながら手を伸ばして、絶望に叩き落されるからだ。


 雪が積もり始めた草原を駆けてアインヘルムへ進む途中、ふと濃霧が近くにあるのだと思いだし、ちょっと寄り道することにして小高い丘を登った。そこからは件の濃霧が見てとれ、まるで大きな卵のようだ。割って出てくるのは黄身と卵白ではなくエルメラだが。

 とにかく、濃霧はまだ健在であることを確認できたので、アインヘルムへと急いだ。今日の夕方には着くというのでニオを先に行かせて道を案内してもらうと、久しぶりにアインヘルムへと戻ってきた。もう来ることはないと思っていたのだが、久しいアインヘルムを前にして馬をそこらの木に縄でつないでおくと、山の中枢までつづく濃霧が相変わらず行く手を阻んでいる。

「ん? ちょっと待てよ」

 なんだいとニオが馬を繋ぎながら言うと、この濃霧もエルメラが作った物と同じじゃないかと聞いた。

「なんでも、アルムストに点在するいくつかのエルフの里にも族長様とまではいかないけれど長生きの長がいてね。そのエルフたちが作りだしているみたいなんだけど、詳しいことはわからない」

 悪魔であるエルメラが作った濃霧とよく似ているアインヘルムまでの濃霧の関連性を思案するも、答えは出てこない。だが答えを知っている族長にこれから会いに行くのだ。真実を語ってもらおう。

 フルバルンと違って山道を登るだけで着くアインヘルムは、以前と変わらず緑豊かだが、果実や野菜は時期的に作れないのか農場は閑散としている。この前来た時より冷たい吹き抜ける風にニオは上着を一枚取り出して着込んでいると、早速のように一人の男のハーフかクォーターエルフと出会った。そのエルフはニオを見て駆けつけてくると、他のエルフたちも大声で呼んだ。

「丁度いいところに戻ってきてくださいました! 次期族長候補が話し合いの末にニオ様ともう一人の二人だけに絞られたのです!」

 興奮気味に話すエルフにしては老け顔の男エルフは帰ってくるのを待っていたと騒いでいたが、ニオはその前にやることがあると、族長は健在かと囲んでいるエルフたちに問いかけた。

 その問いにエルフたちは顔に影を落とし、歳のせいかかなり弱っていると返ってきた。今もベッドで養生しているようで、急がなければならない。そんな状態で解読してくれなどと無茶な頼みをするものだなと憚られるが、読み解いてもらわなければ復讐を果たせない。

 俺に助けられたエルフたちが感謝の言葉を述べているが、今はエルフたちをかき分けて族長の家へ行くことが最重要だ。


 騒ぎを抜け出して族長の家の扉を開けると、人の気配が奥からしてくる。いくつか扉を開けて族長の家を歩いて回ると、日当たりのいい一室のベッドで横になっていた。俺たちに気付いてか、それともとっくに気付いていたのか、顔をこちらに向けると微笑を浮かべて身を起こした。ニオはすぐに寝るように言うが、大事な話なのでしょうと、気遣いは無用だと態度で示した。

「それで、用はなにかしら」

 前にきた時よりも痩せ細った族長に復讐のこと、三千年前の蔵書のこと、濃霧のこと、エルメラのこと、黒水晶のことなど、順を追って話すと、俺とニオを瞳に映してこの世界の真実を話す時がきたと告げた。

「まず、アインヘルムを守る濃霧は私が作っています。それと、次期族長候補のニオ・フィクナー、そして魔王様を宿す戦士よ、これから話すことは私が死んでも後世へ残るように文字に記しなさい」

 族長は厳格な声音でそう言って、ニオが差しだした一冊の蔵書をめくっていく。そしてしばらく読むと、蔵書を閉じた。

「サタナキア――あなた方がエルメラと呼ぶ悪魔は、魔王様に従わない悪魔を連れて二千年程前にこの世界に現れました。どういう経緯で手に入れたのかはわかりませんが、その時も赤目の病を世の中に蔓延させ、数えきれないほどの人間が死にました。しかし、それをよしとしなかった魔王様によって魔界へと無理やり戻され、長い間逃げ回っていたと聞いています。

「ちょっと待ってくれ、なんであんたはそこまで魔界について詳しく知っている? それと、魔王に様をつけるのもなぜだ」

 当然の疑問ですね。族長は頷くと目を細めて、過去を見ているようにも見えた。そして一息つくと、これから話すことこそが重要だという。

「三千年前、魔王様率いる悪魔たちが人間たちの住むこの世界――人間界を侵略するために現れようとしました。ですが、当時の魔王様では人間界への扉を開くことが難しく、小さな穴から先に出ていった小悪魔たちだけが人間界に取り残され、魔王様は魔界に留まることとなりました……私も、その時の一人です」

「なに?」

 三千年前と三千年以上生きている族長にはどこか関連性はないかと思っていたのだが、まさか魔界で産まれていたというのか?

「あなたの考えている通りです。私の生まれは魔界の辺境ですよ」

 流石は三千年生きているだけある。こちらの考えはお見通しのようだ。

「だから、魔王に様を付けるのか」

 そうですと頷いた族長は、魔王を支持しながらも、魔王に次ぐ力を持つサタナキアの動向を探るため、真の名前であるバルバトスを名乗って部下になっていたらしい。

「バルバトス……蔵書に出てきた悪魔の一人だ」

 ニオがそう呟くと、族長は微笑んでどういうふうに記されていたかと聞いた。

「えーと、大悪魔サタナキアに仕える三悪魔、強靭な肉体を持つアモンと炎を操るプルスラスと弓の名手にして指揮官として有望だったバルバトス……そう書かれていました」

 そんな大層なものではない。アモンもプルスラスも魔王への反逆罪で殺されてしまうほどの存在だったと族長は思い出を語るように口にした。

 そこで咳をして、ニオが急いで荷物の中から飲み水を渡すとほんの少しだけ飲み、歳には敵わないと苦笑を浮かべた。

「話をつづけますと、ニオにとっては少し酷な話かもしれませんが、先に人間界に出てきた悪魔たちこそが、我々エルフやドワーフ、そして共存している悪魔の先祖になるのです」

 ニオはただ目を見開いて、自分の体を見た。そのどこにも悪魔が持つ赤い髪も深紅の瞳もないというのに、なぜ悪魔の末裔だといえるのか。それは、簡単なことだった。

「エルメラも紫紺の瞳をしているでしょう? それと同じです。エルフも魔界にいた頃から緑髪で緑の瞳であり、ドワーフは鍛冶の腕に優れていました。それだけのことなのです」

 とうていすぐに受け入れられる現実ではない。困惑するニオを差し置いて本丸である黒水晶について聞くと、本当にエルメラに挑むのかと確認された。だが、答えは一つだ。

「あいつだけは殺す。死んでも殺してやる……!」

 そうですかと哀愁を漂わせながら蔵書を再びめくった族長は、黒水晶の他に壁があると言った。

「なにを企んでいるのかまではわかりませんが、かつて人間界に訪れた際も塔を濃霧で囲んでいました。その時も人間たちに邪魔されないように魔力による防護壁で塔を囲んでいたのです。――それも、あなたの左腕なら破壊出来るでしょうけれども」

 黒水晶の前に、まだ越えなければならない壁がある。そこで左腕を使えば、魔王に乗っ取られるかもしれない。それでも、黒水晶の破壊方法を聞いた。族長は悲しそうに俺を見ると、その左腕で掴めば破壊出来ると断言した。

「黒水晶は、元をたどれば魔王様のお力で作られた武器の一つです。そこには膨大な魔力が込められていますが、その左腕は魔王様の物。黒水晶を掴めば破壊するのではなく左腕に吸収されるのです。元にあった場所へ戻るということです。しかし、それによって魔王様は完全とまではいかなくても復活を果たされるでしょう」

 つまり、黒水晶の破壊と魔王に体を乗っ取られるのは同意義だ。しかし百人がかりで倒した魔王に次ぐエルメラを倒すなら、黒水晶の破壊は必ず行わなくてはならない。

「……族長さん、もし俺が魔王に乗っ取られたら、止められるか?」

 聞くと、族長はただ首を振った。そして魔王なら二の轍は踏まず、もう一度倒すのは限りなく難しくなると。

だがこの左腕がなければ黒水晶は破壊出来ず、左腕があるから魔王が復活する。どちらか一つだけは、取れない。


 ――俺も、とうとう覚悟を決めるか。


「ニオ、少し話がある」

 今も動揺としているニオに声をかけて、族長の家を出るとそう伝えた。一つの大博打に身をゆだねるために。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ