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UNSUNG  作者: 二宮シン
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別れ

「第四部」

 フルバルンからサンストへ戻ってきて五日、運ばれてきた山のような蔵書を騎士団の詰め所にある部屋を一つ丸ごと利用して置き場所とし、ありったけの蝋燭とインクとペンが用意され、ニオによる解読作業が始まった。千年も前の蔵書となると書かれている言葉も文字もバラバラで、ニオはどうにか記憶を頼りに一文ずつでも解読している。しかしとてもではないが一人でどうにかなる作業ではないので、パイクを呼んでアインヘルムへハイエルフたちを二、三人ほど連れて来てもらうように頼むと、部屋に籠った。

 しばらくはニオが解読してくれることを待つしかないが、俺たちがフルバルンから帰ってきた翌日、三日前にとある問題が一つ発生した。濃霧の調査に行った小隊がルンを残して全滅し、濃霧の外に出てきた傷だらけのルンを通りすがりの行商人が見つけて運んできたのだ。重傷でサンストに着いた時には意識を失っていたが、どうにかサンストの騎士だと伝えられたらしい。

外傷として背中に大きな剣での切り傷があり、鎧は砕けて服も破れている。何者かと斬り合ったと予想しているが、真実はわからない。だが一つわかることは、これだけの傷ではいつ死んでもおかしくないということだ。

「今日も起きねぇか……」

 騎士団の詰め所にある医務室にルンは包帯だらけで寝ている。誰にやられたのか、なにがあったのか、とにかく聞きたい事は沢山あるのに、目を覚ましてくれない。

「まだ、メネスのところに行くんじゃねぇぞ」

 医務室の椅子に腰かけて帰ってこない応答をしていると、アルマも様子を見に来た。どうやら俺に用があるらしく、なんだと自分でも生気のない声で聞いた。

「リージル、最近ろくに食べてない」

 この三日間、俺はこの世界に残った大事な友の死を恐れていた。物心ついた時から一緒に遊んで、喧嘩して、仲直りして――騎士になって、メネスと結婚した。そんな友の一大事では、飯など食えるような精神状態にはならない。

「そんなに、心配なの?」

 透き通る声で、耳によく響く声音で、アルマはアルマなりの心配をしてくれた。

「……こいつはな、まだ話してなかったが、エルメラに殺された俺のメネスっていう親友と結婚してたんだよ。ガキの頃からそんな気配はしてたんだが、そんな話題になると二人とも否定してさ……。だから二十歳の時に背中を無理やり押してやって、二人は家族になった。俺は心の底から祝福したよ」

 俺の独白に、ルンはもちろんアルマだってなにも言わない。それでも俺はつづけた。

「結婚して、半年もすればガキの一人も身籠ってるんだろうなって思ってたんだが、メネスが一人で養えるまで子供をつくらねぇとか言いだしてよ。三十かそこらでルンに騎士を引退してもらって、シスイ師匠のように外に出て戦うんじゃなく、指導役に引っ込んで安全に暮らすとか言ってんだがな……」

 将来有望で平和を望み文字を習ってから詩集なんて読んでいたメネスが死んで、小隊を預かる程に真摯に努力を励んで昇格したルンが死にかけている。だというのになぜ、俺は生きている。俺が手を伸ばさなければ魔王は死んだのに、目先の復讐しか見えなくてみんなで倒した魔王をこの身に宿してしまった、この俺だけが。

「仲良しだった三人の中で一番死ぬべきだったのは、俺だっていうのに。代わってやりてぇな……」

 メネスの代わりに、ルンの代わりに、どちらでも死ねるのなら死んでやる覚悟はある。だが、この世界は残酷に俺を生かして、血に濡れた復讐の道しか見えなくした。

 そんな俺の言葉が終わると、アルマは俺の袖を握ってプルプルと震えている。

「そんなこと、言わないで。リージルは、私を助けてくれた。死ぬべきなんて、間違ってる」

 よく見れば泣いている。出会ってからほとんど表情を変えず、両親の死にさえ嘆かなかったアルマが泣いてくれている。

「なんでだ、なんで、俺に生きてほしい」

 片腕で、魔王を体に宿して、多くの命を奪ってきた一年前から死ねないでいる俺に、なにを求めるというのだ。

 そんな俺の考えに、アルマは初めてだからと俯いて呟いた。

「ドワーフなのにドワーフに見えなくて、里のみんなは気を使ってくれてた。お父さんもお母さんも気にしなくていいって言いながら、時々その視線が冷たかった。ドワーフにも人間にもなれない私を恨むように。でも、リージルはなにも言わずに受け入れてくれた」

 涙を零して、それでも口調は崩さないアルマの言葉に、俺は報いることができるだろうか。報われない復讐だけを心に抱いている、ちっぽけな男一人で。

「受け入れたんじゃねぇよ、なにも考えてなかっただけだ」

 残酷な言葉だったかもしないが、アルマはそう受け取らなかったようだ。

「なにも考えないところが、好きだった。それから一緒に過ごして、おじいちゃんにも認められて、もっと好きになった」

「……その好きは、一人の男に対してか? それとも、一人の友達としてか?」

 わからない。でも初めて心に宿った暖かい気持ちだという。きっとその感情の名前を知らないのだろう。

――今はまだ、知らなくていい。俺みたいな三十路手前のおっさんなんて忘れるようないい男が現れるまで、知らなくていいのだ。

 その後はしばらく、医務室で目覚めないルンを見ていた。頼むから死なないでくれと、柄にもなく祈りながら。


「それで、ボクのところにきたってわけかい」

 アルマの近くにいるのは俺でない男の方がいい。変な期待を持たせないためにも、俺はニオのところへ逃げて来ていた。幸い他のハイエルフたちは席を外しており、時間つぶしにはちょうどいい。

「男なのにだらしないね」

「金にはだらしねぇかもしれないが、女にはだらしなくしてねぇよ」

「まあ確かにそう言えるね。けど、ギャンブルにはまる男っていうのは女好きってイメージがあったんだけれど、そこらへんが真面目なのはどうしてだい」

 答えようか迷ったが、隠していても仕方ないし、ニオなら言いふらしたりしないだろうから答えてやった。

「二十歳の頃、女に騙されて馬鹿みてぇな借金背負わされたんだよ。ルンにもメネスにも黙ってギャンブルで大負けしたって嘘ついて、結婚した二人が金貸してくれた。片や既婚者で片や借金持ちになった。だからホントは女嫌いなんだよ」

 誰にも話していなかった過去を打ち明けてみると、久しぶりに思い出したからかどれだけつまらない話なのかと痛感させられた。

「でも、ルンって子はともかくとして、ボクやアルマはどう説明するんだい? 女嫌いなんだろ?」

「……成り行きだよ、お前らに関しては」

 冷たいこと言うねと、ニオは肩を落としている。どうせ俺はそんな男だと認めながら。


 そんな、なんでもない日の翌日のことだった。ルンが静かに息を引き取ったのは。


 曇天の下、騎士団のみんなが葬儀のため喪服に着替えている。シスイはもちろん、アルマも顔を落として用意された喪服を着て参列した。だが俺は、先に行っていると嘘をついて淡々と装備を整えていた。

 誰かが殺したのだ、殺すだけの怪我を与えたのだ、あの濃霧の中にいる誰かが。だがそんなことはどうでもいい。誰であろうと、殺してやるだけだからだ。

 血の臭いが染みついた赤い子ロングコートを着込み、ノワールを背中に括り付ける。それ以外にも投げるために作られた小さなナイフを腰にズラリと並べて、アルマが作って置いていった煙玉もすぐに使えるようにナイフの並びに加えて。

後は人の目を掻い潜って厩に行き、適当な馬にまたがって行くだけだ。

 ルンの葬儀は騎士団の詰め所の前で行われている。厩は裏にあるので簡単に到達できたが、一人そこで待っている影があった。

「やっぱりこっちに来たね」

 ニオがいつもの調子で厩の壁に背を預けている。寒いのが苦手なのかずいぶんと着込んでいるが、知ったことではない。ただどけとだけ言うと、ニオは悲しそうな瞳で俺を見る。

「せめて、見送ってあげてからでいいじゃないか」

「その隙に濃霧が消えたらどうする。それに、どうせシスイ師匠が行くなって止めるだろうよ」

 だから俺は行く。復讐をして報いを受けさせてやる。このオリハルコンで作られたノワールで。

「邪魔をするなら、たとえお前だって……!」

 殺気をニオに向けると、勘違いしないでくれと呆れられた。

「聞いた話じゃ、ボクの手紙のせいであの子は濃霧の調査に行ったのだろう? それならばボクにも責任はあるし、無関係ではいられない」

「なにが言いてぇんだよ」

 一歩踏み込んで凄んでみせると、ニオはピクリとも動じずに背中に隠し持っていた弓と矢筒を取り出した。

「ボクも一緒に行くのさ」

 言うと、馬小屋の角に移動してニオでも背負えるリュックに荷物がいっぱいに詰まっていた。

「この前フルバルンに行った時の経験から学んで、冬の旅に必要なものを揃えたつもりさ。それに君は片腕だろう? 今までは魔王の力とやらで誤魔化してきたんだろうけども、あれだけの濃霧を作りだせる相手なら厳しいはずだ」

「作りだせる、だと?」

 ああそうだよと、ニオは頷いた。

「エルメラと黒水晶について調べていたら出てきたんだよ、かつてサタナキアを名乗っていた時も似たような現象があったって。その時もどういうわけか高い塔を濃霧で囲んでいたんだ」

「待て、ならあそこにいるのは……」

 考えている通りだよ、ニオはそう言って断言した。ルンはエルメラに殺されたのだと。

「あいつが……クソッ!」

 ぶっ殺してやる! ぶった斬ってやる! 生きて産まれたことを後悔させてやる!

 頭の中が怒りで満ちておかしくなりそうだ。エルメラは俺の親友を二人とも殺したのだから。

「冷静になれとは言わないよ、ボクもそこまで器量がいいわけじゃない。怒って当然だし、死の報復に値することをしてくれた。でも、まだ黒水晶の謎は解けていないから勝ち目が薄い。だからボクもついて行って、一度アインヘルムに寄る」

「なんで、そんな回り道しなくちゃならねぇんだよ」

 壁を何度も殴って怒りを抑えると、とうとう黒水晶の謎が書かれている蔵書を見つけたが、文字を調べると三千年は前の物だと判明し、アインヘルムの族長に解読を頼むとニオは言う。

「怒りに任せて特攻しても死ぬだけだ。でも、黒水晶さえなければ勝てる自信があるんだろう?」

 確かに、あれがなければ剣が届くから勝機は生まれる。片腕でもやりようがある。

「それに、エルメラは逃げないよ」

「なに?」

 これもまた調べたら出てきたとニオはつづけた。

「どうにも濃霧に周りを守らせて、高いところに籠ってなにかを計画しているようでね。かつて同じことをしていた際に部下だった一人の悪魔の記録に残されていたところを慎重に解読すると、一年くらい濃霧から出ていかなかったみたいだからさ」

 なにをしているのかなんてどうでもいいが、時間が稼げて黒水晶の謎が解けるならアインヘルムに行く価値はある。それに濃霧はアインヘルムの近くにあるのだ。寄り道も短くなる。

だが、共に来るなら死ぬかもしれないと忠告した。それでも、今回ばかりはボクも怒っているのだよと口調が強くなって返ってきた。

「助けてもらった恩だとか、そんなものは関係ないね。ボクはボクの殺意をもって、あの悪魔に風穴を開けてやるんだよ」

 でも止めは譲ると言った。所詮ニオの怒りは間接的なものであり、親友を殺された俺の怒りと絶望に比べれば生易しいものだと、ニオ自身も知っているからだ。

「もうすぐ葬式が終わるよ。その後は墓地に棺が運ばれていって埋葬されるから、出て行くならその時だね」

 墓地は騎士団の詰め所から大通りをまっすぐ歩いていけばつく。サンストからの出口は東西南北に一つずつあるので、見つかることなく抜け出せるだろう。だがその前に、一か所寄りたいところがあった。ニオも構わないと言うので葬儀が終わり、棺が運ばれていくのを眺めていた。アルマがキョロキョロと辺りを見回しているが、この復讐にアルマは本来関係ないのだ。それに今度こそ死ぬかもしれない戦いに、初めての気持ちに気が付いたアルマを連れて行って、光ある未来を閉ざすわけにはいかない。

 そうやってやりすごしてきたのは、ルンに案内された戦士たちの慰霊碑だ。途中の店で顔を隠してシロツメクサの白い花束を買い、慰霊碑に添えた。

「今度こそ終わらせてくる。だから天国から見守っていてくれ」

 復讐の花言葉を持つシロツメクサがポツンと緑色のヨモギに混ざって目立って見えた。ニオも、せめてリージルだけは死なせないと慰霊碑に語りかけている。

 そんなことをしていたら、メネスの声が聞こえた気がした。なにを言っているのかは聞き取れなかったが、言うとしたら一つだろう。もうこんな復讐なんてやめて新しい人生を生きてくれ――メネスも、それに旅立ったばかりのルンだってそう言うに決まっている。だが、俺の気がおさまらない。これから生きていくためには、復讐を遂げなくてはならない。たとえ結果として死んでも、エルメラだけは道連れにする。

「最後に聞くけれど、この復讐は死んだ人のためにやっていることなのかい」

 ニオも意外とずれたことを言うものだと思いながら、一息ついて答えてやった。

「死んだ奴のためにできることなんか、ねぇよ」

 所詮は独りよがりだ。そのあたりもニオに伝わったようで、ならとっとと終わらせようと馬にまたがった。

「次に来るときは、ルドベキアの花束を持ってくるよ」

 平和の花言葉を持つ、メネスの愛した黄色い花弁。きっとルンも気に入ってくれるだろうから、戻ってこられるなら戻ってこよう。


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