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5. 東京の刑事

□◆□◆

5



「それで? なんでここに裏切り者がいるわけ?」


 久恵の覚悟を確かめた舞花はソファーへともたれかかり、窓際の男性へと顔を向けた。


「こらこら、『裏切り者』なんて言い方をするな。人聞きが悪いだろ」


 男性は呆れた顔を返す。


「鮎川様、お知り合いですか?」


 木島が不思議そうな顔で舞花を見た。彼女も見知らぬ男性がいると気になっていたようだ。


「知り合いっていうか……。あのオジサンの名前はむこうじまかつ。父の弟子だった人ですよ。探偵になりたいとか言っていたくせに、今は東京で刑事さんやってるんですけどね」


 なにやら嫌味っぽい言い方をする舞花。


「東京の刑事さん……でございますか?」


 木島は不思議そうに聞き返す。

 なぜ東京の刑事が遠く離れた場所で起きた殺人事件の場所にいるのかといった表情だ。


 そんな木島の心情を悟ったのか、向嶋は顔を青くして手を横に振る。


「お、俺は時雨が犯人だなんて言ってないぞ」


 その慌てた仕草に舞花が目を細めた。


「何を焦ってるの?」


「焦りもするだろ。三栗谷時雨が犯人だと言ったわけじゃないのに、参考人として話を聞きたいから同行してくれって言いに来ただけなのに、み~んなが俺を睨むんだから!」


「みんな?」


「警察署のやつらさ。それだけじゃないぞ、警察署から出る時には噂が広まっていたみたいで、町中の人たちまで俺を睨んできたんだ。凄い目でさ」


 田舎の噂話は光よりも広がるのが速い……とぼやく向嶋。


「それは仕方のないことだと思いますよ」


 そう冷たく言い放ったのは木島。警察の人間だと知ったからか、厳しい目を向嶋に送っている。


「木島さん、どういうことなんですか?」


 舞花の問いに木島はハッとした表情を見せ、困ったように苦笑いした。


「鮎川様。町中の人たちはこの三栗谷家に、時雨様が事業の全てを取り仕切るようになってからは特に感謝しているのです。なぜなら――」


 戦争が終わってまだ間もないこの国は今だ混乱が続いている。働こうにもちゃんとした職はなく、多くの人々はその日を生きるために日雇いの働き口を取り合っている。そして、食べる物も住む場所もない路上生活者も大勢いる。

 そういった人々と比べれば、この町の人々は人間らしい生活を送っているといえるだろう。その理由が三栗谷という財閥にあった。

 三栗谷は財閥で持つ企業にこの町の人間を大勢雇い入れた。雇い過ぎだというほどに。しかしその分、月々の給料は決して多くはない。だがそのおかげでこの町には餓死する者がほとんどいないというのも事実である。

 裕福な者はいないが、食べる物や住むところに困る者もいない。

 この町の犯罪率が全国平均と比べて驚くほど低いのは、町の人々が貧しいなかでもお互いに助け合えるだけの心の余裕があるからだという。

 町全体が家族のような絆で結ばれているのは三栗谷家のおかげ。特に時雨の功績が大きい。だが、警察はそんな恩人に殺人者の疑いをかけている。町の人々が警察を快く思わないのにはそういった理由があるからであるという。


「そういえば、木島さんとすれ違う人たちはみんな会釈をしていましたね――」


 舞花は駅前での様子を思い出す。

 駅前に出て印象的だったのは町の人々の笑顔だった。復興の兆しは見えてきているものの、この国は今だ戦争の爪あとが大きい。親兄弟を亡くし、生きながらに絶望している人が多くいるなか、この町の人々の笑顔の比率は大きかったのだ。

 そして、木島は町の人々から会釈をされていた。あれが三栗谷家に関係している人間への会釈であったのならば今の話も頷けるのだ。


「だからって俺を睨まなくてもいいだろ。俺は陀鬼の警察じゃないんだぞ……」


 ひとり言のようにつぶやく向嶋。

 そんな彼に舞花は手を打った。


「そう、それを訊きたかった。克己さん、東京の刑事であるあなたが、なんでこの屋敷にいるの?」


 舞花の疑問はもっともだった。向嶋が陀鬼に来ている理由も、三栗谷家に来た理由もわからない。


「陀鬼署の署長に頼まれたんだ。時雨に東京から来た刑事も捜査に加わっていると思わせれば、それだけで揺さぶりをかけることが出来るって。署長はキャリアなんだが、失態をやらかして左遷されてきた人だ。早く本庁に戻るためにも手柄が欲しいんだろう。前に世話になったこともあって借りもあるし、でいいってんで来たんだがな。まったく、俺を騙すなんて……なんて奴だ」


 ぶつぶつとふてくされる向嶋。

 その様子に舞花は、「三十路になったくせに子供っぽいんだから」と息を吐く。


 東京の刑事といえば、田舎の人間から見ればエリートである。数々の難事件を捜査・解決に導く手腕は犯罪者にとっても脅威以外のなにものでもない。

 陀鬼の署長はそのあたりを見越して向嶋を呼んだのだろう。時雨が犯人だと思ってはいるが、財閥の人間に手荒なことは出来ない。そこで向嶋という存在を利用して時雨に精神的な圧力をかけたかったようだ。


「どうせ、おだてられて調子に乗っちゃったんでしょ。昔からそういうところは変わってないね。刑事に向いてないんじゃないの?」


 という舞花の軽口に向嶋が焦りだす。


「向いてないって言うな! 俺は表彰されたことだってあるんだぞ!」


「その表彰は、私が推理した事件のおかげじゃなかった?」


「う゛……。そ、それを言っちゃ~ダメだろ。俺だって頑張ったんだぞ……」


 痛いところを突かれたのか、向嶋は急激に肩を落とした。

 舞花はそんな向嶋に笑い声をあげた。


「泣くな弟子よ。オジサンのしょぼくれ顔なんてカッコ悪いだけだぞ」


「泣いてねえっ! それに、舞花の弟子になった覚えもない!」


 抗議する向嶋を舞花は鼻で笑う。


「ほ~。久恵さんに私のことを教えたのは、師匠の私を頼りにしたからじゃないのかな? おかしいと思ったのよね、久恵さんが私の名前を知っていたってことを。久恵さんが父の名前を出したから私が来ることを知り、事件の糸を手繰らせようとしたんでしょ。それはつまり、克己さんにはこの事件について納得のいかないことがあるから――ちがう?」


 からかう口調で始まった言葉だったが、最後には芯のある口調となっていた。そして、舞花の目は探偵のそれへと変わっている。


「三栗谷さんは手紙の返信がないので来てくれるのかはわからないと言っていたんだが……。この間鮎川の家に行った時、舞花が遠出の準備をしていると聞いていたからな。舞花が来るのなら、警察とは別の視点で事件を切り開いてくれるかもと思ったことは事実だ。それでも、現時点では時雨が一番疑わしいという署長の意見に反対はない――」


 そう言いだした向嶋は、一瞬だけ久恵へと視線を動かす。

 久恵は厳しい目で向嶋を見ている。


「――だが、俺は警察官だ。時雨ではなく、別に犯人がいる可能性があるのなら、それを見極めるのも仕事のうちなんだよ」


 舞花につられてか、向嶋も警察官としての目になっている。

 向嶋は優秀な警察官だ。それは舞花も知っている。だからこそ、この場に彼がいてくれたことは舞花にとってもありがたかった。


「それじゃ、久恵さんから正式に依頼を受けたわけだし、一緒に美琴さんの部屋に行きますか。そのために残っててくれたんでしょ?」


 舞花の微笑みに、向嶋は鼻を鳴らす。


「もう鑑識が調べたらしいが、美琴さんの部屋は事件現場だからな。警察官の立ち合いがあった方がいいだろ。鑑識が気付かなかった新しい発見があるかもしれないし」


「それ、あの刑事さんたちにも言った?」


 あの刑事たちとは、時雨を連れて行った二人のことである。


「一応な。舞花の実績も含めて……でもな、なぜか時雨はあっさりと任意同行に応じたし、あの刑事たちも早く時雨を署長のもとに連れて行くって仕事を終わらせたかったようでな。俺の言葉なんて聞きやしない」


 向嶋がお手上げの仕草をすると、久恵が渋い表情で入ってくる。


「だから私も取り乱してしまったのです。もう少し待てば鮎川さんが来てくれることを知ったのに、時雨はなぜあんなにも早く警察に行くことを了承してしまったのか……」


「私がいたとしても、時雨さんが行くといった以上その行動は止められなかったと思いますよ。もし仮に時雨さんが同行を拒否していたとしても、警察は別の理由を……例えば公務執行妨害とか言って連れて行ったでしょうし」


「いや~、警察って怖いよな~」


 舞花の言葉に、向嶋が苦笑いする。

 どの立場で言ってるの? と、舞花は呆れ顔を返した。


「とにかく、まずは美琴さんの御遺体が発見されたという自室を見てみたいわ。久恵さん、構いませんよね」


「はい、よろしくお願いします。ではご案内します――」


 顔色が悪くなった久恵が頭を下げ、美琴の部屋へと案内しようとした時、木島が一歩前へ出る。


「久恵様。私がご案内いたします」


 久恵は一瞬迷ったが、木島に案内を任せることにした。


「では、陽子さんお願いね。私は少し休むわ……」


「かしこまりました。鮎川様、私について来て下さいませ」


 木島は一礼し、ドアへと向かう。

 舞花と向嶋も久恵に一礼して、木島と共に部屋を出る。

 木島がドアを閉める時、舞花は顔を覆いながらソファーへと崩れる久恵の姿を見た。



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