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4. 依頼

□◆□◆

4



 温泉効果で生まれ変わったような肌に満足した舞花。

 備え付けてある扇風機で背中まである髪を乾かし、紐で後ろに束ねる。さらに風呂敷をほどいてさらしを取り出すと少しきつめに胸に巻き、そして着物を掴もうとしたのだが、ここで舞花の手が止まる。


「あれ? 着物が……ない?」


 代わりに置かれていたのは舞花のものではない洋服。これに着替えろということなのだろうか。

 しかし他に着衣がないため、それを着るしかない。


 サイズは問題ない洋服を着た舞花は、浴場から出た廊下で木島の姿を発見した。


「木島さ~ん」


 声をかけられて振り向いた木島。舞花を見た彼女が目を丸くする。


「え、え~と……もしかして、鮎川様……ですか?」


「やだな~。もう私の顔を忘れちゃったんですか」


「忘れたわけではなくて見違えたというか……。鮎川様ってとてもお綺麗な方なのですね」


「まあ……かなり汚れていましたからね。でも、おかげさまで煤汚れはきれいに落とすことが出来ましたよ。お肌もつるつるです」


 機嫌良く自分の腕を撫でる舞花。健康的に日焼けをしている腕は、湯上りということもあって輝いて見える。


「あ、いえ、そのキレイではなくてですね……」


 木島は舞花の容姿のことを言ったつもりだったのにと、何とも言えない笑顔を見せた。

 麗しのという感じではないが、舞花は健康美に溢れている。先程までは煤で汚れていたのでわからなかったが、汚れを落とせばこんなにも美人なのかと木島は驚いたのだ。


「あ、そうだ。木島さん、このお洋服ってどなたのですか?」


 舞花は着用しているワンピースをつまむ。

 それは青色のワンピース。舞花が動くたび、胸元のリボンが揺れている。


「それは私が着ていたものなんです。もしや、お気に召しませんでしたか?」


「いえいえ、とんでもないです。ただ、まだ新品同様なのでお借りするのが申し訳なくて――」


 心配気な表情をする木島に、舞花は首を振った。


「それに、これから事件のことを調べるにあたっては結構動くことになると思いますので、汚しちゃわないかと心配で。古着のようなものを貸していただけるとありがたいのですが……」


 顔を赤くする舞花に木島は微笑む。


「それはお気遣いなく。頂き物で私が二度ほど着用しましたが、もう着ることはないと思いますし……。それに、よくお似合いだと思いますよ。洋服だって、私が着るよりも鮎川様に着ていただけて喜んでいるように見えます」


 洋服が喜ぶ。面白い表現をする人だな~と思いながらも、やはり舞花にはしっくりこない。それは、男性の格好をする生活が長すぎたからかもしれない。胸にさらしを巻くのも日常となっている。


「ははは……。実は、女性用の着衣は着慣れていないもので、なんだか落ち着かないんですよ」


 苦笑いする舞花を、木島は楽しげな目で見つめる。


「とは申されましても、鮎川様のお着物は洗濯にまわさせていただきましたし、乾くまで我慢なさってくださいませ」


「洗濯まで……。何から何まですみません」


 舞花は頭を下げる。

 さらしは替えを持参していたが、着物は父親のを繕い直したもの。元々汚れはあったのだが、さらに煤で汚れてしまった着物をどうしようかと思っていたのだ。


「お気になさらず。それよりも、久恵様がお待ちですので、準備がよろしければご案内しますが」


「はい。おねがいします」


「それでは」


 舞花は木島の後をついていく。


 長い廊下を歩き、一度エントランスへ出て階段を上り、また廊下を歩く。そして木島は天窓の隣にある部屋のドアの前で足を止めた。


「久恵様、鮎川様をお連れいたしました」


 ノックをしてから声をかけると、室内から「どうぞ、お通しして」と久恵の声が返ってきた。


「失礼いたします」


 木島はドアを開け、舞花をなかへと促す。


「失礼します……」


 舞花が室内に入ると、窓際の椅子に座っていた久恵が立ち上がった。その前にはスーツ姿の男性が腕を組んで壁にもたれている。

 年齢は三十歳前後くらいだろう。何が面白いのか、彼は半笑いの顔で舞花を見ていた。


「鮎川さん。どうぞ、こちらの席にお座りください」


 久恵が部屋の中央にあるソファーへと促す。舞花は窓際で立つ男性を一瞥し、ソファーへと腰掛けた。





 久恵の話は、時雨の無罪を証明してほしいという依頼の手紙、三栗谷邸までの車内で木島から聞いた話とさほど変わるところはなかった。付け加えるとしたら、時雨犯人説は三栗谷家当主である重康が言い出したことであるということくらい。


「お父様は孫の美琴を誰よりも可愛がってくれました。美琴は生まれつき胸を病んでいたので、心配する様なんかは母親の私以上で、美琴も心配し過ぎだと笑っていたくらいです……」


 ガラス机の向こう側で、厳しい顔で語っていた久恵の表情が少しだけ弛む。祖父と孫の微笑ましい会話を思い出したのだろう。だがその微笑みもすぐに消えた。


「いったい誰が……誰が美琴を……」


 そうつぶやいた久恵は手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。

 静かな部屋に、愛する娘をなくしただけでなく、息子が殺人の容疑者になってしまった母親の悲しみが広がる。


「だ、大丈夫ですよ久恵様。鮎川様が、きっと時雨様の無実を証明してくださいます。そうですよね」


 木島にすがるような目を向けられたが、舞花には「任せてください」とは言えなかった。


「私がお約束できるのは、美琴さんの死の真相を明らかにする努力をするということだけです。美琴さんの死に時雨さんが関わっていないのなら、私は必ず無実を証明してみせます。ですがもし……」


 舞花は厳しい表情で言葉を止め、嗚咽を漏らす久恵に話しかけた。


「三栗谷久恵さん。亡き父に代わって私がここまで来ましたが、私への依頼ということでよろしいですか? 調査の結果、私は警察と同じ結論に辿り着くかもしれません。今ならば、他の探偵を雇い直すことも出来ますよ」


「かまいません」


 久恵は目を赤くしながら即答する。


「鮎川さん、私は時雨の無実を信じています。それに、あなたのこれまでの実績は伺っております。私は、鮎川舞花様に今一度ご依頼いたします。その結果がどんなものであれ……私はそれを受け入れましょう。ですが、時雨は決して犯人ではありません」


 強い眼差し。そんな久恵に舞花は「お引き受けします」と力強く頷いた。



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