18. 誰が罰を受けるべきか
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「木島さんは第一発見者である自分が警察に疑われると思っていたでしょう。でもトリカブトの毒はどこかに隠したでしょうし、果物ナイフについた指紋も拭き取っていたので物的証拠はなく、しばらくは時間を稼げる……しかし悲しみと怒りのぶつけ場所を探していた重康さんが、時雨さん犯人説を持ち出してしまったのです。そして警察はそれを鵜呑みにし、時雨さんに容疑の的を絞りました」
「そ、それは、三栗谷家の財産を手に入れるという動機は疑うには十分なものであったし……その……」
時雨を徹底的に疑っていた署長が気まずそうに口ごもる。
「警察を責めているわけではありません。むしろ木島さんにとってはその方が都合が良かったんです。これで自分は綿世さんがどこかに隠した美琴さんの宝物を探すことに集中できるのですから。でも、時雨さんに対する罪悪感は日増しに募っていく……。だからつい、あんな言い方をしてしまったのでしょう」
「あんな言い方?」
自分の名前が出たからだろうか、時雨が眉をひそめた。
「私が美琴さんの自殺に木島さんも関与しているのではないかと思った言葉です。昨日、私が三栗谷家に到着した時、ちょうど時雨さんに同行を求める警察の車両が来ていたのですが、その時木島さんはこう言ったんですよ“何を考えているのかしら、時雨様だって被害者なのに……”って」
「やってもいないことを疑われているのだから『被害者』なのだろう? なにかおかしいかね?」
そう訊いてきたのは署長。
「言いたいことは伝わるのでおかしくはありません。でも、私ならこう言うと思います“時雨さんは御遺族なのに”と」
「……申し訳ないが、違いがよくわからないのだが?」
「美琴さんの家族を疑っているんですよ。警察の方なら遺族を疑うのかと怒られたことはありませんか?」
「あ……」
ここで署長は身に覚えありという顔をする。
「あの場にいた人間で、時雨さんは美琴さん殺害の犯人ではないことを知っていたのは木島さんだけ。しかも自分が工作したせいで疑われることになってしまったのだから時雨さんを『被害者』と言ってしまったのでしょう。それなら“だって”とはどういう意味でしょうか。時雨さんだけでなく、被害者となっているのはもう一人いるように聞こえませんか?」
「た、たしかに……」
「そのもう一人の被害者が木島さんだったのです。まあ、そのあたりは割愛しますが……」
「ちょっと待ってくれ。どういうことなのか説明してもらわんと困るっ」
省略しようとした舞花に署長が声を上げた。
そして舞花はそんな署長に苛立たし気な視線を送る。
「さっきからうるさいわね……そんなことどうでもいいじゃないっ!」
それは舞花にとっては説明しづらい内容なだけに、つい乱暴な言い方になってしまう。
「ど、どうでもよくはないっ! それでは供述を取る時に……」
「それは私の仕事じゃないわ! だいたい、あなたの無能さが事件を長引かせてしまったんでしょ! 初動捜査さえちゃんとやっていれば、もっと早くに綿世さんも関与していたことに気付けたはずよ!」
「む、無能だとぉぉぉ!?」
お互いの鼻息が荒くなった時、向嶋が舞花の頭をコツンと小突く。
「落ち着け舞花。少し言い過ぎだ」
「まだ言い足りないわよ!」
向嶋はなだめるが、舞花の鼻息は治まらない。
そんな舞花へ、木島が微笑む。
「鮎川様、お気遣いありがとうございます。でも、もういいのです。ここからは私がすべてをお話しします」
「木島さん……」
その覚悟のある笑みに、舞花は何も言えなくなった。
「鮎川様の仰った通り、私は時雨様を愛しています。私があのような恐ろしいことをしてしまったのも、ご推察の通りです――」
「陽子さん……」
晴夏が力なく肩を落とす。木島と婚約したことを喜び、紹介してくれた時雨にも感謝していた。しかし木島の本心を知りショックを隠せない。
木島は晴夏を気にしながら話を進める。
「今にして思えば美琴様にあのようなことをせずとも、他にやりようはあったのかもしれません。ですが、私はあのようなことをしてしまいました。そして、それを知った綿世は激怒し、私を脅迫してきました」
「脅迫とは?」
向嶋が仕方ないという顔で質問する。
舞花に怒られたからか、署長が肘で突いてきたのだ。
「警察が介入してくれたことでしばらくは綿世を身動きできないようにすることは出来ましたが、綿世はいつでも美琴様にナイフを突き立てたのは私だと警察に言うことが出来ると言い出したのです。ついでに金品を盗んだのも私だと……」
「それが作り話だとしても、そういう情報があるのなら警察は調べないわけにはいかない。そして、綿世が木島さんの持ち物のなかに盗んだ金品を入れていけば、美琴さん殺害の犯人としてあなたが取り調べを受けることになるな」
「はい。ですが、それで美琴様の宝物が戻ってくる保証はありません。それに、時雨様には知られたくなかった……。美琴様にあのようなことをした私を時雨様がどんな目で見るのか、それが恐ろしく、綿世の言いなりになるしかなかったのです」
「しかし、綿世はなぜ逃げなかった? たしかに逃げ出す時期が悪ければ指名手配を受けるかもしれんが、口実などいくらでもあるだろう」
それに答えようとする木島の顔が強張り、一気に顔色まで悪くなった。
「警察は時雨様だけを犯人と見ていましたから、しばらくは静観できると思っていたのでしょう。そこに関しては美琴様の宝物の在りかを探る事が出来るので都合がよかった。でも、事件前のように女遊びが出来ない綿世は、毎晩のように私を……私の身体を……」
震える身体を抱き、搾り出すように言葉を吐く木島。
そんな木島を向嶋が制した。
「あ~、木島さん。もうわかったからそこはいいや。無理して話さなくていい。署長も構いませんよね?」
「う、うむ……」
事情を理解し、署長は気まずそうに了承する。
「木島さん、続けられますか?」
心配する舞花に、木島はゆっくりと頷いた。
「なんの手掛かりも得られないまま時間だけが過ぎて行ったのですが、ある日、久恵様からある探偵に手紙を出してほしいと頼まれたのです。いくつもの難事件を解決に導いてきたその方なら、きっと時雨様の無実を証明してくださると」
「それが私の父、鮎川正彦だったんですね」
「はい。そして私もその探偵に期待したのです。今のままでは美琴様の物を取り戻すどころか、いつ時雨様が逮捕されてしまうかもわからない。この混沌とした現状を掻き乱してくれるなら、そこに突破口が見つかるかもしれないと。だから正直に言いますと、昨日鮎川様にお会いした時は不安しかありませんでした」
「はは、よく言われます」
駅前での木島の様子を思い出した舞花は笑うしかない。だが、そんな舞花の笑顔に木島の表情も柔らかくなる。
「でも、私が間違っていました。まさかこんなに早く、一日で美琴様の宝物を取り戻せるとは思いもよりませんでしたもの」
「ま、その半分は木島さんのおかげなんですけどね」
「私の?」
「普通の菓子も、包み紙が良ければおいしく見えるってことです――」
それを聞いた木島はハッとする。
「でも私としては……木島さんが綿世さんを殺める前に真相に辿り着きたかったです」
「それは私も同じです。もっと早くに綿世から聞き出すことが出来ていれば、権蔵さんに迷惑をかけることもありませんでしたもの」
残念そうな舞花に、木島も同様の顔を返す。
「私への行為を逃げ出す口実に出来ると思った綿世さんは即刻行動に移したんですね。美琴さんの部屋から盗んだ物を車のトランクに入れていた時、もしやと思った木島さんがそれを見つけた」
「綿世が逃げ出すかもとは思っていました。だから私は鮎川様を電話へと案内した後、すぐに包丁を持って裏手にある車へと向かったのです」
「綿世さんを殺すつもりで……ですか?」
「いえ、脅すだけのつもりでした。綿世が本気で逃げるつもりなら、力ではかなわないので……。あれを取り戻すなら最後の機会かもしれませんでしたし。でも、脅すまでもなく、私はトランクに入っている美琴様の宝物を見つけました。焦っていた綿世は、私がそれを手にしても気にすることはありませんでしたが、一緒に逃げようと言ってきたのです」
「木島さんを誘ったんですか? あの綿世さんが?」
それは舞花も考えていなかった事実だった。
「情が移ったわけではないでしょう。私を残したままでは、いずれ美琴様の部屋から金品を盗んだことを警察に言われてしまうかもと気付いたのでしょうね」
「ふんっ、あの綿世が考えそうなことだ」
権蔵が鼻を鳴らす。
「私がその申し出を断ると、綿世は逃げた先から私がした事を警察に知らせると脅してきました。三栗谷家や、晴夏さんの所にまで何をしたか教えてやると……」
「僕のところにも?」
晴夏が反応すると、木島はいたたまれない顔をする。
「代々続く弁護士一家が犯罪者を嫁にしようとしている……そう世間に知らされたくなければと、晴夏さんをも脅迫しようとしたのです」
「外道の極みだな、綿世って奴は……」
向嶋が奥歯を鳴らした。
直接会った事はないが、向嶋は舞花への暴行の件でも綿世に怒っている。もし綿世がこの場にいたら、間違いなく殴っているだろう。
木島の告白は続く。
「それを聞いた私が言葉を失っていると、綿世は勝ち誇ったように笑いながら背を向けて、トランク内の金品を確かめだしました。私だけじゃない、このままでは皆様までさらに傷つけてしまう。綿世が生きている限り、私に関わる人はみんな不幸になってしまう――そう思った時、私は綿世を背中から刺していました。呻き声をあげた綿世は振り返ろうとしましたが、力尽きてその場に倒れたのです……」
木島が黙ると、今度は権蔵が語り出す。
「俺が見つけた時、木島は手を血に染めたまま放心しておった。雨に打たれて髪も服も濡らしたまま、殺めてしまった綿世の前でへたり込んでいたんだ――」
その状況を思い出す権蔵は目を細める。
「俺はその場で木島に事情を訊いた。この木島が人を殺めるなんて考えられなかったんだ。相手が綿世みたいな畜生であってもな……」
権蔵が向嶋と署長に目を向けた。
「なあ刑事さんたち、木島は悪人かい? 木島はな、守りたかっただけなんだよ。時雨さんを、晴夏先生を、なにより美琴さんの最後の意思を守りたかっただけなんだ。悪い奴は誰だ? 綿世じゃないのかい? 木島は罪を犯したかもしれねえが、綿世なんかのせいで罰を受けるのはあんまりじゃねえか」
悲しげな声で訴える。
それに対し署長は思わず目を背けた。権蔵の気持ちもわかるのだ。
しかし――
「だからって、権蔵さんが罰を引き受けるというのは違うと思います」
舞花ははっきりとそう告げた。
しかし権蔵も引かない。
「嬢ちゃん、俺はな、この間の戦争で息子を亡くした。なにをとち狂ったのか、孫まで学徒兵に志願して戦地に行き……帰ってこなかった……。もう若いもんが苦しむ姿なんて見たかねえんだよ。木島はな、幸せにならなきゃいけねえ。嬢ちゃんは木島に助けられた身だ。俺の気持ちはわかるだろ?」
これには舞花もすぐに言い返すことが出来なかった。綿世の暴行から救われたのは、木島が晴夏や権蔵を連れてきてくれたからなのだ。
それに権蔵の気持ちがわからないわけではない。だが木島の罰を権蔵が受けても木島が幸せになれるわけでもない。
それを伝えようとした舞花だが、先に向嶋が口を開く。
「――俺にはわからないがな」
この言葉には皆が絶句した。
木島は綿世を殺めたことを認めたが、気持ち的には加害者と呼べるのは綿世だけである。
舞花の推理とそれを裏付ける木島の告白に、誰もが木島に同情していると思っていたのだ。
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