16. 美琴の誤解・重康の思惑と誤算
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「ば、ばかなッ、美琴の死が自殺だと!? そんなことあるわけがないッ!」
皆が静まるなか、沈黙を打ち破ったのは時雨だった。
「そうです、美琴の胸にはナイフが突き立てられていたではありませんか! 鮎川さんは、美琴がベッドで横になり、そのうえで自害したと言われるのですか!?」
久恵も続く。
二人は美琴の死が自殺だったという舞花の言葉を真っ向から否定した。
しかし舞花にはそう結論付けた根拠がある。
「そうではありません。美琴さんの死因は、警察の言う通りトリカブトの毒による中毒死で間違いないでしょう。ナイフが突き立てられたのは美琴さんの死後です。しかし、ある人のその行為が美琴さんの計画を大きく狂わせてしまいました」
「美琴の計画?」
久恵はなんのことかわからないという顔になる。
「時雨さんを三栗谷家の正式な跡継ぎにするという計画です」
「俺を、三栗谷家の跡継ぎに? それはどういうことなのだ」
思いもよらない言葉に時雨が身を乗り出す。
そんな時雨に舞花は悲しみを堪えて歯を食いしばった。
「美琴さんが胸に持病を抱えていたのは皆さんもご存じですが、ここ数か月でその症状がさらに悪化していたことはご存じなかったと思います」
「そんな話、担当の医師からは聞いたこともありませんよ」
久恵が訝しむ。
美琴の定期健診には付き添っていたので納得できないのであろう。
「それは美琴さんが口止めをしていたので。今は三栗谷家存続の危機の最中です。そこへ自分の心配まで重なっては乗り越えられる危機も乗り越えられないと、涙ながらに訴えたそうです。それで医師の方も仕方なく……。しかし、美琴さんの命は風前の灯でした。おそらく、あと一年は生きられなかっただろうと……」
考えもしていなかったことを告げられ、久恵は顔面蒼白になった。
「そんな……美琴が、あと一年すら……ああ……」
ショックで倒れそうになる久恵を時雨が支える。
「自分のことを皆さんに悟られないよう振舞っていた美琴さんは、本当にお強い方なのだと思います。しかしある日、そんな美琴さんですら耐えられない衝撃的な事を耳にしてしまいました」
「そ、それは一体……」
言葉を詰まらせる時雨の顔色も悪い。美琴の病状を知ってショックを受けているようだ。
しかし、舞花はさらにショックを受けることを言わなければならない。
「それは、時雨さんを三栗谷から出すという重康さんの言葉です」
「ぐっ……」
呻いた重康に視線が集まった。
「美琴さんは時雨さんに対し、兄妹を越えた愛情を抱えていらっしゃいました。それは時雨さんも同じだったのではないでしょうか?」
舞花の視線を受け、時雨は意を決したように拳を握りしめる。
「……たしかに、俺も美琴を愛している。失った今でもな。だが、俺は三栗谷家の長男だ。将来は大人になった美琴を支え、三栗谷家をさらに発展させていく……それだけの存在だ。義理とはいえ兄妹である以上、美琴の想いに応える事は出来なかった」
そう言葉を吐いた時雨が硬く目を閉じる。
お互い一人の男と女として想い合っている。しかし戸籍上は兄妹。
美琴の想いに嬉しさを感じながらも、どうすることも出来ないもどかしさに時雨も苦しんだのだろう。
「そうですね、そういう関係だったからこそ、美琴さんはさらに時雨さんへの想いを募らせたのでしょうし。ま、綿世さんは少し誤解していたみたいですけど」
綿世は時雨と美琴が男女の仲であると思っていた。しかし実際はそうではなく、プラトニックな関係だった。
一線を越えられない、越えてはいけないという思いは、さらに愛を大きなものに育てていたことだろう。
「では、時雨が三栗谷から追い出されることにショックを受け、美琴は自殺したと言うのですか?」
久恵の声が震えている。
「ショックを受けたのは間違いないでしょう。ですが、美琴さんが自ら命を絶ったのは妹としての自分を受け入れ、愛する兄を繋ぎ留めておきたかったからだと思います」
「兄としての俺を?」
舞花は時雨に頷いた。
「美琴さんとしては究極の選択だったことと思います。時雨さんを愛する一人の女として、時雨さんが出ていくまで傍にいるのか。それとも、このまま妹として、死んでも愛する兄を見守り続けられる立場になるのかという選択……。残された時間の少ない美琴さんは後者を選択しました」
「なぜだ! なぜそんな選択をしたというのだ! 俺が三栗谷から出されることは決まっているのだぞ!」
「そうです! 父の重康は時雨を財閥の維持と発展をさせるための道具として見ていたに違いありません。だからこそ、財閥そのものがなくなるのだから血のつながらない時雨を追い出そうとしているのです! 血がつながっていなくとも、時雨は私の可愛い子供なのに!」
「そう! そこ! そこなんですよ、私が引っ掛かったのは――」
興奮する時雨と久恵に舞花が手を打つ。
「時雨さんはただの道具――久恵さんにもそう聞いていましたし、時雨さんからもそう思われているのだろうという話を聞いていました。でも、それが本当だとすると私が突き止めた事実と矛盾してまうんです」
「突き止めた事実と矛盾だと?」
「はい。もし、この状況で美琴さんが病死したとしたら、重康さんはどうしたと思いますか?」
「ど、どうしたと言われても……」
時雨を追い出すのは変わらない。そう思っている久恵と時雨は困惑気味に目を合わせた。
ここで重康が口を開く。
「もしあれが病死だったのなら、儂は時雨を三栗谷から出すという決定を覆したであろうな」
思いもよらない言葉に、時雨も久恵も目を丸くする。
そんな二人に、重康は苦い顔で少しだけ口もとを弛めた。
「私もそう思いました。美琴さんが病死されたのであれば、時雨さんを三栗谷家から出す理由が無くなりますからね」
「時雨を追い出す理由がなくなる?」
指を立てる舞花へ振り向く久恵。
舞花は身体を回しながら久恵と時雨に微笑み、
「財閥が解体されることが決まって消沈していた重康さんが、なぜ急に時雨さんを三栗谷から出すと言い出したのか? それは、時雨さんが美琴さんと結婚できるようにするため……そうですよね、重康さん」
最後に身体を止めて重康にも微笑んだ。
「なぜそのことを……」
重康は目を丸くした。
「昨日この部屋の前でお会いした時、重康さんは時雨さんや美琴さんのために何かを考えている、もしくは実行中だったというようなことを仰っていました――」
重康が美琴の部屋にいる舞花たちを咎めた時、倒れそうになる直前“儂が二人のためにどんなに……どんなに……うう……”という言葉をこぼしている。
それを思いだした向嶋が「そういえば」と手を打った。
「あの時不思議に思ったんです。追い出そうとしている時雨さんのためにもなるような事ってなんだろうと。その後、美琴さんの気持ちを知ったことでこの仮説が生まれました。間違ってはいませんよね?」
重康は苦笑いしながら頷く。
しかし時雨も久恵もにわかには信じられないようだ。
「俺と美琴を結婚させる?」
「お父様?」
「そんな目で見るな。儂とて、木の股から生まれたわけではない。美琴と時雨が互いをどう想っていたかは知っておった。しかし……」
言葉が続かなくなった重康に舞花が助け舟を出す。
「三栗谷という財閥を維持発展させていくためには、時雨さんは必要不可欠な存在です。お二人が慕いあっていることを知りつつも、重康さんにはどうしてやることも出来なかった……。今回のように、一度時雨さんを三栗谷の名から外してというのもお考えになったのかもしれませんが、それでも義理だったとはいえ元兄妹同士で結婚なんてと言う人たちは必ずいますからね。栄光ある三栗谷家をそんな世間体に晒すわけにはいかなかったのでしょう」
「まるで儂の心を読んだかのようだな」
「ついでに言えば、財閥が解体されることになったので世間体を気にする必要もなくなったんですよね。だから財閥が解体された暁には時雨さんと美琴さんの祝言を執り行うべく、重康さんは水面下で準備を始めました。お二人に喜んでもらうための秘密の計画です」
時雨が眉を寄せる。
「秘密の計画とは?」
「陀鬼の呉服店には、もうお二人の婚礼用の着物が用意されているんです。店のご主人も嘆いていらっしゃいました。きっと似合いの夫婦になっただろうにと」
その事実を聞き、久恵の目に涙が浮かぶ。
「そんなことまで……。なぜですかお父様! そうならそうと、なぜ仰ってくださらなかったのですか!? そうだと知っていれば、美琴は……美琴は……」
「すまなかったな久恵。儂だ、すべて儂が悪いのだ。美琴やお前たちには話しておくべきであった」
重康は素直に頭を下げた。久恵の複雑な感情は、そのまま重康の心中でもあるのだ。
それを察している舞花は静かに言葉を続ける。
「重康さんに悪意があったわけではありません。時雨さんに三栗谷家を出るように言ったのも、二人の喜ぶ顔が浮かんでしまい、つい計画の一部が口からこぼれてしまっただけだと思います。でも、残された時間の少ない美琴さんには目の前が真っ暗になる衝撃だったと思います。少し話を戻しますが、そこで美琴さんが選択したのが、時雨さんの妹としてずっと愛する人の傍にいるということでした。いずれはお墓のなかで一緒になれる……そのために、時雨さんを三栗谷のままでいてもらうためにはどうしたらいいのかを考えた……その結論が、病死に見せかけた自殺だったのです。いま自分がいなくなれば、三栗谷はお家のためにも陀鬼の人々のためにも時雨さんを残さざるを得ないというのは計算に入っていたことでしょう」
ここで陀鬼署の署長が一歩前に出る。
「し、しかし、病死に見せかけるといってもそれは困難だぞ。自分に外傷をつけてはならないし、服毒するといっても苦しんだ跡はどうしても残ってしまうものだ」
「そうですね、それはもっともな意見だと思います。だから、美琴さんは自分を病死に見せかけるため、ある人に協力を頼んだのです」
これには舞花と向嶋以外の者が驚く。
「そんな、美琴の自害に協力するなんて……そんな人はいるはずがありません!」
久恵はそう言うが、美琴の遺体の状況をみれば協力者がいたのは間違いない。
「その人物も、まさか本当に実行するとは思ってもいなかったと思います。ですが美琴さんはそれを実行してしまった……。それを見つけてしまったからには協力する他はなかったのではありませんか?」
舞花は視線を動かし、その人物の前で止めた。
「そうですよね――木島さん」
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