中
焼き栗を独り占めにしたリスは、今度は柿の木にいました。たわわに実った柿をもぎっては頬張り、種だけを木の上から、ぷぷぷと飛ばしています。
「うーん、おいしいなぁ。柿は食後のデザートにピッタリだね。あー、おなかいっぱい。もう、何も食べられないや。」
リスは、柿の木の枝に寝そべって、ぽんぽんに膨れ上がったおなかを、なで始めました。
すると、そよぐ秋の風が気持ちよく、うとうとと居眠りを始めました。けれど、柿の木の周りが何だか騒がしくなり、リスは目を覚ましました。
「なんだ、うるさいなぁ。せっかく気持ちよく寝ているのに。」
リスが片目をこすって下を見ると、騒がしい理由がわかりました。
クマです。クマが、柿の木のとなりにある、ドングリの木を揺らして、木の実を落としているのでした。
「ゆさゆさ、がさがさ、ぼとぼとと、あー、もうっ。これじゃあ、昼寝なんかできやしない。」
リスは癇癪を起こして頭を両手でかき回します。
「うるさーい! これでもくらえ!」
そう言って、リスは熟し柿をクマの頭、目がけて投げつけました。
べちゃ。
「きゃあ!」
「いえーい。スットラーイク。」
リスの投げた柿は、当たるとそのまま弾け、クマの顔はべちょべちょになりました。
「なんてことをするのよ、リスくん。ひどいわ。」
必死で顔を拭うクマ。その様子がリスのイタズラ心に火をつけます。今度は青い柿を、クマに向かって投げだしました。
「あははー。ぼくの眠りをじゃまするやつは、ゆるさないぞー。」
「いたい、いたい、リスくん、もうやめてー。」
頭をかばって走り回るクマを、リスは追いかけまわし、手当たり次第に木の実を投げつけました。
「わーん。これだから森での食事はキライなのよ。もう、おうちへ帰るー。」
とうとうクマは、半べそをかきだしました。しかし、この騒ぎを聞きつけ、駆けつけた者がいました。
「こらーっ! リスくーん! もう、ゆるさないんだから!」
ヘビです。リスと仲良く半分ずっこして食べるはずだった焼き栗の、その、全てを奪われたヘビです。
「ひゃあ! ヘビさん!」
ワニのように、鎌口を開けたヘビの形相は、まるで化け物。リスは、大慌てで逃げ出しました。
ヘビはリスを追いかけます。
「まてーっ。リスくーん。あたしのクリを返せー。」
リスはヘビから逃げます。
「食べちゃったものを返せ、だなんて。むちゃ言わないでよ、ヘビさん。」
そんな二人をクマは、様子を見ながらついて行きます。
「大丈夫かしら、あの二人。大事なければいいのだけれど、何だか胸騒ぎがするわ。」
こうして始まった追いかけっこ。リスは必死に逃げようと手足を動かしますが、食べすぎで膨れたおなかが邪魔になって仕方ありません。どんどん、ヘビに距離を縮められてしまいます。
「いたずらリスくん、覚悟しろよ。とっ捕まえて、食われた栗ごと、お前を食べてやる。」
目をギラギラと血走らせるヘビが、ぼてぼてと走るリスに追いつくのは、時間の問題でした。
「ヘビさん、相当怒ってるな。こりゃあ、まずいぞ。何か良い手はないものかな。あ、そうだ。」
何かを思いついたリスは、クルリと方向を変えて、森に流れる川の方へと向かいました。
逆さ虹の森を二つに分ける川。その川には一本の吊り橋が掛かっています。今にも崩れそうなその橋は、オンボロ橋と呼ばれていました。
リスは、そのオンボロ橋を激しく揺らしながら渡り切ります。引き続いてヘビも、しゅるしゅるとオンボロ橋を渡り始めました。
「諦めて、わたしのお縄を頂戴しなさい。リスくん。」
「ヘビさんったら、しつこいなあ。がりがりがりがり。」
「リスくん? あんた、オンボロ橋に何してんの!?」
「がりがりがりがり、ん? がりがりがりがり。」
あろうことか、リスはオンボロ橋を支えているロープを、かじりだしました。
ヘビは目を吊り上げながら、急いでオンボロ橋を渡ります。
ブツリ。
リスがロープを噛み切ると、オンボロ橋は、幾枚もの紙切れが、川にばら撒かれるように落ち、そのまま、音もなく流されて行きました。
「ふう、やれやれ、あぶないところだった。」
リスが、額に浮かぶ汗を拭ったその時です。川に落ちる直前のオンボロ橋からジャンプしたヘビが、リスの頭へ落ちてきました。
「捕まえたわよ! リスくん。ぎりぎりぎりぎり……。」
瞬く間にヘビは、自分の体をロープ代わりにして、リスを、ぐるぐる巻きに縛り上げました。
「へ、へびさん、やめて。いっぱいのおなかが、締め付けられて、く、苦しい。」
リスは顔を青くして、尖らせた口を、プルプルと震わせています。
「なに!? おなかいっぱいで苦しい? わたしなんか、おなかペコペコで苦しんでるのよ!? あんたのせいで。」
「ごめん、ごめんなさい、へびさん。あやまるから、ゆるして。でないと、でちゃう。おなかの中身が、でちゃうよお。」
目に、涙を浮かべながら謝るリスの顔は、紫色になっています。その姿を哀れに思ったヘビは、体から力を抜いて、お縄をほどいてやりました。
誤字脱字報告ありがとうございます。