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辺境のベルツェ村 4

実にきっぱりと否定してきた二人は、お互いを見て何とも複雑そうな表情をしていた。

それに千歳は、なんだか悪いことを言ってしまったと思ったのか、慌ててそうだったんだと言って話を終わらせる。

内心、そんな風に見えていたとか言ったらどうなるのかなと思いながらも、それを口にしない自分をちょっと褒めた。

「と、取り合えず次はチトセのことについて聞かせてもらうわね」

取り繕うように咳払いをしたシアに、シリクもぎこちなく頷いてチトセを見た。

「チトセの国、生活と……あと、言い辛いかもしれないけど、どうして襲われたか」

最後はどうしても言わなくてはいけない話だろう。それについて千歳はシアの言葉に頷いた。

それを確認した二人は、まず一番最初に千歳に聞いておかなければならないことがあった。

相手に対して言い辛いことではあるが、二人にとっては大いに気になることでもある。

そこでシリクが、ここは男である自分がズバッと聞いた方がいいと思い口を開きかけたが、その前にシアがそれを遮った。

「その、申し訳ないけど一番先にこれだけ教えて。…襲ったのは盗賊じゃないわよね?」

「ちょっ…シア、お前が言い辛いと思って気遣って言おうとしてたのに……俺の良心を返せ!」

「はぁ、何言ってるのよ?モヤモヤしたことは直ぐに聞いた方がスッキリするじゃない。この際どっちが聞いても同じでしょ?」

「…そうだけど、そうだけどさぁ……何か納得できねぇ」

ブチブチと文句を言い始めたシリクに対して、シアは当然無視して千歳の方を見た。

シアは黙って千歳が話すのを待っているが、心なしか不安そうに見詰めてくる。

それに千歳は多少訝しげになりながらも、首を横に振った。

「それは…違うと思う」

盗賊とは人を襲って金品を奪う者達だ。だが、千歳を切った二人組の男たちは人を襲うどころか見つからないようにしていた。

そして、千歳に見られたから追いかけて殺そうとしたのだ。

「盗賊じゃないのね?」

「うん」

「本当に違うのね?」

「そ、そうだけど…。何で聞き返すの?」

シアの問い詰めるような気迫に気圧されながらも、純粋に疑問に思って聞いたら、シアはやっと安堵したように溜息をついてから答えた。

「チトセが倒れてた道端ってここの村から結構近い所なの」

続いていつの間にか立ち直ったシリクが肩を竦めて言った。

「だから、そこでチトセが襲われたっていうならこの村も襲われる可能性があるってことになるんだ」

「え!?」

千歳は驚愕して二人を見た。そんな二人は苦笑して良くある事だと言い、だからこそこうして何度も確認をとったのだと謝ってきた。

信じられない思いでいた千歳だが、きっとこの世界ではそういうことが日常となっているのだろうと判断した。

「まぁ、盗賊じゃないなら一先ずは安心ね」

「後で村長に言っておかないと…」

シリクはそういって何かぶつぶつと呟き始めて、シアはその邪魔にならないように千歳に次の質問をした。

「盗賊じゃないとしてもチトセを襲った人たちの事は気になるけど、まだ言い辛いと思うから違う質問をするわね」

これには有難く思って千歳は頷く。あの瞬間は千歳にとってかなり衝撃的で、しかしあまり思い出したくはないものだからだ。

「じゃあ、チトセの国の名前…ニホンだっけ?それは何処にあるの?」

(うわぁ…)

と思ったら違う質問で返答に窮した。正直には言えないので、曖昧に答えて誤魔化そうと考えながら口に出す。

「えっと……何処って言われても……ずっと遠くにあると…思う」

「ずっと遠く?遠くってどれくらいかしら?……100テールくらい?」

シアの言う100テールが距離を示しているのがわかるが、どのくらいの距離を言っているのか分からなかったので、千歳は兎に角遠いという印象を与えたかったのかぽつぽつと話した。

「それよりも…遠いと…思う」

「え、100テール以上あるの!?」

「そ、そうなのか?」

シアと、さっきまで考えに没頭していたシリクまでが驚いて身体を固めた。

どうやら二人に千歳の国がとても遠いという認識を与えることが出来たのだが、それにしては驚きすぎなことに戸惑う。

千歳のそんな戸惑いを知らずに、シアは呆然としている。

「冗談で言ったんだけど、まさかそれ以上だなんて…」

「俺も、まさか100テール以上も離れたところの住民なんて思いもしなかったな」

シアとシリクは互いに思っていた事を口にする。

どの位の距離なのか気になったが、何か言う前にシアが丁寧に教えてくれた。

ここでは距離は日数で測るらしい。それで日数に換算すると、千歳が今ここにいる中央西側にあるキリジア帝国のベルツェ村から、最も東に位置するギルヴァート帝国まで片道で4ヶ月、急ぐなら最短で2~3ヶ月かかる。そして、100テールはその倍だという。

流石にこれは大きく言い過ぎたかなと思った千歳だったが、もう言ってしまったものはどうすることも出来ないと考え直して、そのままにしておくことにした。

暫くあまりのことに動揺していたシアだったが、落ち着いたのかひとつ咳をしてから取り直してテーブル越しの千歳を見詰めてきた。

「チトセの国が途方も無く遠いことは分かったわ。足や馬で簡単にいけるとかいう問題じゃないくらいにね」

「そうだな。それ程遠いなら容姿とか服とか、お祈りとか色々と違ってても納得できる」

「そうね。国や環境とか違うだけでもそういうのは変わってくるから」

言ってから溜息をついたシアの横で、今度はシリクが口を開いた。

「それじゃあ次は俺から質問していいか?」

「あ、はい…」

シリクは、微妙に俯き加減にしながら千歳が了承したのを確認してから質問した。

「チトセの国って普段どんなことをして生活してるんだ?」

そう言うシリクは、なんだか千歳の事を知りたいというよりも国自体に興味を示しているようで、期待ともいえる目をして見詰めてきている。

それに気付いて千歳は考えた。

ここはどう答えたら良いのか。

科学はこちらでは存在すらしていないと推測できる。もし、そういうものがあると話しても信じてもらえないし、信じたとしても混乱させてしまう。

だから、嘘を織り交ぜてこことあまり変わらないということを話していった方がいい、そう判断した。

それで千歳は、歴史で習った昔の日本を思い出しながら話し始めた。

「家畜を飼ったり、畑を耕して農作物を作ったり、木を切って家の材料にしたりして生活してました。……もちろん、偉い人がいるお城もありましたね」

精一杯な答えを出した千歳に対して、シリクはきょとんとしてから、なぁんだぁとつまらなそうに肩を落とした。

「やってることはこっちとあんまり変わらないのか」

「えと…すみません」

何となく申し訳なく思って謝った千歳に、シリクは慌てて取り繕った。

「別にチトセが謝ることじゃないから気にするなよ?」

「そうよ、謝ることなんて無いわ」

シアも同じことを言ってから、シリクを睨み付けて言い放つ。

「シリクはバカなんだから真面目に相手しないで程々に受け流した方がいいわよ」

「お、おいっ!それこそ酷いぞ!」

「何言ってるのよ。私がシリクに対して酷いなんていつものことじゃない」

「………」

言葉も無いシリクにシアはもう興味が無いようにして千歳に向き直る。

千歳は言い負かされたシリクが可哀想に思えたのだが、慰めることなど出来ず項垂れるシリクに心の中で再度謝ってからシアを見た。

「それじゃあ、最も聞きたいことを質問するわね」

「うん」

分かっている千歳は頷く。

「貴方はどうして、あそこで背中を切られて倒れてたの?」

この質問に、千歳は色々どう話そうかと考えていたのだが、一番しっくり来るのは、まだ異世界だと知らなかった時に考えた推測だった。

ここに来てしまった理由として嘘を挙げるならこの方が話しやすい。

千歳は、喉を鳴らしてゆっくりと口を開いた。

「…誘拐されて、逃げようとしたから…」

「誘拐?」

「そ、そう…誘拐」

これが、千歳が考えてた嘘だった。あの二人組の男の存在を利用することにしたのだ。

「でも、誘拐なら…逃げたとしても切られて殺されそうになるなんて事ないんじゃない?」

「えと…話を聞いてたんだけど…もしかしたら用済みになったんじゃないかな…」

あの時、確かに二人組の男たちは殺す相談をしていた。

それを少し改変して、自分を殺す算段をつけていたとするなら切られたというのにも違和感はない。

千歳のそんな嘘に気付かず、シアは何とも同情した目で千歳を見ていた。シリクはまだ項垂れている。

「そう、でも運が良かったのね。こうして生きてるんだから」

それには千歳も頷いた。あの死の恐怖から解放されたのだから当然だった。

「殺されないとしても、他所の国から誘拐してからどこかに売ってお金を稼ぐ人たちもいるから…本当に運が良かったわ」

「う、売る?」

これには一瞬何をいったのか分からずに聞き返した。

そこにようやく元気を取り戻したシリクが、俺が説明するといって口を開いた。

「要するに人身売買だな。国によっては奴隷を売買しているところがあるんだ。大半が犯罪者だけど、誘拐されてきた奴も多い。貴族に拾われるならまだ良い方だが、コロシアムとかに売られると掲げられた金額を返さない限りは逃げ道はない。酷い話さ」

「それを利用して、お金を賭けて殺し合うのを喜んで見る人たちも酷いわよ」

嫌悪感たっぷりに言うシアを見て、ふと千歳はシリクがシアの代わりに説明したのはシアがこういう話を嫌がると分かったからなのかと思ったのだが、シリクは苦笑しただけでその本意は分からない。

「だから、そういう奴らに捕まらないように気をつけろよ?チトセはここでは珍しい色をしてるんだからな」

「は、はいっ」

この発言が効いたのか、千歳は固くなりながら首を縦に振った。

珍しいということは人の目を引きやすい。そうなると、目を付けられる可能性も無きにあらず。

しっかりと肝に銘じておくように、改めて自分に言い聞かせる様に小さく頷いた。

と、微妙になった雰囲気を変えるために、シアは立ち上がって明るく言った。

「私はもうこれで質問することはないわ。シリクはどう?」

「俺もないな」

「そう、それじゃ…」

そういうとシアはテーブルの反対側にいた千歳の方へと向かい、にっこりと笑って手を差し出してきた。

「これから宜しくね。チトセ」

「え…?」

差し伸べられた手とシアを交互に見て戸惑いを隠せないように見詰める千歳に、シアは言った。

「ほら、だってチトセの故郷は遠いんでしょう?それに怪我がまだ治ってないし、今から帰ろうとするのは危ないわ」

確かにそうだった。故郷である日本は帰れるかどうかすら分からず、怪我もまだ治っておらず十分に動かすことが出来ない。

「本当に……いいの?」

「あら、私は最初からそのつもりだったわよ?」

「シアは大のお人好しだから、世話する為に物凄く干渉して鬱陶しいけど勘弁してあげてくれよ?」

「そういうシリクは私を怒らせるのがお上手よね」

「お褒めに預かり光栄です」

「何で光栄なのよ!」

怒った表情を作っていたが直ぐに笑い出したシアに、シリクも分かっていてからかったのか一緒になって笑った。

それを見ていた千歳もクスクスと笑いながら、心が温かくなるような気がした。

「ねぇ、チトセ。貴方がいつ帰るのか分からないけど、もし良かったらそれまで私たちと一緒に過ごしましょうよ」

「こんな村でいいなら、喜んで歓迎するぞ」

二人の温かい言葉に千歳は感極まる思いで頷いて、とびきりの笑顔で手をとった。

「これから、よろしくお願いします」

それからはシアもシリクも喜んで、あれこれと用意するために話し合った。

千歳のこれからの部屋は怪我で寝込んでいた時の寝室に決めたり、村長に会って話をしないといけないと相談したり、色々と話した。

「それじゃあ、ちょっと先に村長のところへ行って話してくる!」

話が決まると、シアが止める前にシリクが勢いよく家を飛び出していった。話すなら早いほうがいいと思ったのだろう。

シアは出て行ったシリクに呆れながら肩を竦めた。

「本当に、ああいう所が子供だって分からないのかしら。チトセの怪我のことを考えないで行っちゃうし…」

「歩くくらいなら別に大丈夫だと思うから村長さんの所に行くだけなら平気だよ」

「そう?だったらいいけど…。シリクってよく暴走しがちだから、無理させないか心配だわ」

千歳はその言葉に笑っただけで何も言わなかった。

「じゃあ、シリクが呼びに来るまで少しお休みしましょう。今はまだゆっくりした方がいいと思うし、包帯とか替えないといけないからね」

「うん」

頷いた千歳は、シアに手伝って貰いながら寝室へと行き、そこで包帯を替えてもらってベッドに横になる。

起きてても大丈夫だったが、シアが強引に休むように言うので大人しくしたがって布団に入るしかなかった。

背中を怪我しているせいか横向きに寝ないと痛くて眠れないし、慣れない姿勢なのだが、こればかりはどうすることもできないので仕方がない。

と、そこでシアが何やら思い立ったように声を出した。

「あ、そういえば私ちょっと用事を思い出したわ。チトセ、ちょっと出て行くけどいいかしら?」

シアの言葉に、用事を邪魔したくはないと思ってこくりと頷いた。

「良かった。じゃあちょっと行ってくるわね。その間少しでも休んでてちょうだい」

シアはそう言って立ち上がり、扉を開けて部屋を出て行こうとする。

千歳はそこで、出て行こうとするシアに小さくお礼を口にした。

聞こえたのかどうかという小さい声だったが、シアはちゃんと聞こえたらしく振り返って千歳に微笑んだ。

「どういたしまして」

そう言い、扉を閉めていった。

千歳は暫らくその扉を見詰めていたが、シアの言う通り目を閉じて休むことにした。

どうやら思ったほど疲労が溜まっているらしい。目を閉じたら眠気が襲ってきて、少しずつ意識が薄れていく。

さっきまで不安や恐怖の感情があったのだが、今ではそれが無くて安心感が身体を満たしていた。

まだ日本に戻るということが出来るかどうかもわからない。それでも何とかなると信じながら、本格的に襲ってきた眠気に身を任せる。

そして完全に眠りに入る時、まどろみの中で少し痛んだ背中の傷に、何故かふと千歳は疑問を感じた。

(そういえば背中、結構深く切られたと思ったのに…)

そう疑問に思ったのも束の間、意識は完全に夢の中へと落ちて、千歳は眠りについた。


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