【声劇台本】焦がれ草臥れ待ち惚け
登場人物 男2:女2 上演時間 約25分
・老人 ♂
・少女♀ 女子高生
・誠司♂ 老人の若かりし頃
・千代♀
五月の夜の公園、少女がベンチに腰掛け誰かを待っている。
しかし待ち合わせ時間はとうに過ぎ…
少女「はぁ…遅い…」
少女「まだかな…」
老人「やぁ、こんばんは」
少女「えっ!?」
少女M(ここ、さっきまで私だけだったのに…いつの間に)
老人「あぁ、いきなり話しかけてしまってすまない。驚かせてしまったね」
少女「あ、いえ…」
老人「隣いいかな?」
少女「どうぞ」
老人「失礼。君は先ほどからずっとここに座っているね?
ボーイフレンドと待ち合わせかな?」
少女「(苦笑)…分かりますか?…でも全然来なくて…」
老人「…そうか、待ち惚けをくらってしまったわけか」
少女「…はい」
老人「…実はね、私もなんだ。私も、ガールフレンドを待っているんだよ」
少女「おじいさんも?」
老人「あぁ…どれくらい待ったかな?長過ぎて忘れてしまったよ、(苦笑)…」
少女「…」
老人「お嬢さん、その待ち人は君とって大切な人かな?」
少女「はい」
老人「大切な人を待つというのは、嬉しくもあり辛くもあるものだね」
少女「はい…。あの、おじいさんの待ち人は大切な人ですか?」
老人「ああ、とてもね…。お嬢さん…もし時間が許すなら
この老いぼれの話を少し聞いてはもらえないだろうか?」
少女「ええ、聞かせてください」
老人「そうか…ありがとう」
老人「私とその待ち人はね、初めてこの場所で出会ったんだよ」
少女「この公園の?」
老人「ああ、そうだ。…昭和10年、八十八夜も過ぎた頃…
彼女はこのベンチに座って本を読んでいたんだ
私も本を読むのが好きでね…
その時は偶然隣に座って本を読んでいたんだ、すると…」
間
千代「あの、何の本を読んでいるんですか?」
誠司「えっ!?あぁ、えっと梶井基次郎の『檸檬』です」
千代「あっ同じ本!私その本大好きで何度も読んでて!!
…って、あ、いきなり話しかけてしまってすみません
驚かせてしまいましたね…」
誠司「お気になさらず。丁度読み終わったところでしたので
貴女もこの本を読まれていたんですね」
千代「はい!!その中の『桜の樹の下には』とかとても好きで!
この方のねっとりした文章が不気味さを引き立てて引き込まれますよね!
あと別の作者なんですけど『夢十夜』という作品も大好きで
その中の第一夜がとても綺麗な話なんですよ!
他には『羅生門』という話も好きです!後は後はーー」
誠司「(微笑)」
千代「あれっ?もしかして私変なこと言いました?」
誠司「いえ、ただ本当に本がお好きなんだな、と」
千代「もう大好きです!!でも私の友達はあまり本を読まないので
語らうことが出来なくてムズムズしてて。
なので、本をあまりに熱心に読んでいる方を見掛けて
なんだか嬉しくなってしまって、つい声を掛けてしまいました」
誠司「そうでしたか」
誠司「…あの、もしよろしければ僕と本について話しませんか?」
千代「え?」
誠司「僕も本が好きで、語らいたくてムズムズしてるんです」
千代「はい!喜んで!!」
間
老人「何故私はあの時こう言ったのか、理由はあまり覚えていない
今思えばあれが一目惚れ、というやつだったのかもしない…
…仲良くなったのはそれからかな」
間
誠司「こんにちは」
千代「ふぇっ!?あっ!」
誠司「あ、いきなり話しかけてしまってごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
千代「いえそんな…ん?どこかで聞いた台詞ですね」
誠司「千代さんと初めて会った時に言っていたので真似てみました」
千代「え?!私そんなこと言いましたっけ?」
誠司「言ってましたよ。それより、はい、千代さんのご要望のものです」
千代「ああぁー!待ってました!これですこれこれ!
『漾虚集』!!ずっと読みたかったですよ」
誠司「喜んでもらえて何よりです」
千代「貸して頂いてありがとうございます!大切に読みます!」
誠司「今度感想聞かせてくださいね」
千代「ええ、もちろん」
千代「あの…誠司さん…!」
誠司「はい、どうしましたか?」
千代「あ、あの!こここ今度のお休み、一緒に、あ、あ、あのっ!」
誠司「千代さん落ち着いて、深呼吸!」
千代「(深呼吸)…一緒にあんみつ食べに行きませんか!!!!!!」
誠司「ええ、是非行きましょう!」
千代「はい!!!」
誠司「そんなに嬉しかったですか?」
千代「とても嬉s…え?…なんで分かったんですか…?」
誠司「ずっとにこにこしてますもの」
千代「(消え入りそうな声)恥ずかしい…」
間
老人「始めは読書仲間として本の貸し借りや
感想の語り合いで盛り上がったものだよ」
少女「素敵な出会いですね!あの!告白とかは?」
老人「ん?ぁあ、もちろんしたよ」
少女「是非聞かせてください!」
老人「ははは、なんだか恥ずかしいね…。夏祭りの夜にね、告白したんだ。
その頃には、私は彼女の仕草一つ一つからも目が離せなくなっていた…」
間
千代「誠司さん!早く!花火始まっちゃいますよ!」
誠司「待って下さいよ、はぁ、はぁ…そんなに急がなくても花火は逃げませんて」
千代「逃げちゃいます!もう、体力無さすぎです!」
誠司「そんなこと言ったって、千代さんが早すぎるんですよ」
千代「え!?私そんなに早足でしたか?」
誠司「はい、それはもう」
千代「だってせっかくの花火ですし、初めから見たいじゃないですか」
誠司「それはそうですね。…それにしても
お祭りはあれだけ人が賑わっていたのに、ここには誰もいませんね…」
千代「ここは私の秘密の場所なんです。小さい頃、お祭りの日に
友達とかくれんぼをしていた時に偶然見つけたんです
実は私、隠れるの上手いんですよ!」
誠司「意外でした。千代さんのことだから痺れを切らして見つかりに行くのかと」
千代「私は遊びにも全力なんです!そんな手を抜いたことできません!…でも」
誠司「でも?」
千代「初めのうちは…友達がいつ私を見つけてくれるか
ワクワクしながら待っていたんです
でも、どれだけ経っても見つけてもらえなくて
退屈になってしまい、ついウトウトして…」
誠司「寝てしまったと?」
千代「はい…お恥ずかしながら…」
誠司「可愛らしいですね。友達は起こしてくれましたか?」
千代「…いいえ。気がついた頃には、あたりはもう真っ暗でした
暗くて怖くて一人ぼっちで、泣きながら帰り道を探しました
その時です、急に空が明るくなったんです!
ドーン、ドーンって凄い音でした!その時見た光景が忘れられなくて…
それからは毎年ここで花火を一人占めするんですよ!」
誠司「そうだったんですか!…あの、その後ご家族は?」
千代「あはは…父にこっぴどく叱られました。
友達が家族に伝えてくれたようで、探しに来てくれてました」
誠司「そりゃ誰だって心配しますよ。でも、無事でよかったです」
千代「はい」
誠司「…あの、僕に教えて大丈夫だったんですか?」
千代「誠司さんになら…教えても良いかなって…」
誠司「え…?」
千代「…」
千代「でも他の方には内緒ですよ!!!」
誠司「…分かりました、絶対に内緒にします」
千代「はい!…あっ花火!」
誠司「あっ!」
千代「綺麗…」
誠司「…」
誠司「あ、あの!千代さん!大事なお話があります!」
千代「えっ!?は、はい、なんでしょう?」
誠司「…千代さん、あなたのことが好きです。僕とお付き合いしてください!」
千代「っ!」
誠司「大好きな本のことを話している時に見せる弾ける笑顔が好きです
物怖じせずたくさんのものに興味を持つところや
怒った時子供っぽく膨れるところも
少し悪戯っ子なところや、何気ない仕草も、全部、全部好きです!
もっとあなたのことを知りたい…もっとあなたと一緒にいたい…」
千代「…はい。私も誠司さんのことが、好きです!」
誠司「やったああ!!」
千代「もう、そんなに嬉しかったんですか?」
誠司「そりゃもう!これほど嬉しいことはないですよ!」
千代「ふふふ、そうですか……あれっ私、なんで涙なんか…」
誠司「千代さん?」
千代「違うんです!悲しいとかそういう気持ちは全くなくて…ただ嬉しくて」
誠司「…」
千代「不思議です。嬉しくても涙は出るんですね」
誠司「千代さんの側にいます。幸せにして見せます…」
千代「誠司さん…」
誠司「はい」
千代「…呼んでみただけですっ!」
誠司「なんですかそれ?」
千代・誠司:(吹き出す)
間
老人「夢中だった。彼女に会えると思うだけで胸が高鳴った
幸せだった。他愛の無い話ひとつで笑いあえる
この人とずっと一緒にいたいと思った」
少女「とても素敵です!!」
老人「(苦笑)…だが、楽しい時間はそう長くは続かなかった」
少女「え…それって…?」
老人「第二次世界大戦が始まったんだ…」
少女「…」
老人「お嬢さん、赤紙はご存知かな?」
少女「はい、テレビで見たことがあります。
その手紙が届いたら戦争に行かなければいけないという」
老人「そうだ。それが私の下にも届いてね。兵役に出なければならなくなった…」
誠司「千夜さん…お伝えしなければならないことがあります」
千代「誠司さん…?どうしたんですか?怖い顔して…」
誠司「…僕の下にも、赤紙が届きました」
千代「え…」
誠司「僕はお国のために命を捧げることになります!
もしかしたら生きて帰ってくることは叶わないかもしれません
…なのでお別れをーー」
千代「聞きたくありません!!…聞きたく…ありません…」
誠司「千夜さん…」
千代「私嫌です!!お別れなんて、誠司さんがいない世界なんて!
お国のためだとか、建前じゃなくて
今の誠司さんの本当の気持ちを教えてください!」
誠司「…」
千代「誠司さん!!」
誠司「…僕だって本当は行きたくないですよ…
千代さんとお別れしたくありません。
死にたくありません。情けない話戦地に行くのが怖いです
何度も逃げてしまおうと思いました」
千代「ならーー」
誠司「ですが、逃げてしまえば、召集を拒否してしまえば
収監され家族にも迷惑がかかります。
檻の中でグズグズと何もせずにいるくらいなら!
僕は、千代さんがいるこの国を守るため、戦地へ行きます!」
老人「軍に入ればそう簡単には帰れないだろうし
それに、戦地に赴けば生きて帰ってこられる保証はどこにも無い
入隊前夜、彼女に全てを話したんだ…
しばらく会えなくなる事、出来ることなら戦地に行きたくない事
もしかしたら、私は帰ってくることができないかもしれないという事
そして私は、この場所で彼女と約束を交わしたんだ。」
千代「そう…ですか…」
誠司「千代さん」
千代「はい」
誠司「あの…もし、もし僕が生きて帰ってきたら…僕と結婚してください!」
千代「っ!?…はい!!」
誠司「良かった…」
千代「…誠司さん、必ず、必ず生きて帰ってきてください!
帰って来なかったら絶対に許しませんからね!」
誠司「約束します」
千代「誠司さん…」
誠司「はい」
千代「貴方をお慕い申しております」
間
老人「私が戦地から生きて帰ってきたら、私と結婚してほしいと…
彼女は頷いてくれた。」
老人「…」
少女「おじいさん…?」
老人「いやすまない、昔のことを話していたら何だか急に涙腺が緩んでしまった
恥ずかしいところを見せてしまったね…
ははは、歳をとると涙脆くなっていかんな」
少女「愛していたんですね、その人のことを」
老人「ああ、愛しているとも」
間
老人「…戦争が終わり、戦地から戻ってきて真っ先にこの場所へ向かった…
だが、いつまでたっても彼女は現れなかった
呆れられてしまったのか、彼女は幸せにしているだろうか?
そんな考えがひしめく中、私は何度もこの場所に足を運んだ」
少女「…」
老人「…何となく分かってはいたんだ、彼女はもう来ないかもしれないと
でも、もしかしたらこのベンチに彼女が座って待っていて
私が遅れてきたのを、ふくれながら「遅い!」
と昔みたいに言ってくれるのではないか?
…そんな期待を抱いてしまうんだ」
少女「…」
老人「春、夏、秋、冬…長い歳月が過ぎた
そしてとうとう、彼女は私の前に姿を表すことはなかった…
後になって分かったんだが
私が戦地にいる間に、彼女は病にかかり他界していたそうだ」
少女「そんなのってないですよ…
それじゃあまりにもお爺さんやお爺さんの大切な人がーー」
老人「冗談ですよ」
少女「…は?」
老人「いやぁ、お嬢さんがあまりにも真剣に聞いてくださるから
つい冗談を言いたくなってしまった!」
少女「え?…ぇえ!?戦争は?病気は?」
老人「そんな話あるわけないじゃないですか。ただの、作り話ですよ」
少女「でもおじいさんも泣いてたじゃないですか!?」
老人「名演技だったでしょう?」
少女「ちょっと!私の涙返してくださいよ!!」
老人「(笑い声)申し訳ない。ん?おや?
お嬢さん、どうやら君の待ち人が来たようだね」
少女「あっ!」
老人「長話に付き合ってくれてありがとう!彼氏と仲良くするんだぞ?」
少女「はい、こちらこそありがとうございました
またお話聞かせてください!さようなら!」
老人「ああ、さようなら」
間
老人「作り話…か…。」
老人「一人になってしまったな…。
私の待ち人はいつになったら…
いや、待たせているのは私の方かもしれないな」
間
千代「…さん…誠司さん」
老人「ん?…っ⁉︎千代さん?」
千代「そうですよ誠司さん」
老人「本当に千代さんなのかい?!」
千代「本当に私ですよ!」
老人「…なんだか夢を見ているようだよ。
…全く、君って人は…支度が長すぎるよ…
おじいちゃんになっちゃったじゃないか…」
千代「違いますよ!待たせていたのは誠司さんです!」
老人「えっ!?」
千代「遅い!!ずっと待っててもちっとも来やしないんですもの!」
老人「そうか…そうだったな…。すまないね、随分と待たせてしまいましたね」
千代「ええ。だから迎えに来ちゃいました!一緒に行きましょ」
誠司「はい!今度は一緒に!」
千代「誠司さん」
誠司「ん?どうしましたか?」
千代「なんでもないです!ただ、呼びたくなりました」
誠司「もう、なんですかそれ?」
誠司・千代(吹き出す)
誠司「それじゃあ、行きましょうか」
END