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3:不慮の事故③

「気持ち悪い……」


 後部席の典子がそう呟いた。由美子は心配して振り返るのだが、武史が素知らぬ顔をしているのを見て苛立つ。


「ちょっと。彼女、気分が悪いみたいなんだけど心配じゃないの?」

「ああ、こいつ昔から乗り物弱いんす。気にしないでください」


 涼しい顔でそう言うと武史は煙草に火を点けた。タールの燃える臭いに刺激され典子は餌付きだすと、足元に黄色い液体を吐き出す。


「うわっ! 汚ねえっ! 典子っ、おまえ外で吐けよっ!」

「大変っ! 蒼太止めてっ!」


 車を止めると典子は外へと飛び出し、近くの廃ビルの壁の所でうずくまって吐き続けていた。後を追った由美子が背中を擦ってやっている。


「どうすんだよこれ。くっせえなぁ」


武史は鼻を摘まみながら「おえっ、おえっ」と貰いゲロしそうになっているのだが、それを見た蒼太は眉を顰めると不快な態度を示した。


「彼女はきみのガールフレンドだろう? 介抱してあげたらどうなんだ?」

「べつに俺の女じゃないっすよ。言ったでしょサークルの後輩だって」

「それでも数か月間、彼女と二人で生き延びてきたんじゃないのかい? 心配にはならないのかね?」


 蒼太は自分でも驚くくらいに珍しいことをしていると思った。自分が基本、他人に対してあまり干渉しないタイプであることは自覚していた。それは別に人間が嫌いと言うわけではなく、まるで関心がないと言うわけではなかった。多くはないがそれなりに仲の良い友人もいるし、女性への関心も人並みにはある。ただただ、他人に対してこんなに強く主張するということは滅多になかった。


 蒼太の言葉に武史は「ちっ」と舌打ちすると面倒くさそうに外へと出て行った。

 その間に蒼太は後部席の足元のシートを剥がすとそれを捨てる。少し座席などについた吐瀉物はティッシュで拭きとった。まあ臭いはしばらく換気していれば取れるだろうと思うのだが、街に降りてきてからはそこら中に腐臭が漂っているので大差はないか、とも思うのであった。


 車内の清掃も終わり15分ほどが経過した所で蒼太はソワソワしだした。周りをキョロキョロと見ながら、典子と由美子の方へ視線を送る。武史は少し離れた所で、両手を頭の後ろに回して立っていた。


「なにをやっているんだ。早くしろ」


 焦りながらも蒼太はその場を動くことはできない。なにかがあった時に直ぐに車を発進させることができるようにしなければならないからだ。そして、早く戻って来いと大声を出すわけにはいかない。どこに潜んでいるかもわからない“奴ら”に気付かれる可能性がある。

 それは由美子もわかっている筈だ。こんな所で立ち往生していて、もし奴らに囲まれでもしたら逃げ場がなくなってしまうと、ついつい苛立ってしまった。


 由美子は典子の背中を擦ってやり、手に持っていたペットボトルの水を手渡す。


「これでうがいをして、少しずつゆっくり飲んで」

「うえっ……はぁはぁ……ごめん……なさい」

「いいのよ。悪路だったし具合が悪くなって当然だわ、心配しなくていいから落ち着くまで私が傍にいるからね」


 そう言うと典子はこくりと頷き、深呼吸をした。

 その時、右手の方で「カタン」と何か物音が聞こえた。木製の棒のような物が倒れた時のような音、由美子がその方向を見ようした所で後方から声が響く。


「あ、あ……ああああっ! あいつらだっ! そこに居るぞっ! うわあああああっ!」


 大声を上げたのは武史であった。その声に由美子は振り返り武史の指差す方向を見る。


 年配の女性であった。目は窪み眼球は白く濁っていて何処を見ているのかわからない。衣服は纏っておらず全身の皮膚が赤黒く変色している。腐り落ちたのか、乳房は無くその部分から赤黒い液体が流れた痕が見えた。肺を喰われた痕跡はないのでウィルスを抑制することができず、生ける屍へと変わってしまったのであろう。


 裸足で歩き続けた為に剥がれ落ちた皮膚を引き摺りながらゆっくり、由美子と典子の方へと近づいてくる。


「潮田さん落ち着いて、あいつらは動きが遅いから。焦らずにそれでも急いで立ち上がって、振り向かずに車の所まで走って」


 しかし、典子は固まったまま動けない。気が付けばどこからともなく別の“奴ら”が現れ、囲まれてしまった。比較的最近“奴ら”の犠牲になったと思われる、まだ綺麗な屍は白い肋骨と赤い肉を剥き出しにしたまま、腐り始めている奴らよりも早い速度で迫ってきていた。


「お願いっ! 潮田さん立って! 典子っ! お願い早くっ!」


 典子は目を瞑り頭を抱えたままうずくまってしまう。由美子は必死で抱え上げようとするのだが無理。


「典子お願いっ! いやよっ! こんな所で奴らに喰われるのなんていやっ! 助けてっ!」


 恐怖で涙が溢れてくる。由美子は涙を拭いながら必死で叫んだ。



 ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!



 突如鳴り響くクラクション。その音に気を取られた“奴ら”は一斉に音の鳴る方を見る。


 突進してくる車に跳ね飛ばされる奴らがバタバタと倒れた。腐った身体の奴らは潰れた肉から腐った血を吹き出し、中にはバラバラになりもがき続けているやつもいる。


「由美子っ! 早く乗れっ!」


 窓から身を乗り出し叫ぶ蒼太、助手席には武史が既に乗り込んでいた。

 由美子が典子を後部座席に引き摺り上げると、後部ドアを開けたまま車は急発進するのであった。




 つづく。


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