アンアンコンビ
このさきは焼却炉。俺がゴミとして出された忌まわしき――まあいいか。
アンナは疲れたように黙ってついてくる。俺は――! 焼却炉の前に誰かいる! ストップストップぅ!
「いだっ!」
急に止まった俺の背中にぶつかって、アンナが悲鳴をあげる。突き飛ばされたような形で俺は、焼却炉の前でぼんやりとしていた辻谷の前に転がり出た。
おー、いってぇ……。
「つ、辻谷!」
「……? 五十嵐さん?」
可愛くせきをしながら――せきに可愛くとかないね、うん。けど辻谷さんがやったらそう見えるんだよ。
驚いたように俺と辻谷さんを交互に見るアンナ。――ああ、行って来い。お前の想いのたけをぶつけるんだ!
「――辻谷っ……!」
「え……!?」
おお、抱いた! てか急だな、辻谷さん目を白黒させて口を開けたり開いたり。あ、どっちも一緒か。それにしても絵になってるなあ、長身の美男子と可憐な女子かよ。っくく、ふたりとも女だけどね! 俺の性癖にはばっちしだ!
俺が見守る中、アンナは口を開いた。
「お、俺は辻谷のこと、好きだ! クラスメイトとか、友達とかじゃない、ひとりの人間として好きなんだ!」
「……? 私も、好きだよ?」
……!? 通じてねーッ! なにをいまさら? みたいな顔をするな辻谷ぃ! 固まってるから、アンナちゃん固まってるから、彼女けっこうウブなのぉぉぉっ!
アンナちゃんは萌ちゃんに惚れてるんだよ、ぞっこんなんだよ、マジラヴなんだよ、レズなんだよ、変態なんだよー!! いい加減に気がつけやボケえ!
「――つ、つ、辻谷ッ!」
「は、はいぃ!?」
がばっと肩をつかんで一定の距離を保ち、腰をかがめて正面から見据える。アンナはだらだらと汗をかきながら、ほとんど睨みつけに近い状態でこう言った。
「お、お、お、俺は、お、おま、お前と! ちゅ、ちゅう……チュウしたいぐらい好きなんだああああ!!」
――……い、言った。ついに言った、この上ない大声で! てか好きの度合いがチュウしたいぐらい!? ポォウ!
辻谷さんは混乱したようで、「え?」と言ったっきり黙ってしまった。焦点があってない。こ、これでは返事が――イイのか、ダメなのか?
「…………!」
アンナがこっちを振り向く。涙目で、「どうすりゃいいんだ!?」――って知るかボケェ! 俺も知らんわそんなシチュエーション! 俺は告白されたことなんて一回もねえんだぞー!
そろいもそろってボケどもが! もういいだろ、キスだ、キスかませ!
アイコンタクトで行け、行けっ、と念じると、アンナは急に目を泳がせ始めた。ものすごい速度だ。
……冷静になってみると、間抜けなかっこうだな。てかとっととブッチューてかませや、かーまーせーや〜っ! お前のルックスならいけるだろう! やれーッ!!
俺の念を感じたのか、まだ僅かにきょどきょどしつつ、「よし、やるぞ!」とばかりに首を辻谷さんへ戻す。
「つ、辻谷さん、俺、俺は……っ!
好きだぁぁぁ!」
俺がふたりの真横に移動すると、アンナ、目をつぶりながら喋ってる――こ、根性ナシぃ! しかし気合を入れるように叫ぶと、彼女を抱き寄せ、唇を寄せて――キt――!
「! いやあああっ!!」
バチコーン☆
スンゲー音、なに今の? 俺の拳でもよろけなかったアンナがよろけて地面に崩れ落ちる。う、うおお、血が出てるぅー! 辻谷さん、今グーで殴ったぞー!
え? え、え!? こ、これってまさか、ふ、ふられ――?
「五十嵐さん、わ、私……私っ……!」
「げふっ、辻――」
咳きこんだ! これはやべぇ! 口を押さえた手からたらたらと血を零して、辻谷さんを見上げるアンナ。辻谷さんは、瞳を潤ませて、胸元にアンナを殴った手を置いている。
……こ、この雰囲気、まだだ、まだ可能性がある!
「私、五十嵐さんのこと好きだったのに――大好きだったのに! ち、ち、ち、……ちゅう、とか……そんな風にしか、私を見てくれてなかったなんて――五十嵐さんの変態〜!」
おいっす終了! ありあとやしたーっ!!
思わずお疲れ様ぁ、とお辞儀した俺。――なにやってるんだ俺! 辻谷さんは零した涙を一生懸命に手で拭い、アンナはそれを見上げたまま、ショックのせいか動けない。
まだだ、まだっ――俺はアンナの親友だ、起死回生のチャンスを!
俺は辻谷さんの手を取った。待ってくれ、辻谷さん! 早まるなよ〜、お前の心を読むまで――って、ダメだ、乱れすぎてよくわかんねえ! ラジオの局番がザーの状態だ。わかりやすく言えばテレビの砂嵐。
くそう、ならば話術でカバーするまでだっ! 俺のことを怪訝そうに見ている辻谷さんの前に回りこむ。
「の、野崎さん? 離してっ」
黙って聞け!
俺の一喝に辻谷さんがびくりと震える。うわー、かーわーいーいー、お持ち帰りフルコースだぞ! て違う! 意味不明に上がるなテンション!
確かに君はアンナのこと、そういう風に見ていなかったかもしれない。けど、アンナは、彼女だってちゃんと考えたんだ、悩んだんだ。何度も何度もくじけそうになって、だけどやっと告白できたんだよ!
まあ、チュウしたいぐらいってのはさすがに――っぷぷ!
「お、おい!」
おっと、ゴメンよアンナ。とにかく! 女を好きになるアンナの気持ちは――
『女同士だなんて不潔だっ! 変態すぎるぜ!』
そうだ、変態だ、異常――じゃない! な、なんだ、誰だ!? 思わず辺りを見回すが、話しかけてきそうな存在はない。……あ、やべえ、アンナの目が点に――
俺は慌てて辻谷さんへ向き直った。
とにかく、それだけアンナはマジだったんだ。本当は彼女だって、君とゆっくりと話し合って――
『キモいを連呼してほしいんだな? キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい!』
ちげーよ、バカ! お前がキモいんだよ! ――だあああああッ! 違う違う、辻谷さんのことじゃなくてえ!!
だ、ダメだ集中できん! ここは路線変更だ、とりあえずこの場を流す!
辻谷さん、もうさっきまで言っていたことは全て忘れてくれ! さっきのチュウだの告白だの変態だのっていうのは全部嘘だ、でたらめだ! 君が今日、病院に入院するのが嫌で逃げ出したから、俺たち焦って混乱してて――
「……え? 入院って……私、入院しませんよ? それに逃げるって……保健室のゴミが溜まってたから、っここに運んだだけで……」
――はいぃ? もう一度おっしゃって、辻谷さん。
ちょ、ちょと待ておいっ。俺は入院するって、学校退学して遠いところへ行くって聞いたから、てっきり……慌てる俺を、辻谷さんは目をしばたかせて見つめてくる。――うっ、可愛い……。
「え、入院って言うか、病院には行きますけど、風邪のお薬をもらうだけで――それに従姉妹が働いている場所なんで、様子も見るから遠くの病院へ――って、なんで私が退学することになってるんですか!?」
ぇ、違うの? な、なんだよぉ、勘違いか……。
ふと、溜息をつくと同時に、辻谷さんの靴を見下ろす。
『――人間だからって見下してんじゃねえぞ? お? 勘違い野郎』
あら、萌ちゃんお上品な割りに小生意気に靴をお履きになってらっしゃるのね。
さっきからテメエかああああ! ぞおぅらああああッ!!
「ッ!! あああああっ!!」
俺が秘蔵の覇気脚を決めると、靴は黙りこくる。
ふっ、どんなもnごふふぇぇえッツ。
急に殴られた。あ、ちょ、ちょと待て、あ、アゴが外れ――
「辻谷になにしてんの? ん?」
慌てふためく俺を、アンナが見下ろしている。あ、アンナぁー! 復活してくれたんだね! なにって、別に俺はあいつの靴に説教、あ。
俺の視線のさきで、うずくまる辻谷。顔は青ざめ、呻きこそしないが足を押さえてぷるぷるしてる。萌ちゃんかわええのぅ。
――ん?
アンナが無言で俺の髪の毛を掴んだ。ゆっくりと持ち上げる。俺はもちろん痛いのはヤだから一緒に上がる。アンナは笑顔だ。俺も笑顔で応える。
……けどなにかなアンナさん? 君から流れ込んでくる心のイメージが「殺」だけなんだけど……それもその単語だけが数百単位で何回も何回も水道水のごとく。
――ちょ、ちょっと待ってくれ。お、お前、ふられただろ? ふられたじゃないか! もう萌ちゃ、ああ、いや、辻谷さんとは関係ないだろ! な、なんだよ! おい辻谷!こいつを止めろ! ――あ、ああ、ちょ、ちょっと待っ――だ、誰かぁああ! 誰か、誰か助けてー!!
う、うおぉおわぁああぁぁああああああ!!