親友
き、気まずい。
結局、アンナに助けられた俺は、アンナに言われるがまま、屋上へと連れて行かれた。アンナの追っかけをしている連中が多数押しかけたが、「今から大事な話するんだ」と、アンナの冷めた言葉と雰囲気に泣きながら撃退されていく。
わ、悪いがもっと粘ってくれない? お前らが根性ないせいで気まずいんですけどっ!
屋上に設置された金網。その向こう側を見ながら立つアンナ。そして、その三歩ほど後ろからそのお姿を見守る俺。なんていじらしい――じゃねえッ。
勇気だ、勇気を出せ俺、気まずくない、俺らはアンアンコンビ。全然こんな空気へっちゃらだぞー、ようし! 言いたいことあるなら言えってンだ! こんな気まずい沈黙しやがって、俺はお前とは違う! ビシっと言うぞ!
……あ、アン、アンナ?
言ってやった! どもったけど言ってやった! 名前だけだけど言ってやった!
俺が名前を呼ぶと、アンナは溜息をついて手を金網に乗せる。それから振り向いて、背中を預けた。ガシャ、という音に必要以上にびくつく俺。かっこ悪い言うな。今に始まったことじゃねえ。
――笑うなって言ってるだろう! 止めろ! 人の嫌がることするんじゃねえ! お前らアクマか!
……悪い、少し取り乱した。お前らだって、悪気はないよな? ちょっと俺のことみじめなヤツだって思って――悪気の塊じゃねえか!!
「――さっきは、悪かったな。情けないところ見せて」
は、はいぃ? あ、ごめん、ちょっと聞いてなかった。もう一回、――て言える雰囲気じゃねえな。とりあえず俺は首をほとんど横に近い斜めに振ってみた。
アンナは、「嘘つけ、俺、涙目だっただろう? かっちょ悪ぃ」と言ってうなだれた。う、うん? さっきのことか。どうやら、俺を悪く言っているわけじゃないようだ。ヨカタヨ〜!
そんな俺の心情を知らないアンナは、言葉を続ける。
「お、俺、俺さ、本気で辻谷のこと好きなんだ。あ、あいつよく保健室にいるだろ? 最初は同情っていうか、なんか、ヒマだろうなって思って行ってただけだったんだけど……その……」
アンナが、「ああ、もう!」と声をあげる。――あれ? こんな可愛いヤツだっけ。やばい、惚れそう。好きだって言って突っ込みたい! なんかよくわからんけど慰めたい、抱きしめたい、甘えたい!
なに? 後半ちょっと違う? ほっとけ、あいつのほうが背が高いから俺が甘えるんだよ。
そんなことを考えていると、アンナは深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けていた。顔が真っ赤だ。ほっペにチュウしてえ。
「と、とにかく、俺はあいつのことが好きだ! 本気なんだ! ……」
あんだけ気を落ち着けて言うのそれだけかよ! なんだよ、最後の俺のほうをちらっと見る仕草は! 俺の許可がほしいのか! 付き合うのに俺の許可がほしいなら許してやるよ! だけどお前も辻谷も俺と一緒に寝ろ!
思考が暴走していたが、俺の口からは、へ、へえ、とか、別にいいんじゃん? みたいな言葉しか出ない。アンナは驚いたようだった。
「――き、気持ち悪くないのかよ? 女と女だぜ?」
目をちらちらと見ながら、俺より背が高いのに上目遣い。今のお前が気持ち悪いわけない! 可愛いわ! チュウしたいわ! 抱かせろ! てかお前がキモかったら俺はなんなんだよ!?
アンナがぷっと吹き出した。あ、やべ、最後の口に出してた。アブネー。
「あー、なんか、そう言ってもらえると助かるなぁ。俺さ、こんな見た目だからさ、いつも女子とかに告白されてんだけどさ」
――いつもだと? 俺は生まれてこのかた、手紙どころか遊びにも誘われたりもしなかったり、ついていくことすら許されなかったのに! テメエって奴はぁ!
「そんなことばっかだからさ、全部断ってきたけど、そういう風に見られてるってのはわかってたんだ」
……いつものことなんだよな。っはは、ひがみパワー全開だよ俺。情けねえの。
「けどさ、今までずっと断ってたのに、女同士で……本気になるなんてさ」
アンナの言葉。いいじゃない、女同士で本気になったって。俺の言葉に、アンナは驚いたように顔を上げた。よく言うよね? 愛に壁はない、みたいな?
好きなら好き、愛してるなら愛してる、お互い思いあってるならそんだけ素晴らしい。それが――人ってもんだろ?
俺がふっ、と笑うと、「なにカッコつけてんだよ」と俺の頭をすぱんと叩いた。――もう、いつものアンナだ。なんか惜しいことしたな?
しかし、アンナがそんな悩みを――だが安心しろ、俺はお前の味方だ。お前の容姿なら辻谷さんみたいな可憐な乙女のひとりはふたり、簡単になびくだろう。そうして愛を深めてラブラブバカップルに変貌して、ガードを緩くするがいいさ!
そう、ガードが緩めばスキンシップもできる! お前らの痴態、たっぷりとこの俺が覗いてやるからな! アンナ、安心して辻谷へアタックしてくれ!
色々と溜めていた胸の内を俺に流し、すっきりしたのか、にやにや笑いの俺を「キモい!」と言ってぼこぼこにしやがった。
あ、あ、あいつぅ……今日のこと全部ネットに流してやるぅ!
――などと考えていたそのとき! ばたばたと屋上へ上がってきた女がひとり! ……ミャーコせんせぇ!?
「五十嵐さん! 辻谷さんを見なかった?」
「えっ……見てませんけど、なにかあったんですか?」
アンナの言葉に、ミャーコ先生は取り乱して「あの子がいないのっ、教室にも!」と言った。あの子? せんせの子供か? ――とか、ヘタなボケやってる場合じゃありませんよねえ、俺だってこの事態のヤバさがぐらい理解できてるさ!
「あ、じゃあ俺、探してきます!」
「待って五十嵐さん、私も行くわ!」
あぁん、待ってよみんな、置いてかないでくれ! 痛む体をひきずっていると、無情にも閉められる扉。
……ちくしょう。もう頭にきたぞ、なんだってんだ、俺ばっかり!
『……行かなくていいのかい?』
馴れ馴れしい声に顔を上げると、閉まりきった扉がすまし顔で俺のこと見下してやがった。なに見てんだ、ヲィ。
『一緒に探さなくていいのかい? その娘は、きみの親友の大切な人なんだろう?』
ああ、うるせーうるせー。知ったことか。というか、俺ひとり捜し手が増えたところで、なんも変わらんっちゅーに。
『本当にそうなのかな? 君には、力があるじゃないか』
…………!
『親友のためになること、君にはそれをやれるだけの力がある』
――そうだ。
俺は、なにをこんなところでいじけているんだ? 思い出せ、俺とアンナの思い出の数々を――俺はいつもアンナに小突かれていたわけじゃない、俺がいたずらするからだ。そして、俺はボケ役としてのポジションを甘んじて受け取っていたんだ。決して、あいつが悪いわけじゃない!
なにをひがんでいるんだ野崎 行伍! 俺の親友が、大事な奴が、いま必死になっているんだぞ、男として見捨てられるか!
『ンまあ、君ってその親友にボコられたんだけどねぇ。ぷっふーっ』
…………。
『…………』
…………。
数十秒後、俺は扉を蹴破って階段をそりゃもう、物凄い勢いで下った。




