教室はいつだって修羅場だよ
汗だく状態で教室に転がりこむと、そこにはクーラーの効いた部屋で、さも涼しそうにしているアンナがいた。
て、てめえ、アンナと行伍のアンアンコンビって呼ばれたぐらいなのに、そのままにしておくことはねえだろっ!
「いつ呼ばれたんだ、いつ!?」
思わず悲鳴をあげるアンナ。へっ、この俺を無視して変態扱いなんざ百年早いわ。お前は俺の親友だ! そして俺と同じく白い目で見られるがいいさ!
――言っててちょっと悲しいゾ!
「野崎くん、五十嵐さんにちょっかい出さないでよ!」
「五十嵐さんの視界に入らないで!」
「つか息吸うな! 死ねっ!!」
……え、なに君たち。俺だけっスか。アンナの味方かよ、親衛隊気取りかよ! てかなんだ無茶な用件ぬかす奴は!?
チクショウ! と視線をそらすと、床に落ちたチョークが目に留まった。
こいつだって……こいつだって、今は身が擦り減り、折れに砕けて床に転がっても見向きされなくなったが、それでも新米から玄人教師まで助け続けてきた過去があるだろう、俺は今でも思い出せる――色々と割愛するけどアンナとあんなにも仲良くすごした日々を!
『もう、エエんよ。人生、諦めが肝心なときもあるんじゃけえねぇ』
他のチョークの粉が混じって、すでに純白ではないこのチョークの欠片――俺は、彼の言葉に思わず泣いた。
うおおおっ! アンナが、アンナがなんて言おうとも、俺たちは結婚を誓い合うぐらいの仲だったんだあああ!
「ちょ、おまっ――幼稚園の話じゃねえかよっ!」
あり? 覚えてたの?
にやりと振り返る俺に、アンナはしまった、と顔を歪めた。だが遅い! 俺は小さなのならともかく、人間ほど複雑な思考をもつものだと触れなきゃ相手の思考は読めない! しかし、その場の雰囲気ぐらいは過敏に察知できる!
くっくっく、ほうら、見えてきた、見えてきたぞぉ、お前に対する失望感や絶望k――、あれ? 同情?
「五十嵐、お前ってそんな前からアイツにつきまとわれてるのな」
「心底同情だぜ」
「? お、おぅ」
むきゃああああああッ! 男子どもが、俺のアンナに触るなぁー! アンナは実はCカップで意外と大きい乳や尻を気にしているってことも知らないクセにぃー!
「死ねぇぇえ!!」
手加減ナシ、パワー全開で黄金の右足が俺の側頭部を打った。
な、なにをするんだアンナ、俺はただお前の弱点を教えてあげて、みんなにフォローしてもらおうと……。
バカみたいにだらだら鼻血を垂らす俺を、アンナさんはさらに罵倒しながら攻撃を続ける。お、おい、止めろ! それなら俺じゃなくてそこらにいる女子にしろ! 嬉々としてさっき俺が言ったことメモってるぞ! メールで送りまくってるぞ、ありゃ全送信だぞ、止めろってー!
「――はあ、はあっ……いい加減に現実に帰れよ、この妄想力少年が」
いい加減、ヘンな趣味に目覚めるぅと悶えたところでやっと攻撃の手を休めたアンナは、俺をすんごい冷たい目で見下ろしている。いやん、そんな、俺にしか聞こえないような小声でぇん。
や、やめてくれぇ、そんな目で俺を見ないでぇ! 興奮しちゃうのぉ!
顔を両手で隠してジタバタしていると、心底嫌そうな顔をして自分の席に戻っていった。なんか言ってくれ、こっちはスンゲー傷つくぞ。
しかたなく席に戻ると、気の弱いヨっちゃん(社会の教師)が「お、終わった? 終わったよね?」とアイコンタクトをしてくる。とりあえずソレは無視して、俺は腕を組んだ。
うぅむ、どうしよう。アンナは俺と違って女子だけでなく、その気さくな性格から男子にも異常な人気がある。まさに人気者。このままでは、俺の親友であるアンナがますます遠い存在に――
――うん、ごめん嘘。これ以上、あいつだけモテさせるのはガマンの限界ってやつだ。
まあ十分の一ぐらいの冗談はさておき、アンナと俺の間が冷め始めているのは確かだ。いつもはスキンシップで俺に様々な心情を打ち明けてくれたというのに、最近、実は俺って超能力少年なんだよねって告白して、アンナの下着を当てた瞬間から極度に俺に触られるのを嫌がってしまうようになったんだ。
――悪いか!? 男装の麗人でも女だろっ! 下着が気になって悪いかぁ! 漢の浪漫だろーがーっ!!
「うるっせええええええんだよ!! 行伍ぉお!!」
あれ、俺ってば声に出してた?
アンナの飛び蹴りが頭に炸裂ッ、効くぅ!?
椅子ごと横倒しになってじたばたしている俺を、怒りに身を任せて踏みにじるアンナ。や、やめてくれぇ、目覚める、目覚めちゃうぅ!?




