5.拠点生活1日目(上)
窓から差し込む柔らかな陽光に目が覚める。
簡素な木のベッドだと思っていたら、最高の寝心地だった。本当に見た目は、ただの木なんだけど。
ノブはもう部屋に居なかった。また歩き回っているのだろうか。
僕はお風呂に入りさっぱりとした後、部屋を出た。
部屋を出たはいいが、どこに行こうか迷っているとヨーコと出会った。綺麗な朱髪をポニーテイルにした美少女。なぜか嫌われてるみたいだ。そんな彼女に軽く会釈しながら挨拶をする。
「おはようございます、ヨーコさん」
「センか、おはよう」
右手を挙げて答えるヨーコ。
「丁度良い、今から適正をみるから全員庭に集めてくれ」
そう告げると、僕の返事も聞かず彼女は部屋に戻っていった。
ヨーコは、昨夜サトミと話した事を思い出していた。
サトミ曰く、「あの4人、まず間違いなく魔法の素質があり魔導師以上に成るわ」と最高評価を出していた。
魔法を使える人材は貴重で、魔導師は更に貴重だ。しかも、飴に代表されるこちらには無い知識と物資。
敵対など論外。こちらは売れるだけの恩を売って懐柔する。しかし、甘やかすわけでは無い。
今日は自分が力の差を見せつけ、彼等に上には上が居る事をちゃんと理解させる。恨みを買うようなしごきではなく、畏敬の念を抱かせる事が重要。テスト後に、可能なら農園予定地の害虫退治に同行させればいいだろう。
「サトミ様の力になる事が私の使命」とつぶやき、三ツ星と共に窓から飛び降りた。
庭といっても何も無い。草が刈られているだけのだだっ広く殺風景な場所。ただ、人が沢山通るためか、踏みしめられ道になっている場所がある。
そこに若者4人が集まっていた。
セン・ノブ・麗美・美月の異世界人4人だ。其処彼処から建設作業の喧騒が聞こえてくる。
「またせたな」と、上空から声がして4人が見上げると、騎獣の三ツ星に乗ったヨーコがいた。
三ツ星が4人の目の前にふわりとそよ風をともない着地する。
三ツ星から降りたヨーコが「悪いがお前達に無駄に食わせる余裕は無い。そこで働いて貰う事になるのだが、力量がわからない。なので今から簡単に力を見る。まずは、ここからあの柵まで走っていって戻ってこい。それが済んだら、あそこにある木材をここまで運んでくるんだ。全力でやれ、それでは始め」パンッと手を打ち合わせて合図をする。
美月が猛然とダッシュする。次いでノブが、やや遅れて麗美、最後にセン。柵まで距離にして300メートル程である。美月の早さが突出していた。他は大差ない。
「出来るとは思っていたが速いな」美月をみて、微かに笑みを浮かべたヨーコが呟く。
美月は戻ってくるなり、そのまま木材の置いてある場所まで駆けていく。大分遅れてノブ達が連なって走り去っていく。少しして、美月が木材を肩に担いで戻ってきた。
長さ3メートル・幅30センチ・厚さ4センチのボード状の木材5枚を、ヨーコの目の前に下ろした美月が「次は」と短く問う。息が乱れていたのは少しの間だけで、今の美月はもう呼吸を整え終わっていた。
現在も木材を運んでいる3人を見たまま「そのまま待機だ」とヨーコは答えた。
程なくして、ゼヒィ~ハヒィ~と息を乱したノブが戻る。ノブは木材を下ろすと、その場でへたり込む。
それから、やや遅れて麗美が戻ってきた。担いだ木材を下ろした麗美も力尽きたのか座り込む。
最後にほとんどフラフラと頼りない足取りで、センが「終わりました」と木材を下ろす。セン以外は呼吸のリズムが戻っていた。麗美が「だいじょうぶ」と、センの汗を拭ってやっていた。
2分ほど待って、ようやく全員の息が整った事を確認したヨーコは、通常作業は問題ないと判断した。この場合の通常作業とは、建築作業における物資の運搬である。
「よし、これを渡すから持ったら全員私の真似をしろ」
そういって、リレーで使用するバトンの様な物を差し出す。4人は素直に差し出しされた物を受け取る。穴の無い円柱状の物体は、金属の様に冷たく硬くそれでいて物凄く軽くて握りやすい。ヨーコが、バトン様な物の上面と下面をトントントンと2x3合計6回叩く。するとそれは長くなった。今度は地面に3回リズムよく下面をトントントンと打ち付けると元に戻った。そして視線で4人に真似る様に促してきた。
早速真似てみる。先細りするでも無く継ぎ目があるわけでも無い。バトン形態から2メートル程の棒に変化させ、またバトン形態に戻す。
「おっもしれーな、これ。めちゃハイテク、ってかオバテクじゃん」
「うん。たぶんこれが、魔法具って物なんじゃないのかな」
ノブに相づちを打ちつつ、魔法具なのではと推察するセン。
すると、ヨーコが「そうだ、それはお前達が身を守るための魔法具だ」と肯定しつつ、物騒な事をいった。
「ここは未だ開拓地となる最前線の拠点を構築中なのだ。害獣や害虫はかなり排除したが、安全な訳では無い。屋外作業時は自分達の身は自分達で守ってもらう。そのための稽古を今から行う。と、その前にこれを身に着けろ」
そういって彼女はベルトの着いたホルスターと銀色の光沢のあるシャツを4人に渡す。
「いいか、屋外作業時はこの服を必ず着込むんだ。そして魔法具もこの様に常に携帯しておけ」
4人が準備を整えると、「全員でかかって来い。私に一撃でも入れられたなら、働く事を免除してやる」と上からの物言いに美月が「井の中の蛙、絶対躾ける」とか細い声で呟いた。
「早くかかってこい。それとも臆したか」安い挑発をしてくるヨーコ。
「えっと、ヨーコさん武器は」
「必要ない。さっさと来い」
「俺は断然、変身がみたい。ってことで美月がんばるぞ」
ノブはテンションが上がっていた。あー、そういえば本気になると変身するとか王女が言ってたっけ?と思い返していたら美月が突きを、ノブが上段から殴りかかっていた。
しかし、最小限の動作でヨーコは躱す。ノブが「このっ、避けるな。セーン、麗美ー、ぼーとするな。お前等も手伝え」と言いながら容赦なく美月と2人でヨーコを攻めている。
僕は麗美と視線と交わし、ヨーコを4人で囲んで攻める。
最初は、もし当てて怪我とかさせちゃったりしないかと思っていたのに、いつの間にか全力で棒を振り回していた。横薙ぎ・突き・振り下ろし・切り上げ、どれもこれも全て当たらない。
余裕の笑みを浮かべてヨーコが舞っていた。まるで僕たちは彼女の舞を引き立てる操り人形の如く。
時折、僕たちを盾にしながら、踏み込みや姿勢の悪さを指摘してくる。
「しっかり見て手を出せ。美月はこちらの動きに合わせて軌道も変えているぞ。1手で終わるな、次の攻撃に移りやすい様に考えて動け」---盾だけでなく抱きつかれていた様に感じたのは、たぶん気のせいだろう。 当たりそうで当たらない、もはや異次元の回避力に尊敬さえしてしまう。
どれくらい経ったのか、僕とノブと麗美は動けなくなっていた。
でも、美月だけが攻撃し続けていた。息を荒げ汗を振りまきながら、それでも必死に手を出している。
「へっ、美月の奴があんなに楽しそうにしてるの、セン以外で初めて見たな。正直いって、美月に勝てる奴なんていないって思ってたんだが。ビッグマウスじゃなく、ホントここまで実力差があるなんて、どんだけハイスペックなんだ、変身してないよな。姫さんが、見れば分かるって言ってたんだから」
ノブの言葉に頷く僕と麗美。
「勝つ事は無理でも、美月なら当てられるかもって思ったんだけど。でもさ、本当に楽しそうだ、2人とも」
「セーンー、2人に見惚れたらダメだよ」と麗美に袖を引かれ注意される。
「ノブ、もう一頑張りすれば、ヨーコさん変身しちゃったりして」
「いや無理だろ、つか鬼だなセン。もうこれ以上はホント無理だから」
僕たち見学者、もとい脱落者3人は、膝が笑っているんだ。貧乏揺すりも顔負けの、ぷるぷるかくかく状態だ。呼吸は整っても流石に酷使した体は正直だ。腕を上げるのもきつく、握力さえほとんど残っていない。
「たしかに、ヨーコさんにうまく誘導された感じで、力を出し切った感が半端ないね」
ノブと麗美が同意の言葉と頷きを返した。
突然、三ツ星が一声鳴いた。よく響く声だ。耳では鳴く頭に。三ツ星は上空を見つめている。
攻撃を止めない美月を片手で制して――――「全員伏せていろ」とヨーコが叫んだ。
大きな暗がりが出来る。影の正体を見ようと、空を見上げると――――人くらいの鳥の大群が、ではなく翼を有する人型の群れが空を覆わんばかりに浮かんでいた。
ヨーコが舌打ちして美月をこちらへ放り投げる。慌てている僕たちの前に器用に着地した美月が、抗議の声を上げる暇も無く、瞬時に移動してきたヨーコによって地面に押さえ込まれていた。
苦鳴を漏らす美月を押さえ込んだまま、「動くな美月。大人しくしていろ。三ツ星、守りの結界を」と、ヨーコが叫ぶと三ツ星が微かに光を帯びたような。その光が僕たちを包んだような気がした。
「いいか、命が惜しければ、何があっても、ここから絶対動かずに伏せていろ」
そう言い残して、彼女と1匹は瞬く間に上空の群れを目指し飛び去っていった。
先程まで聞こえていた建設作業の喧騒が、今は悲鳴と怒号と金属が打ち合わされる音へと変わっていた。どうやらやられているだけではなくて、果敢にも襲撃者に対して応戦しているようだ。
僕たち4人は、顔を付き合わせる感じで腹這いになっている。全員疲労している上に、突然の襲撃に困惑していた。先程の、彼女の言葉を素直に受け取るならば、僕たちはこのままの状態でいるのが、ベストなのだろう。
敵の数は圧倒的だ。では実力はどうなのか。はっきり言って未知数。いや、彼女の対処を考えれば、僕たちは足手まといにしかならないって事だろう。一人で考えても良いアイデアは浮かばない。
「どうしよう、このまま此処で大人しくしてた方がいいのかな」
「ここは、恩を返す絶好の機会じゃないか。武器も防具もあるしよ」
「敵の実力も能力も不明。ヨーコに触る事も出来ない僕等じゃ足手まとい」
「私も疲れて動けない」
あれ、美月が『ヨーコ』って名前で呼んだ。どうやら心境の変化あったみたいだ。良い方向に。
さて、3対1で現状維持に決定。ノブの言う通り、恩返しは大事だけど、今はミイラ取りがミイラになりかねない。そこで襲撃者を観察する事にした。
「あいつら、鳥人間なのか?頭がよく見えねー。天使だったりしてな」
ノブの言う通り、翼が有り飛んでいるのは分かる。ただ、頭というか顔がよく分からない。
作業現場、現在は戦場へとかわっている場所からは、煙が上がり爆音も雷鳴も聞こえる。どちらか、あるいは両方が魔法を使っているのだろう。空には赤や金や白の閃光が奔っている。まるで映画でも見ている感覚でいる自分に変な感じがした。
すると、近くにドチャッと重い何かが、地面にぶつかり潰れる音がした。すぐに同じ音が続く。ドチャッ。ベチャッ。グチャッ。ビシャッ。辺りが、嫌な音で埋め尽くされていく。
「ヒャッ」と麗美が声を上げ、僕の袖を握っている手が震えている。
ブルッと身体が無意識に震えた。目の前の光景に。掌には汗が。背中にも冷たいものが。気持ち悪い。目で認識した瞬間、コマ送りのように流れる時間。空から降ってきた黒いモノが、地面と交わり砕け潰れ飛び散る。
落ち着け落ち着け、パニクるなよ僕。こんなのゲームやドラマや映画のスプラッタで見慣れてるじゃないか。無理矢理こじつけて意識を沈静化する。為せば成る。気持ちって大事だ。以外と何とかなっちゃったよ。
それは、黒と白と青の物体だった。頭から足先まで黒光りする肌、肩口から肋付近から白い羽が生えていた。青緑色っぽいのは、たぶん血液なのだろう。飛び出している脳も内臓も黒色。微かに腐敗臭が漂ってくる。
口元を手で押さえ、顔を顰める。画面から臭いは出ないからね。
麗美は血の気の引いた顔をして小刻みに震えで泣いていた。
ノブは「うえ、グロッ。てかクッサ」と特にショックも見せず平常運転だ。うん、頼もしい。
美月は目を大きく見開いて観察していた。魔法具シャツで鼻まで覆っている。
美月と目が合うと「これ、臭くないよ」と魔法具シャツの性能を教えてくれた。
ちょっと舌足らずだけど、意味は分かるのでみんなで真似をする。凄いなこのシャツ。
王女とヨーコに感謝しつつ、僕も改めてよく観察することにした。
体長は3メートルくらいだろうか、顔は猿っぽい。翼のある巨人。大きな紫水晶みたいな目が1つ。鼻と耳は分からない。無いのかも。尻尾も見当たらない。上半身に左右一対の腕、下半身に左右一対の足、腕と足は関節が3つある様だ。手は指が4本。見た感じ人間と変わらない気がする。足は鳥みたいに前3本、後ろ1本計4本の鉤爪。こんなのに襲われたらと思うと、それはもう恐ろしく怖い。だって鉤爪1本が500mlペットボトル大の大きさがあるんだから。
3人で美月を宥めて落ち着かせていると、僕の前方20メートル程の近距離に、負傷しているが両足で着地したモノが。左腕と翼を1つ失っているが、動ける様だ。青い液体の流出は止まっている様だ。
しかし、注目すべきは頭の上。緑色と半透明の明滅を繰り返す天使の環。あれ?でも絵に描かれていたのは金色じゃなかったかな?と思っていると---近くの死体から左腕をもいで自身の左腕があった箇所にくっつける。すると、一瞬溶けたあと傷跡の無い左腕が蘇っていた。溶けたものは、地面に青緑の水溜まりを作っていた。翼も同様にくっついた。
ノブが小声で「あの回復力はチート過ぎるだろ。天使モドキめ」と呟く。全く同感。天使モドキに決定。
「リングが」と、今度は美月がぽつりと漏らす。天使の環を見ると黄色になって発光していた。どうやら死ぬと消える。体調で色が変化するのかな。
復調した天使モドキが、更に死体を漁っている。すると、5体目にして単3乾電池によく似た形状の青銀色に輝くモノを取り出し、何の躊躇いもなく食べた。
ビクンっと一瞬身体が痙攣したあと、また死体を漁り始めた。天使の環が赤色で固定されている。
少し大きくなった、と美月が指摘する。天使の環の色以外、僕には違いが全く分からない。天使モドキは尚も死体漁りを続行中。5・6体に1個、青銀色の物体を見つけては食べるを繰り返している。
朝食食べてなくてよかった、と場違いな事を漏らすと、みんなが頷き返した。
もう麗美は恐怖になれた様だ。順応ってすばらしい。心が壊れたら大変だもん。
「結構気付かれないもんだね」
「俺らは眼中にねえんだろ。ありゃ、たぶん異端児だな」
「ヨーコさんが張ってくれた結界のおかげだよ」
「三ツ星だね」
「むー、センの意地悪」
「翼が増えて角も生えた」
「「「!」」」
仲間の死体を漁る天使モドキは、5メートル程の大巨人になり両足に翼が、両肩に角が生えていた。厚い胸板には青銀色に輝く六芒星が浮かび上がっていた。
天使モドキは、未だに仲間の死体を漁り続けている。
その様子を眺めていると、突然新たな恐怖が心を覆う。
かなりマズイ。アレを放置していちゃイケナイ、と心が警鐘を鳴らしている。
まだ象やライオンなんかに立ち向かった方が生き残れる気がする。
ふと、なんで僕は逃げるんじゃなく、アレと戦おうと思っているんだろう、と違和感を覚える。ん?何でだろう。僕は八島千だ。うん、間違いない。僕がどう頑張ってもアレには勝てない。100%殺される未来しか想像出来ない。うん、やっぱり逃げるべきだ。間違ってない。
しかし、アレを放置したらいけない。アレは倒さなければならない。早くアレを倒せ。倒せ。倒せ。早くしろ。倒せ。倒せ。と別の心が叫んでいる。
「セン、しっかりしろ」
「センセンセン」
「センチーかむばーっく」
みんなから揺さぶられ声を掛けられて、現実へ戻る。どうやら僕は、気を失っていたみたいだ。ちょっと疲れたみたいと軽く戯けてみせると---ホッと安堵の溜息が3つ。それでもまだ、みんなが心配そうに見つめてくる。
「セン、顔が青い。こんな時に誤魔化すな」ノブが真顔で怒られた。
あー、逆効果だったみたいだ。昨日の今日だしね。反省。
上手く説明できないけど、あの天使モドキに危機感を覚えている事をみんなに伝えた。
現状を確認するため、どれくらい気を失っていたのかを尋ねると、美月が2分だと教えてくれた。
その間に、天使モドキは動かなくなっていた。辺りは、今も死体が降り続けていた。
逃げるなら今がチャンス、と思った矢先。
頭に直接声が響いてきた。
「恐れよ、我を畏れよ。矮小な存在よ。望む姿で楽園(死)へ導いてやろう」
僕だけじゃなく、みんなに聞こえているようだ。天使モドキが語り掛けてきた。直感だけど。
望む姿って何。これ以上凶悪になりますってことですね。というか、ノブ。この天使モドキは、僕たちを見逃す気はなさそうだ。
ぐ~~~~~~、お腹が鳴った。空気読めないお腹でごめんなさい。
「ごめん、なんか急にカレーパン食べたくなっちゃった」
「緊張感ねえな、おい。全く、センらしいけどな。俺まで食いたくなっちまったじゃねえか、カレーパン」
「しょ、しょうがないよっ。朝食摂ってないんだもん。私は焼きカレーパンがいいな」
「僕はセンチーと半分個で良いよ」
「ずるい美月。私も入れて3等分じゃないと絶対だめー」
「まて麗美。そこは当然4等分だろう。勝手に俺を外すんじゃねー」
誤魔化し笑いをする僕に、みんなが合わせてくれる。緊張感が足りなくてごめんなさい。みんな大好きだ。
「下等共が何を、はや・くっ・・・」
動きを止めていた天使モドキの体表面に亀裂が走り、眩い光が溢れ――――五色に輝く天使の環の中央に、カレーパンがフワフワ浮いていた。動かない。語り掛けても来ない。
みんなに動かないよう言い残して、全力で走り寄り、僕は浮かんでいるカレーパンを掴む。
天使の環がある以外は、カレーパンだ。暖かく良い香りがしていた。動かない。
口の中に唾が溢れてきた。堪らず一口囓ってみた。
「美味い」
鼻腔に、口の中に、豊かなスパイスの香りと旨味が広がる。疲れた体に、力が漲ってくる。
ハッと気付く。何で天使モドキを、躊躇いもなく口にしちゃったんだろう。うーん、僕って此処まで衝動的な行動する質だったっけ、と疑問に思う。そして新たな発見。カレーパンの周りにあった天使の環が消えていた。
今も辺りは、死体が降り注いでいる。空には赤や金や白の閃光が奔っている。小声でみんなが僕を呼んでいる。全速力でみんなの元へと、駆け戻る。幸い、死体にぶつかる事なく、無事に辿り着けた。沢山踏んだけど。
「セン、よくそんな元気残ってたな。まあ、それより。天使モドキを食べるとか勇者だな、おい。お前って、そこまで食いしん坊だったけ」
ノブの指摘に反論できない。自分でも不思議なんだ。思わず食べていたとしか言えない。
みんなに謝り、自然と齧り付いていた事、このカレーパンがとっても美味しい事、食べると力が漲る事を話した。
「センチー貸して。カレーパンだね。揚げた部分と焼いた部分がある。香りも文句なし。どれ」
カレーパンを鑑定しながら、僕の囓った後を囓ろうとした美月を、麗美が止めた。麗美ってこんなに素早く動けたのか。
ずるい、ずるくないを言い合う二人を差し置き、ノブが齧り付く。
「お。マジうめー。お・お・おー、漲ってきたー。ここが臭くなけりゃ最高なのに」
うん、そうだね。でもね、ノブ。守ってあげられなくてごめんよ。
獲物を横から掻っ攫われた美月と麗美が、ノブに容赦ない鉄拳制裁を行った。麗美が手を出すなんて。
何気にノブのスタミナが上がってるのか、はたまた防御が上手くなってるのか、結構無事だった。
その後、みんなで仲良く4等分されたカレーパンを食べた。
ええ、元は天使モドキですよ。でもね、とっても美味しかったです。
いつの間にか、空を覆っていた天使モドキはいなくなっていた。
辺りは、天使モドキの骸だらけ。
「生きてたな。無事で何より。それにしても、お前達ずいぶんと元気そうだな」
「「「「だれ??」」」」
僕たちの頭上には、純白のライオンに似た生き物に跨がった、金色の美女がいた。真っ赤な衣装に身を包みピンクの肌と瞳、紅色の髪が天を衝くように波打つ。両手足に海の様に綺麗な青海色の巨大なハンマーをグローブにしたような物を嵌めている。金色のオーラが彼女を包んでいた。
「な、私だ私、ヨーコだ」
「「「「えーー-!」」」」
僕たちは驚く事しか出来なかった。だってさ、彼女の胸がさ。そう、胸が。巨乳になってました。すみません、体つきが大人になってたんです。胸だけじゃ有りません。でも胸がね。ん?彼女は何歳なんだ?
で、三ツ星も普段とは異なる形態になれるみたいで。全く別種でしたよ。
美月に名前を呼ばれた僕が振り返ると、麗美に目隠しされた。遅れてノブが絶叫してのたうちまわる音も。