3.みんなでお食事
ここは、拠点内の食堂。ではなく、貴賓食堂。使用者は王女とヨーコの2名だけだ。昨日までは。
この場には、アヴァール王国第4王女のサトミとその従者ヨーコ、僕とノブと麗美と美月の6名が食卓に着いている。
10分前
センの腹の虫が鳴った時、ヨーコのお腹も鳴っていた。
全員朝食がまだだった事もあり、一緒に朝食を摂りながら情報交換等をしようという事になった。
僕は王女とヨーコに付き従って食堂へ入った。
そこにはノブ・麗美・美月がいた。
「「セン」」「センチー」
3人に名前を呼ばれた僕は、喜びと安心感で力が抜けその場でへたり込み泣いてしまった。
「よがった。びんなぶじでっ・グスッ・ほんどにぃ・よか・・だよぉ・・グシュ」
「馬ー鹿、泣くなよセン。っとに。ありがとな」
ノブが僕の肩を叩いて笑いかける。
「センセンセン。セーーン」
うるうるとした目で麗美は、僕の両手を握り締め名前を連呼し続ける。
「1人でテラ頑張ったね。今度は僕等も背負うから、センチーは楽しないとね」
美月が僕にでこチューをして頭を撫でてくる。
珍客達は互いの無事を確かめ喜び合っている。
そんな中、美月は黒ずくめの少女と朱髪ポニテにお辞儀した。
黒ずくめの少女は微笑し、朱髪ポニテは数回瞬きした。
最後にノブがティッシュをとりだし、僕は鼻をかんだ。
現在
僕たちは縦長の食卓を2:4と分かれて座っている。扉近くが王女とヨーコ。窓際が僕たち4人。
「皆落ち着いたー。それでは、改めて自己紹介しましょうか。私はアヴァール王国第4王女、サトミ=トゥル=イスクル。サトミと呼んで良いわよ」
「私は、サトミ様の従者のヨーコ・ボルハだ」
「僕は八島 千です。センで構いません」
「わた私は水無瀬 麗美です。あ・ありがとうございます」
「俺は佐藤 信長、ノブだ。助けてくれてありがと。お姫様と知り合いになれるとか超ラッキー」
「僕は島津 美月だよ。あんたらは命の恩人だから、心から感謝してる。ありがとう」
立ち上がり一人お辞儀をする美月。
時計回りに簡単に挨拶し終えると、王女がベルを鳴らした。
入ってきた扉が開き、数名の女性がスープの注がれた皿と飲み物の入ったグラスを洗練された動きで手早く並べる。目の前には、暖かそうな湯気が立ち昇るスープが1皿。植物がデザインされた綺麗で透明なグラスに注がれたさわやかな香りの飲み物。
王女は各自に行き渡ったのを確認しグラスを掲げ告げた。
「まずは皆で食事を摂りましょう」
最初に柑橘系のさわやかな香りの飲み物で喉を潤す。一口で飲む気が失せた。まだ水の方が美味しいのではと思うくらい不味い。味覚の違いかも知れないけど。
気を取り直し僕は胸の前で両手を合わせ「いただきます」と発しスープを一掬いし口へと運ぶ。肉の脂とほんのり塩味と甘味を感じる簡素なスープ。具は、肉とジャガイモとサツマイモの角切り。シンプルだけど空腹にはご馳走だ。空腹じゃなければ、遠慮したい味付けだった。
麗美も僕と同様に「いただきます」をして食事を始めた。
ノブは皿を口元まで運びスープを一息に飲み干す。早速おかわりを要求していた。
美月は無言でスープを啜っている。
王女とヨーコはこちらを見たまま動かない。
「あれ、食べないんですか」
「貴様等は疑うって事を知らないのか。毒でも入っていたらどうする」
ヨーコが呆れ顔で答える。
ヨーコの言葉に目を丸くした僕は笑顔で答えた。
「命の恩人を疑っても仕方ないでしょ」
「だねー、信じる人は救われる」すかさず麗美が相槌を打つ。
「存外馬鹿なのかもな。あっ、失礼。おかわり下さい」自身の無礼をさらっと流すノブ。
「もしそうなった時は・・・ノブの眼が節穴だっただけ」分かち合いの精神は何処へやら。ノブに責任を負わせようとする美月。
「え?何で俺なんだよ。そこは連帯責任だろ」
「だってノブが沢山食べてるから」
「何、食べた量が問題なのか?だったら美月の分も俺が食ってやる」
「シッ」美月の拳が、ノブの顎先を一瞬掠めノブを黙らせる。
ヨーコが美月の技量に感心と警戒を1段階引き上げていると、隣でクスッと笑い声。
「ふふっ、はははははっ。肝が据わってるというか面白いわね」王女が大笑いしていた。
食事が終わり、情報交換を始めた。
聞きたい事は沢山あるけど、まずは恩人である彼女らの要請に僕たちは応えた。
今から5日前、僕たちは夏休みに○○諸島サバイバルキャンプツアーに参加した。3泊4日の行程で無人島から脱出するってイベント。島なのに密林から氷河まである大きな島。諸島自体が個人所有でどんな国家も手出しできない大企業。そんな富豪の道楽イベントに参加できたのは、その関係者の娘が僕たちの仲間だから。 初日は島の植生や概略図を作ってキャンプした。
翌朝目覚めると、マガラニカ大森林に居たってわけ。携帯のGPSだけじゃなくアナログコンパスまで使い物にならないのは、かなりショックだった。周りは薄暗くて尋常じゃない幹周りと高さに加え超硬くてのぼる事もかなわない巨木郡。降り積もった落ち葉が青白い光の粒子になって消える美しさに最初は感動してた。幸いバックパックには飲食物はあったから森から脱出することにして歩きに歩いた。生き物の気配が全く無い事に気付き、出来るだけ早く森を抜けることに決めた。
マガラニカ1回目のキャンプ、体調に異常なし。目覚めてなぜか僕以外のメンバーが気怠さを示したけど、みんな深刻に考えなかった。4人の中じゃ、僕が1番体力がないのに。常時薄暗いからその所為かもって。
その日も歩き倒して出口は見つからず2回目のキャンプをした。歩き疲れた事もあって食事も会話もそこそこに就寝した。
次に目覚めると、誰も起きてこない。3人とも顔色が悪く意識が朦朧として返事もあやふやだった。流石に4人分の荷物は運べないから、自分の荷物と寝袋に入ったままの3人を引きずって必死に歩いた。斜面を滑走して、止まれなかった僕は崖からダイブしちゃって落下中を助けて貰ったわけ。大雑把に端折ってこんな感じに説明した。
王女とヨーコは表情には出さなかったが、その内容に衝撃を受けていた。
マガラニカ大森林で2日以上も過ごして命があるなど聞いた事も無い。実際森の入り口でさえ魔素の濃度は相当な物だった。それを目の前の4人は。彼等が魔法を使えるならば強大な戦力となる。
否、センという若者は明らかに他の3人以上になるだろう。素質があれば。
「ねえセン。あなた達は魔法が使えるの?」それまで黙って話を聞いていた王女が、真顔で唐突に『魔法』という言葉を発してきた。
「使えません」
「む、無理です」
「使えたら苦労してねぇ」
「ノブが正論を!僕も使えないよ」
「逆に教えて欲しいです、どうやって空を飛んでいたのか。なぜ僕が空中に留まれたのかとか」
王女はテーブルの上で組んだ手を見ていたが、ニヤッとしたかと思うと「コレの事かなー?」と言うや否や
僕の体が重さを無くした様にフワフワと上昇し王女の前に移動し止まった。
「え?わわっ。浮いてる」我ながらうわずった声を上げ、恥ずかしくて赤面してしまった。
「これが、本物の魔法」大きく目を見開き麗美が感嘆の声を漏らす。
「うぉー、すっげー。姫さん、俺にもかけてくれ。頼むー」ノブが全力でアピールしている。
美月も驚きの表情を隠せていない。
「今センに掛けているのは浮遊の魔法。空を飛んでいたのは騎獣の能力よ」王女が話している間に僕は元の席まで戻っていた。
「むー魔法が実在する世界。異世界率激高」美月が呟く。
「うん、あの森の異常さと魔法の実在。異世界って感じだね。言葉通じてるけど」
「「「!!!」」」
「俺達言葉の壁を突破してるとか超すげー。ってか俺にも魔法かけてー、姫さん」
「あ、わ私にも魔法をか掛けて下さい。王女様」
ノブの調子の良さは平常運転、しかしまさか麗美が初対面の人物に頼み事をするとは驚きだ。
しかして、2人の願いはすぐに叶えられた。2人とも大はしゃぎだ。麗美がはしゃいでいる、物凄く貴重な絵図等を携帯に保存する美月。
王女も上機嫌でニコニコしている。
ヨーコは表面上呆れていたが、王女を見る瞳はとても優しかった。
サトミがこんな表情を見せたのは何時以来だろう、とヨーコは沈思黙考する。
サトミが他人にここまで機嫌が良いのは珍しい。サトミの嵌めている魔法具の指輪の一つに虚偽に反応する物がある。それが反応しないのは彼等がこちらに嘘を吐いていない証であるからだ。だが、ヨーコにはサトミの魔法を反射した事や未知の魔法が掛かっていた事などを考えると、どうしても彼等を安全対象とみる事は出来ないのだった。
マガラニカ大森林の木は大きいけど、もっともっともーっと大きな木が都にはあるそうだ。その名も”世界樹”というらしい。見れば分かるそうだ。
騎獣は大きく分けて3つに分類される。地上専用型、空中専用型、陸空専用型だ。その中で輸送型、戦闘型、汎用型と更に3つのタイプに別れる。種類も豊富で中には希少な騎獣も存在する様だ。三ツ星も騎獣で3大騎獣と呼ばれるほど希少な存在であるらしい。
マガラニカ大森林は、魔素が高密度のため生物が住めない環境であるらしい。そのため僕たちは魔素中毒になっていたそうだ。因みに高純度の魔素を含む物は魔法を使う上で貴重品らしい。その意味で森に堆積している落ち葉は価値がある様だ。ただ、リスクとコストの面でリスクが高いらしい。
ぐ~~~~~
僕のお腹が盛大に鳴った。どうやら話に夢中になりすぎてお昼を過ぎていたらしい。
同じ場所で昼食をご馳走になり----朝と同じメニューに蒸かしたジャガイモとサツマイモが追加された。
そして、スプーン以外にナイフやフォーク、箸まで出てきた。
串じゃ無くて箸。このメニューで箸。 味は、素材のままか塩をつけるか。固形物なのでお腹は十分に満たされた。
昼食を終え、再度情報交換を行う。
「魔法はどうすれば使えるんですか?ヨーコさんも使えるんですか?」
ここはやっぱり魔法だろう。となりの麗美が僕の袖を引っ張り、強く頷いている。
「すげーよな、魔法。俺にも使えっかな」ノブも賛成みたいだ。
「魔法も興味はあるけど、文字があるなら知りたい。何時戻れるか分からない以上、ここでの暮らし方とか考慮すると」美月は冷静に地味だが的確な意見を述べてくれる。
王女とヨーコは思った。美月って娘以外はちょろいわ(王女)。警戒対象が増えた(ヨーコ)。
「魔法は素質が無いと使えないわ。でも、魔法具は大抵誰でも使える様に出来てるわ。ヨーコが魔法を使えるかどうかはヒ・ミ・ツ」悪戯な笑みを浮かべる王女。
「素質ですか、そんなに甘くはないか」
「うん、残念だね」
「はぁ~、夢がいっぱい叶えられると思ったのに」
僕と麗美とノブは、三者三様口々に落胆を示す。
そこに興味を持ったヨーコが尋ねる。
「夢とはなんだ」
ノブが胸を張り自信満々に答える
「男の夢つったら、そりゃ透明になる。コレは譲れない」
「シッ」美月の拳が、ノブの顎先を一瞬掠めノブを黙らせる。デジャヴ。
「透明化は色々と有効利用できそうだが、今のところ実現できていない。目の付け所は悪くない」
ヨーコには好意的に受け止められた様だ。王女も頷いている。(良かったね、ノブ。そして美月グッジョブ)
僕と麗美と美月で目が合った。共通認識だった様だ。
「文字もたぶん同じね」
王女の発言に僕たちは驚く。
「だって、さっきのケイタイ。使用してた文字が私達と同じよ。意味もそう変わらないんじゃ無いかしら」
「物珍しくて弄ってただけかと思ってました」僕の発言に麗美も頷く。
「姫様はコレを読めますか」
美月の携帯には”おはようコンニチハ今晩は”の文字が表示されている。
「うーん、ちょっと貸して。おはよう今日は今晩は。挨拶ね。合ってるかしら?」
場に驚きと嬉しさとちょっぴり恐ろしさの混じった感情が沸き起こる。
「では、1+2+3+4+5=この答えを答えて下さい」
美月が再度質問する。
するとヨーコが立ち上がり苛立ちを隠しもせず声を荒げた。
「貴様、サトミ様に無礼すぎるぞ」
憤慨するヨーコを左手で制して王女が告げる。
「答えは15。お互いの情報交換なんだから興奮しないの。悪意は無いわ」
「姫様ありがとう。文字も計算も一般常識と考えて問題ないのかな」
美月が謝意を伝え確認をする。
「そうね、問題ないはずよ。どうヨーコ?」
「はい、常識で問題ありません。あと、済まなかった」
ヨーコが僕たちに頭を下げる。
「あ、気にしてませんから」
「そうそう。センの言う通り」
「自分の非を認める潔さ。天晴れ」
美月の上から目線発言にドキドキする僕と麗美。
因みにノブはまだ気絶中だったりする。
この異世界、1日は24時間で1年が12ヶ月365日。地球と同じだった。時計も魔法具として存在する。
アヴァール王国には集落毎に学校等を兼ねた総合所があり、簡単な計算と読み書きと兵士訓練があるそうだ。国民は、卒業試験に合格して初めて1人前と認められるそうだ。なお首都には、騎士養成所や王立魔法学院や王立学院などがあるそうだ。大きな街になると色々な組合が出来ていたりするみたい。そこで登録する事で働き口を確保出来るそうだ。まぁ、最低でも1人前の証が無いと無理らしいけど。
ここは建設中の拠点。人員はほぼ冒険者。まずは食料の自給自足と安全の確保。入植に必要なインフラを整備中なのだ。将来的には都市にするらしい。なぜ王女が指揮するのか。彼女の領地だからだそうだ。開発費用も自腹でやっているそうだ。歳は僕たちと同じか若干年下に見える彼女だけど、街作りを考え実行してるんだから、なかなかの人物である。恩人というだけでなく自然と尊敬できてしまう。
そんな彼女が言うには、後14日ほど活動したら一度自分家に帰るそうで、その時一緒に都に連れて行って貰える事になった。それまでは、ここで手伝いをしながら学べば良いそうだ。特に行動制限は設けないそうだが、屋外の行動では単独行動を避ける様に注意された。
今晩の夕食時に一般食堂で僕たちを此処で働くみんなに紹介してくれるそうだ。
あと、マガラニカ大森林に置いてきた3人の荷物は諦めてくれと言われた。