14.選考
今朝はとっても寝不足だった。夜中に僕の部屋に侵入者がきたからだ。侵入経路は窓だ。
最初に侵入したのはサヤカだった様だ。気絶したまま貴賓室で放置されたサヤカは深夜に目覚めると、僕の居場所を簡単に突き止め窓から侵入した。
次にサトミが、自称睡眠教育をする為に僕の部屋に侵入したら、添い寝しようとしていたサヤカを発見した。しかし、2人は争う事も無く左右に分かれて添い寝をする事に決めたらしい。だが、僕が寝返りを打った側がサヤカだったらしく、そこから2人が争いになり僕も巻き込まれる形になったというわけだ。
施錠しても魔法が得意な2人には無意味な環境ってどうなんだろう。
樹珠の恵みで寝不足を払拭した僕は、みんなと一緒に学院入り口にいる。登校する他の生徒は見当たらない。ほとんどの生徒が学生寮に入るからだ。
「セン様も皆様もいってらっしゃいませ」
「うん、2人ともまた後でね」
「後でな、ヴァシルにレフスキ」
「ヴァッシー、レッシーばいばい」
「ヴァシルちゃんレフスキちゃん、行って来るね」
ヴァシルとレフスキの2人と守衛前で別れると、丘へと続く道を上って行く。今日も天気は快晴だ。
ふと思い返せば、こちらに来て一度も雨が降っていない気がする。そんな事を考えていると。
「ねえ、セン。お願いがあるの?聞いてくれる?」
「いいよ。待って、かなうかどうかは内容次第だけどね」
危なかった、以前も話を聞くと願いを聞くで大失敗した事があった。
「あのね、この子に名前をつけて欲しいの。良いよね?」
麗美が差し出した両掌の上に、小っちゃな麗美がいた。大きさは小人達と変わらない。体の周りで青白い燐光が弾けていて幻想的だ。
「うわっ、麗美の姿かよ。コイツが麗美の武器なのか?」
「可愛い。あー欲しい。センチー、僕も欲しいよ」
「えっと、この子が万能武器なの?」
「そうだよ、だからセンに名付けて欲しいの」
「ブッキー」
「美月の案は却下ですー」
「麗美2号でいいじゃねえか」
「ノブ君のもダメー」
「小さな麗美・・・ミニ麗美・・・ミニ美で。・・・ごめん、安直過ぎだね」
「いいよ、良かったねミニ美。パパが考えてくれた名前だよ」
パパになってしまった様だ。これが狙いだったのか。
ミニ美はくるりと回って一礼した。
「センチーはパパじゃない」
「センと私の子だからパパだもん。ねー、ミニ美」
「はぁー、いいじゃねえかもう。麗美は妄想好きなんだしよ」
「センチー、僕も欲しい」
「美月にはハギがいるよね。お金が貯まったら武器作成をホトケに依頼しよう」
僕たちは実戦演習場へとやってきた。この場にいるのは、昨日入学した生徒ばかりだ。在校生は、教室で授業を受けているはずだ。
黄の腕章を着けた大勢の生徒達が話しているのでそれなりに騒がしい状態となっている。年齢は中学生くらいから僕たちよりちょっと上くらいだ。この中でも、やはり小さな集団が複数形成され始めている。
教員らしき者の姿はなく、僕たちはその場で始まるのを待つ事にした。
「見つけたっ!ねえ、あなた名前は?あたしはリズよ。覚えてるわよね?」
「ああ、昨日の。勝手に腕を絡めるな」
ノブに突撃してきた少女の名はリズ。随分とノブが気に入ったご様子だ。
「もーリズー、置いて行かないでよ」
「しょうがないじゃん、せっかく見つけたのにまた見失ったらどうするのよ」
「大丈夫だよ、その人より背の高い人いないよー」
「あたしの直感が運命の人だって教えてるの。ねえ、名前くらい教えてよ」
運命の人と臆面も無く発したリズ。ノブは特に興味なさそうに名前を名乗る。リズのグループと思しき少女達が他4人。
「ノブ君おめでとう」
「ノブに運命の人現る」
「茶化すなお前等。俺等は冒険者なんだ、王立魔法学院に長居するつもりはない」
ノブの発言にリズ達どころか周辺がざわついた。
「今冒険者って言ったぞ」
「冒険者って、くくくっ」
「落ちこぼれかよ」
「ねえ、リズ。やっぱり運命なんて勘違いよ」
「・・・そんな事無い。あたしの直感は当たるんだ」
ここにいる新入生は、どうやら冒険者に対してあまり良い印象がない様だ。
「何の騒ぎかと思えば、君達か。まさか冒険者だったとはがっかりだ。やはり縁が無かったって事か」
「誰?」
「ルーピーだよ。昨日君達を誘った。まあ、結果は招待出来なくて良かったけれど」
美月の問いに律儀に名を名乗るルーピー。大仰な仕草は他の新入生へのアピールだろうか。
「君達、僕等と一緒に向こうで歓談しないか。リズ君も行こうじゃないか」
「そ、そうね。行きましょリズ」
「行けば良いじゃない。ノブはあたしの運命の人なんだから」
「なあ、リズ。俺はお前の事好きでも何でも無いぞ」
「今はそれでいいよ、嫌いじゃないって事でしょ」
リズはかなりポジティブでアクティブな少女だ。思い込みが激しいとも言うのだろうか。ノブも本気で嫌がってはいないみたいだし。
「はあ~あ。はっきり言うぞ。お前等と俺等じゃ同じクラスになる事はないんだ」
「別に良いって言ってるじゃん」
「リズ君、彼の言う通りだ。冒険者と僕等じゃ住む世界が違いすぎる。君は魔法の才能があるんだ、僕等と一緒に行こう」
「そうよリズ、頭を冷やして」
「言い方が悪かったな。俺らはもう上級だ。すぐに特級も修めて王立魔法学院を出るって言ってるんだ。だから一緒に学ぶなんて事は無いんだ」
「・・・・・・・・・・」
「何てな、冗談だよ冗談。受けなかったみたいだな」
実戦演習場は暫し沈黙が場を支配し、一気に嘲笑の渦に包まれる事となった。嘲笑はなかなか収まらず今もこの場を支配している。
「全く、夢追い人の冒険者にお似合いのホラだよ」
「なあ、チビ。お前胸はないけど顔は良いから相手してやるよ。ホラ吹きの仲間には制裁を加えないとな」
背後の人集りから突然手が伸び、僕の胸を掴むと乱暴に引き寄せる。
「ぎゃああああ」
僕を掴んだ男が絶叫した。両足と両腕を砕かれ、さらに気絶も出来ない様に踏みにじられていた。僕たちの周囲の人集りが一斉に遠ざかる。おそらく誰も、男が何をされたか気付いていないだろう。
「どうする?見せしめに殺っとくか?」
「殺そう」
「許可はあるし、殺っちゃお」
「ストップストーップ。僕は何ともないから許してやって」
「なんて野蛮な奴らなんだ。やはり冒険者はダメだ。ゲン大丈夫か、しっかりしろゲン」
気絶する事も許されず、倒れ伏すゲンにルーピーが声を掛ける。
「言葉を間違えるな。そいつが粗相をしたんだ。ルーピーお前が飼い主なんだろ、連帯責任って知ってるか?」
「センチーの胸を触った。死すべし」
「もしかして、あなたが嗾けたの?2人とも死んどく?」
「はっ、何を言ってるんだい?冒険者の君達が暴力を振るったんじゃないか。そうだろみんな、野蛮な冒険者を許していいのか?仲間の敵討ちだ、僕等で制裁をしようじゃないか」
大仰な身振り手振りで新入生に訴えるルーピー。そんな彼に少なからず同調する者が出てきた。変な熱気が場を支配し始めるが。
白衣を着たシャクティと数名の教員と思しき者がやってきた。ルーピーが真っ先に駆け寄ると、自分等に都合の良い話を説明し始めた。そして同調者達が次々に賛同していく。
襤褸雑巾状態だったゲンは、樹珠の恵みを与えられ完全回復した。そしてシャクティに質問された。
「面倒臭いわね。あなたが先に手を出したの?」
「違います。突然襲われました」
「そうです、ゲンの言う通りです。なあ、みんな」
そうだそうだとルーピーに同調した者の声が重なる。
「嘘を吐いてるのはあんたらじゃん。そいつが先に女の子に手を出したから悪いのに」
リズがゲンを指差し批難する。するとリズの仲間達が素早くリズの口を塞いで人集りの中に消えた。
リズの誤解を解かないと、僕は男なのに。タイミングを逸してしまった。
怒りの表情を一瞬見せたルーピーだったが、すぐに困惑と嘲りの仮面を被り治す。
「根も葉もない言いがかりです。これだけ証人がいるんですから。世界樹に誓います」
口元に笑みを浮かべ勝ち誇るルーピーに続けとばかりに次々と世界樹に誓いますと連呼する同調者。
「全くうるさいわね。世界樹を口にすれば信用して貰えると思ったの?嘘を吐くとこの指輪が反応するの。全員、世界樹への冒涜と偽証と犯人隠避で入学取り消し。明日もここにいたらどうなるか分かるわね」
左手に輝いている指輪を見せるシャクティと教員達。そんな彼女の裁定に力なく項垂れるルーピー達。
「嘘を見抜く魔法も知らないとか、何なのこの低品質。ま、そこそこ省けたし前向きに考えればいっか」
「待って下さい。そいつらも上級だって嘘を吐いたんです。同罪じゃないと納得出来ません」
拳を強く握り締めたルーピーが必死の形相でシャクティに訴えかける。シャクティはまるで汚物でも見るかの様に蔑んだ目をルーピーへと向けた。
「嘘じゃないわよ。だって、大魔導の秘蔵の弟子だから」
弟子って。まぁ、アドバイスは貰ったしこの国での後見人だし、強ち間違いでも無い?
実戦演習場がざわざわとし始める。ルーピーは、両手で頭を抱え泣き出しそうな顔になっている。ゲンを含む同調者達は、更なるショックに両膝を突いて天を仰いでいる。
「大魔導ってあの方しかいないわよ」
「秘蔵の弟子だと、羨ましすぎる」
「・・・偉大なる黒光」
「リズ、大当たりじゃない」
「・・・そんな。・・・そうだ、冒険者って言った。そっちは嘘だろう」
「巷で期待の超新星って噂になってるらしいわよ」
「なぜ・・・。なぜなんだ、冒険者である必要何てないだろ。くそっ」
腕章を剥奪されたルーピーとゲンを含む23名が、学生寮へトボトボと力なく歩き去った。
「嘘の全てが悪ではないわ。でも人を貶める行為は魔法を扱う以前の問題よ。どうなるかは分かったわね、忘れない様にしなさい。貴方達は図書館で自習でもして帰りなさい。授業が始まるのは3日後って所ね。他の者は今から選考試験を始めるわよ。どの程度まで出来るか自己申告してから魔法を見るわ。それじゃ、教官達の前に並びなさい」
シャクティが残った新入生達に通告している。僕たちは言われた通りに巨大図書館オモイカネを目指す。
「待って。お昼一緒に食べよ。ね、それくらい良いでしょ?」
リズに左腕を捕まれたノブが溜息を吐いて僕たちの方を見る。
「良いんじゃない。僕たちの知らない話とか聞けるかもだし。食べるのは寮の食堂なんだしさ」
「そうだな、いいぜリズ」
名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、笑顔になったリズの頬にほんのり赤味がさした。そして、仲間の少女達が並ぶ列に駆け足で戻っていった。
「ノブに春が来た」
「応援するよノブ君」
「言ってろ。俺はセンから離れないってーの」
所変わって同日同時刻。
窓も扉もない広い部屋の中で、大画面に映し出された映像を2人の人物が見ていた。
片方は細かな意匠が施され大粒の宝玉が嵌め込まれた立派な椅子、玉座と言えそうな物に腰掛けていた。
もう1人はその椅子に座る男の横に立っている。
「ほう、コイツラが我が妹に付いた虫か」
「はっ。しかしながら、殿下。この者達は虫と呼ぶにはあまりに強大な力を秘めております。彼の賢者2人を寄せ付けぬ等、この映像を見ておらねば信じ難い事であります。それにあの御方の表情が」
「言うな、分かっておる。ニアの笑顔そのままだ」
「それで、如何なさいます?」
「監視を続行だ」
「畏まりました。それでは失礼いたします」
出入り口のない部屋から消え去る人物。殿下と呼ばれた人物はそのまま何度も繰り返し映像を見続ける。
「それにしても、この小娘。我が愛しき妹と手を繋ぐなど赦し難し」




