13.賢者2人との戦い
ノブと麗美と美月は、実戦演習場の奥で賢者の称号を持つ2人の美少女と対峙していた。
賢者の称号は、魔法士ランクにおいて上から2番目。賢者とは国内屈指の魔法士である証だ。
賢者の1人は、サヤカ・ワーズワース。サトミの従姉で背中に純白の翼を持つ17歳の美少女だ。幸か不幸か、学生時代に2人の天才と被った為に”悲運の第3席”と揶揄される事になった過去がある。
賢者の1人は、シャクティ。幼い頃から神童と呼ばれた魔法の天才少女。サトミと同期であった為、”永久2番”という不名誉な二つ名を冠する事になった。
サトミの開始の号令が各人に伝わる。
サヤカとシャクティの視界から対戦相手の姿が一瞬で消えた。2人は互いの顔を見て一言ずつ言葉を交わした。
「魔力探知」
「防護結界」
サヤカが魔力探知を発動するも3人の気配が全く掴めない。現在把握できるのは、自分達と外野のサトミ・ヨーコ・セン・三ツ星と他2だけだ。その間にもシャクティの防護結界の淡い光の膜の層が2人を包み込む。
「探知できないわよ」
「・・・ならば攻撃あるのみよ。トラップよりも殲滅よ」
「戦い方を見るんじゃなかったの?」
「そのつもりだったわよ。忘れていたわ、あの大魔導が自信満々のはずよね。存在を完全に消し去るなんて反則も良い所よ。防御は愚策。サヤカも全力で攻撃して。また死にたくはないでしょ」
「当たり前じゃない。サトミン以外にヤラレルなんて嫌よ」
ゾクリ。
2人の背中に悪寒が走る。
ブルブル。
2人の体が小刻みに震えだした。
「何よこれ。この膨大な魔力の量は。私の感覚がおかしくなったみたい」
「心配ないわ。私も感じてるから。前言撤回するわ。協力して防護魔法を最大強化するわよ、急いで」
試合開始と同時にノブが不可視の盾を発動した。
「この距離でも、相手は2人だから見つかる事は無い筈だぜ」
「麗美ジャンケン」
「美月からでいいよ」
「ダメ。じゃあ一緒に」
「分かったわ。でも当てるとセンに嫌われそうね」
「センチーは甘甘だから」
「おーい、弾弾蔓みたいなのもいるんだ。舐めない方がいいだろ?全力出さなきゃ失礼だろうが」
「む。ノブのくせに」
「そうねー。そうだ、ノブ君の所為にしちゃおうよ」
「それ採用」
麗美と美月が互いに頷きあう。勝手にしろとノブが呆れる。
現在ノブは、自分達に迫り纏わり付こうとする魔力を中和させる事に集中している。
微かな魔力だが編み目の様に空間全体を覆い尽くす様に迫ってきた魔力に覚えがあったから気付けたのだ。
魔力探知の魔法を覚えていなければ、気付く事など出来なかっただろう。仮にも不可視の盾が探知されるわけにはいかないと特訓した成果がこんな所で役に立った。
麗美の魔砲に魔力が充填されたのか大きな二重のハートマークが赤く点灯している。
美月の魔力剣もいつもは緑の点灯が赤色に切り替わっている。
前にいたノブが、今は2人の後ろで盾を構えている。
美月が魔力剣を前方に突き出し、左から右に振り切る構えを取った。
麗美は体全体を土魔法で固定して、ホーミング機能を切って右から左へを照射する構えだ。
「おし、相手も魔法の準備が出来たみたいだ。麗美も美月もセンが見てるんだ。リミットオフを披露しろ」
「センチー」
「セン」
2つの膨大な魔力の奔流が左右からサヤカとシャクティへと襲い掛かる。
サトミは眼下で行われている様を見ている。美月と麗美のリミットオフを防げると思っていたのは、間違いだったと気付いた。しかし、センを介して魔法を発動する事で自分の魔法が何倍にも強化されている事を感じ取っていた。今の自分なら絶対に防ぐ事が出来ると断言できる。流石に知り合いが死ぬのも殺させるのもほんのちょっとだけ可哀相になり、サヤカとシャクティを助ける事にした。本心は、セン達が戦争や殺し合いの体験もした事のない安穏な世界で育った事への配慮だ。冒険者を続けるならば、遅かれ早かれ避けては通れない道なのだが。
「はあ~ぁ、死んじゃうわね。体が残るかしら」
「あ~もう、想定外。何なのよもう、やっぱり関わるんじゃなかったわ」
不平を漏らすサヤカとシャクティは、とっくに死を受け入れていた。
「サトミン私を忘れないでね。セン、子供産めなくてごめんなさい」
「あなたこんな時に。・・・でもそうね。こんな事なら、腕の1本も預けていれば良かった」
2人が初めて死んだのは王立魔法学院時代の模擬戦。2人とも対戦相手はサトミ。自分達から戦いを挑み敗れたのだ。以降、度々魔法の協力と称し実験台にされた。何度死んだのか分からない。気を失ったのか死んだのか、気にする事もなくなったほどには死んでいる。
だが、今回は蘇生する肉体も残らず確実に死ぬんだと理解出来る。恐怖はないが自然と涙が零れていた。2人の胸にあるのは後悔だけだ。
「「後悔先に立たず」」
「何、シャクティ泣いてるじゃない」
「あなたもね」
ふと頭に浮かんだ言葉を口にした2人は、意見が合った事がツボになったらしく泣きながら笑い合った。
濃密な魔力が具現化した青白い光が左右から迫ってくる。2人の防護魔法を易々と破壊した青白い光が2人を包み込んだ。
しかし、防護魔法が消えた瞬間に新たな防護魔法が2人を包み込んでいた。
凄まじい魔力の奔流が収まると、辺り一面キラキラと煌めく固い地面だけとなっていた。
そしてサトミによって結果が全員に知らされる。
「勝負あり。美月と麗美とノブの勝ち。サーヤとシャクティは泣いちゃったから負けよ。そうそう、壊れちゃった万能武器の代金は2人が出すのよ」
「はあ、良かった。生きてるって素晴らしいわね。武器なんて安いものよ」
「助けられるなんて・・・大魔導とここまで実力差が開いてたなんて。しかも、後輩に追い抜かれる。教員なんてやりたくない」
「シャクティ、別に試合だけが全てじゃないわ。あなたの力を必要としてる所は沢山在るでしょう。それにあの子達の教員だったら私がやりたいわ」
「・・・なぜ」
「えー、だって近くに研究対象が沢山いるなんて素敵な環境じゃない。それに特級を何人も育て上げた人物って事で箔が付きそうじゃない?でもね、センに手を出すと本当に消されるかも知れないから注意してね」
「消されるって・・・。(あんな子供に手を出すサヤカの方に問題があるわ)」
僕たちはシャクティと別れて学院を後にした。
現在は武器屋が集まる区画へと向かっている。麗美と美月の万能武器が砕けてしまったので新調する為だ。どうやら、サヤカが万能武器を弁償する事になった様だが、裕福らしいので2人には遠慮は必要ないと本人が語った。
丁度良いので、万能武器に属性石や魔法を掛けられる様にしたい事を伝えると職人次第だという。ならばと、七靴堂へ行って相談する事にした。サトミが自転車を欲しがっていた事もあり手間が省ける。
「姫さん、歩き疲れたりしてないか?疲れてたら負ぶるぜ」
「あら、ノブは気が利くわね。でも大丈夫よ、飛・・・。セン、疲れたから背負って」
「え?えっと、本当に疲れてる?」
「失礼ね、本当に決まってるじゃない。こんなに歩いたの初めてよ。だから背負って」
ノブが頭を掻いている。自分の所為だと感じているのかも知れない。子猫状態に戻った三ツ星を抱いたヨーコを見れば少し困り顔の後苦笑して頷く。どうやらあまり歩かないのは本当の様だ。
「センチー、僕も後でお願い」
「だめだよ、センだって疲れてるんだから。だから明日お願いね、セン」
「美月も麗美も容赦なく図々しくなってきたな。疲れたなら飛べよ。大体お前等とセンじゃ体格的に無理過ぎだろ」
「精神的にきてる」
「私だってそうなの」
「お前等が樹珠の恵みを」
ノブは言い終わる前に口を封じられた。何度も脳を揺さぶられたノブはヴァシルに担がれ移動する事になった。僕はサトミを負んぶして移動中だ。
「うっふふ。はあ~・・・。はあ~・・・。はあ~・・・」
「サトミ様、大丈夫ですか?」
「最高よ。うっふふ」
ヴァシルとレフスキが僕の背中に負ぶさるサトミに注意喚起したのが発端だ。僕の匂いを嗅いではいけないと言われたサトミは逆の行動に出た。今ではかつてのハギの状態である。
サトミは見た目は小っさいのに背中に当たる胸の感触がサヤカに負けてない。しかも、匂いを嗅がれ耳元で変な声まで出すからとても恥ずかしい。七靴堂が見えた途端、思わず小走りで扉に駆け寄ってしまった。
お店に着いたので降りてくれる様、渋るサトミを説得するのに苦労した。
「全くサトミンはお子様ね。お姉さん、こんな駄々っ子が従妹だなんて恥ずかしいわ。でも、仕方ないわね。この間まで、おね」
「何?サーヤ聞こえないわよ」
サヤカの献身によりサトミが降りてくれた。サヤカは気絶中の為、レフスキが担ぐ事になった。
中に入った僕たちが目にしたのは、自転車を乗りこなし店内ではしゃぎ回る小人の集団だった。
「お、どうした超新星ども。また人数が増えておるの」
「こんにちは。今日は相談したい事があってきました」
「頭領、また相談したい事があるらしいぞ」
ホトケがキュッと音を立ててカウンター上に自転車を止めた。
「相談事とは何じゃ?これ以上早くは作れんぞ。素材が馴染むのに時間が掛かるからな」
「昨日の今日ですみません。実は、属性石や魔法の属性を直接付与できる万能武器を作れる方を紹介して欲しくてやってきました。後、試作車を買い取る事が出来ないかと思って」
「なんじゃ、試作車なら持っていくがいい。俺等には使い道など無いからな。して、万能武器に属性石や魔法の属性を掛けたいか。それじゃと、一から作らにゃならん。それに身体強化の恩恵がなくなるぞ」
「はい。先日ハギに聞きましたので」
「ふむ。俺が昔趣味で作ったのがあるが試してみるか?ほれ」
思ってもみなかった答えがホトケの口から飛び出した。それからホトケは無造作に試作車を取り出し、次いで白い玉状の万能武器を投げて寄越した。僕は2つを受け取ると試作車をサトミに渡し、次いで万能武器を麗美に渡した。
「麗美の魔砲に後で闇属性を掛けてみよう。まずは魔砲に変えてみて感想を教えてくれるかな」
「うん、いいよ」
麗美が魔砲を創り出す。眩い光が広がり終息すると、それはいつもの魔砲ではなく純白に輝いていた。しかも金縁の細かい意匠付きだ。ホトケが信じられない物を見たとでもいうような驚きの表情を浮かべている。
「セン、この武器生きてるみたい。なんだか力が湧いてくるよ」
「この子?生きてる?ごめん、意味が分からない。でも、麗美の周りに不思議な力が満ちている事は分かるよ」
「真・万能武器・・・実在してたのか」
ヨーコの発した言葉にホトケが反応した。近くにいた小人達がアタフタしている。
「何それ?」
「万能武器と魔生物の融合体。今はもう失われた技術だと聞いていた」
「色々作った中の唯一の成功例じゃ。しかし、武器が気難し屋で選ばれる者がおらんでのう。ずーっと終い放しになっとった。ようやく使い手に巡り会えて武器も喜んでおる。俺も嬉しいわ。それはもうお主の物じゃ」
「本当?この武器が私の物で良いの?」
「ああ。武器が認めたのはお主じゃ。お主以外が持っても意味を成さぬ。ありがとうよ、武器と出会ってくれて」
ホトケの目にキラリと光る物が。目頭を押さえたホトケが小刻みに震えている。
「僕の分。ホトケないの?」
「美月様。私が頑張って作ります」
「同じ物は無いが、何も付いてない物ならある。ハギの物より良いと自負はある」
「さすがに師匠にはまだ適いません。悔しいですが、私や他の店より絶対お勧めです」
「頂戴」
「・・・金は要らん。お主の小人殺し10回じゃ。あと小僧の頭に乗せろ」
美月がホトケに小人殺しを早速行う。いきなりは止めろと文句を言うホトケを、未だグロッキーのノブの頭に乗せる美月。
「ちっがーう。こやつじゃなくてそっちの小僧じゃ。わざとじゃろ、お主」
「試してから」
「むー。よかろう」
ホトケが万能武器を取り出し美月に渡す。見た目は僕たちの物と変わらない。
「前のと遜色ない。これで強化が付いてない?」
「ああ、属性を掛けてみればよい」
「うん」
美月の魔力剣に薄い黒い靄が纏わり付く。
「どうじゃ、違和感があるか?」
「全然。これで良い」
「よしよし。ほれ、さっさと俺を小僧の頭に」
美月は再びノブの頭の上にホトケを置いた。
「ちっがーう。お主またわざと」
「名前を言わないホトケが悪い。契約は成立した」
「・・・。嫌じゃー、嫌じゃ嫌じゃー。俺も乗りたいんじゃー」
はぁ。僕は溜息を一つ吐くとホトケを自分の頭に乗せた。美月のホトケに対する態度は、ヴィトラシャ山の意趣返しかも知れない。そういえば、ホトケが知らなかった事を美月と麗美に伝えてなかった気もする。
「これは・・・なるほど・・・納得・・・至福の刻」
「終了」
「何をする?ぎゃっ・・・」
美月がホトケをノブの頭に載せ替えた。結果、気絶したホトケをハギ達に任せ僕たちは七靴堂を後にした。
「自転車って、全然楽しくないわ」
サトミが試作車に乗って不満を漏らす。魔法でサポートしているので、一度も転けずに乗れる様になった彼女の感想だ。
「サトミは分かってない。貸して」
美月がサトミから試作車を受け取り、万能武器で荷台を作る。そして僕が漕ぐ事になった。当然美月は後ろに乗っている。わざわざ、僕の腰に両腕を巻き付け密着しているのだ。
「先にセンチーと帰るからみんな後で。センチーもっと早く漕いで」
「セン待ってー。美月の裏切り者ーっ」
麗美が飛行魔法で追いかけていく。
「美月ってば。こんな使い方があるのね」
「俺等も飛べば追いつくぜ」
「我はどうすれば」
「世話になったしな、ほら」
「三ツ星頼む」
「レフスキ、サヤカ捨ててけよ」
「さすがに可哀相でござる」
「私が運ぼう」
三ツ星に乗ったサトミとヨーコと気絶しているサヤカ。ノブがヴァシルとレフスキを連れて追いかける。目指すはセン達。
一行はサトミのお城へと帰り着いたのだった。




