6.自転車を作ろう(1)
この国の人が別の街や集落へ移動する時は基本は歩きだ。だから、4km間隔で警備隊の宿泊地があり宿場町となっている場所もある。そもそも、移動する人間が限られるのだが。
だからこの世界にある乗り物は、騎獣とバスのみ。
バスは荷車の巨大な物で、大型騎獣が引っ張る。商品を運ぶついでに人も運ぶというもので、メインはあくまで商品なのだ。
だから、定時出発や定時到着、ましてや何処其処への定期便なんてものはない。
3級冒険者へとなった3日後、僕たちは悩みを解消するべく最近考えついた計画を実行する事にした。
悩みというのは、移動だ。ハッキリ言って徒歩での移動は、時間は掛かるし体力も使う。まあ、体力はかなりついたんだけれど。
現在、冒険者ギルドの依頼は市街地から郊外へと変わっている。
階級が上がった事で、素材集めや廃坑の見回り等が増えている。とにかく移動に時間が掛かるのだ。
向かった先は、七靴堂である。
途中、冒険者活動で知り合った商店の販売員や露店主やギルド関係者などと挨拶を交わす。
僕たちは、一部で期待の超新星なんて呼ばれているらしい。
今日は赤色の鐘を鳴らすと、店内に入れた。
誰も居ないカウンターへ声を掛ける。
「おはようございます。今日は皆さんのお力を借りたくて伺いました」
すると、赤い服のホトケがピョコっとカウンターに姿を現した。
「おう、誰かと思えばお前!・・ちょ・・あっ・・くふっ・やめっ・・・」美月に捕まったホトケが体のあちこちを撫で回され突かれ悶える事暫し。
少し息が上がっているが、すっきりした顔のホトケがいきなり触るのは止めろだのぶつくさ文句を言っていたが、専属として雇われないかと美月に交渉を始めた。
「僕のお願い、聞け」と美月がホトケに迫る。
「おお、何じゃ何じゃ。願いとは一体何じゃ」頭を傾げるホトケをくるりと僕の方に向ける美月。
やっぱり若くて皺がない。一体、彼は何歳なんだろう。知りたい、知的好奇心を満たしたい。でもこの前は、あまり人に歳を聞いたら礼を失すると指摘されたし。今回は我慢しよう。
「ホトケさん、今日は皆さんに特別な乗り物を作って欲しくて来ました」
は?とポカーンと口を開けたままのホトケが間抜けな声を出して固まる。数秒後に激昂したホトケを美月が小人殺しで沈静化させた。
「気分を悪くさせちゃってごめんなさい。でも七靴堂が一番頼りになると思えるんだ。他の場所だと、複数箇所に依頼しないと作れそうもないから。皆さんの実力はこの靴が証明しているからね」
僕の言葉に麗美もうんうんと頷いている。ノブに至っては俺が真っ先に七靴堂だって言ったんだと力説している。
ふーむと唸ったホトケが全員集合と叫ぶと、カウンターに残り6人の小人が現れた。それだけでなく、更に7人の小人が現れた。
新しく現れた7人は、全員が背中に”徒弟”の文字が刺繍された白い服を着ている。
頭領のホトケが全員に尋ねる。
「お前等、話は聞いてたな。事もあろうに俺等に靴以外を作れと言って来やがった。どう思う」
「出禁だ」「そうだそうだ」「塩だ塩、塩を捲け」「儂等は靴作りに誇りを持ってんじゃ」「乗り物は余所でたくさん作っとるわ」
と言うわけじゃ、と腕組みしたホトケがこちらに告げる。因みに、徒弟の7人は一言も喋っていない。話を聞く事は出来ても発言権はないのかも知れない。
しかし、僕たちもあっさりと引き下がるわけにはいかない。これからの僕たちにはどうしても必要になる物だからだ。
「お願いします。このフォルトナで一番の技能集団である貴方達以外にいないのです」と頭を下げる。
「そんな見え透いた煽てに誰がのるか」と黒い服の小人が吐き捨てる。
その小人を美月が小人殺しで骨抜きにする。
「話聞いたらもう1回してやる」と美月がぶっきらぼうに言った。
「馬鹿め、そんな小突かれ捲るのはこちらから願い下げじゃ」と茶の服の小人が即答する。
「まあ待て。もう1回だけ聞いても構わんぞ」
「頭領の意見に儂も賛成じゃ」
「話の種に聞いてみようぞ」
「・・・もう1回。・・・聞こうじゃないか」
黒い服のみならず紫の服や青い服、赤い服のホトケまでが聞くだけならと態度を一変させた。
他の小人達は、4人の急変に若干困惑している。
美月が作ってくれたチャンスを逃す手はない。
僕たちは、麗美の知識から引き出した図面を元に、再設計した図面を彼等に見せながら自転車と言う乗り物について説明する。
最初は自動車を作るって案も出たけれど、置く場所がない事だ。バイクやセグウェイも検討したけれど、体を全く動かさないのは良くないと珍しく美月が主張した。一番の理由は、電気を扱う魔生物がいない事だったりする。
でも自転車なら、折りたたみ式にしてしまえば新しく手に入れた『倉庫珠』に格納できるのだ。
何処でも格納できて取り出せるから、小回りも利いて盗難の心配も無い。
万能武器のように、軽くて丈夫な金属が数種類あるのは冒険者ギルドの活動で知っている。
そして、ホトケが生産系ギルドの会長を長年務めていた事を聞いている。後進の育成の為に、会長職を譲ったという事も。この国一番の職人が彼だと言う事も。
「ふむふむ。なかなか良う出来ておるな。素材の指定まで書いておるのか。所で、こりゃ何じゃ」とサスペンションのバネを指して聞いてくる。
万能武器を変化させ機能と役割を説明する。本当に便利だよ、万能武器。但し、バネ効果は――――頑丈だから人力で確かめるのは無理でした。
「・・・複雑で部品も多くて繊細な仕事だな。だが、設計図を見ちまった。俺は作ってみようと思う。お前等はどうだ」
「頭領、顔がにやけとるぞ」「わしゃ、もうワクワクが止まらん」「お前等の頭の中は一体何が詰まっとるんだ。こんな物を考えつくとは」「頭領、これは儂等職人への挑戦状じゃあ。受けて立つしかないのう」「やらいでか」
「へっ、素直にやると言えねえのか。ってことで、この依頼は受けるぞ」とホトケが了承してくれた。
腕がなるとかこりゃ大仕事だと小人達が張り切っている。
「やったな、これで色々楽になるな」とノブが僕の背中をばんばん叩いてきた。
僕は小人達に感謝の言葉を述べると思わず感情が昂ぶって嬉し涙が零れた。
自転車なんて簡単だろうと思っていたら、とんでもなく複雑だった。
細かい部品も多くて、代用として使えそうな材料の選別も大変だった。
そんな事を思い出してしまった結果だったのだけれど。
何を勘違いしたのか、小人達やヴァシルにレフスキまでもがノブを一斉に攻撃した。
不意打ちに襲撃されたノブだったが、とっさに不可視の盾を発動し隠れる。
「どこに消えた、恥知らずめ」「我が主に涙を流させるほど叩くとは許すまじ」「最近の冒険者じゃいい男だと思おておったのに許せんわい」「女に手を出し泣かすとはなんたるクズじゃ」
「ちょっと待ってみんな落ち着いて。一体どうしたの。それにヴァシルとレフスキまでどうしたの」と興奮した目で辺りを探り罵声を飛ばす小人達とヴァシルとレフスキを止める。
彼等は皆、僕がノブに泣かされたと勘違いしている様だ。それに、僕を女性と勘違いしている小人もどうやら居る様なので、ノブの誤解を解くついでに僕は男だと説明した。
全員の誤解が解けた所でノブが姿を現した。謝罪は不要と一喝したノブは漢だった。
自転車作成に必要な材料が足りない事が判明したのはその日の午後。
実践演習場で魔法も交えた稽古をしていた所に、冒険者ギルドから名指しの依頼だと連絡が来た。
冒険者ギルド本部に赴いた僕たちは、依頼人と向かい合っていた。
目の前に居るのは、今日七靴堂にいた徒弟の1人だという小人。
彼女の名前はハギ。まるで頭に青紫の蝶が留まっているみたいな大きなリボンを付けている。
仕事場ではおしゃれは禁止だが、外では普通に着飾るのだそうだ。
肌は赤ちゃんみたいにぷっくりとしていて瑞々しい。大きな瞳がとても可愛らしい。
試作品を作るのには問題は無いが、人数分揃えるのは無理だという。市場の在庫は十分だったはずなんだけれど、と漏らした僕たちに徒弟のハギが理由を明かしてくれた。
何でも、最高の自転車を作る為に出来うる最高の材料を使おうという事になったらしい。
職人魂に火が付いた彼等を止める事など徒弟達に出来るわけもなく――――冒険者なのだから3種類の材料くらい手に入れてこいと伝言させられる羽目になったというわけだ。
因みに道案内はハギがしてくれるそうだ。
素材を知らない僕たちが、場所と名前を聞いても見分けられる可能性は限りなく低いだろう。
そして彼女は、僕の髪の中に隠れる様にして同行する事になった。美月が自分にと誘ったけれど、どうやら七靴党での小人殺しの件で警戒されていて拒否された。
僕たちは急いで旅支度を整えると、目的地のヴィトラシャ山へと向かった。
心配をかけるといけないので、マジホでシュウサクに今日は戻れない事・美月と麗美が朝のお仕事に参加できない事を伝えておいた。
フォルトナは4000メートル級のポテト山脈にぐるりと囲まれた盆地だ。湧水池が至る所に見られる。
その中でもヴィトラシャ山は群を抜いて高い活火山だ。
そのお陰か、温泉も豊富に湧き出している。年に1回は噴火しているそうだ。
噴火しているのに標高が高いって元はどれほど高かったのだろう。頂上なんて雲に遮られて全く見えない。
今回は、登山が目的じゃないし、遠くても積雪部よりも下だと分かっているので安心だ。
目的物は、”炎纏の核玉”・”弾弾蔓”・”夜光の繭殻”の3種だ。
炎纏の核玉と弾弾蔓は石と蔓だ。妖しの繭殻は巨大な虫の抜け殻だそうだ。
ハギ曰く、採取する上で危険が高そうなのは炎纏の核玉だという。炎纏の核玉自体は全く危険性はないが、その周辺には強い怪物が潜んでいる事があるらしい。運が良ければ拾えるし、悪ければ襲われると。
空は少し青の濃さが増して来ているが、辺りは結構暗くなっている。そんな山道を僕たちは光虫の灯りを頼りに登っている。
「はぁ~・・・はぁ~・・・」と先程から頭上でスーハースーハーと深呼吸と溜息混じりの声を漏らすハギ。
小人だからもう高山病になっちゃったとか?なんて考えが頭を過ぎる。
「ハギ、もしかして気分でも悪いの?」と声を掛けるとふぇっと彼女が驚きの声を上げる。
「違うの違うの。なんだか~良い匂いで~癒やされる~というか~幸せ~というか~」と間延びした声で変な事を口走るハギ。
自分の匂いってよく分からないし、他人から批評されるのはすごく恥ずかしい事を知った。
隣を歩く麗美が同意と妬みを口にしている。後ろの美月は同意のみを口にしている。
ヴァシルとレフスキは妬ましいと連呼している。
嫌ー止めてーと叫びたくなる・耳を覆いたくなる・恥ずかしくて顔や耳が熱を持つのが分かる。
「ハギ、俺はどうだ。ほれ、こっち来てみ」とノブがハギを掴み自分の頭に乗せる。
「がぐ・・・」ハギがノブの頭の上で倒れた。
暫くすると、美月の手の中で気絶していたハギが意識を取り戻した。
彼女はポロポロと涙を流しながら、「じぬがどをぼっだ~」と叫んだ。
お・おいと心配して声を掛けたノブを一瞬だけキッと睨んだハギは、すぐに顔面蒼白となりプルプル震えながら「がんじんじで~がんじんじで~」と泣き出した。
さすがのノブもショックが大きいらしく項垂れてしまった。こんな時こそ元気づけないといけないのに、かける言葉が見つからない。
美月は己の手の中で怯え泣き続けるハギを僕に預けるとノブに歩み寄った。
「しゃがめ」と美月がノブにボディブローを見舞い、屈ませると頭の臭いを嗅いでいる。
「普通の汗臭さ。特別臭いわけじゃない」と冷静な顔で美月が言い切った。ノブは屈んだまま少し体を震わせた。僕もノブの匂いを嗅いでみたけれど、特に臭いとは思えないので全然臭くないよと言った。
ヴァシルとレフスキがノブと僕を交互に嗅いで比べる。
ノブ・僕で変化は特にみられなかったが、またノブを嗅いだレフスキが、ぶごっと叫び気絶した。
一瞬ふらついたヴァシルは何かを察したらしく恐る恐るノブとの距離をゆっくりと縮めていく。
そして、ぐっと呻いて逃げる様にノブから距離を取った。ノブががくりと膝を折る。
「ノブ殿が悪いのでない。おそらくセン様の所為であろう。セン様の極上の香りの後に別の者の匂いを嗅ぐと強烈な臭いに感じるのだ。我が耐えられたのは、多分効果時間が短いからと思われる。今であれば、ハギなる者も問題ないはず」と言ってヴァシルが再びノブに近づきスンスンと臭いを嗅いだ。
「やはり問題は無いのう」と呟きレフスキを起こしている。
ノブが女神でも見るかの様にヴァシルを潤んだ瞳で見つめている。
僕はハギを見つめて問いかけた。
「ハギにお願いがあるけれど聞いてくれるかな」
ハギは正確に僕の願いを理解しているのだろう。元に戻っていた顔が引きつったけれど、ヴァシルの行為を見ていたからか、暫く逡巡してコクリと頷いてくれた。
ありがとうとハギに礼を言うと、ノブへと近づく。
もしこれでダメだったらどうしよう。ノブの心のケアをどうやれば良いのか分からなくなる。止めた方がいいのかな。でも、ヴァシルが身を持って実証してくれたのだから、仮にも主と呼ばれる僕が彼女を信じないとダメだ。下手な考え休むに似たりだったかな、ここは動く時だ。今、苦しんでいるのは僕じゃなくて、ノブなんだ。
意を決してノブの頭の上にハギをそっと乗せる。
鼻と口を覆っていた両手を恐る恐る開くハギ。驚いた顔をしたかと思えば、頭を傾げているハギの姿に、僕はホッと安堵の息を漏らした。
ハギが「さっきと違って臭くはないけど好きじゃない」とハッキリ言葉にすると、ノブも立ち上がり「怖がらせちまって悪かったな」とハギを麗美の頭に乗せて苦笑いを浮かべた。
麗美とハギが互いに何で何でと疑問と不満を口にするも、また同じ事が起こると面倒と美月がバッサリ切り捨てた。




