4.学校へ行こう
またサトミから睡眠教育を受けていた様だ。
拠点での生活よりもこちらでの生活の方が、サトミの起床時間が早い。
ヨーコは実家からサトミの所へ通っている。大体ヨーコが来るギリギリにサトミの目が覚めるそうだ。
しかし、今日はサトミが自室にいなかったのでアタフタする使用人を放置して僕の部屋へ直行してきたそうだ。
ヨーコの予想通り、僕の部屋で寝むりこけていたサトミを見つけ口論となり、僕も巻き添えをくらい起きる羽目になってしまった。
「サトミ様、ここはもう王都なのですよ。どこから情報が漏れるか分かりません。洗脳は止めて下さい」
「拠点もお城も一緒よ。守りは万全、そうでしょヨーコ。それと睡眠学習よ」
「洗脳じゃないですか、絶対だめです。それと急がないと」
「そうね。あっ!明日から美月と麗美も参加させようかしら?」
「本人が望むのならばよろしいかと」
「大丈夫よ。それじゃ行ってくるわね、セン」と窓枠に立ったサトミが手を振る。
「2人とも行ってらっしゃい」2人がどこへ何をしに行くのか知らないけれど、窓から出て行くのは止めて。
さて、時刻はまだ午前5時を過ぎたばかり。2人が出て行った窓から入る少しひんやりとした空気が気持ち良く、見上げる先には雲のない澄んだ青空が広がっている。
理由はどうあれせっかく早起きしたのだ、身支度を整え中庭へと移動する。
万能武器を棒にして仮想敵をイメージして素振りを始めると、「セン、どこにいる」とノブの声が耳元で聞こえる。中庭で自主練している事を伝えた。
ノブはこの場にはいない、ノブが魔法で僕に話しかけているのだ。
昨日美月が覚えた声を飛ばす魔法をみんなで覚えた。
使用者が使えるだけでは、一方通行で会話は出来ないが情報を伝える意味では優れた魔法だ。しかし、お互いが使える場合は会話が出来るので、僕たちに覚えないという選択は皆無の必須魔法だ。
しかも、声に出す必要もないので誰かに聞かれる心配もないし、複数同時に会話も出来る。僕たちの間でこの魔法をマジカルホン略して『マジホ』と呼ぶ事にした。
ノブが来たので2人で実戦稽古をした。素振りよりも相手がいる方が断然いい。
「セン、俺の仕入れた最新情報によればこの街には巨人がいるらしいぞ」と休憩中のノブが話す。
「巨人・・・小人がいるくらいだし、そっか巨人もいるよね。どれくらい大きいのかな」
「3メートルから4メートルって所だろ。巨人は外門で見れるらしいぞ」
「そっか、ギルドの仕事をしてれば見る事もあるかもね」
そこへ美月と麗美からもマジホがきて4人で実戦稽古をした後、みんなで朝食を摂った。
このお城では、全員で食事をする事になっている。
「今日は学校に行って図書館で調べ物だったかしら?」
「うん、その予定。手続きを済ませたら図書館って感じになると思う」
「そう、それなら今日もシュウサクを案内につけるわ。お願いねシュウサク」サトミの命にシュウサクが畏まりましたと答える。
「今朝は2人でどこに行ってたの」
「我々は仕事だ」
「コレを拾い集めてたのよ」とサトミが琥珀色の小さな宝玉を見せてくれた。
「綺麗。不思議な力を感じる」と美月が宝玉を見つめている。
「美月と麗美は触っても良いわよ。センとノブは絶対ダメ」とサトミは空中にフワフワと浮いた宝玉を美月の元へと送る。
「姫さんが言うなら理由があるんだろ」
「そうだね」
美月と麗美が宝玉を手にとって触り心地と美しさについて感想を述べていた。
しかし、なぜ朝早くに?急いでたよね?その辺りの疑問を聞いてみた。
この宝玉に見える物は、”樹珠”と呼ばれているそうだ。世界樹と王樹の贈り物として厳重に国が管理しているそうだ。条件は早朝で女性で適正のある者でないと採集出来ないそうだ。それ以外の物が触れればすぐに溶けてなくなり摘む事さえ出来ない。早朝なのは、朝日が直接当たり一定温度に温まるとこれもまた溶けてなくなるそうだ。採集に参加した者は、報償として10日間の合計から1割ないし1個が貰える事になっているそうだ。
「樹珠ってたしか飲み物の名前に」
「そうよ、国民には1ヶ月に1度無償で配給される飲み物よ。これって水に簡単に溶けるのよ。そうやって薄めないと飲みにくいって理由もあるわよ」
「それで今朝、サトミ様が美月と麗美にも手伝わせてみようと考えられたのだ。適正はあるようだ。どうだ、美月も麗美もやるか?」
麗美と美月はちょっと逡巡したものの、明日から樹珠拾いに参加する事に決めた。
僕たちは、シュウサクの案内の元、王立魔法学院入り口までやってきた。目の前には門や柵や塀なんてものは一切ない。森に囲まれた奥へと続く道と等間隔に設置された燈籠が見えるだけ。
目の前には小さな一軒家がある。壁には王立魔法学院へようこそと書かれている。
扉をノックすると、返事が返ってきた。扉を開けて出てきた人物は、白のブラウスに紺のタイトスカートの男性だった。シュウサクによるとトランスジェンダーは珍しくないそうだ。
彼女は守衛で現在学校が長期休校中だと教えてくれた。ただし入学手続きは可能だと言うので、入学許可証を渡した。手の甲にスタンプを押された僕たちは、学校の簡略図を使った簡単な説明を受けた。
王立魔法学院には、教室と学生寮と巨大図書館オモイカネと魔法研究棟に実践演習場など様々な建物がある。入学資格は10歳以上で魔法の才能が有る者、若しくは王立学院・騎士養成所の優秀卒業生、特級技術者のみが学ぶことが出来るそうだ。後者は、魔法が犯罪として使用された場合の立件や軍事利用、魔法具の開発を目的としている。
僕たちは実際に学生寮などを見学した後、巨大図書館オモイカネへとやってきた。因みに、ヴァシルとレフスキは入る資格がないので守衛の一軒家にてお留守番をしていたりする。
司書らしき人物と学生が数名ちらほら見かける。
僕たちの第1目的は元いた場所に帰る。方法は分からないので召喚魔法なり転移魔法なり便利そうな魔法がないか探す事。
司書に聞いてみたが、召喚魔法は現在使える者がいないという。転移なんて便利な魔法は存在しないそうだ。『改装具』や『倉庫珠』があるんだからあっても良さそうなんだけど転移魔法はないらしい。
ならば召喚魔法はといえば、遙か昔に使用できる者がいなくなり廃れた魔法だそうだ。文献はあるが、文字を読める者がいないそうだ。一応本を見せてもらったけれど、読めなかった。
他にも読めない本が沢山ある事が分かった。召喚魔法が書いてある本と似た様な文字や全く違う文字が数種類。何れもかなり昔の物だという。
この国、アヴァール王国についての歴史を調べる事にした。なぜ、読めない本があるのか。この国の始まりにヒントがあるはずだ。
本の名前は『アヴァール王国建国記』。
今からおよそ1000年前、この世界は新世界創造といわれる未曾有の大災害で生物の大半が死に絶え突如異世界と融合した。
伝説や伝承や神話といった夢物語の存在が溢れだしただけでなく大地や海や空までも混じり合った。
幸運にも圧倒的捕食者や殺戮者から逃れ隠れた者達も水や食料の確保が出来ず命を落としていった。むろん圧倒的捕食者や殺戮者も例に漏れず環境の激変に対応できないものから数を減じていった。
そんな中人種は世界樹と呼ばれる自分達にとって住みやすい空気を生み出す大樹の側に集まり混じり合い、現在の新人種が暮らすアヴァール王国の首都である『始まりの都フォルトナ』の基礎が出来ていった。
新人種とは地球人やエルフやドワーフやホビットや獣人と言われた亜人間とが混じり合い産まれた人間である。その後も悪魔や天使等との人間型混血種が受け入れられ現在に至る。
しかし、捕食衝動・殺戮衝動の強い者は諍いと社会基盤を破壊するため、国外追放となった。事実上の死刑宣告であった。
世界樹のもたらした恩恵は、綺麗な空気と水と命珠と樹珠である。
樹珠は単体だけでなく薄めても効果があり怪我や病気を治し体力気力を向上させ、摂取可能な食料の選別や生産に至るまでの長期間、餓死者を出さなくて済んだ。
命珠は食材・資源の探索や選別作業での事故死や建築・建設作業での事故死に使用された。
言葉の問題は世界が混じり合った時に一定の知性を有する生命体には無くなったが、文字は漢字&ひらがな&カタカナが採用された。これは種族の特性なのか智への探求心が強い種族は新しいものを覚える喜びを優先し、文字という概念が無い種族もいれば、文字で無く口伝で語り継ぐ文化の種族がいたからだ。
そして旧世界の科学文明はほぼ消え去っていた。仮に全ての科学技術の知識を持つ人間が生き残っていたとしてもそれを作り出せる者がいなければ意味が無い。専門分野も多岐に細分化された知識や技術がそうそう再現できるはずもなく資源自体も様変わりしていたためであり、新たな技術である魔法の存在も大きかった。
ただし、純粋魔法は素質が無いと使えず、素質が無い者が扱えるのは加工された魔法具だけである。
初期の魔法はエルフ種の指導の下に行われていたが、交雑と世代交代が進む内にだんだん種類も増え技術者が増え発展していった。
新人種は勢力圏を拡大すべく未開の地と化した世界を開拓しなくてはならなかった。結果戦闘は不可避だった。新しい武具や道具や乗り物などの開発、既存・新種の資源の発見・獲得。食料の生産規模拡大や新しい活動拠点の構築と順調に発展していった。・・・以下省略。
ドラゴンと戦っただの天災がどうだと長々と書かれている。
しかし、僕たちにとって重要なキーワードがあった。
地球人。
世界の融合とか神話とかよりも、地球人。
正に青天の霹靂だった。
なるほど、フォルトナの街はピンポイントに日本語圏だったのだろう。
そして、当時のエルフに対して怒りにも似た感情が沸き起こる。どうして、召喚魔法を日本語に訳して残しておいてくれなかったのかと。
八つ当たりだと分かっているけれど、精神的にかなりキタ。
「ははっ・・・はぁーあ。昨日で一生分驚いたと思ったけどよ、もう何でもありだな。本の内容が出鱈目とも思えない所がよ。混じり合った世界か、神や仏に助けを求めてみるか」とノブが溜息混じりに嘯く。
「見つけ出す。力を借りる。その為に強くなる」美月が力強く吠えた。その言葉に活力が湧いてくる。
落ち込んでいても仕方がないので、新しい情報の整理をする。天使が居たんだし悪魔もそりゃいるよね。
あと樹珠の他に命珠という物があるようだ。事故死に使用されたってどういうことだろうか?
命珠はシュウサクに聞いて解決した。24時間以内の寿命による死亡でない限り、肉体があれば生き返れるそうだ。復活の呪文はないけど、時限蘇生アイテムはあるんだ。
本の内容を信じるならば、ここは未来の地球でもあり異世界でもある。
神なんて存在もいそうだし戻る術は可能性としては皆無とは言えない。
この世界を調べる為には、強くなる。
生き残る為にも強くなる。
やる事は強くなる事だ。今はシンプルでいいと言う事が分かっただけで良い。
僕たちは図書館という利点を生かし、魔法を覚える事にした。
初級魔法の魔法・序も馬鹿に出来ない。再度有効な魔法がないか調べる事にした。
・排出の魔法・・・対象の有する魔力を削ぎ落とす。魔力容量過多状態を治す事が出来る。つまり、魔法を中心に使う敵なんかには有効な魔法って事で採用。
・魔素吸収の魔法・・・自身の魔力回復を行う魔法。備えあれば憂い無しって事で採用。樹珠の恵みが無い時用。
早速実践演習場で魔法を使ってみる事にした。今回は僕と麗美がペアで、ノブと美月がペアだ。
相変わらず恥ずかしい台詞の詠唱をして、お互いに魔法を発動する。
受けてみると脱力感がとんでも無い。一瞬立ち眩みにも似た感覚が襲ってきて、ガクッと膝が折れた。
「これって初級魔法なのか?連続で使えば気絶は確実、ハッキリ言って凶悪だぞ」
「魔素吸収でどれくらい回復できるか試すには丁度良いと思う事にしようよ」
「気絶するか確かめないと」美月がノブに排出の魔法を放ち、ノブが気絶した。しかし、僕の意識も飛んだ。
目覚めると、麗美・ノブ・美月が倒れていた。見た感じ怪我とかはしていないみたいだ。
そして笑い声が聞こえてきた。
声の主は、僕たちと同じかちょっと歳が足りないと思える、男が2人に女が1人。
「こいつら本当に気絶したぞ。笑える」
「実験を手伝ってやったんだ、感謝しろよ」等と笑いながら都合の良い事を言ってくる。
「君達がやったの?」と僕が尋ねると、3人は大笑しながら肯定した。
「それじゃ、きちんとお礼をしなきゃだよね」立ち上がりながら魔素吸収の魔法を唱える。みるみる気力が充実していくのが分かる。
「排出の魔法くらいで気絶する雑魚がなんでここにいるんだよ。お前達は才能がない」
「初級で喜ぶ初心者を手助けしてやるのは先輩の務めだ、気にするな。お前達、見込みはないけど」
「正直でごめんねー。でも魔法の世界は厳しいから早めに気付けて良かったじゃない」
あぁ僕たちは今日まで出会った人に恵まれていたんだなと痛感した。そして油断していた自分の甘さに腹が立つ。
親友を嘲笑う目の前の3人に感謝しよう、油断大敵を実体験させてくれたのだから。
ただし、報いは受けてもらうけれど。
「君達にも同じ魔法をお返しするね」僕の宣戦布告に3人は大笑するだけだ。
3人一塊なので丁度良い。一番近い相手に接近し排出の魔法を放つ。
魔法を受けた男が昏倒した。それを見た残り2人の顔に困惑が浮かぶ。
続けてもう1人の男にも魔法を放つ。
1人目と同様に昏倒した。
1人残った女の顔に恐怖が浮かび何事か叫びながら逃げ出した。が、遅い遅すぎる。
女性だろうと見逃すつもりはない。
背中に至近距離で排出の魔法を放つと、彼女は昏倒した。
麗美・ノブ・美月を起こして事情を説明した。怒った3人が昏倒している3人の顔に落書きしている。
そのまま昏倒している3人を放置して行こうかとも考えたけれど、起こしてから図書館へ戻った。
シュウサクは事件の一部始終を見ていたが、危険性はないとみて傍観していたそうだ。
この出来事により、排出の魔法が攻撃魔法に分類されるようになった。
反省を踏まえ魔法・序を全て覚える事にした。何が役に立つか分からないからだ。
途中お昼は学生寮で食べる事が出来た。やっぱり肉・芋・スープで塩味オンリーだった。
結局この日は、魔法・序を覚える事に費やした。




