1.1人前
サトミのお城に泊まった翌朝、僕たちは魔鉱石の詰まった布袋を渡された。ギルドの登録にはお金が必要で初期費用もそこそこ掛かると言う事だ。
都の案内人として使用人を1人付けてくれた。彼の名前はシュウサク。茶髪に白髪交じりのダンディな如何にも執事風のおじさまだ。声もなかなか低めで渋い。
因みに、歩いて街まで向かう。なぜかって、騎獣がいないから。
サトミ曰く、「街に用がある時は自分で飛んでいくか三ツ星に乗るかだそうだ。食べ物は自給自足出来ているので問題ない。週に1度商人がやってきて必要な物を補充・注文・修理依頼などするから」だそうだ。維持費の方がコストが掛かると。貴族というか王族なのに多少の見栄とか気にしないようだ。
高台にあるサトミのお城の門を出ると、巨大な木を中心に網の目の様に張り巡らされた水路と色鮮やかな石造りの街が目に入る。巨大な木が『世界樹』だと一目で理解する。幹が聳え立つだけで、枝葉なんて雲に隠れて確認する事が出来ない。
シュウサクから地図を見せてもらい説明を受けながら街へと歩いた。地磁気が狂っているのかコンパスは役に立たないが地図の上を北として見る事にした。
周囲をポテト山脈に囲まれた世界樹のある都、フォルトナ。世界樹は街の中心にあり周りを壁で囲まれている。
大まかに北・中央・南と3区画に分かれている。
街に流れる2つの大河、北を流れるマジャニ川と南を流れるポジョニ川。マジャニ川より北を北区、ポジョニ川より南を南区、4つの街道が交わる世界樹付近を中央区としている。
北区は宮殿と王侯貴族と高位高官の居住区、王立学院などの施設がある。また火山のヴィトラシャ山がありその周辺には温泉が豊富に湧き出ており、一部は中央区の大型公共温水施設にも利用されている。
南区は居住区と食料生産用地。
中央区は各街道沿いに各地方の特産品が並び外門から街の中心へ向かうにつれ露店・屋台・平屋・複合店と規模が大きくなる。また各種職業組合本部や政庁などの公共施設がある。周りの山々には鉱山・伐採場・騎獣用の放牧地・大規模演習場などがある。
僕たちが目指す場所は、中央区にある学校だ。ここで卒業試験を受けて合格する必要がある。1人前の証を手に入れないと始まらない。道の側に立つ木々からは、小鳥の囀りが聞こえる。時折吹き抜ける風が心地良い。道には燈籠が等間隔で設置されたいる、しかも石畳だ。なんでも鉱山から廃棄する石を道路整備や住宅材として利用しているそうだ。歩いているだけで、シュウサクからどんどん情報が手に入る。
1時間ほど歩いてようやく賑やかな大通りに合流した。目的地はもうすぐらしい。しかし、驚いたの何のって。犬や猫の獣人だけじゃなく魚人間やトカゲ人間や頭に角の生えた赤い肌や青い肌の人間、翼が有ったり半透明になったり昆虫人間と雑多なんてもんじゃない。
「吃驚を通り越して、もはや圧巻だね」
「植物が歩いてるな。あれはカタツムリなのかヤドカリなのかどうやって区別するんだ」牛とか豚とか共食いにならねえのかとノブがブツブツ呟いている。
「セン、離れないでね」麗美が両手で左手を握ってきた。少し震えている。
「・・・異星人」
人の姿に似ていて意思疎通が出来る者は、みんなひっくるめて人種なんだそうだ。勿論好戦的だったり他者を餌としてしか見ない者は、アヴァール王国から追放されている。
僕たちは、最初にサトミ達と出会えた幸運に大いに感謝した。
何度目かの橋を渡って辿りついた学校は、3階建てで門はなく入り口に受け付けらしい蝶人間が座っていた。コスプレしてるとしか見えない出で立ち。メタリックグリーンの髪の間に黒く細長い触覚が生えている。顔は可愛い女の子だ。目が複眼だったりはしない。あくまで見た目だけどね。
「おはようございます。こちらは学校です。どういったご用件でしょうか」すらすらと流暢な日本語がハスキーな声と共に彼女の小さな口から紡ぎ出される。
「おはようございます、こちらで身分登録をした後、卒業試験を受けたくて来ました」と言って、サトミから貰った紹介状を受付に差し出す。
ノブ、麗美、美月も同様に紹介状を差し出していた。
「お待たせしました、こちらが身分証となります。卒業試験は学科ですか、兵士訓練ですか、それとも両方ですか」差し出された金色の小さなプレートを手に取ると、手の中に潜り込んで消えた。
コレも魔法の産物なのかだろうか、まさかナノテクの産物なんて事はないと思いたい。
驚き戸惑う僕がおかしかった様で、受付嬢がくすりと笑う。心配しなくても大丈夫と言われてもすぐには納得できなかった。
受付嬢は催促する事なく僕が落ち着くまで待ってくれた。
「両方お願いします」と受付に告げるとしばらく待つ様に伝えられた。
たいして待たされる事なく学科試験が行われる部屋へと案内された。読み書き計算と小・中学生レベルだった。
兵士訓練試験場は、建物奥に広い運動場施設があった。試験官との対戦だった。武器は近接遠距離など好きな物を選べる様になっていた。勿論素手でも構わなかった。試験官が認めれば合格だ。こういう、相手次第で結果が変わるのは不公平な気がするんだけど。
僕は棒を選んで試験官に参ったをさせ合格できた。ついでに騎士養成所への紹介状を貰った。試験は拍子抜けするくらい簡単に終了し1人前と認められた。手の甲にスタンプみたいな物を押されたけど何も付いていない。必要な施設を利用するなりすれば、ちゃんと1人前と判断されるので問題ないという事だ。
ついでに魔法の素質検査を受ける事にした。検査と言っても魔法・序と言われる初級魔法を使える事。必要な呪文を唱え効果が確認出来れば素質有り。まぁシンプルこの上なかった。魔法には相性があるそうで3回まで機会が与えられる事。事象を想像する事が大事だと助言を受けた。
呪文が記された本を渡された僕たちはそれぞれ魔法を選ぶ。
僕が選んだのは光の魔法。需要はないそうだ。理由は光虫がいるから、灯りを点す魔法を使う場面なんて滅多にない事だから。なるほど納得だ。魔法は詠唱がどれも似たり寄ったりで恥ずかしいけど仕方がない。
「此方から彼方まで万物に宿る光の精霊よ、我が声を聞け。我の求めに応じし精霊よ、我が元に集いて闇を払う光となりて顕現せよ”白”」書かれた通りに唱えると目の前にやわらかな光の玉が出現した。恥ずかしい台詞を唱えた事はすっかり吹き飛んだ。ちょっとだけ、否、かなり嬉しかった。
麗美は雷の魔法を選んだ様だ。
「天地に遍く降り注ぐ御柱よ、集え集え踊れ踊れ全てを貫く槍と化せ”雷”」麗美から黄白色の雷が飛び出し、離れた木偶に命中した。
木偶は命中した場所に穴が空き灰色の煙を上げていた。検査官があんぐりと口を開けていた。
我に返った検査官は麗美の手を握り褒めに褒めまくり、初めての魔法とは信じられないと驚きを隠さずかなり興奮していた。
手を握られた麗美はアタフタしていたけれど。麗美は魔法の才能も優れている様だ。
ノブが選んだ魔法は操作。ロープなど無生物を操る魔法。
「えーと、イメージでいいんだろ。ほら、動け動け。そうだ、いいぞ。良し、出来たぞ」ノブは詠唱をせずに目の前に置かれたロープを自在に操り蝶々結びにしてみせた。
またもや検査官が興奮した表情でノブを褒めていた。なるほど、ノブにも優れた魔法の才能がある様だ。
美月は声を飛ばす魔法を選んだ。離れた相手に声を届ける魔法。相手も同じ魔法が使えれば電話と同じ効果だ。
「・・・」美月が何かを呟いていた。暫くして遠くにいた検査官がやってくると合格と言った。
僕たちは魔法の素質ありと判断され、王立魔法学院への入学許可証を手に入れた。
目的を果たした僕たちは、入り口で待っていてくれたシュウサクとお供の2人を連れて冒険者ギルドを目指した。




