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緊縛魔法からはじまる恋なんてない。  作者: 志野まつこ
第1章 女神の異世界スローライフデビュー
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8、ついに妖精発見!

「最近魔王さん来ませんねぇ」


 ……ねぇ、何そのコンビニバイトの「最近あのお客さん来ませんね」みたいなセリフ。

 私の存在を魔王にうっかりもらしたピーター少年。

 リアル魔王だったら女神さま絶体絶命の大ピンチ、最悪は殺される展開だぞ。

 とんだうっかり野郎だよ。


 魔王とはあれからちょっと距離を取っている。

 そりゃそうでしょ。

 監禁されかけたからね。


 と━━いいたいところだけど。

 手足を縛ってたのは手ぬぐいみたいな布で、自分でも簡単に外せそうなくらい緩く巻いてあっただけなんだよねー

「思い切り殴って痛い思いすんのお前だろうが」

 って。

 またわたしが殴って手を痛めるとでも思ったのか。

 いや、だからって縛るのはおかしいだろ。


 なんだ、あれか。お前、病んでるのかってカンジだけど。

 5年も人との交流がないとああなるのか?


 鍋の上下を返しながら考える。

 牛肉ですよ。

 ここに来て初めて牛肉、手に入れたとですよ。

 ああ、興奮のあまり言葉がおかしくなる。


 昨日村を歩いていたら、「逃げた」とか「捕まえてくれ」とか聞こえた。

 そちらに目をやれば黒い大型犬が走って来るのが見えて━━


 実は、動物大好きなんです!!

 小型犬より大型犬派なんですー!!


 よーしよしよし、わしゃわしゃしてやるからこっち来ーい。

 あ、棒っきれは怖がらせるといけないから脇に置いとくからねー

 屈んで両手を広げて待った。


 もふもふで癒されたい! 満面の笑顔だったと思う。

 ん?

 なんか━━犬じゃなくね?


 得体の知れない生き物に対する気持ち悪さを感じた瞬間、思い切り激突された。

 ぐっふぅ、一瞬息が詰まったわ。


「捕まえてください!」

 あ、それ、わたしに言ってるよね。

 咄嗟に首輪を持って自分から遠ざけて顔をよく見たら━━それは牛の顔だった。


 大型犬だと思ったけど、牛だった。


 そりゃここの人達に大きな牛じゃ太刀打ちできないもんなぁ。

 牛はややコンパクトに出来てるんだな、良く出来てるわ。

 それでもやはり牛はかなり手強い家畜なようで、「女神さまは牛を素手で捕まえる」という、とんでもない女神像がまた一つ増えた。


 で、お礼に牛肉をいただいた。

 ちなみにさっきのとは別の牛さんらしい。

 住まわせてもらってる借家には村の皆さんからもらったジャガイモと、玉ねぎのストックがあった。

 うむ。

 肉じゃがを作るしかないでしょう。

 

 ついでに病んでる魔王にも食わせてやるか。

 一人で故郷の味を楽しむのも良心が痛む。

 それはもう、かなり痛む。

 こういう所が姐御と言われる所以なんだろうな。

 日本の味を思い出したら、日本の一般常識も思い出すかもしれないし。


 糸こんにゃくもしらたきも無いのは仕方ない。

 醤油っぽいものと、出汁っぽいものでなんちゃって肉じゃがを完成させた。

 うん、ちょっと違うけどまあ、ナシではない。

 ぎりぎりセーフな味だ。


 醤油、お前は偉大だった。

 日本人の心だよ。


 待ってろ、魔王よ。

 日本の味、しかと食らうがいい。


 いつもお世話になっているピーター君にも試食を兼ねて振る舞ってみる。

「へー、女神さまの世界のお料理ですか。美味しいですね」

 ピーター君が「お礼に」とお皿を洗ってくれている間に、魔王へのおすそ分けの準備をしていたら「あ」とピーター君が振り返った。


「魔王さんの所行くんですよね? そろそろ雨季が来るから、川とか橋の点検をお願いします、って伝えといてもらえますか?」


 ん?

 ピーター少年よ、キミ、今、なんて言った?


「え、どゆこと?」


「魔王さんの所に食料を納めに行った時、『道に大きな石が転がってて台車が通れなくて困ってるんですよねー』とか言っておくと直しといてくれるんですよ。はじめはまさか魔王さんだとは思わないから不思議な事もあるもんだと思ってたんですけど」


 おい、ピーター少年。


「それって他の人には……」

「言ってないですよ? 魔王さんが恥ずかしがるといけないですから」


 言ってやれ!

 そこは大々的に言ってやってくれよ!


「魔王さんって悪い人じゃないですよね。僕が初めて食料持って行った時も、『こんな子供に持って来させるなんて何考えてんだ』って虐待とか心配されちゃいましたし」


 ……なんだろう。

 どうしてどいつもこいつも妙にこうズレてんだろう。


 最近思ってる事があるんだよね。


 ツッこんだら負け。


 ━━さて、魔王んとこ行くか。



「他にする事無くて暇だし、食料もらってるし」

 奉仕活動をしてるのかと問えば、魔王はごにょごにょ言った。

 え、なに恥じらいでるんだよ。


「もー、みんなにそれ言えばいいじゃん。って何してたの?」


 今日の魔王は珍しく薄着で汗だくだ。

 あの黒い服は完全にやめたらしい。

 ていうかあんな黒い服どうやって手に入れたんだよ。


まき割り。そろそろ村外れのばあさんちの薪が無くなる頃だろうから」


 ……村はずれのおばあちゃんって、「妖精が薪持って来てくれるのよー」って言ってたあの、一人暮らしのおばあちゃん?


 そういや他にも「妖精が~」って言ってた人、何人かいたな。

「魔王はイレギュラーなのに、この世界はホントに妖精がいるんだ! 私もいつか見られるかな」と密かに楽しみにしてたんだけど、お前か。

 お前なのか魔王。

 わたし、実は日々わくわくしながら妖精探しをしてたんだけど。

 水瓶の裏とか、花のつぼみの中とか覗いてたんだけど。

 あの純真な気持ちを返せ。

 

 確かに、ここでの生活はのんびりで、せかせか働く日本人には「こんなにのんびりしていていいの?」と不安と罪悪感を覚えるほど暇だ。

 やっぱ日本人ってそういう民族なんだな、と思う。


 だから魔王、お前、マジで村で働け。

 お前の労働力はまさに売り手市場だぞ。


「あっちぃ」

 そう言いながら汗に濡れた前髪をかき上げ、シャツの胸元を引き上げて鼻の下の汗をぬぐう魔王。


 その瞬間、大きな驚愕に固まった。

 そう、私は見てしまったのだ。

 魔王のうっすらと割れた腹筋を!


 まさかと思って二の腕を確かめれば、こちらはしっかりとした筋肉。


 日頃、土木作業に従事している魔王はソフトマッチョだった。


 ヤバい。

 ちょっとツボった。


 あ、顔は思ってた通りそこそこのもんでしたわ。

 「上の下」と「中の上」の間くらい。

 私「さわやか」、とか「すっきり」、よりちょっと濃い目で色気がある感じがタイプだからさ。

 ちょっと評価が低くなったけど、人によってはストライクゾーンど真ん中だと思う。

 表現が炭酸飲料を連想させる顔立ちはそんなに盛り上がらないのよねー


 しまった。

 炭酸ジュース飲みたくなっちゃった。

 異世界ライフはこういう食の欲求を抑えるのがキツい。

 ああ、食と言えば魔王に差し入れがあったんだった。


「媚びへつらって懇願し、郷里の味に泣きむせぶがいい」

 持って来たバスケットをホレホレとチラつかせたら、顔をしかめられた。


「アンタの方がよっぽど魔王みたいだぞ」

━━ご尤も。

 今、わたしものすごい顔で言った自覚ある。

 うん、ちょっと、いやかなり楽しかった。


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