6、うわー、いやなもん見ちゃったわ。
30はもっと大人だ、とか5年って嘘じゃないかとか、不毛な言い争いになった挙句、「証拠を見せろ」「じゃあ見せてやる」ときれいな売り言葉に買い言葉で魔王の家に行った。
最近はいかがわしい事を言わなくなって、割と日常会話が出来るようになったから油断してた。
うん、馬鹿だった。
この間来た時は気にしなかった、衝立の向こう側。
先にそちらへ移動した魔王に促された瞬間、そこが寝室代わりの空間だと悟る。
マズい! 騙された!
即撤収!
そう動きかけて━━その一角の異質さに言葉を失った。
ベッドのまわりの壁一面に、手書きの模様。
×印をまず丸で囲み、次にそれを四角が囲んでいた。
5cm角ほどの模様が部屋の壁にタイルのように整然と並んでいる。
異様な数だった。
借家に何してる、退去時に修繕を迫られるぞ。
って、私もここの床にナイフぶっ刺したけどさ。
「ここに来てから日数を数えるためにつけ始めたんだけど」
はじめは斜め線、二年目に逆に斜め線を入れて×印になった。
3年目には×印を丸で囲んだ。
4年目にそれを四角で囲む作業。
隣の壁には途中まで×印に変えられた斜め線が一面並んでいた。
この執念めいたモザイク模様が、気持ち悪い━━
ふと、魔王の妙な動きに気付く。
いや連れ込もうとかそういう不審な感じではなく。
そういうつもりなら普通、後からついてくるだろうし。
不自然にこう……何かを隠してる?
そーっと首を倒して魔王の向こうを覗きこもうとすると、それとなく体をずらして妨げてくる魔王。
あからさまだなー
右から覗きこもうとして~、からの左!
フェイントをかけ、目にした数字の羅列を見て固まった。
『2006.1.27』
「ね、ねえ、あれ。あれって」
私はそれを震える指でさした。
昨日今日に書かれたものではないと、一目瞭然たる古ぼけたそれ。
それは、なぜか10年前の日付だった。
「━━俺が来た日。あっちは倍の速度で日数が経つって事になるのかも」
魔王は渋面だった。
長い前髪の隙間から見えたのは、勢いで連れて来たのを後悔してる顔だった。
ここで魔王が5年暮らすうちに、あっちでは10年経ってるって事?
もしくは来る時にちょっとずれた可能性もあるのか?
正解は分からない。
分かるはずなんて無いけど、たぶん、決定的に何かが違うんだ、あっちとは。
でもって魔王は、この間それに気付いたけど言わなかったんだ。
きっと魔王もショックを受けて、私もショックを受けるのが分かったから。
呆然と、へたり込んだ。
あー、もーほんとに。
どうしてついて来ちゃったかな。
これまで今の状況に対応するのが精いっぱいで、この先の事なんて考える余裕がなかった。
ここで。
これから。
いつまでとも知れず。
あっちの人に置いてけぼりにされて。
そのまま忘れられて行くのかと、そう思ったら、これまで堪えてきた物が一気に噴き出すのを感じた。
考えないようにしてきたのに。
「はあぁぁぁー……」
顔を覆い、大きな大きなため息をついてやり過ごそうとした。
「うぅ・う~~~~~~」
必死で堪える。
ダメだ、泣くともう立ち上がれない気がする。
この状況に完全に飲まれてしまいそうで、なけなしの理性でこれまで耐えてきた。
堪えろ。やり過ごせ。
ふと頭に人の手のぬくもりを感じる。
ああ、伊達に実質30年やってきてないって事か?
魔王よ、それは反則だ。