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緊縛魔法からはじまる恋なんてない。  作者: 志野まつこ
第1章 女神の異世界スローライフデビュー
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5、誰かこいつを黙らせてくれ。

今回 魔王の言動に不快感を感じられる方がいらっしゃるかもしれません。

上手く読み飛ばしていただけたら幸いです。

「なー、考えたか? 冷静に考えたら納得できただろ?」

 村の端の水汲み場にいたら魔王が寄ってきた。


 魔王は最近少し森を出るようになった。

 黒い服もやめて村の人達と同じような格好をしてる。

 うん、あれ、同じ日本人に見られるのは恥ずかしいだろうなと思う。


「何が? 馬鹿なの?」

 聞きたくなくて水がいっぱい入った木の桶を持ちあげる。

 この世界ではこの桶は台所に置いて水を何回も井戸から運んで貯めておくものらしい。

 それを1回で運べるわたしはこの村ではもはや英雄だ。

 おかげでお礼に、と色々いただけるので食うに困らない。


 村人は魔王の姿が見えるなり家に入ってしまうので、わたし達は激戦を繰り広げていると思われている。

 いやいや、静かなもんでしょうに。

 でもって魔王が帰ると「さすが女神さま。追い払ってくださった」と称賛されるんだけど、居心地が悪いことこの上ない。

 

 それは、同じ日本人なのに魔王とわたしの置かれた状況があまりにも違うからだと思う。

 同情はする。

 するけれどもよ!


「もういきなり手出したりしないから、棒持つのやめてくれ」

 いきなりじゃなかったら出すって事じゃねぇか。

 武器は捨てん。 


「でも俺しか相手いないんだから、しょうがなくない?」


 ……グーだ。

 グーで殴ってやんよ。

 開き直りやがったな。

 どうしてこの村唯一の日本人がこの馬鹿男なんだろう。


「ここの奴ら、みんなひ弱だろ? お前しかいないんだって」


「うっさい。意味が分かんない。滅びろ」


「だから、俺が入れたら死んじまうかもしれねーじゃん。ちょっと体位変えるだけで骨折しそうだし」


 あー……

 もう黙れ、雰囲気イケメン。

 魔王、お前今じゃ立派な引きこもりだけど、日本ではけっこうなチャラ男だったのか?


 ヤりたくて仕方がないけど、相手がいないので悶々と溜まりまくってるらしい。


「そんなもん自分で責任もって処理しなさいよ! 大人でしょうが!」

 だいたい性交をしない時間が続くと性欲っておさまるとか、落ち着くって聞いたんだけど!


「今まではそうして来たけどせっかくアンタ来たんだし、まぁ考えといて。アンタだってここじゃ相手見つからないって」


「だから決めつけんな!」

 腹立つわー。

 って、おい、お前なんでそんな呆けた顔してんだ。


「え、ここの男がお前としようとしたら折れるんじゃね?」

 

 なにがだよ、この馬鹿もん!

 頼むからこの下品な男の口を誰かふさいでくれ。

 あ、駄目だ。

 この世界でそれが出来る可能性があるのは━━私しかいないんだった。


 案外ナチュラルなスローライフに馴染んで日々過ごしてるのに、恐ろしくストレスがたまるんですけど。


「そうだ、アンタいくつ?」

 ホントこいつ不躾だなー

 今さらそんな会話遅すぎるだろ。

 順番間違ってる。


「魔王様はおいくつなんですか?」

 嫌味たっぷりに聞いた。

 本人の希望により魔王呼びなんだよ。

 こっの中二病が!


「25……って何で舌打ちすんだよ」

 魔王の少し言い淀んでからの答えに思わず舌打ちしてしまった。


 この世界に来てからずいぶんと柄が悪くなった自覚はある。

 あっちでは「姐御」ポジションだったけど、姉御肌が可愛く聞こえるほどやさぐれて来た自信がある。

 今まで舌打ちなんて人前ではしなかったのに。

 言葉遣いもすっかり荒くなってしまった。

 これではいかんと、慇懃になってみた。


「1歳と言えど自分より若いのは妙に腹が立っただけですー」

 刺々しい態度を隠す気もなく答えれば、魔王は「あー」と唸った。


「年上かー、ホントは年下がいいんだけどこの際妥協するしかねぇよなぁ」


 もうホント死ねよ、魔王。

 なんで唯一の日本人なのに日本語通じないんだお前、おかしいだろ。


「お前しかいない」

「俺、諦める気ないから」

「逃がさねーから」とか……


 ケータイゲームのCMとか少女漫画とかで見そうな、女子をキュンキュン言わせる事も可能なセリフなハズなのに。

 その目的がヤリたいだけとか。

 なんて残念な異世界デビュー雰囲気イケメンなんだろう。


 魔王がいるから棒から手を放せない。

 これじゃ仕事が進まない。

 水桶持って来ちゃってるから早く各ご家庭に返してあげたいんだけど。


 そう思ってたら魔王が手伝ってくれた。

 ていうか持って来てた4軒分、全部やってくれちゃったよ。

 おかげで棒を手放さずに済んだわ。


「持ってってやりたいけど、俺行くとまずいから」

 うん、まぁ魔王だもんね。


 村のみんなはわたしが力仕事すると「女神さまを働かせるなんてとんでもない」と慌てるけど、わたしもとは日本出身の社蓄だからさ。

 働かざる者、食うべからず、が完全に身に染みついちゃってるんだよね。

 もう「何でもいいから仕事させてください」ってカンジなんだけど……そうか、魔王よ、お前もか。

 引きこもりだけど就職願望はあるんだな。

 

 あ、そう言えば。

「ねえ、魔王様、いつこっち来たの?」

「5年前」

 ふと思い出して聞いてみれば、即答された。


 ……思ってたより長かった。


「あー」

 なんと声をかければいいか分からない。

 分からないけど、一つだけ分かった事がある。


 ハタチでここに来たら、そりゃコミュ障にもなるか━━


「って、ハタチでシステムエンジニア?」

 専門学校出てすぐとか?

 もしかして優秀だった、とか?


「俺、25でここに来て5年いるんだよ」

 魔王はポツリと言った。


「じゃあ30じゃないの?」

 なんでそんな大それたサバを読むんだ、お前は。

 それまでの同情は綺麗に消え去り、イラッとした。


 でもまぁ確かに、20代前半の若造にしか見えないんだよ。

 だから余計にイラッと、怒りに黒いものが混じったとしても仕方ないだろう。


 30たる者の何かが足りないんだよ。

 こう、なんていうか落ち着きと言うか、にじみ出るものと言うか。


「30のはずなんだけど、なんか見た目も体も変わってない気がするんだ。あっちとじゃ時間の流れが違うのか、こっちがそういう世界なのか分からないけど」


 うーん、なんか中二病ちっくな事言ってる気がする。


「わたしが来たのは2016年の4月10日だよ」

 なんせ地元では高給取りと有名な会社の社員さんとの合コンだったからね。

 ちょっと楽しみにしてたから間違いない。


 魔王は少し黙ってから、「へー」とだけ言った。


 なんだ今の。

 

 そうだ。

 こいつは年下のコミュ障なんだよ。

 わたしはそこで魔王の正体に気付いた。


「5年も経ってるから魔王は日本人たるものがどう言うものか忘れちゃったんだね。こっちに来る前、女の子にそんな事言ってた? 言っとくけど、わたしは遊びの関係はご免だし、そういう事を軽々しく言う男もあり得ない人なので。もう少し日本人らしいコミュニケーションを要望する」


 日本人たる心を思い出せ。

 切に訴えたら、魔王はちょっと考え込み始めた。


 もー、はじめからこう言っておけばよかったんだよ。


 関係を切ることは出来ないのは目に見えてる。

 知らん顔できたらそりゃラクだけど、この状況かで唯一の「同じ人種」を無視して過ごすって無理でしょ。

 もう泣きたい。


 例えるなら飲みに行ってバッタリ中途半端な関係の同級生に会っちゃうようなもんなんだよ。

 お互い「同級生じゃねーか」と認識しながらも声をかけるほどではなくて、狭い店内、しかも割と近い席で別グループで飲んでるような、あの感じ。

 飲み会なら数時間で終わるからそのまま会話もなく終わってもいいけど、ここじゃそうはいかないっしょ。


「はじめから遊びってワケでもないけど━━━じゃあ友達からってことで」

 あ、そうなるのか。


 うん、確かにそりゃ日本人らしいわ。



 翌日、村の女の子に内緒話を持ちかけられた。

「ママにはナイショね。見てたのバレたら怒られちゃう」

 西洋人系の、くせ毛が可愛いすぎる。

 魔王も女神もいないけど、天使は間違いなくいるわ。


「女神さま、昨日魔王に水汲みさせてたね。かっこよかった~」


 棒で脅しつけて水汲みをさせていたと認識されていた。

 満面の笑顔が眩しかった。


 


今回は書いてて自分でも魔王が嫌になりましたわ……

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