3、リアル脱出ゲームのお時間です。
「で? 魔王、あんたはあっちじゃ過労死寸前の状態で会社の階段から落ちた拍子にこっち来たパターンね?」
痛めた右手の拳に勝手に拝借した布巾を濡らして当てながら、確認した。
システムエンジニアは労働時間長そうだもんね。
階段から落ちると、来るんだな?
なんか……ありがちだなー、という感想しかない。
ちなみに魔王は床に正座させている。
両手は後ろ手に縛り上げといた。
こちらの人達の身体的特徴に気遣える点を評価しての、この寛大な措置。
そんな恨みがましい目で見られるのは心外だ。
むしろ感謝して欲しい。
「そのシステムエンジニアさんが、なんで魔王になってんのよ。中二病なの? それとも異世界デビューってやつ?」
貶すように言ってやる。
魔王は一つ大きなため息をついた。
「俺、真尾田っつーんだけどよ。こっち来た時、冬だったから黒っぽい服とコート着てて。名前を聞かれて答えたら……なんか勝手にそういう事になってたんだよ」
え? 名乗っただけで?
名前……
ま・お・だ━━━さん?
ん? んん?
え?
それ「魔王だ」に聞き間違えられちゃったって事?
動揺して、自分の名前もろくに言えなかった結果らしい。
まあ……いきなり上から下まで真っ黒な生き物が現れたらパニックにもなる、かな?
こっちの人はそんな配色の衣服着てないし。
しかも「まお、だ」みたいに言われたら間違っちゃう、かな?
……ごめ、笑っちゃ……だめだよね?
口元がひくつく。
「目が悪くてメガネしてたんだけど、こっち来た時は無くって」
目を眇めて村人を見たせいで余計に怯えられたんだな。
でも━━
「目が悪いと不便でしょ」
思わず同情した。
私も少し目が悪くて、日常生活に支障はないけど運転する時だけはメガネをかけてる。
曇りの日なんかは特に見えづらいんだよね。
見ず知らずの、しかも地球じゃないような所で視力が奪われるのは恐怖でしかない。
「はじめはそうだったけど、パソコンとか携帯とか無い生活で、山の緑ばっか見てたらなんか視力回復したらしくて問題ないからいいんだけど。あ、ブルーベリーみたいな実のせいかも」
……緑とブルーベリーすげぇな!!
え、てことは私も視力回復するかな!?
一瞬盛り上がってしまった。
「怖がられてるうちは危害を加えられそうにもないし、食料は運んでもらえるし、そのままなし崩しで━━」
ニートな魔王の出来上がりってワケか。
うわー、ひくわー
「なぁ、アンタ、こっち来た時どんなカッコだった?」
突然言われ、つい素直に思い出そうとする。
「えと、私は春で」
合コン仕様の気合いの入った白のシフォンのワンピースとカーディガン。
あと、そうそうスプリングコートも着てたはずだ。
そう言えばカーデもコートもこっちに来てないな。
コートは今年買ったやつだったのになー、って。
えっ!?
それで女神さま?
……みんなー、見た目に惑わされ過ぎだよー
第一印象が全て、っていうのも分からないでもないんだけどさー
ちょっと魔王が可哀想になってきた。
いや、正確には真尾田だけど。
そのまま帰ろうとしたら縄を外せと言われた。
何をご冗談を。
「外した瞬間、襲って来ない保証なんて無いじゃん。3日後くらいにピーター君が来るだろうからその時外してもらって。水分補給は泉があるんでしょ? あー、どうしよ。ズボンだけは緩めといてあげようか?」
さすがにそこまでは私も鬼じゃない。
男兄弟がいるとパンイチ姿なんて日常茶飯事だし、遠慮は無用だぞ。
魔王は絶望的な顔とはこんな顔か、みたいな表情をした。
「手は出さないから、解いてってくれ。ここの奴らに魔王が弱いなんてバレたらまずいんだ」
長い前髪から覗いたのは、悲愴な面持ちだった。
ピンと来た。
こいつはコミュ障だ。
元からそうなのか、ここで過ごすうちにそうなったのかは分からないけど、いきなり肉体関係を迫って来る事からしてもまず間違いない。
村人達との付き合いが面倒なんだな?
怖がらせとくと都合がいいんだな?
この性悪が。
生理的嫌悪に近いものを感じながらも、「これは━━使えるんじゃね?」と思いついた。
小さなキッチンに包丁を探しに行って、ナイフを見つけ出す。
それをチラつかせながら魔王の背後に回れば、あからさまに動揺した。
せーのっ。
ダンッッッ!!
思い切り木の床に包丁を突き刺したら、魔王が面白いくらいビクってした。
いやいや、さすがにいきなり刺したりしないから。
ドラマとか漫画でよくあるあれだよ、ロープを自分で切って誘拐犯とかから脱出するやつ。
やっぱり目の前で自由になられるのは怖いからね。
時間稼ぎになるかな、と。
「今度私になんかしたら、全部ばらすから。じゃ、自力で頑張って」
魔王を脅迫して、私は家路についた。
うーん、あれってリアルで上手く行くもんなのかな。
1日くらいで死にやしないだろうけど、明日の午後あたりちゃんと脱出に成功したか見に行かなきゃいけないかなー
なんとも世話の焼ける魔王だ。