2、こっのクソケダモノが。
貴重な日本人に巡り合えて、私のテンションは一気に振り切れた。
「ちょっと魔王と戦ってくるね!」
オロオロしているピーター君にそう言うと、魔王の腕を引っ張って魔王宅に押し掛ける。
だってさ、ピーター少年の代わりに引き車引いてたんだよ。
わたしに気付いて慌てて返してたけど。
悪い人には思えなかったんだよ。
「こっちにはいつ来たんだ?」
魔王宅は森の奥の古い簡素な小屋みたいなところだった。
ここには勝手に住み着いているらしい。
小さなリビングのソファに座ると、魔王はお茶を出してくれる。
うん、間違いない、日本人だ。
「3日前。ねえ、帰る方法ってやっぱり無いの?」
分かり切っていたけど一番に聞いてしまうのは仕方ないだろう。
でも薄々感じてるんだ。
「あったらこんなとこにいるワケないだろ」
「だよねー」
帰る方法があればこの魔王はこんなに生活感あふれるお宅に住んでいないはず。
温かいお茶をいただいた。
「あんた、来たばっかりだってのに落ち着いてるな」
「まー、慌ててもねぇ。というかなんかあんまり実感がわかなくって。日本語も通じたしね。あ、でもこれで3日無断欠勤になるのかー」
帰れないなら気にしなくてもいいんだけど、帰ったら無職かぁ。
はー、就職して4年、せっかく仕事の全体像を把握して、自分で仕事を回せるようになって楽しくなってきた所だったのに。
どうして私がこんな目に……
遅ればせながら理不尽と不条理を感じ始めた頃、ふと魔王が隣に移動してきた。
「変わってんな。あんまり色々気にしない性質? まあ、ちょうどいいか」
前髪、長いなー。
鬱陶しくない?
そこそこ整ってる系だろうにもったいない。
「んじゃ、やろっか」
は?
帰る方法ないって言ってたけど、なんかいい手があるの?
儀式的な?
聞こうとしたら、上半身を寄せてきた魔王はウエストから服の下に手を滑りこませてきた。
そのまま圧し掛かってくるように顔を寄せられる。
この世界にキャミソールなどと言うものはない。
村人さん達からいただいた服は、意外と着心地が良くて気に入ってたけど、防御力はなかった。
直にお腹を撫で上げられ、手はとどまる事を知らずそのまま片胸を覆ってしまう。
一張羅のブラとなってしまったソレだけは身につけていたけど、レースの上からまさぐられた上━━ちょっと弄ばれた。
「ふ……」
唇から思わず声が出る。
気をよくしたのか魔王の唇に薄い笑みが浮かんだのが見えた瞬間━━
「ふざけんな━━!」
一瞬のためらいもなく、ボディに拳を叩きこんだ。
綺麗にアッパーが決まる。
ぐっと呻いて体勢を崩した魔王の顎に、フックもお見舞いする。
が、顎には当たらず頬を掠めるにとどまる。
頭で考える前に、反射で手が出た自分を褒めてやりたい。
兄と、弟が二人いる女を舐めるんじゃねーよ。
幼少の頃から鍛えられ続けてるわ。
上から身を持って学ばされた格闘技を、弟に実戦で試すというループが延々続くのだ。
まあ、10年近くのブランクがあるとはいえ、咄嗟に手が出た自分を褒めてやりたい。
そんな反撃をされるとは思ってもいなかったのだろうから、割といろんな意味でのダメージは与えられたと思う。
その後、床に片膝をついた男の背中に同じく本能ですかさず馬乗りになって関節技を決めてやったら、すぐに降参してきた。
根性なしが。
さすがに本気で殴ったから右手の拳は少し痛めたけど、貞操の危機だ。
そんな事は言っていられない。
日本で今みたいな目に遭えば、恐怖のあまり動けなかったかもしれない。
でもここはまさにサバイバル。
自分の身は自分で守る、その為には相手を傷つける、果ては再起不能な状態にする事も辞さない覚悟が一瞬で出来た。
だって、そうしないと反撃されたら勝ち目がない。
そこまで一気に悟った。
ここは日本じゃない。
退治してくれって言われてるから、やっちゃっていいはず。
感謝されこそすれ、罪に問われる事はないはず。
それに━━ここには家族も、知り合いもいない。
失う物なんて、ないじゃんか。
今のわたしに残されたのは、自分の身体しかない。
それをそうやすやすと蹂躙されてたまるか。
「あんた、村の女の子にもこんな事したんじゃないでしょうね!?」
この腐れ外道。
関節とは逆の方向に力を加えながら尋問する。
「してない! そんな怖いこと出来るワケねーだろ!」
「はぁっ!?」
「ここの貧弱な人間に入れたりしたら死ぬかもしれねーじゃねーか!」
魔王の叫びの後、沈黙が落ちた。
あんまり深く考えずに、聞かなかった事にしたい。
その日、魔王との戦いの火ぶたは切って落とされた。




