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緊縛魔法からはじまる恋なんてない。  作者: 志野まつこ
第2章 魔王の自業自得こじらせライフ
22/23

9、うちの魔王が可愛いとか、どっかで聞いたような

 昨日の事を覚えているか?


 起き抜けにそれを確認し始めたのは私ではない。

 それはこっちのセリフだと思うんだけど。


 私は真尾田ほどは飲んでなかったから、朝から割と普通に動く事が出来た。

 姐御肌ってのは自分より弱った人間がいると、それは無駄に張り切っちゃうもんで。


「薫さま達が引っ越した事? あ、今日と明日の仕事は全部キャンセルになったから」


 昨夜のうちにピーター君が教えてくれた。

 花婿は結婚式の翌日は1日寝込んでいいそうだ。

 二日酔いで動けない花婿を、花嫁が献身的に介抱する。

 それが新婚の『ヒューヒュー、お熱いね!』ポイントで、初夜がどうこう言う概念はないらしい。

 結婚が決まるや否や、依頼先から次々キャンセルの連絡があったというから、この村の風習は恐ろしい。

 他の村人の皆さんも負傷者続出で村が機能しないというのだから、本当に恐ろしい。

 でもって明日も新郎の引っ越しのため、ピーター君が予定を空けてくれたので二連休。


 実を言うと真尾田にプロポーズの返事をした覚えはないんだけど、もうこれ完全に外堀を囲まれてる。

 それに、あんなクセになるようなテクの持ち主だ。

 抗える気がしない。

 流されるってこう言う事か。

 ただ、一晩経つと冷静になる部分もあるもんで。


 あれは本気だったのか、とかそれこそ真尾田の勢いだったんじゃないか、とか。

 そう思い始めた頃だった。

「返事。聞いてない」

 ガラッガラのかすれた声で憮然と言われた。


 そっちこそ覚えてたのか。

 でもってそう言うって事は本気だったのか。

 酒焼けして声がものすごくれてるんだから、おとなしくしとけばいいのに。


 つい「ビジネス夫婦かと思ってた」と言えば怪訝な顔をされる。

 ああ、10年前ってビジネス○○って言葉はなかったかも。ビジネスゲイとか。

「いや、生活しやすいように夫婦設定かな、と」

 真尾田は唖然とした後、ふざけんなよ、とうめいた。

 

「ていうか返事させてもらえなかったよね。返事なんかお構いなしで事を進めたよね?」


 うら若くもないけど一応は乙女だぞ。お前らは人の結婚を何だと思ってるんだ。

「で? 返事は?」

 うつぶせのまま、枕から頭も上げられない状態で何言ってんですか、だよ。


「仕方ないなぁ。アンタしかいないもんね」


 我ながら可愛げが無いなと思いながらも、これまで散々言われた言葉を応酬した。

 ああ━━なんだ、そっか。

「アンタしかいないから仕方なく」とは少しだけニュアンスが違うのか。

 妙にすっきりした気がした。


「役所も指輪もないけど、事実婚とかごめんだからな。正式な、ちゃんとした結婚だと理解しとけ」

 こうまで言われたら癪だのなんだと反論する余地も無いし。

 て言うか、そんなにはっきり言える口があるんなら、もっと早く使っとけばここまでこじれなかったんじゃないか、とは思わないでもない。

 まぁ、せっかくの殺し文句も相変わらずベッドにうつぶせのままだから残念感満載だけど。


 その夜は何か言いたげな真尾田に先手を打ち、「明日は引っ越しだし、さっさと寝ようかね」と切り抜けた。

 引っ越しと言っても森の魔王邸から身の回りの物を持ち出すだけだったので、大した作業ではなかったけど。

 二日目の夜は「明日は二連休明けだしね。明日に備えて早めに休もう」とギリギリ回避した。


 三夜目は、三日分の仕事をこなしたせいで二人ともぐったり疲れてた。

 逆にそれがまずかったと思われる。

 アレだ。

 男の「疲れてる時ほど子孫を残したくなる本能が、云々」ってやつだ。

 逃げきれなかった。

 いやまぁ、私もやらかした結果なんだけど。



「……おかえり。お疲れさま。そっちもですか」

 三日目の朝、身一つで出て行ったというのに、引き車(リヤカー)を引いて帰った真尾田。

 うん、私も行く先々で「結婚のお祝い」だという食料品をごっそりいただいてしまった。

 そんな気はしていたけど、やっぱり真尾田もいただいて帰った。

 あまりの量に見かねたおじさんが引き車を貸してくれたらしい。

 そういう話を聞くと、元魔王もすっかり村に馴染んだもんだと実は嬉しかったりもする今日この頃だ。


「んー、まいったねぇ。ちょっと多すぎるわ。結婚祝いにいただいた物をおすそ分けもマズいよねぇ。やっぱ地下室を開けるしかないかー」

 地下室と言っても、1畳くらいの床下スペースなんだけど、野菜の保存保管用にどこの家にもあるらしい。

 地中は年中、温度変化が少なくて根菜なんかの貯蔵にもってこいという生活の知恵。

 よく食品に書いてあった「冷暗所で保管」ってやつだ。


「この家にもあるのかよ」

 あるんなら使えよ、と驚かれた。

「あるんだけど、ずっと空き家だったから、蟲の巣になってそうでさすがに開けれらないんだよね」

 開けた瞬間、おびただしい数の蟲が沸いて出そうで。

 普通サイズの虫は平気だし、出ない分には気にならないから開かずの間としてすっかり忘れてたんだけどさ。

「じゃあ明日お前が仕事に出た後に中で虫よけの木燃やして掃除しとく。しばらく開けといたら換気も出来て使えるだろ。もらったのは日持ちする物ばっかりだから数日外に置いといても大丈夫だろうし」

「開けるの!? あそこを!? さすがプロ」

 5年もここで暮らしてる先輩は違うわ。

 生きた知識が本当にありがたい。こういう時は実に頼りになる。

 理沙ちゃんが言う所の、マジ勇者。

 本気で見直して、感謝して。

 そういう頼りになる所を見せられると女ってほら、ちょっとぐっと来る物があるじゃないですか。


 今日は連休明けだった分、さすがに忙しくて、しかも夏。

 真尾田が夕飯で使った食器を洗ってくれてる間にいつもように寝室で体を拭く。ここではお風呂の習慣がなくて、基本的に体を拭くだけだ。

 頭は数日に一度洗髪する生活で、真尾田と「お風呂的な物が欲しい」という話はするんだけど、大掛かりになりそうでなかなか手が回らないんだよね。

 ダイニングに出れば椅子で体を拭いている上半身裸の真尾田。

 男の半裸に動揺するほど初心でもなく、ましてや男兄弟が上と下に全部で3人いれば実に見慣れた光景で、風景の一部くらいにしか見えないレベルに女として終わってる感覚になっちゃってる。


 その狂った感覚がまずかった。


 肩が凝ったのか首を左右に傾けながら背中を拭こうとする姿を見て、「お背中を流しましょうか」じゃないけど「背中、拭こうか?」なんて言っちゃったわけですよ。


 なぜかギシリと固まられた。


「あ、と。じゃあ」

 ためらいがちに、ぎこちなく、挙動不審な様子で布巾を渡してくるので温まってしまったそれを桶で一度洗ってから使う。

 冷たい方が気持ちいいだろうし。

 椅子に座ったままの真尾田のほどよい筋肉質な背中を「これなら自分でやっても変わらないんじゃね?」ってくらいざっと雑に拭いて、肩が凝ってるんなら、と首の付け根のツボを押してやった。


 真尾田は私よりずっとハードな肉体労働だ。

 しかも明日は蟲退治してくれるって言うし、感謝の印ですわ。

 地下室はもしかしたら空っぽかもしれないけど、何が出てくるか分からないし。

 って、ご遺体とか出て来たらどうしよう。

 ……黙っておこう。


「はーい、お疲れー」

 美容室で終わった時みたいに言って、まだ使うよね、さすがに言いはしないけど下半身とかさ、と布巾を返そうとしたら、その手を握られた。

 はて? まだ何か?

 見上げて来る真尾田の目を見て、今度はこちらが固まった。


 目は口ほどに物を言う。


 ホント先人はよく言ったもんだ。

 日本語の表現力って素晴らしい。


 もうね、ダダ漏れだった訳ですよ。

 色気とか、欲とか、慈しみ……というかもう、モロ恋慕的な?


 体を拭いている最中、なんの動揺も動悸も、感想すら無かった自分が今となっては信じられない。

 肉体的疲労と、行く先々で結婚を祝われ、色々と聞かれた精神的疲労で判断能力をすっかり失ってた。

「何やってんだ、私」と言いたい。

 こうならないように2日間、特に夜間は微妙に、それでいてあからさまに距離を取って来たというのに。

 

 そんな目で、上目遣いとかはやめてくれませんかね。

 体の奥がカーッと熱くなっちゃうからさ。

 

 握られた手を少しだけ引かれて、反対の手を背中に回されて。

 でも何か戸惑ってるみたいにその距離を保つ真尾田。それが私の許しを待ってるんだという事はなぜか簡単に分かってしまった。

 三日前にあれだけガッツリなキスをしたものの、いきなりこんな関係になるのは想定して無くて、夜になれば警戒するみたいに距離を取ってさっさとベッドに入ってたんだよね。

 同室とはいえさすがにベッドは別々で、真尾田はそれ以上は寄って来なかった。

 それが今夜はこっちから寄ってっちゃったんだからなぁ。

 対応に困りながらも、見上げて来る「待て」が出来たワンコの頭をためらいがちに撫でてやる。


 すると立ちあがるので、目の前には半裸の成人男性。

 まだセーフだ。

 でもってゆっくりと抱きこまれた。


 はい、アウトぉぉー!


 上半身裸の男に抱きしめられたら、そりゃさすがに動悸が激しくなりもするよ。


 苦しいぐらい抱きしめられて、私もおずおずとやり返す。

 こっちも半袖だから、肌同士が触れる面積がなかなかに広い。


 あー、やっぱり思い切り人を抱きしめて、抱きしめられるっていいなぁ。

 それだけでめちゃくちゃ気持ちいい。

 まぁ、それは相手にもよるんだろうな、という事にこの期に及んで目を背けるほど意地を張る意味もないか。


「いいのか?」と耳元で小さく問われ、あんたもこの期に及んで何を言うかと呆れてしまったので「何が?」と尋ね返してやった。


「あんな状態で結婚ってなって、仕方なく受け入れるとかだったら俺もつけこんでるみたいで嫌だし。それならもう少しなら待てそうだから」

 もう少しなら、って。

 もー、ホントに正直だな。

 さっさと突っぱねるようにベッドに入る私を、毎日切なげな目で見てたのは私も分かってた。


 うん、まあね。

 同室というこの状況で二日我慢した点は認めざるを得なかったのもあるしね、一応ちゃんと夫婦らしいしさ。

 その感情豊かな瞳と、例のキス攻撃に陥落したわけですよ。


 

 ちなみにその翌日、地下室は『思ったほどではない蟲の巣状態』だったと言葉を選んだ報告を受けた。

 そんな風には全く見えないので、相当手を掛けて綺麗にしてくれたんだろう。

 さぞかし大変だったろうな。

 

「セイさんと結婚して良かったわー」

 本気で感謝して、思わずそう言ったら難しい顔で見られた。

 現金な女ですまねぇな。

 でも残念ながらそんな女を選んだのはお前だ。

 でもって言った言葉には純粋に本心を織り交ぜてみたりしたんだけどね。

 やっぱり伝わらなかったか。


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