1、魔王登場
もしかしたら階段から落ちて意識不明になって夢でも見てるのかも、と期待しながら過ごす事3日。
これが現実だという事と、この世界の人間が恐ろしく虚弱体質というか、体のつくりがデリケートだという事が分かった。
転んだら骨折は当たり前、重いものを持とうとしても肩が外れる。
力仕事はご近所で助け合って、重い荷物は荷車で運ぶ。
赤ちゃんなら抱っこしてるけど、大きくなると基本おんぶ。でもそれもすぐ出来なくなるらしい。
おかげで私は超怪力女。
確かにキツイ顔立ちですよ。
知り合いや、同僚なんかからは基本的に「あや姐さん」扱いですよ。
新しく出会った人も帰る頃にはみんなそう呼びますわ。
10代の頃から同級生からも言わてるんだから、そりゃもう自覚してますよ。
4人兄妹の第2子で、唯一の女子ともなれば「強く、雄々しく、たくましく」な五月人形のキャッチフレーズみたいになっても仕方ないじゃないですか。
それでも魔王はムリ。
魔王も非力ならなんとかなりそうだけど、村人に危害を加えたって言うし、魔力とか持ってたらひとたまりもないじゃん。
中学校の時、剣道部に3年間在籍した腕を買われた、とか?
いやー、ないわ。
ホントに3年しかやらなくて、しかも1級どまりだったからね。
一応大会には出してもらったけど、1勝もしてないからね。
「彼がいつも魔王の所へ食料を運んでいるので、分からない事は彼に聞いてください」
そう紹介されたのは、明るい栗色のくせ毛に、そばかすの浮いた中学生くらいのピーター少年。
眉が下がった、心細そうな表情をしている。
こんな気の弱そうな子にそんな事を押し付けるなんて、ここの人達ってけっこうひどくない?
釈然としない物を感じながら、魔王への貢物の準備を手伝いながら聞いてみた。
「ここって魔王とか、魔物とかいっぱいいるの?」
「いえいえ、僕も魔王なんておとぎ話だけだと思ってたくらいですよ」
どうも魔王はこの世界でもイレギュラーらしく、一人しか存在しないらしい。
貢物の食料を見たけど、そんなに多くない。
ピーター少年によると魔物みたいな手下もいないし、魔法も存在しないと来たもんだ。
「まあ、お年寄りの中には妖精の存在を信じてる人もいますけど」
ああ、日本と一緒か。
「仏様が助けてくれた」とか「小さい時河童を見た事がある」みたいなやつだろうな。
よーし、よし。
どこもかしこも魔物だらけ、ってファンタジーな世界ではなさそうだ。
村の外れまで引き車を引いて一緒に食料を運ぶお手伝いをさせてもらう。
「女神さまにそんな事させられません」というピーター少年に代わりに、引き車を奪って走ってやった。
ぶっちぎってやったぜ。
今にも泣き出しそうな顔をしているピーター少年を一人行かせるのは心が痛んだけど、「一人で来いって魔王から言いつけられてるんで」と言われ━━ごめん、ちょっと安心してしてしまった。
それでもなんともいたたまれなくて、村の外れでそのまま帰りを待つ。
待つ間、これからどうするか考えた。
よし。
どうもこの世界は昔の西洋みたいな感じだし、よくしてもらって申し訳ないけど魔王討伐の準備をすると言って時間を稼いでどこかに逃げよう。
多分、こういう世界の人は生活拠点を変える事はそんなに無いだろうし、行商人が来るような所でもない━━
一見して分かる。ど田舎だ。
まぁ、他も似たような感じで街なんて無いかもしれないけど、村の外に出て何か解決法が見つかれば教えに戻ればいい。
そう決意した矢先、それは向こうからやってきた。
「あんたが女神か」
その横で気弱そうな顔をますます困惑顔にゆがめるピーター少年。
私を指さしながら、心配そうに、不安げにこちらをチラチラ見ている。
……おい、ピーター、こっち指さすなよ!
おっ前、私の事しゃべりやがったな!
なんでしゃべるんだよ、馬鹿か!
お前達の女神さまは魔王討伐の準備してる設定なんだから、女神さまの準備が整うまで存在は秘密にしとくべきだろうが!
もはや裏切り者としか思えない若モンへの怒りで自分を奮い立たせて、恐る恐る黒ずくめの魔王を見た。
魔王感満載の長めの黒髪。
ん?
魔王ってもっと大きくて、ごつくて角のあるイメージだったけど、なんか違うな。
まぁ背は高めだけど普通の人間位の横幅しかないし。
前髪が長くて顔は見えにくいけど、まぁ人間に近い。
でもって『血のように赤い瞳』とかでも無さそう。
っていうか━━
「えーと……日本人の方ですよね?」
なんか、海外で日本人かどうか確かめるみたいな感じになった。