5、神さまに教えを乞う
「俺も日本人村、行ってみようと思うんだよね。ここに不満があるわけじゃないけど、ホントにそんな村があるなら他の人がどうやって暮らしてるのか気になってさ。アヤちゃんはやっぱりパス?」
小さな小さなキッチンに薫さまと並んで夕食を作っていると、そう打ち明けられた。
なんとなく、そんな気はしてた。
当然の事だと思う。
相変わらず理沙ちゃんも日本人村には興味を持っているようだし、これでメンバー二人が確定した事になった。
「私はここの生活、割と気に入ってるんで。お餞別はフンパツさせていただきますね。その代わりと言ってはアレなんですけど、一つお願いを聞いてもらえませんか?」
4人で過ごすのはとても楽しかったけれど、仕方ない。
薫さまに出会った時、初めに聞いたのは「調理師免許はお持ちですか?」だった。
調理師免許を持っている、イコール和食が出来ると思ったんだよ。
激しく困惑しながら「持ってるけど」と答えていただいた時には内心叫んだね。
ジーザス!
あんた、やっといい事したね!
━━って。
薫さまには大変申し訳なかったけど。
薫さまのルックスがストライクゾーンど真ん中に近いと気付いたのは数日経ってからだった。
どんだけ和食に飢えてたんだ自分。
「セイさんにも声かけて連れて行ってもらえませんかね」
作業の手を止めて顔を上げれば、自然と目が合った。
「ピーター君からちょっと聞いたけど、本気なんだ?」
あのヤロウ、薫さまにまでダダ漏らしかよ。
「わたしはここに馴染んでますけど、セイさんはまだちょっと村の人に警戒されてるでしょ? まあ5年も魔王なんてやってたんだから仕方ないんですけどね」
村の女の子たちは真尾田に黄色い声援を送っているけど、まだ遠慮がちだし。
ここで肩身の狭い思いをして過ごすのがいいとは思えない。
「アヤちゃんとセイさんってどういう関係になってんの?」
「女神と下僕の関係ですな」
即答すれば「それは設定でしょ」と笑われた。
いやもう、ホントお恥ずかしい。
確かに大衆の面前でイメプレみたいなもんだよ。とんだ羞恥プレイだよ。
「こじれてるってのはセイさんやピーター君から聞いたんだけど。こじれてるから連れてってくれって言うんじゃないよね。こじれてるという割には洗濯も食事の世話もしてるのに、なんでそんなに拒否してるのか気になっちゃって」
男二人、夜の森で過ごすのはどんなものかと気にはなっていたけど、それなりに会話もあるようで結構結構。
「出会い聞きました? 向こうなら通報もんじゃないですか? あっちならそれっきりな縁のはずなのに、ここにいるから関係が続いてるだけなんですよね」
「ヤバい奴なら監禁して無理矢理とかいう手段もあるのに、それもせずひたすら尽くしてるんだから、許してあげれば?」
怖いことをサラッと言うけど、それはわたしも考えた。でもって他の人も思いつくくらいなんだから━━今思うと本当に怖い。
もしもっと屈強で、犯歴ギリギリの経歴を持つような相手だったらと思うとちょっと吐き気がするくらい怖い。
「水に流しつつはあるんですけど、いい大人が流されるのも嫌で」
「分別のつく、いい大人なんだから流されるのもアリだと思うけどねぇ。十代の子が訳も分からずその場の空気で流される方がよっぽど問題じゃん」
ああ、それは現代社会でも問題になってる感じですよね。
「生理的に無理とか、ホントに嫌ならいくらこの状況でも流されたりしないんだから、そうじゃないんならそこは素直に流されちゃえばいいじゃん、っておじさんは思うんだけど」
くっ。そんなおじさんなんて年でもルックスでもないくせに。
「さすがです。痛いトコついてきますね。なんでそんなに煽るんですか」
「セイさんに美味しい和食食べさせたくて俺に習ってるのに、健気だなぁ、と思って。そういう女の子は応援してあげたくなるじゃん」
それは心底イヤだ。
「うわぁ、そう思われてたんですか」
私はそれをものすごく不細工な顔で言ったと思う。
「薫さまは乙女ですねぇ。自分が食べたい、が大前提ですよ。でもまぁ、あいつは美味しそうに食べるから」
要は癪なんだよ。
「お前がいい」と言ってくれても、「ここに私しかいないからでしょ」って穿った見方をしちゃうんだよ。
「男は男の味方ですか」
ちょっと恨めし気に言ったらまた笑われた。
「そこは女の子の味方した方が楽しいでしょ。単なるお節介。でもセイさんにはちゃんと話しとくよ」
なんだろう、この大人な感じ。
なりゆきで神様キャラにしてしまったけれど、適任だったっぽい。
あ、でももしかしたら━━薫さまは元嫁さんからしてみたら「いい人過ぎた」のかもしれないな、なんて勝手な事を思ってしまった。
「面倒な事言ってすみませんがお願いします」
私はそんな薫さまにガッツリ甘える事にした。
すみません、薫さま。
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<魔王の困惑>
「アヤちゃんが心配してたよ。ほんとに日本人村、行かない?」
森の借家への帰途、薫さまに言われる。
「……そうですね。あいつも残るって言ってるんでしょ?」
薫さまと行くのかと思っていたので、一人残ると言い出した時には驚いたし、ものすごく腹が立った。
「ここにすっかり馴染んじゃってるらしいからね。 あっちに着いたら状況は連絡するよ。時間はかかるけど手紙が届くのはホントありがたい話だよな」
確かにあいつはここに友達も出来たし、村の人間とも仲良くやっている。
女神だと慕われ、敬われているのにわざわざ他に移る必要性はない。
けれど。
日本人村でうまくやって行けなかった時、あいつがここにいれば戻りやすいから、という考えがあるのも知っている。
「あいつに説得するよう言われました?」
「まぁね。でもセイさん行く気ないんでしょ? じゃあ仕方ないよね。無理だったって言っとくよ」
綾に言われているだろうに、薫さまは意外とあっさりと引き下がってくれたので正直ほっとした。
頼れる同郷の人間もいない場所で女一人で生きるなんて強情を張って。
一般的なサイズの虫なら平気らしいが、規格外にでかい蟲は嫌なクセに理沙の前では平気な素振りで箸でつまんで駆除してやって。
お人好しで、お節介で世話好きなのは一目瞭然なのに、照れなのか素直じゃなくてそれを隠して悪態をついて。
高い所の物を取れだ、蟲を駆除しろだ、家具を作れだ。
甘えるのではなく、弟にでもやらせるような態度で簡単に言って来る。
そんなもの、こっちからしてみたら頼られていると錯覚するわけで。
やってやったら嬉しそうにちゃんと礼を言ってくるなんて。
そういう所を見せられたら男なんて簡単なんだよ、と文句を言ってやりたい。




