3、次に来たのは神だった
真尾田は里で大工仕事。
ピーター君、理沙ちゃんとわたしは芝刈りへ、ではなくて薪を集めつつ晩ご飯用のキノコ狩り。
ピーター君に「それは笑い死にするやつですよー」なんて物騒なことを言われながらも、きゃっきゃ楽しく過ごしていた所へ、森の奥から現れた白衣の人物。
「あー、今度は神様かー……」
彼を見て、ピーター君はポツリと呟いた。
そうか、コックコートはここでは神様の衣装に見えたか。
ピーター君の口調がとても淡々としていたのが印象的だった。
もう飽きてるっぽい。
しっかりした体躯の長身。
困惑顔ながらも、一目でそれと分かる濃いめのイケメン。
ゆるくウェーブのかかった髪がお洒落さんです。
キター!
イケメンさん、貴方には申し訳ないけどわたしは貴方のような人を待ってたの!
恐らく混乱の極みにあるであろうイケメンさんに、私は安心してもらえるように笑いかけた。
あ、そういやわたし、髪の毛がチョコレートプリン状態だった。
ちょっと恥ずかしい。
「あ、魔王さん。お疲れさまです」
なかなか魔王呼びが直らないピーター君が、後ろを見て声を上げた。
真尾田は自分の仕事が終わり次第、薪を運ぶ手伝いに来てくれると言っていたもんな。
ホント働き者になったもんだ。
私と真尾田、それに理沙ちゃんの日本人3人の姿に少しは安心してくれたらいいのだけれど。
イケメンさんはひどく戸惑ったような顔で、魅力的で色っぽい唇を開いた。
「えと……中国の人?」
━━マオさんと思われたらしい。
伊藤 薫さん 32歳。
イタリアンのシェフをされていたそうです。
「店出したとこで忙しかった間に、嫁がスタッフと浮気して━━」
えぇっ、こんなイケメンさんなのに!?
「店の共同出資の相手だからちょっとゴタゴタして。俺は別れるつもりはなかったけど向こうはいい機会だからって覚悟決めちゃったみたいで。まぁ、子供いなかったからまだいいんだけど」
あ、そろそろいいです。大体わかりました。
「離婚した日にちょっと酔っぱらって」
「「落ちたんですね」」
私と真尾田の言葉が綺麗にかぶったので、薫さんはこくこくと頷いた。
飛び込もうとしたわけじゃなかったので一安心ですよ。
うん、パターンが読めて来た。
人生に疲れてたり、落ちてる時に来るんだな。
おかしいな。私は別にそんな事なかったし、むしろ意気揚々と合コンに向かってたはずなのになぁ。
━━まさか。
あの日の合コンには希望が無かったって事か?
先取りしてここに飛ばされたとか? ふざけるな。
それくらいでどん底に落ちるか。
合コンで収穫がある確率の方が少ないのは承知の上で参加している。
覚悟の上だ。
神よ、私のメンタルはそこまで弱くない。
完全な人選ミスだろ。
幸い薫さんは髪の毛を染めていたので、すんなり神様ポジションにおさまりまっていただきました。
ものすっごい困惑してたけど。というか、どん引きしてたけど。
これが正しい反応だよね。
理沙ちゃんの適応能力が高すぎたんだよね。
「今まではこんなにバンバン来なかったんですよね? ピーター君」
あ、理沙ちゃん、ピーター君は実は薫さんと同い年になるんだけど……女子高生からまで「君」付けされてる。
「みなさん気がついたらあの森だったんですよね? あの森に時空が繋がってるのかな」
そんな可愛く小首なんて傾げちゃって、お姉さんはたまりませんわ。
でもってこう言う事に詳しいのはものすごく頼りになるよ、理沙ちゃん!
「そういう事になるの?」
「いえ、ちょっと言ってみたかっただけです」
……うん、そういう時あるよね。
「神様設定なら『薫さま』とお呼びした方がいいですよね」
━━そ、そうか、そういう事になるのか。
私は女神だけど、この世界も男性の方が地位が高い。
当然、薫さんの方が神格が高いという事になるだろう。
トリップに関しての専門知識を持っているのは最年少の理沙ちゃんだけだ。
無知な大人達は『薫さま』呼びに、ただならぬカオス感と、ちょっとした抵抗を覚えつつも従うしかなかった。
誰が一番キツイかって、ご本人他ならない。
気の毒で仕方がない。
もうね、私もこの展開になって気付いたのよ。
これ、アレだ。
恋人がいない若者たちがワゴン車に相乗りしたり、ハウスをシェアする企画と一緒だ。
神が遊んでるに違いない。
しかしこのメンツ。不敬を承知で言いたい。
神よ、馬鹿か。
もうちょっと考えろよ。
目をつぶってカードを引いた、みたいなチョイスじゃねぇか。
せめてカードは年齢別に分けとけよ。
その手間を惜しむからこんな人選になるんだよ。
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<魔王の困惑>
イタリアンのシェフと男二人で森で暮らす事になった。
━━仕方がないのは分かる。
徒歩20分ほどかけて綾の借家に通勤する毎日になった。
「薫さま」は接客業をしていたせいか、人当たりが良く付き合いやすい男だった。
もしかしたらこの世界に、性格に難のある人間は送られてこないのかもしれない。
そんな人間が来たら、ここはあっという間に制圧されて恐怖政治とか、マッドでマックスなバイオレンス世界になってしまうだろうから。
結婚経験があり、年齢のなせる業か、女性の相手もソツがない。
綾も毎日楽しそうだ。
しょっちゅう二人で食事の準備をしている。
どうやったのか、和食に限りなく近いものが食卓に並ぶようになった。
それはとてもありがたく、食事が楽しみになるはずなのに気は重い。
そりゃそうだろうと思う。
綾にとっての選択肢が増えたのだから。




