2、日本人村があるってよ
これまで「わたし」表記をしていましたが、今回から「私」表記とさせていただきます。
<魔王の困惑>
本日の社内会議の出席者は女神と魔王、小悪魔ちゃん設定の理沙と、神の子ピーターという━━いつものイロモノメンバー4人で、議題は「日本人が多く住んでいる村への移住の検討」だった。
以前「魔王が住んでいる」と言われていた森から這う這うの体で出てきたおっさんは、この世界の行商人だった。ど田舎の村に迷い込んだおっさんは、俺と綾を見て驚いた顔をした。
「本当に黒髪の人間なんているんだねぇ」
聞けば、黒髪の人間が多く住んでいる村が、ここから徒歩と馬車で5日ほど離れた場所にあるらしい。
行商人のおっさんは聞いた事があるだけで、詳しい話は知らなかった。
「じゃあ、とりあえず多数決採りまーす。行ってみたい人―」
綾、それじゃ学級会だ。
パッと手を上げたのは理沙で、俺は悩んでから綾を見た。
きょとんとしていた。
「え、興味なし?」
思わず聞いていた。
「うーん、まあ割とここで不自由なくやってるからねぇ。あっちがどんな状況かもわからないし。とりあえず二人で行ってくる? お餞別に旅費は出すよ」
綾は、魔王隷属が決まってから俺を「セイさん」と呼ぶようになった。
「暴れん坊な将軍様がさ、城下をふらふらしてるとき『新さん』って呼ばれてるじゃん。あれに似ててかっこよくない?」だそうだ。
マニアックすぎて理解できなかった。
「セイさんは行った方がいいかも、だし」
綾は、ちらりとこちらを見てなんの感慨も無さげにそう言い放つ。
俺の代わりにピーターが驚いて泣きそうな顔で綾を見た。いい奴だ。
ただ、いつも泣きそうな、困ったような顔なので逆にイマイチ表情が読み取れないのが玉に瑕だが。
むしろ泣きたいのはこっちだ。
綾は理沙との仲を応援してくる。
この世界の説明もほとんど俺に担当させたし、仕事もなんだかんだ言っては俺と理沙が組むように仕向けてくる。
理沙が来たので流れてしまったが、一時は同居という言葉もチラついた関係だったはずなのに。
そう思っていたのは完全に俺だけだったらしい。
ベッドまで作らせておきながら、女神と呼ばれるこいつは鬼だと思う。
結局、日本人村の件の結論は、保留になった。
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「アヤさん、ちゃんと言わないと。魔王さんすごいショック受けてましたよ」
困り顔で非難されても迫力に欠けるねぇ、ピーター君。
「魔王、じゃなくて『セイさん』、でお願いします」
私はいつものように訂正した。
ピーター君は5年も『魔王さん』で来ているし、親しみを込めて呼んでいるのだけれど、いつまでも魔王と呼ぶのはよろしくない。
あいつはただのヘタレな日本人なんだから。
村人は彼が私の子分になったと認識している。
そのうち蔑まれたり、迫害を受けるようになるかもしれない。
それが怖くて私は彼を一人の人間として敬う意味で「さん」付けで呼んでいる。
実は私はけっこう心配性なんだよ。
干ばつなんかの自然災害や、流行病が発生した時に真尾田のせいにされるんじゃないか。
そんな不安がいつもある。
だから、もし魔王という過去を知らない仲間がいる場所があるのならば、真尾田はここを出て、そっちに行った方がいい。
「あっちの治安が悪いとかさ、この村の方が良かった、って事になった時私がいたら戻りやすいじゃない?」
「さすが女神さま、自己犠牲ですか」
ピーター君の表情はいつもの困り顔だったけど、なんだか呆れてるようであり、責められてるような気がした。
「まさか。打算あっての事だよ。むこうの方が良かったら情報流してもらうって計画。むこうの方が良かったらこっちで問題が起きた時逃げられるかなー、とか色々ズルい事考えてるから」
ピーター君は相変わらずの困り顔だ。
くっ、そのポーカーフェイス完璧だよね。
表情が読めやしないわ。
「分からないでもないですけどね」
ピーター君は中学生くらいにしか見えないのに私よりもずっと大人だ。
「セイさんにちゃんと言った方がいいですよ。セイさん、すぐ誤解するタイプなんですから」
ああ、ピーター君。やっぱり君は三十路越えの大人だわ。
でもね、あいつははじめから言ってたんだよ。
「年下がいいけどおまえしかいないから」と。
それにほだされかけた私がどうかしてた。危ない危ない。
でもってピーター君。
ファンタジー的に言うと君は善良な村人のはずなのに、なぜに『魔王サイドの人間』なのかね。
ホントに仲良しさんだなぁ。




