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緊縛魔法からはじまる恋なんてない。  作者: 志野まつこ
第1章 女神の異世界スローライフデビュー
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9、魔王よ、お前そこまで病んでいたのか。

 魔王はきれいな箸使いで見事に完食しおった。

 明日の分も、と思って2食分位は持って来たんだけどね。

 さすが、汗だくになるまで仕事に精を出していただけはある。


 よく食べる男は好ましい。

 健康的で良いではないか。

 ただし、「結婚前はよく食べる所が好きだったけど、結婚したら『いい加減にしろよ、そんなに食うな。家計を考えろよ』と思うようになった」と既婚者の友達が言ってたぞ。

 まあ私に関係ないけど。


 あ、でもちゃんと手を合わせて「ごっそさん」とコイツが言えたのは意外だった。

 それからその手造りのお箸、私も欲しいなぁ。

 こっちは案の定西洋文化でお箸なんてないんだよね。


「いつまでも引きこもってないで村で暮らしなよ。カミングアウトしてさー」

 用意した食後のお茶を椅子に掛けている魔王に出してやりながら、魔王にしつこく言うと睨まれた、気がした。

 しかしそんな事では怯まんのだよ。


「私、なんなら紹介してあげるよ? 先にみんなに言っとこうか?」


「余計な事すんな!」

 視線を地面に据えたままの魔王に怒鳴られた。


 うわぁ、重度のコミュ障かよ。

 めんどくせぇな。やっぱほっとくか。

 しらけた顔で見やれば、魔王は開きかけた口を閉じた。

 何か躊躇ってるみたいだった。


 あー、私も座りたいなぁ。

 いや、もう帰ろっかなー


「俺……ここに来た時、たぶん何人か……殺した」


 魔王は、喘ぐように告げた。


「━━え……」

 私は驚きを隠せない。


「なんか、魔王とかワケの分かんねー事言われて騒がれて、つかまりそうになって……で咄嗟に腕を払ったらみんな簡単に吹っ飛んで━━」

 光景を思い出したのか、顔色が一気に悪くなる魔王。

 それは覚悟を決めた告白に聞こえた。

 手が震えている。


 唖然とした。

 それはもう、口も目もみっともないくらいぽっかり空いてたと思う。


 そんな、まさか。

 それで5年も森に隠れるみたいにして暮らしてたの?


 ああ、でもそう言われたら納得がいく。

 それで贖罪の意味もかねて奉仕活動もしてたのか。

 でも謝罪には行けなかったんだ。

 誠意がないと糾弾すべきかもしれないけど、向こうは魔王だと思ってるし、出来なかったのかもしれない。

 もしかしたら、そのやりきれなさをわたしで晴らそうとしてたのかもしれない。

 どうしよう、どうしよう━━



 まさかコイツがそんなに重度の中二病を患っていようとは。

 


 そんなに中二病満喫祭りだったなんて。


 ……言うべきか否か。


 いやいやいや、言わなきゃこいつ報われないよな、と自分にツッコんで慌てて口を開いた。

 

「えーと、確かにここの人ってば骨とか簡単に折れちゃったり、血とか出やすいけどさ、三日あれば傷は治るし、たいていの怪我は1週間くらいで完治するみたいなんだけど……」

 知らなかった?


 え、血まみれじゃん、それ病院で大手術の怪我じゃん!みたいな怪我でも3日後には職場復帰してるような人たちだよ。


「なんていうか、弱いけどものすごい丈夫というか、打たれ強いというか……たぶんそれ、みんな今も元気にしてると思うよ。誰か魔王に殺されたなんて話聞かないし」


 そう、魔王がいかに恐ろしいかみんな『なぜそんなに怖がらせる。誰トクだよ』ってくらい教えてくれるのに、一度も『誰かが殺された』という話は聞いた事がないのだ。


 私がここに来た日に腕を折ってしまった『長老』なんて、翌日には元気に腕を振りまわして体操してたくらいだ。

 長年の経験は伊達じゃないらしい。

「さすが爺様、治りが早いや」って、それ日本語だとめっちゃおかしいから!

 そりゃ慌てて謝罪して治るまで身のまわりのお世話させていただきます、と言ったら「えー、何言ってんのこの子」みたいに見られるワケだよ。


 しかも怪我した時、みんな「痛い」とか言わないんだよ。

「あはは、またやっちゃった☆」

 てへぺろ的な彼等の様子に慣れない頃は、背筋が凍る毎日だった。

 まあ、そんな村人さん達も魔王の時はさすがに怖くてそんな顔は出来なかったんだろうけど。

 それから5年もの間、人を殺してしまった後悔と懺悔に一人さいなまれ続けて生きてきたのか。


 苦悩の表情を浮かべてうつむいていた魔王は、私の言葉に弾かれたように顔を上げた。

 そして私の顔を見ると大きなため息を一つつきながら両手で顔を覆ってしまう。


 それは、安堵のため息に聞こえた。 


 これまでの仕打ちを考えたら、ここで甘やかすのはいかがなものかとも思うんだけど。

 でも、私も一歩間違ったらそうなってた可能性もあって。

 まぁ、こんな奴だけど、こいつがいたから私も悲壮にならずに済んだわけで。


「5年かー、5年は長いよねぇ。よく一人で頑張れたねぇ」


 ぽんぽんと、頭に手を乗せてやった。

 この間こいつがしてくれたみたいに。

 そう、お返しだよ。

 受けた恩は忘れない日本人だからさ。


 次の瞬間、腰に腕を回されてグイッとされる。

 ん? と思ったら腰に巻きつかれた。


 くっそ、ちょっと甘い顔したらこいつは!

「何もしない」

 慌てて抵抗しようとしたらお腹のあたりで告げられた。


 それから。

「悪い。アンタまで俺みたいにするとこだったよな」


 ……そうだねぇ。

「うん、まぁ、確かになんかされたら何倍もやり返してただろうね」


 魔王は「だろうな」とおかしそうに小さく笑った。


 だから絶対に。

「何もしないから」


 少しだけこのまま。


 繰り返された声は、少しだけかすれてたように聞こえたけど気のせいだと思う事にする。


 ああ、まったく。

 久々に人と抱き合う温かさを思い出すとだめだね。

 握った拳を解放した。


 私達は、この世界で、こんなに力いっぱい誰かを抱きしめる事は出来ない。


 はぁ。

 諦めのため息をついて、よしよしとばかりに背中を叩いてやると、ぎゅっと強い力で抱きしめられる。

 

 子供が母親のお腹に抱きつくみたいに。

 やば、これはちょっとキますなぁ。

 母性本能くすぐられる系ですわ。


 まあ、そのままなし崩しに流される、的な展開にはならないんだけどね。

 私しつこいんだよね。

 これまでの仕打ちと数々の暴言、忘れた訳じゃないからさ。

 帰りにふと箸が欲しいと言ったら「予備に作ってるから」と2膳もらった。

 ラッキー。

 ついでに菜箸もリクエストして帰途に就いた。


 ちなみにその日村に戻れば「今日の女神さまは弁当持参で魔王討伐に赴かれていた」と村の噂になっていた。

 いつにも増して、ものすごくねぎらわれた。


 ごめんなさい、今日は魔王にご飯食べさせて、箸もらった一日だったんです。




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