序章 合コンに行く予定だったのに!!
緊縛魔法か━━
なんて言うとでも思ったのかこの馬鹿!
人がちょっと寝入った隙に手足縛り上げるなんざ外道にも程があるだろうが!
恥を知れ恥を!
「おっまえ、ふざけんな!」
魔王と呼ばれる黒髪の男に、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけた。
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それは26歳の春。
その日は自分の可能性を切り開くために異業種交流会に向かっていた。
なかなかキャリアアップな響きだけど、要は合コンですわ。
無駄に見栄張ってすみません。
「まあ、いつも通り単なる飲みと、無意味な連絡先交換で終わるんだろうけど」と思いつつも、心の奥底では毎回がっつり本気で新しい出会いを期待しての参加。
髪もカラーリングし直したところだし、全体的にコンディションは悪くないハズ。
「今日はなんかちょっと行けるかもねー、ふふん」的に少しだけ浮ついていたのがまずかったのかもしれない。
繁華街のど真ん中にある駅の、通り慣れているはずの階段を降りようとして一歩目を踏み外して落っこちた。
一番上から落ちるって、嫌な予感しかしない。
と思ったら、なんかおとぎ話っぽい世界に迷い込んだ。
「魔王をやっつけてください、女神さま」
海外のおとぎ話に出てくるような、自然素材感満載の格好をした西洋人達に詰め寄られ、長老然としたお爺ちゃんに懇願するように両手を握られた。
「え、ちょっ、ムリ!」
何言ってんの!?
あ、いや言葉はバッチリガッチリ通じるんだけどね。
慌てて手を引いたら、お爺ちゃんの腕から鈍い音が聞こえた。
粉砕骨折を負わせてしまったらしい。
これが若者層の間で盛り上がってるらしいトリップってやつか!
え? なんか特殊能力とか、身体能力が超レベルアップしてるの!?
ちょっと試したい。
あ、ちょうど貢物にもらったリンゴあるわ。
よーし、握り潰しちゃうぞぉ!
ブシュッって言わすぞぅ!
えいっ!
……リンゴは潰れなかった。
ちなみにお爺ちゃんにはあの後すぐに土下座で謝罪した。
こんな訳の分からない状態で他人に怪我させたなんて、最悪の事態へのストーリー展開が簡単に予想出来ちゃたんだよ。
周囲の村人全員、腕が折れてるお爺ちゃんまで私に倣って土下座スタイル。
挨拶だとでも思われたのだろうか。
立つしかなかった。
そんな中、長老は「ついに女神さまがおいで下すった」とずっと感無量のご様子。
興奮のあまり痛くない、とかかな。
初日は村を挙げての祝宴を開催していただき、ごちそうでもてなされた。
夜は「長老」と心の中で呼んでいるお爺ちゃんのうちにお泊りさせてもらって、息子夫婦と孫という大家族のお宅で、和やかに過ごしてしまった。
その翌日は聞きたくなかったけど、魔王の恐ろしさについて延々聞かされるハメに。
「魔王は村外れの森の奥深くに住んでいます」
「黒い髪の毛と黒い衣服の恐ろしい姿をしています」
「ある日いきなり現れ、『魔王だ』と言って村人に危害を加えました」
「3日に1度食料を捧げる事でおとなしくしていますが、このままだと我々はいつか滅ぼされてしまいます」
26歳とはいえ、若い娘にそんな恐ろしいもんに一人で立ち向かえってか。
残念ながらこっちは何の能力アップもしてないんだよ。
どうやって断ろうかと考えていたら、小麦袋を3人がかりで荷車に乗せているおじさん達が目に入った。
そうだ! 労働で返そう!
「昨日のお礼にお手伝いします。これくらいしか出来る事はないんですけど」
1袋の感覚を確かめて、これぐらいなら一気に3袋行けるわ、と「あらよ」とばかりに肩に担ぐと、周りからどよめきが沸き起こった。
3袋で10キロの米袋くらいだったんだけど……
兄の所の甥っ子姪っ子と肉弾戦の遊びをするから、15キロくらいまでなら慣れてるんだよね。
地味に二の腕に筋肉がついて、手を振ると揺れていた俗称『振袖』と呼ばれる肉がなくなったのには感動した。
ビバ、育児ダイエット。
と一人悦に入っていたら周囲が騒がしい。
「さすが女神さまだ!」
「なんて素晴らしいお力なんだ!
「女神さま、森に棲んでいる魔王を退治してください!」
高本 綾子 26歳。
失敗しました。




