第38話 〜『エプロン』と『隠し味』と『甘えん坊さん』〜
ウズヒへの誕生日プレゼントを全くもって用意していないこの状況。どうしようかと考えながら家に入ると、制服にエプロンをかけたウズヒが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、旦那様♪」
「う、うん……」
奥様は高校生ですか? あ、でもボクも高校生だから関係ないのかな?? というか結婚はしてないし。もちろん許婚であり、さらに恋人同士である限り結婚する確率はあるわけだけども。
まぁ目の前に居るお嬢さんは、プロポーズしたら今すぐにでも結婚してくれそうですが。
「ご飯にする? お風呂にする?? それとも……」
それとも何でしょうか? ある程度先は読めちゃうけど。
「赤ちゃん作ろっか♪」
……何から突っ込めばいいのでしょうか? 直球過ぎるとか、とびっきりの笑顔で言われると他の選択肢を選びづらいとか、もう怒ってないのとか、帰ってさっそくですかとか、出来ればウズヒ似の女の子が欲しいとか、色々と思うところがあるんですが。……最後のはないね。
「……とりあえずご飯でお願いします」
「リョーカイです♪ もうすぐ出来るから、ちょっと待っててね」
敬礼した後、ボクの頬にキスを落としたウズヒは、キッチンの方へと消えていった。
う〜ん……あのウズヒの笑顔は無理をしている笑顔じゃなかったから、たぶんは心配はいらないと思うけど……。
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「はい、あ〜ん♪」
「あ、あ〜ん」
う〜ん、この口の中に広がる絶妙な味わい。そして今日1日の出来事を忘れるほどの安らぎ。今この家には絵に描いたような幸せな光景が広がってるね、うん。果たして、このままでいいものか……。
「おいしい??」
そんな満面の笑みで聞かれたら、嘘でも『おいしい』って答えるしかないよね。もちろん本当においしいんだけどさ。
女性の笑顔には普段の3割増しで美人に見えるっていう他に、質問の答えを半強制的に決定させたり、頼み事を断れなくさせたりする力があるよね。杏奈さんが悠真さんに向ける笑顔がその最たるものです。
さて、話は戻って本格的にプレゼントの件を切り出しにくい状況になってきましたが、どうしたものか。さらに、ウズヒのテンションがここまで高い理由は一体なんなのでしょうか?
「ウズヒ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「何?? 今日の料理の隠し味だったら、いつも以上の愛だよ♪」
ああ、そうなの……。しかも『今日の』と付くって事は、いつも何か隠し味に加えてるんだよね? それが全部『いつもの』愛だけだったらいいんだけど、聞いたら驚くような食材を入れてたりしない? 大丈夫?? ボクは貴女を信じているので口には出したりはしないけどさ。
「ウズヒさ、さっきからテンション高いよね? どうして??」
「そんなの決まってるじゃない。さっき綺羅君が『ウズヒはボクのものだ!! 誰にも渡さない!!』って海星君に言ってくれたからだよ♪」
……なんか違う気がする。似たような事は言ったけど、そこまで強く言ってはないと思うな。まぁウズヒの笑顔を見てたら、そんな事はどうでもよくなっちゃうけどね。
「ウズヒが傍に居てくれるなら、ボクは誰にも君を渡したくはないよ」
ちょっとクサイ台詞だね。でもこんな空気の中でしか言えないもん。しょうがないよ。
「……ありがとう綺羅君!! プロポーズだね!!」
いや、それとはまた違います……。
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あの後、あれはプロポーズではなかったとウズヒに説明をし(少しウズヒの機嫌が悪くなっちゃったけど、そこは必殺技で乗りきり)、それぞれがお風呂に入って今は――
「綺羅君、痛くない?」
「うん、大丈夫だよ」
「こんな事頼むなんて綺羅君も甘えん坊さんだね♪」
『甘えん坊さん』。そう言われても仕方がないのかもしれない。これはボクが望んだ事だから。
彼女に膝枕をしてもらいながらの耳掃除。これこそ男子の夢! そして願望だよね!!
……別にそうでもない? いやいや、至福の時間だよ? 2人だけの時間がゆっくり流れ、自分の事を気遣ってくれている優しい声が降ってくる。手を繋いだりするのとはまた違う様に彼女を近くに感じる。
ふと近くにある時計を見ると、デジタル時計がいつの間にか11:59になった事を教えてくれている。
……ご都合主義とか言わないで下さいね? いまさらですから。
「ウズヒ、誕生日おめでとう」
12:00になると同時に顔を上げ、17年前の今日この日に生を受けた大切な女性に、ありきたりだけど想いを込めた祝福の声をかける。
「ありがとう綺羅君♪ 誕生日覚えててくれたんだ?」
「え……うん、まぁね」
本当に嬉しそうな笑顔で応えてくれたウズヒを見つめ続ける事ができない。だって、さっき母さんに言われて思い出したんだもん。とっても後ろめたいよ。
そしてウズヒはそんなボクの様子から全て悟ったようで『綺羅君にお祝いしてもらえて凄く嬉しいよ』と、逆に気遣ってそんな声を掛けてくれた。ボクは何をやってるんだろう……。
「本当にごめん……」
「ううん、今まで忙しかったもんね。しょうがないよ」
優しく微笑んでくれるウズヒに対して、さらに申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。せめてプレゼントの1つくらい用意しておければ良かったのに……。先程までの後悔の念よりも更に強い波が押し寄せてくる。
「ねぇ綺羅君。私ね、綺羅君に叶えてもらいたい事があるんだ。誕生日プレゼントとしてそれを叶えてほしいな」
永遠にも思える一瞬の沈黙の後、強く握りしめたこぶしに暖かい綺麗な手を重ねながら、ウズヒがそっと囁いてきた。
「……お願い??」
「うん、お願い」
『ボクで叶えられる事なら』と、少しでもウズヒの願いに応えようと決心したボクは知らなかった。この願いが、かつて母さんが父さんに誕生日プレゼントとして求めたという過去。
そして、このシチュエーションさえウズヒと母さんの計画の内だという事に。
その頃、天国に居る父さんはボクの姿を見ながらため息をついていたそうな。
「綺羅、やっぱりお前は俺の息子だよ。血は争えんな」
出来ればボクの子供には受け継がせたくないものです、はい。
akishi「お待たせいたしました。お久しぶりです、akishiです」
朱実「どうも天国に居る朱実です」
akishi「今回は次話へ繋がる話なので短くなってしまいましたが、次はいつもの文量になるはずなのでお許しください」
朱実「綺羅もついに『アレ』をやらされるのか……」
akishi「それ以上喋っちゃダメだよ?」
朱実「分かってるって。心配しなくて大丈夫だ」
akishi「本当かなぁ? まぁそれは置いといておくとして、今まで頂いた評価やメッセージを拝見しなおしていたら朱実君&霞さんのカップルの人気がかなり高い事に気がつきました」
朱実「よし、じゃあ次から俺を主役に……」
akishi「しませんよ。しかし、綺羅君&太陽ちゃん以上の人気かもしれないんですよね、これが」
朱実「……なにか悪い気がしてきた」
akishi「もしかしたら、また霞さん達の番外編が……となるかもしれませんので、読者様のご意見を聞かせていただければ幸いです」
朱実「こんなダメ作者ですが、コメントを送ってもらって是非俺に(2度目の)主役を……」
akishi「君が主役になるとは限らないけどね。では長くなりましたが、次回もよろしくお願いします」
朱実「あぁ、次は綺羅が『アレ』の餌食に……」