第3話 〜彼女の『料理』と母との『約束』〜
渾身の絶叫の後、ボクとウズヒさんは特に何事もなく昼食を取った。ただし彼女が作った昼食を。
必要最低限くらいは料理が出来るつもりなので、ボクが作ろうとしたら、
「私が作るからゆっくりしててね? キッチン、借りてもいいかな?」
と(二ッコリ笑顔で)言ってくれたんだけど、お客さんに働かせる訳にもいかないので遠慮したのだが、彼女が断固として譲ってくれなかった。
なので2人で作る事にしたんだけど、正直ボクは邪魔者でしかなかった。
彼女の料理の腕が半端じゃなく、ハヤシライスとみそ汁、エビチリにコーンスープ、カルボナーラやサラダをあっという間に作ってしまったのだ。
……なんで汁ものが2品もあるんだろう? って言う疑問は無視して下さい。和、中、洋の料理が統一性がなく並んでいるのも、全ての料理がとても美味しかったので無視して下さい。
ちなみにご飯を食べている最中に敬語を使うのは禁止にされました。敬語を使わないと違和感があるから考えたんだけれど、ウズヒさんが頬をプク~って……。プク~って……。
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昼食の後ボクは珈琲、彼女は紅茶を飲んで雑談をしていると、先程のウズヒさんと我が家で一緒に暮らすという話が再び顔を出してきた。
……その話は避けて通れませんよね。せっかく美味しい料理のお陰で、心の奥底へと封印する事に成功していたんだけどな。
「やっぱり嫌……かな?」
不安そうな彼女の表情を見ていると気のきいた事を言いたいけれど、思ってもいない事を言うのも無責任だとも感じるし。
「私はね出来れば此処で、君と暮らしてみたいの。だって綺羅君に私の事をよく知ってもらえるいい機会だし、綺羅君にも私も事をもっと知ってほしいと思うから」
沈黙が、一緒に暮らすことに消極的な部分から来ていると感じたのか、ウズヒさんが不安そうに言葉を紡ぐ。
そんな想いを受けてもあ~とか、う~などの言葉しか出てこず、碌な返事もできない。そんな自分にだんだんと嫌気が差してきたところに……
「ただいま〜」
今の状況を作り出した女性が帰ってきた。でも、今帰ってきてくれたところで事態は何も好転しない気がしないでもないわけで……
「2人とも、ただいま。ウズヒちゃん、ご飯上手く出来た?」
楽しそうに母さんがウズヒさんへ話し掛ける。成る程、母さんは元々ウズヒさんがご飯を作ってくれるであろうという事は知っていたんだね。
「はい。ありがとうございました」
「お礼なんていいのよ。綺羅、ウズヒちゃんのご飯美味しかった?」
「美味しかったけど……」
なんでこの人は何でもかんでも知っているんだろう?
「杏奈にウズヒちゃんは料理が上手って教えてもらったのよ。だからご飯作っていかなかったんだし」
ニッコリ笑顔の母さんに果てしない自由人の空気を感じたけれど、それは今に始まった事でもないので軽く流しておいて。
ふと杏奈さんと悠真さんがまだ到着していない理由をウズヒさんが母さんに尋ねたところ、お二人は荷物を運んでいるところらしい。
……まさかとは思うけれど。
「ええ。ウズヒちゃんがここで一緒に暮らすために必要な荷物よ♪」
やっぱり……って
「ここ!?」
「ええ。一緒に暮らすって所には突っ込まないのね?」
それはさっきウズヒさんから聞いたからね。でもそれを口にする事はなく、代わりに1つのため息が出た。結局この家で一番強いのは母さんであり、今までこの女性の言う通りにして失敗した事がないのも事実。
「ウズヒちゃんがウチで暮らしたいと言うなら貴方に拒否権はないわ」
と真面目な表情で言う母さんに言われちゃったしね。
「どう? ウズヒちゃん?」
「私は……一緒に暮らしたいです」
「じゃあ決まり♪ 2人で頑張って暮らしてね?」
「「2人!?」」
ボクとウズヒさんの声が重なった。
母さん曰く、今日から会社の都合で海外に行かなきゃいけないらしく、当分の間家には帰らないらしい。妹の亜梨香が帰ってきたら3人だけれど、それまでは2人で暮らすことになるわけで。
ウズヒさんの方を見ると彼女も驚いていた。たぶんこれについては彼女も聞かされてなかったね……。
「それは流石に無理だよ。ボク達まだ未成年だよ!?」
未成年の飲酒・喫煙は法律で固く禁止されています。いや、別に今は関係無いんだけどね。なんとなく言ってみたくなっちゃってさ。……空気を読めって? ごめんなさい。
「未成年でも親の許可があれば結婚出来るのよ?」
「いや、今結婚は関係ないでしょう?」
「あら? 一緒に暮らすっていう部分には納得しかけていたのに、2人で暮らすことになったら尻込みしちゃうのかしら? 2人になったら貴方、何をするつもりなの??」
母さんがニヤニヤしながらそう聞いてくる。その表情は小悪魔…いや、魔王だよ!
「……綺羅?」
ハッ、考えてる事がバレたちゃった!? 母さんの背後に黒いオーラが立ち上るのが見えるよ。
こ、怖い……。
「霞、その辺にしておいてあげたら? あんまりからかうと可哀相よ?」
ここ数年感じた事のない恐怖に身を強張らせていると、段ボールを抱えた杏奈さんが現れた。あぁ杏奈がマリア様に見えるよ。
そして現れたばかりのマリア様は、母さんの飛行機の時間が迫っているからとウズヒさんを連れて出て行ってしまった。
ボクも男としてそれくらいの手伝いはしようと後を追おうとしたら母さんに引きとめられた。
「杏奈と悠真君にウズヒちゃんと話をさせてあげて? 私も貴方と話があるしね」
とおっしゃられました。なんでもボクとウズヒさんについての話らしい。
「まず一緒に暮らさないなんてことは無理。それに何をするにしても彼女の意思を尊重しなきやダメよ? 貴方の勝手な行動は私が許さないわ。いいわね?」
有無を言わさぬ言い方。もうボクもその事に対して何も言う事はない。
だけど、
「母さんは許婚についてどう考えてるの?」
「私? もちろん私はいい事だと思ってるわよ」
「本人達の意思は関係なく?」
さっきウズヒさんが話してくれた事が本心なら、彼女の意思は尊重されてると思うけど、ボクの意思は全く考慮されてない。
「そんな事はないわよ」
「じゃあ今の状況は何!?」
少し大きな声を出してしまったけれど、未だにかなり戸惑っている状況ではどうしようもない。親に向かってそんな言い方をしてしまったのは少し後悔はあるけどね。
「今回、話が急だった事については謝るわ。でもこれからは全て貴方達次第よ」
「ボク達次第? どういう事?」
もう許婚の話が事実なら、今更ボク達次第も何も無いと思う。
「確かにきっかけはこんな形になっちゃったけど、これからウズヒちゃんと仲良くなっていってお付き合いして結婚するもよし、もしどうしても合わないと思ったら他の人とお付き合いするのもよし、っていう事よ。大丈夫、貴方がどんな選択をしようと私はずっと貴方の味方に変わりはないわ」
もちろん私は前者を望んでるけどね。そう言って微笑む母さんの顔は母親そのもので。ボクの事も考えてくれていて。……何も言えなくなっちゃうよ。
「ただどんなにウズヒちゃんが魅力的でも無理矢理襲っちゃダメよ?」
「母さん!」
ウルッときてしまった自分が無性に恥ずかしくなって、またしても少し大きな声を出してしまった。
「ふふっ、冗談よ。でも、一つだけ約束。遊びでウズヒちゃんと一緒にいる様な事だけは絶対にしない事。もし、そんな事をしたら私も杏奈も悠真君も絶対に許さないわ。
まぁ貴方にはそんな度胸はないでしょうけど」
この女性はたまに良い事を言うんだよね。だからいつも丸め込まれちゃう。
最後に冗談を混ぜるところも母さんらしくて。……いや、強(強ち)冗談じゃないかも。
「……約束するよ。ちゃんとウズヒさんと向き合うよ」
「そう」
答えは素っ気なくて短いけれど、母さんの表情がとても嬉しそうにみえる。
「あと、どれくらい時間がかかるかわからないけど絶対に答えを出すから」
「そう、頑張ってね。応援してるわ」
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ウズヒさんと杏奈さん、悠真さんが戻ってきた後ボク達は空港に向かった。日本を発つ準備は昨日のうちに済ませておいたらしい。
荷造りしてたなんて全く気付かなかったよ。
我が家から車で30分程車に揺られて到着した空港のロビーでは、親友同士が楽しそうに語り合う、意外に普通な旅立ちを迎えていた。
「杏奈、悠真君、ありがとね。じゃあ行ってくるわ」
「気をつけてね(な)?」
杏奈さんと悠真さんの、母さんに送る言葉がハモる。そんな3人の姿を見てると、本当に昔から一緒に居たんだなって思う。
「うん! 綺羅」
杏奈さんと抱き合い、悠真さんと握手を交わした母さんがこちらに向き直る。その表情からは、どこか優しさを感じるような気がしないでもない。
「約束、忘れないようにね?」
「大丈夫だって。それより母さんも頑張って」
「それこそ心配無用よ。ウズヒちゃん、綺羅をよろしくね??」
「はい、頑張ります」
「ふふっ。孫の顔が楽しみだわ♪」
「母さん!!」
そこそこな本音であろう台詞を聞いて恥ずかしくなってボクを尻目に、母さんは手を振りながら搭乗口へと消えて行った。
「母さん、頑張ってね」
飛び立っていく飛行機を車の中から見つめながら、そう呟いた。
ウズヒさんと、きちんと向き合うと心に決めて。
「これからどうなるか楽しみだわ〜」
母の想いも知らずに……。
実はakishiの中でメインの2人(綺羅と太陽)にはイメージソングがあります。
綺羅君は『DAN DAN 心魅かれてく/FIELD OF VIEW』。太陽さんには『Story/AI』です。
読んで下さる皆さんの中には「それは違うだろ!!」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そこは大目に見てやって下さるとありがたいです。
では、これからもよろしくお願いします。