第30話 〜親友の『怒り』と心に刺さる『台詞』〜
舞衣と別れた後、もう一度ウズヒとの待ち合わせ場所へ行った。でも誰も居なくて、少し待ってもウズヒは来なかったので家路についた。
ウズヒと一緒に居た男の子の事、舞衣の事で頭がパンクしそう……。ウズヒがなんであの人と喫茶店に居たのか分からないし、ボク自身、何故舞衣の言葉に対してすぐに答えられなかったんだろう。答えは決まってるはずなのに……。
「ただいま……」
あれこれ考えている間に家へ到着。玄関に並んでいる靴の中に、ウズヒのものはない。
「お兄ちゃん、お帰り。……あれ? ウズヒさんは?」
「いや、一緒じゃないよ。じゃあボクは部屋に居るから」
出来れば今は1人になりたい。今日の事も聞かれたくないし……ね。
自分の部屋に入って椅子に腰掛け、近くにあった本へと手を伸ばす。これは最近ケータイ小説が書籍化されたもので、映画化もされるとか、されないとか。
内容は感動できる恋愛小説って帯に書いてあった。まだ読み終わってないから、どんな風に感動できるのかは分からないけれど。
「あ……」
登場人物の中の1人が発した言葉に思わず目が止まる。
『恋人同士って言ったって、男と女なんて分かんねぇもんだよな。お互い相手の見てない所で何してるかなんてしれねぇんだから』
……心に刺さる。いつもなら小説の中での台詞で過ぎていくのに、今日は割り切る事が出来ない。何で今日に限ってこんな台詞が……。
「はぁ……」
本にしおりを挟んで、ベッドへ寝転がる。壁に掛けてある時計は小さい針が3時を少し越えた所で止まり、ボクが家に着いてから1時間以上が経った事を示す。
「どうしよう……」
ウズヒが帰ってきてから今日の話をしない訳にはいかないだろうし、かと言ってどういう風に話をすればいいのか……。
『コンコン』
ベッドで頻繁に寝返りをうちながら考えていると、ドアをノックする音。
「私だけど……。綺羅君居るよね? 今日の事で話をしたいんだけど」
ウズヒ……。
「うん、どうぞ。入っていいよ」
ドアの向こうから現れたウズヒはさっき喫茶店で見た姿と同じ……いや、さっきと比べて顔色が優れていない気がする。
「「…………」」
ベッドの上に座るボクと、ドアの前に立ち尽くすウズヒに言葉はなく、2人して俯き続ける。何かがこのあとに起きてしまうのなら、このままの状態で居たいというボクはやはり根性が足りないのだろうか。
「どうして来てくれなかったの……?」
今まで聞いたことがない程の暗い声が聞こえる。でも目を合わせられない。
「……行ったよ」
確かに行くことは行った。でも、君は……
「嘘……。来なかったでしょ? 別に来たくなかったなら、そう言ってくれれば良かったのに」
「ちゃんと行ったから!!」
ベッドから立ち上がり、思わず声を荒げてしまう。こんな言い方じゃ駄目だ。喧嘩をしたい訳じゃないのに……。
「でも、ウズヒがあの男の子と何処かへ行っちゃったんでしょ!?」
「あの時海星君はたまたま助けてくれただけだよ!! そのあと待ち合わせ場所に戻ったけど、綺羅君が来てくれなかったんじゃない!!」
「ボクだって、あのあと行こうと思ったよ! だけどウズヒがあの人と喫茶店で一緒に居るのを見かけたから……」
「だから他の女の子と遊んでたっていうの!?」
驚いて、今まで足元へ向けていた視線をウズヒへと移す。なんでウズヒが舞衣と居た事を……。
「やっぱりあれは綺羅君だったんだ……。私、知らなかったよ。綺羅君に私以外の彼女が居たなんて」
「違う! 舞衣はそんなんじゃないよ!!」
「じゃあ、あの娘は綺羅君の何なの!? 綺羅君が女の子を名前で呼ぶなんて、私の他は未来と亜梨香ちゃんくらいしか聞いたことないよ!? それにキスまでされてて……。とてもただの知り合いには見えなかったもん!!」
「それは……」
舞衣が昔付き合っていた彼女だって事は言いたくない。ウズヒにその話をするのは何故か躊躇われたから。もしかしたら、ボク自身が口にしたくないだけなのかもしれない。
「ほら、言えないじゃない。他に好きな女の子が居るならそう言えばいいでしょ!?」
「だから違うって! ウズヒこそあの人と何かあるんじゃないの!? やっぱりウズヒと釣り合うのは、ああいう背も高くてカッコイイ男性だよね。ボクはただの暇つぶしだった?」
「ひどい……。なんでそんな事言うの……? そんな訳ないじゃない!」
涙声で――涙目になりながら喋っているけど、それを今のボクが冷静に受け止められるなんて出来はしない。
「……もういいよ。悪いけど、ボクはもう寝るから。出ていってくれない?」
ベッドに寝転んで布団に包まり、ドアとは逆の方を向いて喋る。ひどい言い方になっているって分かっていても、今更取り返しはつかない。
「……分かった。出ていけばいいんでしょ? 綺羅君が私の事をそんな風に見てるなんて知らなかった!!」
凄い勢いでドアが閉められ、階段を降りていく音が聞こえた。そして玄関が強く閉められる音も。ボクはそれらを布団の中で聞いていた。
その日、ウズヒが家に帰ってくることはなかった――。
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結局一睡もすることが出来ず、朝食もろくに喉を通らなかった。それでも学校を休む訳にもいかなくて、重い身体を動かし、
制服に着替えて家を出る。
「はぁ……」
本当に身体がけだるい。寝ていない事と満足に食事を摂っていない事、さらに自分でも何を考えているのか分からない心情も相俟って、歩くのも億劫になる。
「よう、綺羅。朝っぱらから元気ねぇな?」
声を掛けられて顔を上げると、いつの間にか未来と賢が隣に居た。
「そうかな? 別にいつもと同じだけど」
「おいおい。マジで血色悪いぞ? まぁ、お前が大丈夫って言うならそれでいいけど。つーかウズヒはどうした? 居ねぇじゃねぇか」
辺りを見渡しながら未来がボクに質問を投げ掛け、賢はボクの顔をじっと見つめてる。賢が見つめ続ける程ボクの顔色は悪いのかな?
「さぁ。ボクも知らないんだよ」
「いや、知らないってお前……」
「ごめん、本当に知らないんだ。さ、学校に行こうか」
「ちょっ、お前……」
未来の声を無視して学校への道を歩きだす。ちらっと後ろを振り返ると、賢と未来が肩を竦めながらお互いの顔を見合わせていた。
そんな不思議そうな表情をされても、ボクも本当に知らないんだからしょうがない。
学校への道程が、いつもより長く感じられた。
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今日ほど学校での生活を辛く感じた日はない。授業中に時計を見ても前に見たときから5分も経っておらず、問題を解いてみろと言われても何一つ答えられなかった。
昼食時は昼食時で、お腹は減っているはずなのに何も喉を通らない。賢と未来が心配して何度も保健室へ行った方がいいと言ってくれたけど、ボクがずっと大丈夫だと言い張ったら『本当にヤバい時は言えよ?』と言って引き下がってくれた。
そこまで心配されている人間の体調がたった数時間で回復するなんてこともなく、午後の授業も午前中となんら変わりのない状態で受けた。
「お前、急にどうしたんだよ? おかしすぎるぞ?」
1日の授業をどうにか乗り切って、早めに帰ろうとした所を賢と未来に捕まり、購買まで引っ張って連れてこられた。
この学校の購買は喫茶スペースとしても使えるようになっていて、生徒からは結構好評を受けている。
「大丈夫だよ」
「大丈夫な訳ねぇだろ。私達くらいには話してくれよ、な?」
周りに人が居ない4人掛けテーブルへ腰掛け、他人には聞こえない声で話す。
始めは『大丈夫』、『なんでもない』の一辺倒で終わらせるつもりだったけど、そのままだと未来が離してくれそうになかったので昨日の起こった事を喋る。
デートの事、舞衣の事、喧嘩の事……。話が進むにつれて、2人の表情が険しくなっていく。
「――が、昨日あった事」
「お前ふざけてんのか!!」
話し終えた途端、椅子から立ち上がった未来がボクの襟元を掴んで無理矢理立たせる。
真剣なその表情を、見つめ返すことが出来ない。
「ウズヒがそんな半端な気持ちでお前と居た訳ねぇだろ!! 周りから見てても分かるのに、お前が分からないはずない!!」
「……未来、座れ」
「賢、コイツがウズヒに言った事は……」
「……いいから座れ! 綺羅、お前もだ」
賢の怒りを含んだ言葉に未来が素直に従って椅子に座り、ボクも同じように腰掛ける。
「……綺羅、俺もお前の行動は褒められたものじゃないと思う」
「…………」
賢の静かな声は未来以上に説得力があって、とても口を挟んだり出来ない。
「……だけどウズヒも同じだな。……お互い感情に任せて相手の言い分を聞こうとしなかった」
「…………」
「……でも、今話すべき事はそれじゃない。柊とその男の事だろう。……それに現状の解決策」
「そうだ! 舞衣の奴、綺羅にあんな事しておきながらよくそんな事を言えたもんだ!!」
未来が怒りを表すように拳でテーブルを叩く。
昔付き合っていた時、ボクと舞衣の仲は結構良かったと思う。ある日突然、隣のクラスで学級委員長をしていた舞衣から告白されて、携帯電話のメールアドレスを交換して、毎日送られてくるメールに返信して。
そんな毎日が何ヶ月か続いた頃、急にボクの目の前から舞衣が消えた。メールをしても返ってくるのは、メールを送る事が出来なかったというセンターからの通知。電話しても全く繋がらない。ボクには何が起こっているのか分からなかった。
後日、先生から舞衣は親御さんの転勤で引っ越しをした際に学校も転校したと聞かされた。
その出来事でボクは数ヶ月間人間不信に陥り、親しい人以外と会話が出来なくなった。
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賢、未来と購買で別れ、一人靴置場へとむかう。
最終的に結論は何も出ないまま、今日は帰宅することになった。賢達は『家まで送る』って言ってくれたけど、本当に病気な訳でもないし、これ以上気を遣わせたくないので一人で帰る事にした。
「お、綺羅。今帰りか? 今日は一人か?」
下駄箱から靴を取り出して履き変えていると、近くにはウェアを着た、真っ黒に日焼けしているテニス部部長の姿。
「まぁ、たまにはそんな事もあるよ」
そう、たまにはね。
正門とテニスコートは比較的近くにある為、聖と他愛のない話をしながら並んで歩く。側で見ると、さらに黒い……。
「そういえば俺、昨日瑞穂とデートしてたんだけどさ」
この前行ったダブルデート。功を奏したみたいで、聖と瑞穂さんは付き合うようになったらしい。でも、なんでこのタイミングでその話を……。
「でも、瑞穂を駅へ送った帰りにあんな光景が見れるとは思わなかったぜ〜」
聖がボクを見ながらニヒヒと笑う。どういう事かボクには分からないんだけど?
「惚けた顔するなって。お前と桜井さんが、あんな所に行ってるなんてしらなかったな〜。コノコノォ〜♪」
「……?」
昨日ボクはウズヒと一度も一緒に歩いていないから、本当に聖が何を言っているのか分からない。
「何だよ? 俺が嘘ついてるだとでも思ってるのか? 言っとくが、俺は桜井さんの紅い髪をちゃんと見たからな。お前の姿はよく見えなかったけど、あの2人組はお前らだろ? 昨日、駅前の路地に入ってったのは」
駅前の路地……。男女の二人組がそこに入っていく理由は大抵一つしかない。
あそこの路地は――ホテル街。
目の前が、真っ暗になった。
akishi「すみません! すみません!!」
朱実「何だ? 遂に打ち切りか?」
akishi「そういう訳ではないんですが……。本当にすみません。何がという事は書くまでもなく、責められても謝る事しか出来ません」
朱実「まあなぁ……」
akishi「ですが、ここで言い訳は致しません。それは後日にして、今は2人の事を見守って下さいとしか言えません」
朱実「あとで言い訳すんのかよ……」
akishi「本当にすみません。さらにもう一つだけ。ここからは話の流れを大事にする為、一段落つくまで後書きには次回更新日だけを書いていきたいと思います」
朱実「それくらいなら載せてもいい……のか?」
akishi「次回更新は明々後日です。どうかこれからもお付き合い下さい。よろしくお願いいたします」




