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~Side Kasumi Tenryo~ 〜『彼』と『幸福(しあわせ)』と『花言葉』〜

8月の中旬にも拘わらず、もう秋が来たのではないかという過ごしやすさの中、家族3人、1つのお墓の前に立つ。


「久しぶりね、あっくん」


そう、ここに眠っているのは、私が永遠の愛を誓った誰より愛しい男性――






 ・

  ・


彼に初めて会ったのは中学生2年生の始業式。


先生からそれぞれ自己紹介をするように言われ、番号順にみんなが思い思いの自己アピールをしていく。そんな中、1人の男の子が教卓の前に。


「どうも、天領朱実です。名前が女みたいだってよく言われます」


簡潔な自己紹介。だけど、彼の存在そのものが私には衝撃だった。一目見て私の頭には一つの思いが浮かんだの。


『ああ。私はこの人と結婚するんだな――』


一目惚れでもない、勘違いでもない。ましてや中学生に入って付き合い始めた、2人の親友への対抗意識でもない。確かな、確かな想い。

私はその日から彼に少しでも意識してもらう為、何もかもに全力投球するようになった。

テストでは、廊下に張り出される順位表の1番目立つ所に名前が載るよう、夜中まで頑張り続けた。彼が勉強で困った時『ここの問題、教えてくれない?』と聞いてもらえるように。教えられるように。

でも、彼はいつも親友に教えてもらっていた。


『悠真君!! 私の気持ちを知ってるんだから、協力してよ!』


その当時、これが私の口癖だった。悠真君と、その隣に寄り添う杏奈にはいつも笑われたっけ。

部活でも常に1番をとり続ける努力をした。他の人と競う事に意味があったんじゃない。1番に居る事に意味があった。

普段の練習でも気を抜かず、殊更彼がテニスコートの近くを通った時には、一際大きい声を出して練習した。

そして1年間頑張って残ったのは、朱実君と1回も喋る事が出来なかったという結果。

だけど私はそんな事で落ち込んだりしない。《来年は絶対喋る!》。終了式が終わってすぐ、これを来年度の目標に掲げた。……よくよく考えてみれば、結婚からだいぶ難易度が下がってるわね。それに自分から話し掛ければ、あっという間に叶ったのだし。

結局中学3年間で1度も話す事は出来なかったのだけれど。






 ・

  ・


中学の失敗は繰り返さない!! そんな誓いを立てて彼と同じ高校へと入学。テニスの特別推薦で他の高校からも誘われたけれど、『彼が居ないなら高校に進学する意味すらない』、そう杏奈達の前で宣言したら、悠真君が朱実君の希望進学先を教えてくれた。悠真君が朱実君と親友で本当によかった。これも運命よね?


だけど、なかなか彼と話す機会が出てこなかった。クラスも2年間違ったし、悠真君から『思いきって喋ってみろよ』と言われても、もし嫌われたらと考えたら話し掛けるなんて絶対に無理だった。……どう考えてもこれは私の所為ね。

彼と出会うまで、自分が決めた事なら何でも迷わず行動して来たけど、朱実君と直接関わる事だと私は極端に臆病になった。

そんな私を見かねて、杏奈と悠真君がある提案をしてくれたのが高校2年の初夏。始めは迷惑を掛けると思って悩んだけれど、『今更だ』と笑ってくれた2人に抱き着いてキスしそうになった。もちろんファーストキスは朱実君の為に取っておいたけどね。

算段はこう。悠真君が、朱実君に図書室で自習してもらうよう計らい、周りには他の生徒が居ない状況を作り出す。そこで何としてでも彼のハートをゲット! というか私のハートを受け取ってもらう。






 ・

  ・


「はぁ〜……ふぅ〜……」


図書室の扉の前で、1つ深呼吸をする。


「大丈夫。お前なら上手く言えるさ」


「うん、ありがと」


誰も入って来ないように扉を見張ってくれる悠真君が声を掛けてくれたけど、鼓動はますます早くなるばかり。ようやく決心して部屋に入ると、彼が1人で勉強していた。そのように計ったのだから当たり前よね。

(ああ! あの腕で抱きしめて欲しい!!)

暴走しそうな心を抑えつつ、彼に声を掛け、たわいない話をする。その中に軽いジャブを入れても朱実君は全然気付いてくれない。

(もう! こうなったらストレートでいくんだから!!)


「その人は……その人の名前はテンリョウ君。『テンリョウ アケミ』君」


ここまでズバッと言っても、彼は同姓同名の人物だと思ってる。鈍感過ぎ……。


「私の知ってる『テンリョウ アケミ』君は君だけだよ?」


これで分かってくれなかったら、私は朱実君の事を諦めてた……訳ないじゃない! これくらいで諦めてたら、3年以上も想ってられないわよ!!


「エエェェ!?」


少し俯いた後、彼の口から紡ぎ出されたのは鼓膜が破れるかという程の大声だった。

(本当に気付いてなかったのね……)

これがその時感じた素直な感想。

それでもなんとか朱実君を口説き落とし、彼女の座を手に入れた。ま、結果オーライね。






 ・

  ・


とにかく高校時代は波瀾万丈……だったかもしれない。あっくんにとっては。私には最高の時間だった。といっても、高校時代だけが最高の時間だった訳じゃないけどね。


高校卒業後、4人揃って附属の大学に進学。それと同時にそれぞれが同棲も開始。学校に行っても、家に帰ってもあっくんと一緒。もう気が狂うかと思ったわ。いい意味でね。

あと、杏奈と一緒に小さな事業を始めた。私が社長で、彼女が副社長。親の負担を少しでも軽く出来ればと思って。まさかと思う程の大企業になったのはその数年後。事業の成功はいい事だったけど、悠真君はちょっと気の毒だったかな。大学を卒業した後は専業主夫で肩身が狭いと思ってるから。杏奈はそんな事全然気にしてないのに。


そんなこんなで過ぎていくキャンパスライフは楽しかったけど、ある日私達に1つの事件が起こった。

いつもと同じ、あっくんの腕の中で目覚める幸せな朝。だけど気分がすぐれないし、強い吐き気。始めは風邪かと思っていたけど、今まで経験した事がないくらいだったので学校終わり1人で病院に行ったら……。

病院からの帰り道、私の足は重かった。不安で不安で仕方がなかったわ。どうしたらいいか分からなくて。

2人で暮らす小さなアパートに着くと既にあっくんは帰ってきていた。


「おかえり、霞。……どうしたの?」


お風呂とトイレ付きの小さな部屋。あっくんはいつもの様に返事がないことに違和感を感じたのか、見ていたテレビを消して立ち上がり、立ったまま俯く私に近寄って来た。


「あのね、あっくん……。赤ちゃん……できちゃったみたいなの……」


病院の先生からそう伝えられた。妊娠二ヶ月。突然の出来事だった。


「あ、赤ちゃん!? 本当に?」


「どうしよう!? ねぇ、あっくんどうしよう!?」


涙声で、泣きそうになりながら……ううん、泣きながら彼に叫んだ。助けて欲しかった。


「え? 産まないの?」


私が泣いてるっていうのに、彼はあっけらかんとそう言い放った。

『……墜ろして欲しい』。当然そう言われるだろうと思っていた私の涙は引っ込んだ。

だって当時大学〇年生(歳が分かっちゃうから、何年生かは秘密よ)。私は構わないけど、彼はまだまだ遊びたいだろうに……。


「……産んでいいの?」


「いや、だって悠真と杏奈さんの子もあと半年以内に産まれるんだし……」


「でも……」


確かにあの2人は既に子供を産んで、結婚する事を決めていた。

でも、それは前々から親に話していた事だったから。私達の場合は違う。


「大丈夫だよ。俺達だって俺の親を説得すればいいんだからさ」


霞さんのご両親には認めてもらえてるみたいだしね、と微笑む彼の優しい表情を見て、また泣いてしまいそうになる。

同棲の許可を貰う為、あっくんと一緒に実家へと帰ったとき、お母さんから『いつ結婚するの?』と言われた事を思い出してそう言ったのだろう。

お母さんは結婚の準備段階として同棲を認めてくれていた。我が家はお母さんがお父さんより強いから、お父さんはお母さんに逆らえない。お父さんもあっくんを気に入ってくれたみたいだけどね。


「本当にいいの……?」


「当たり前だよ。それとも霞は産みたくないの?」


「そんな事ない! 産みたいよ!!」


あっくんとの愛の結晶。産みたいに決まってる! ただ、こんなにも早く授かるとは思ってなかったから。


「なら問題ないよ。霞、幸せになろうね?」


「あっくん……。うん! 絶対幸せにしてあげるから!!」


それは俺の台詞なんだけどな……。そう呟く彼の唇を塞ぐ。私の唇で。あっくんが愛おしくてたまらなかった。


結婚式が行われたのは、それから1年と少し経って。残念ながらダブル挙式は出来なかったけれど、代わりに2日連続で行う事になった。初日が私達で、2日目が杏奈達。場所は教会で、衣装はもちろんウエディングドレス。『綺麗だよ』と恥ずかしそうに言うあっくんはとても可愛かった。

杏奈と悠真君の結婚式当日、指輪交換の時にふと横を見てみると、欠伸を噛み殺しているあっくんが居た。寝不足にしちゃったのは悪かったけど、新婚初夜だったんだもん、仕方がないよね? 綺羅の夜泣きが大変だったのも原因の1つかな。




――幸せだった。この世で1番幸せなのは自分だという自信があった。

こんな幸福しあわせがいつまでも続くと思ってた。






 ・

  ・


綺羅が生まれてから約3年後の、とある日曜日。朝から雷が鳴り響く、激しい雨の日だった。



お昼前、昼食の食材を買いに行く為にあっくんは車で外出していた。いつもなら買い物は一緒に行っていたのだけど、その頃は身重だった事もあり、私は家で綺羅と共に留守番をしていた。

ふと時計を見ると11時30分。あっくんが出ていってから既に30分が経っていた。


「いつもより遅いわね……」


雨で道路が混んでいるんだと考えたけど、何故か胸騒ぎがおさまらなかった。


『TELLLL……』


そんな私の不安を掻き立てる様に、近くに置いてあった電話の子機が音を上げる。


「はい、天領ですが……」


『警察の者ですが、天領朱実さんのお宅ですか?』


「朱実は私の夫ですが……」


『落ち着いて聞いて下さい。朱実さんが事故に遭われ、現在病院の集中治療室で……』


目の前が、真っ暗になった――






 ・

  ・


すぐにタクシーを呼んで病院へ向かった。タクシーが家に着くまでの間、強くなっていく不安をどうにかする為に杏奈へ電話を掛けた。彼女達も病院に来てくれるらしい。



病院に着くと、私達の家よりも早く杏奈達が先に着いていた。ウズヒちゃんも一緒に。


実は綺羅とウズヒちゃんが初めて会ったのは16歳の春じゃない。既に2回会っていた。この時と結婚式の日に。


看護婦さんに連れられて入った部屋には人工呼吸機に繋がれたままのあっくんが。すぐさま駆け寄って彼の右手を両手で握り締める。


「あっくんは――夫は……?」


近くに立っていたお医者さんへ、自分でも聞いた事がない掠れ声が私の口から出た。


「手は尽くしましたが、長くは……」


持ちません。そう言った瞬間、杏奈が息を呑むのが聞こえた。


「嘘……嘘よね? ねぇ、あっくん! 起きて応えてよ!!」


「ン……ゥン……」


「……あっくん? あっくん!!」


溢れ出した涙をそのままに叫び続けると、彼が目を覚ました。


「……霞? ごめ……な?」


「!? どうして謝るの!?」


「俺……長く……ない……だろ……?」


「そんな事ないよ! ずっと私達は一緒にいるんでしょ!?」


苛立ちが募って、それが全部声の大きさとなって表れる。彼を助けてあげられない自分が悔しい。


「分か……自分……身体……だから。……悠、真」


「何だ?」


「頼む……な。俺……お前、以外に……居ないから……」


「あぁ。全部任せとけ。心配するな」


一見普通に接してるように見えた悠真君だけど、彼の目は真っ赤だった。


「杏奈さん……」


「……朱実君、何?」


悠真君の胸に顔を埋めて泣いていた杏奈が、顔を上げて応える。


「霞、支えて……。俺……代わり……」


「霞にとって貴方の代わりは無理だけどね。でも一生懸命頑張るから安心して」


2人とも無理に笑おうとして顔が強張ってる。私は笑おうとする事も出来ない。


「霞……」


「何、あっくん?」


「ごめ、ん。幸せ……あげ……なくて……。約束……守……なくて」


「そんな事、ない。そんな事ない、よ……」


息が苦しくて、満足に喋る事も出来ない。涙であっくんの姿が見えない。


「俺……無理だっ……けど……、幸せ……なれ……よ?」


あっくんはもう声を出すのも苦しいのか、絞り出す様に喋る。


「うん……うん。絶対幸せになるから! 綺羅と……お腹の子も絶対に幸せにするから!!」


「頑……れよ。俺……あっち……待って……」


嫌だ! そんな事聞きたくない!! そう思ったけど、聞かないなんて無理だった。あっくんの……最後だったから。


「霞……愛し……て……」


『る』。たったその一語を発する前に、あっくんの目は永遠に閉じてしまった。


「あっくん……。イヤ……イヤァァァァァ!!」


そんな叫びも、激しい雨音によって掻き消されてしまった。






 ・

  ・


事故の原因は相手の飲酒運転が原因だった。車同士、交差点での衝突事故。赤信号にも拘わらず、飛び出して来た大型トラックに運転席側から衝突されたと聞いた。お医者さんによれば即死でなかったのが不思議なくらいだったらしい。


今考えてみれば、よく無事に亜梨香を産めたと思う。あの雨の日から私は綺羅を両親に預け、会社を杏奈に任せて1週間以上泣き続けた。飲酒運転をしていた相手を怨む暇もないくらいに。


そんな私だったけど何とか立ち直る事が出来た。杏奈や悠真君、私の両親にあっくんのご両親のお陰で。何よりも、自分は綺羅とお腹の子の親なんだという想いと、あっくんの『幸せになって欲しい』という言葉で。




「霞、遅れてごめんなさいね。ちょっと支度に手間取っちゃって」


綺羅と亜梨香がお線香をあげる中、1人物思いに耽っていると後ろから声を掛けられた。言うまでもなく、唯一無二の大親友。


「ううん、来てくれてありがとう。悠真君とウズヒちゃんは?」


「すぐに来るはずよ。ほら」


杏奈が後ろを振り向き、私もその視線を追う。その先にはこちらに向かって歩いてくる悠真君とウズヒちゃんの姿。


「霞さん、おはようございます。遅れてすみませんでした」


「おはよう、ウズヒちゃん。悪いけど綺羅と亜梨香の相手をしてあげてくれる?」


「はい! 綺羅君、亜梨香ちゃん、おはよう♪」


私に向けてくれた笑顔そのままに2人へ話し掛け、3人が楽しそうに会話を交わす。これがあっくんの言ってた《幸福しあわせ》なのかな?


「霞、その……大丈夫だったか? 本当はオレの車で一緒に来られたら良かったんだが……」


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だったから気にしないで」


「そうか? あまり無理をするなよ?」


悠真君が心配してくれるのもよく分かる。私はあの日以来、満足に車へ乗る事が出来なくなった。最初は車そのものを見るだけでも気絶しそうになっていたけど、今は親しい人が同乗してくれたら乗れる様になった。だから大丈夫。


「ほらほら、今は私よりもあっくん! 早くお線香たててあげて!」


苦笑する2人の背中をお墓の前まで押していく。苦笑の原因は、いつでも私があっくんが1番である事を思い出したからだろう。私にとってあっくんは1番の存在。それが変わる事は永遠にない。綺羅や亜梨香でさえも敵わない。




あっくん? ボク、幸せだよ? 可愛い子供達に囲まれて、何でも語り合える親友が居て。

いつか私もそっちへ行くけど、もう少しだけ待ってて? 君との約束を果たすまで。



――私の頬を一陣の風が撫でていく。
















一人の男性が眠る墓の前で、一輪の花が風に揺れている。


花の名前は《紫羅欄花ストック》。花言葉は――《永遠の愛》。


akishi「という事で今回は霞さんの番外編でした。物語の時期と、以前くま様から頂いたご要望が合わさってこのような形になりました」


朱実「……」


akishi「花言葉は以前友人から聞いたものを採用させて頂きました。もし間違いであれば、ご指摘頂けるとありがたく思います」


朱実「……」


akishi「あまりこういった表現はしたくないのですが、霞さんはPTSDだったんですね。それを乗り越えて、綺羅君達を育てて……。いやはや、やはり母は強し!! ですね」


朱実「……」


akishi「……どうしました?」


朱実「いや、俺は喋らない方がいいのかなって……」


akishi「だったら呼ばないよ。では、今回は朱実君に締めてもらいましょう」


朱実「は!? え〜っと……これからも綺羅達の日常に付き合ってやって下さい。ではまた次回!」

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