第25話 〜『イチゴ』と『昭和』と『思い出』〜
母さんの手伝いで女装を強要され、写真を撮られたり取材を受けたりしたのは1週間前の事。
只今平日の午前7時。朝食の真っ最中です。
あの日から特に変わった事は無く、平穏な日々が続いたんだけど、今日はちょっと……。
何故かというと、昨日例の雑誌《A・L》が発売されたらしく、家に宅配便で送られてきたから。
前回宣言した通り(?)ボクは自分の女装した写真を見たくなかったので、いつも購入しているという亜梨香に、2部入っていた内のボクの分をあげた。……ていうか母さんの会社が出してる雑誌なら、毎号送ってもらえばいいのに。
因みに母さんは家に居ません。以前から約束していたらしく、昨晩『今晩は杏奈の家で一晩中飲み明かしてくるわ♪』と言って出掛けて行った。たぶん、お酒を飲まない(らしい)悠真さんはずっとお酌係だったんだろうね。心中お察しします。
「お兄ちゃん、手が止まってるよ? 早く食べちゃったら?」
「そうだね。ウズヒも着替えに行っちゃったし、急ごうかな」
と言っても今朝はいつもより早く起きたから着替えは済ましてあるんだけど。早く起きれた理由は早く寝れたからです。さらに早く寝られたのは母さんが家に居なかったから。
「でも、ウズヒさんて本当に凄いよね。雑誌でも綺麗だったし、去年は《ミス謳歌》のグランプリ受賞者だもん」
「うん、まぁね。だけど何で急に《ミス謳歌》?」
「だって…あれ」
亜梨香が指差す先――テレビでは
『来週には全国でも有名な謳歌高校の学園祭が開催されます』
『そうですねぇ。謳歌高校と言えば何と言っても《ミス謳歌》! これは見逃せません』
アナウンサーの人とコメンテーターらしき人が謳歌高校の学園祭について語っていた。
『では、ここで去年開催された時の映像をご覧下さい』
アナウンサーが話し終えると画面が切り替わり、映像が流れ始めた。
体育館と思われる場所の壇上へ次々と参加者が上っていく。ウズヒは…居た居た。10人位並んでいる内の左から3番目。
そこまで確認した所でまた映像が切り替わる。
『1年5組の桜井太陽です。特技は――』
「!! ……ゴホッ…ゴホッ」
舞台に1人で立っているウズヒがアップで映し出され、驚きすぎた所為で食べていたご飯が喉につまっちゃったよ……。
『今画面に映し出されている彼女が去年グランプリを獲得した桜井太陽さんです』
ウズヒの声がフェードアウトしていき、代わってアナウンサーさんが説明を始めた。
『当番組のスタッフが調査したところ、彼女は別の学校へ転校されたそうで今年はコンテストに参加されないそうです。本当に残念ですね』
『いや、全くです。前年度の優勝者も参加している中、大差をつけての受賞でしたからね。去年直に会場で見ていた私としては――』
「あぁーー!! 2人とも見ちゃダメ!!」
着替えを終え、部屋に入ってきたウズヒがコメンテーターさんの話を遮るように叫びながらテレビを消してしまった。
「別に消さなくてもいいのに……」
「そうですよ。まぁテレビの映像では、会場で直接ウズヒさんを見た美しさには遠く及びませんけどね。実際にあの会場で私も観客席で見ていたから分かる事ですけど」
そうそう。テレビだけじゃウズヒの魅力や美しさは伝わらない。………?
「亜梨香って会場に居たの?」
「うん。美樹と一緒に」
「じゃあ何でウズヒと初めて会ったときに喧嘩したの?」
確かあの時は、いつの間にか家に居たウズヒと爺ちゃん&婆ちゃんの家から帰ってきた亜梨香の言い争いになったんだっけ。あ、これは第7話参照です。
「あ、あの時はいきなり家に女の人が居てビックリしただけ!! そんな昔の事はどうでもいいでしょ!!」
そんな焦って大声で否定しなくても……
「別に責めてる訳じゃないよ。まぁ落ち着いてテレビでも……」
「綺羅君!! ダメ!!」
ん〜失敗。どさくさに紛れてテレビを点けようかと思ったのに手を弾かれちゃったよ。
「もう!! 先に学校行ってるからね!」
余程見られたくなかったのか、怒ったウズヒは鞄を持って家を出ていってしまった。っていうか、こんな冷静に状況説明してる場合じゃない!
「ごめん、亜梨香! 食器を台所に移しといて!」
「はいはい。分かったから早くウズヒさんを追いかけたら?」
「ありがと! いってきます!!」
ボクは亜梨香にお礼を言い、ソファーに置いてあった鞄を掴んでウズヒの下へと駆け出した。
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家を出て間もなくウズヒは見つかり、駆け寄って何度も謝った。
幸い、すぐに赦してくれたから良かったよ。だけど、理由を聞いたら『恥ずかしかったから』と『見たくなかったから』という答えが返ってきた。ボクとしては、何故見たくなかったのか知りたかったんだけどな。
そして赦してもらった後、賢、未来と合流。未来も少し《A・L》を読んでたみたいで、すぐにウズヒと2人で盛り上がり始めた。ボクの女装について話していたような気がしないでもないけど……気にしない、気にしない。
「……お前も大変だな」
「同情するなら…お金はいいから、取り敢えず助けて?」
「……無理だ。……しかし、お前は女に生まれたらかなりの美少女だったのに、損したな?」
「あれはメイクのお陰だから。それに、もう女装の話はしないで……」
まぁそんな感じでいつも通りに学校へ登校……出来なかった。予想以上に《A・L》の影響が大きいらしく、会う人会う人に(ボク以外の3人が)声を掛けられ、いつもよりたっぷりと時間を掛けて登校した。
さらに学校の教室に着いてからも多くの人達に囲まれ、絶賛の嵐だった。ただ一つ、『《akemi》を紹介してくれ』という男子陣の凄い勢いがちょっと……。
みんな、3人にはあまり強く言えないらしく『3人が撮影をしたんだから、お前もその場に居たんだろう!』という推測の下、ボクに紹介を迫ってきた。まぁ当たらずしも遠からずって感じではあるんだけどね。
凄い剣幕にたじろぎながらも、どうやってこの場を乗り切ろうか思案していると…
「おーい! 綺羅、居るかー?」
救世主が登場! これ幸いとばかりに、群衆を抜け出してドアへとむかう。
「聖、何か用事?」
「いや、ちょっとな。時間有るか?」
「うん。いいよ」
特に断る理由も無く、むしろ喜んで《用事》の為に教室を出て聖が歩く後を着いていく。
何か仕出かしたかな…。さっき呼びに来た時の聖は無表情だったし、今はボクが後ろを歩いている状態なので表情が見えない。
ま、まさか愛の告白……な訳無いか。聖にそういう趣味は無いし。
「おい」
「な、何?」
聖が急に振り返って話し掛けてきたからビックリした……。
「いや、まったく喋らないからな」
「それは聖も同じじゃん」
「まぁな、《akemi》ちゃん」
「!?」
意外な名前が出てきて口があんぐりだよ。自分の顔が見える訳じゃないから何となくだけどね。
「そんなにバレたのが意外か?」
「だって、ウズヒ以外の誰にもバレなかったし…。未来と賢でも分からなかったんだよ?」
「まぁ他の3人が載ってて、お前だけが載ってないのもおかしいと思ったのもあるけど……結局は勘だな」
『当ててやったぜ』みたいな笑みを浮かべながら、聖が話を続けた。
彼の話によると、昨日家に帰ると弟の直斗君が《A・L》を読んでいて、その表紙にボク達4人らしき人物を見つけ、読んでみたら案の定……だったらしい。
その話を聞いたボクは、母さんの仕事を手伝いでモデルをした事や強制的に女装をさせたれた事など、事の一部始終を話した。
「――と、まぁ色々な事が有った訳ですよ」
「へぇ〜。大変だったんだな。でも、イチゴはないだろ、イチゴは」
「?? どういう事?」
いきなりイチゴとか言われても、ボクに思い当たる節は全く無い。最後にイチゴを食べたのはいつだったかなぁ〜。
「お前がそう答えたんだろ? 雑誌の自己紹介部分に『好きな食べ物はイチゴで、憧れの芸能人は松〇聖子さんです♪』って書いてあったぞ? お前、いつの時代のアイドルだよ?」
『クククッ』と含み笑いをしながら、聖がそんな事を言う。
「あぁ〜……それは母さんが答えたから。ボクは女の子の質問をされても答えられないし、代わってもらったんだよ」
しかし、いくら自分の事じゃないからって、適当に答え過ぎじゃない? 母さんは《akemi》をどうしたいんだろう。父さんの名前を付けたくらいだから、もっと大切にすると思ったんだけど……。
まぁ今後女装する事も無いだろうし、何が起きても問題はないかな。
『キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン』
「っと、そろそろ教室に戻らないとな」
「そうだね。……聖、ありがとう。教室でボクがああいう状況になるって分かってたから来てくれたんでしょ?」
「あぁ、その事か。ま、気にするなって。そうだな……代わりとして、今度テニス部に顔出してくれれば十分だから」
そんな本気か冗談か分からないような事を言われても…。『入部しろ』って言われたら冗談だって分かるけど、『顔を出せ』って、これはまた微妙な……。
「因みに冗談じゃないからな。来いよ?」
「……はい」
数日後、テニスコートの傍で倒れている誰かさんを1人の美少女が介抱していたそうな……。
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あっという間に午前中の授業が過ぎ去り、4人とも昼食を食べ終えて、只今食堂でティータイム中。あ、いつもはこんな事してないよ? 今日此処へ来たのは《A・L》について話す為。
朝、ボクが居ない間にウズヒ達が『《akemi》に会ったのは撮影日だけで、そんなに親しくないから連絡先も全然知らない』とみんなに説明しておいてくれた。そのお陰で尋問まがいの事をされなくて済む様になったのに、教室で《A・L》の話なんてしてたら全部水の泡だもんね。
「しかし…聖の言う通り、このインタビュー記事は…なぁ。私は写真を少し見ただけだったから昨日は気付かなかったけど、いくらなんでもこのコメントは古いだろ」
未来が机の上に置いてある《A・L》の記事に目を通し、半ば呆れた様に呟く。やっぱり普通はそういう感想だよね。これは明らかに昭和路線だもん。
「未来、《akemi》ちゃんはこれでいいんだよ。彼女はこの雑誌の中でだけ存在する女の子で、みんなのモノなんだから。因みに私は綺羅君だけのモノ♪」
そう言いながら、ウズヒがボクの腕に自分の腕を絡める。最後の発言は嬉しいけど、実際は逆の立場である気がしてしょうがない。
「はぁ…このバカップルが……。よく人前でそんな事が言えるな? 聞いてるこっちが恥ずかしい」
「あれ? 未来がそんな事言えるの? この前『早く賢と結婚して、あま〜いあま〜い新婚生活を送った後に、アイツの可愛い赤ちゃんを産みたい!!』って言ってたのは誰だっけなぁ〜?」
「バ、バカ! そこまでは言ってねぇ!! た、確かに…た……け……」
ウズヒにからかわれた未来が真っ赤な顔で俯いた。後半は何を言っているのかも聞き取れないくらいだから、かなり恥ずかしいんだろうね。
「まぁその話は賢と未来が2人きりの時にしてもらうとしてさ。《akemi》はどうする?」
《A・L》を指差しながら話を戻し、未来へ助け船を出す。本当はこの役目を賢がやるべきなんだけどね。当の本人は――
「……スー……スー」
隣で気持ち良さそうに寝息を立ててるし…。いいなぁ〜。ボクも寝たい。
「そうね。ん〜……特に問題も起きる事もなさそうだし、《akemi》ちゃんに関しては何もしなくてもいいんじゃない? いざとなったら亜梨香ちゃんに頼むとか」
いい案だと思うけど、亜梨香がOKしてくれるかな…。兄妹だけど、あまり似てもいないし…。まぁ何も起きないのが1番だけどね。
「よし、もうこの話はここら辺にしとこうぜ。……誰かさんも寝ちまったしな」
未来が手を『パンッ!』と合わせて話を締めくくった後、賢を見ながらボソッと呟いた。そんなにボク達はつまらない話をしてたかな?……というか賢はいつの間に寝たの?
「そういえば話は変わるけど、今朝ニュースに出てた謳歌高校の学園祭って……」
「ごめん。私、用事を思い出したから行くね?」
未来がボクと亜梨香が見ていたのと同じであろう番組の話をし始めた瞬間にウズヒが急に立ち上がり、
何処かへ行ってしまった。未来は、突然のウズヒの行動に驚いて動けないみたい。
「ごめん、未来。何故かウズヒはその話をされるのが嫌みたいなんだよ。ボクがそれを知ったのも今朝なんだけどね」
「あ、ああ。分かった。これから謳歌の話は出さないようにする。
…悪いけど、ウズヒを探しに行ってくれるか? 私は賢を起こして教室に行くから」
「うん、いいよ。じゃあ、また後でね」
未来に返事をした後、食堂を出る。だけど……ウズヒが何処に行ったのか、さっぱり。
まぁ、見つからなくても授業が始まれば教室に戻ってくるだろうから、大丈夫かな。
それより今はウズヒの謳歌高校に関する話への反応だよ。
あまり答えたくはなさそうだけど、何か有って力になれるなら協力もしたいし。一応彼氏として…ね。この前女装させられてたような彼氏だけどさ。
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結局ウズヒは見つからず、午後の授業が始まってすぐ教室に戻ってきた。何処に居たのか聞いても教えてくれなかったけど、たぶん保健室に居る棗さんの所へ行ってたんじゃないかな。1番可能性が高そうな場所だからボクも行かなかったし。
今はもう授業を全部終えて家に居ます。帰ってくる間も普段通りのウズヒで、別に無理をしてる様子も無かった。でも、何か気になるんだよね。
ウズヒは夕飯を作ってるけど、行動を起こすなら家に他に誰も居ない今しかないね。
そう思ってソファーから腰を上げてキッチンへ向かう。
キッチンに入ると、ウズヒが何かを作っていた。ボクからは彼女の背中しか見えないので何を作ってるのか分からないけど、そのお陰でボクが入ってきた事にウズヒが気付いてないみたい。
そしてそのまま後ろから近づいていき、ウズヒの腰に両手を回して抱きしめる。…本当は首にしたかったんだけど、残念ながら背丈が足りなかった……。
「綺羅君? どうしたの?」
料理をしていた手を止め、少し驚いたようにウズヒが喋り始める。後ろから抱きしめている関係上、振り返れてはいないけどね。
「ウズヒ、今度の休みはデートに行こっか?」
「うん!! 行く行く!! 何処にしようか?」
ウズヒが体を半回転させ、ボクの首に手を回しながら満面の笑みを湛えて嬉しそうにそう言う。よろこんでくれるのは嬉しいけど、ちょっと罪悪感が…。
「謳歌高校に行かない? 学園祭があるらしいし」
「!? ………」
謳歌の名前を出した途端にウズヒの顔から笑顔が消え、そのまま俯いてしまった。…やっぱり何か有る、もしくは有ったんだ。
「ウズヒ、何か前の学校で嫌な事が有ったの? 無理に聞こうとは思わないけど、出来たら話して欲しいな」
ボクがこういう聞き方をしたらウズヒが断れない事も良く知ってる。でも、何か有るんだったら話して欲しい。そう思うから。
「……別に前の学校が嫌いな訳じゃないの。楽しい事だって沢山有ったし、友達もいるもん。でも…」
「でも?」
「前の学校の事……ううん、今の学校に転入してくる前の事を考えると寂しいの。綺羅君や未来、賢人君は小学校から一緒に過ごしてきた思い出が有るけど、私にはそれが無いから…。結局、私は後になって現れた人間だから……」
今にも消え入りそうな声で言葉が紡がれる。……ボクが悪いんだな。そんな悩んでる彼女の気持ちに気付けなかった。
「ごめん、今まで君の気持ちに気が付かなくて。でも、これから一緒の時間を過ごしていけばいい……とは言えないよね」
「……?」
『言葉の真意が良く分からない』という想いを抱いた双眼がボクを見つめ返してくる。
「一緒に過ごせなかった時間が有る。これは事実だもんね」
一度上げてくれた頭が、また下がってしまう。別に落ち込ませたい訳じゃないんだけど……ウズヒは分かってくれるかな?
「だけどさ、それはボクと賢が過ごした時間だったり、未来と過ごした時間であって、それはウズヒとの時間では無い訳で…。つまり何が言いたいかというと、2人の時間は2人の時間だって事で……?」
上手く想いを伝えられずに意味不明な事を喋っていると、首に回っていた彼女の手が離れ、片方の手が、そっとボクの頬に触れた。そして俯いていた彼女の表情には少し悲しげな、でも優しい微笑みが。
「ふふっ。綺羅君って、時々他の人とは全く違う慰め方をするよね? それだと他人に誤解されちゃうよ?」
「ごめん……」
しかも口下手だから、さらに誤解されて…。だけど、目の前に居るこの女性だけには分かって欲しい。たとえ、それがただの我侭でも。
「でもね、私には十分伝わってるから。ありがとう、綺羅君。ごめんね、心配かけて」
「いや、ボクの方こそ――」
『――上手く言えなくてごめん』。そう言い終わる前に、ボクの唇は彼女のそれによって塞がれていた。
「来週のデート……約束だからね?」
重なっていた唇が離れ、いつもの笑顔が目の前にある。
「うん。大丈夫、忘れたりしないよ」
そして《ウズヒの悩みが無くなるように》という想いを込めて再び口付けを交わした――。
その時ボク達は気付く事が出来なかった。2つの人影が、隠れながらずっとその場に居合わせていた事に。
「ウズヒさん、カッコイイなぁ〜。やっぱりお兄ちゃんには勿体無いよ」
「私もあっくんとキスしたい!! あっくん、頑張って私の所へ戻ってきて!」
いや、流石にそれは無理でしょ?
akishi「まずはすみません!! 土下座以外の行動が見つからない、今日この頃であります!」
朱実「マジで今回は遅かったな?」
akishi「うん、どうしてもの事が……すいません、言い訳はしません。
次回も、今回以上の間隔が空くことは無いと思いますが、かなり時間が掛かってしまうと思います」
朱実「今回以上って言ったら2か月位になるもんな。長すぎるって」
akishi「そうならないように頑張りますので、どうにかお付き合い下さい。よろしくお願いします! ではまた次回でお会いしましょう!」




